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事件は研究所で起きている


「はーーーーーっ!?」


とある朝。一番に出勤したカルアは、思わず大声を上げた。

研究所内に漂う所員以外の気配に気づき、後ろにいた後輩を庇いつつ見渡すと、固定型の保管庫の鍵が開いている。


あの、数週間前に書き換えをした召喚陣のパピルス的な巻物を入れたはずの引き出しが、開いたままになっていた。

もちろん中身は空。叫んでも仕方なかろう。


「せ、先輩……」


「すぐ所長に知らせて! たぶん仮眠室!」


「はいっ!」


後輩が走り去るのを見送ってから、他になくなったものがないかを確認する。

先輩たちの研究についての論文が足りないが、あれはそもそも理論が成り立ってないから無問題。

あとは、薬品がいくつか。いずれも魔力を含むとされるものばかり。


嫌な予感がする。というか、ほぼ確実に()()だろう。

こういうの知ってる。フラグだ。


「カルア! 今朝早く、王子が来たらしいよ! カルアに絡んでくるあの王子!」


「やっぱりあいつか……」


大変有能な陛下の一番上の息子は、昔からなぜかやたらとカルアに絡んでくる。

論文を出せばケチをつけ、研究に没頭するたびに邪魔しに押しかけ、お昼のデザートを奪い……。


思い出しただけで腹が立ってきた。幼馴染? そんないいもんじゃない。

今度は、カルアの成果を奪いに来たのか、はたまた動物的な勘で巻物を嗅ぎ分けたのか。

いずれにせよ、ろくな理由じゃない。


「所員、行ける人ー!」


「はーい!」


「行くー!」


普段、引きこもりの研究所員だが、成果物の横取りは断じて許さない。

続々と出勤してきた所員のほとんどを引き連れ、カルアは敷地内の王宮へと走った。


今すぐどうこうじゃなくても、そもそも魔術陣は危険物。取り扱い注意が基本。

それを、許可もなく強盗のように持ち出すとか正気か。


白衣姿の研究所員たちの気迫に圧された騎士の同行付ではあるものの、カルアたちは王宮へと乗り込んだ。


「殿下ー! 盗んだ物を返してくださーい!」


「強盗反対! 王族だからって何でも許されると思うなよー!」


「盗っ人王子ー! うちの王子、盗っ人ですよー!」


施錠後の研究所に押し入って、勝手に保管庫の鍵を開け、中の危険物を盗んだ。と、いちいち説明口調で騒ぎ立てる。

王宮の噂は早い。あと一分もすれば、王族まで伝わるだろう。


と。


「カルアっ!」


ぐおんっ、と何か大きな力に押さえつけられ、カルアは不自然な動きで床に伏した。

重力が急に襲いかかったように、カルアの細い身体を上から押し潰そうとする。


「ぅ、……っぐ」


魔力だ。生まれてこの方、一度も経験したことのないものなのに、なぜかわかる。


空気中の密度が濃くなり、呼吸を削る。カルアの周囲だけが切り離されたように、触れられない。

一定の距離から近づけない所員たちが、必死にカルアを助けようとしている。


「い、ぉ」


副所長のイオラを呼ぶと、耳聡く気づいた彼女が、胸ポケットから取り出したペンを地面に突き刺した。


ペン型のそれは、古代の遺物の一つ。

発掘され解明はしたものの、今の今まで使い道がなく、イオラの私物と化していた魔道具だ。


曰く、『魔力の影響を受けた場合、半径一メートル内のみそれを消せるペン。なお、対他者に限る』。

まじで使いどころ限定されすぎ。解明時には悔しさに机を殴ったが、今がまさに絶好の機会。

こんな時でも探究心を忘れないのが、研究所員が研究所員たる所以である。


ペンを突き刺して、数瞬。ふっとカルアを潰していた力が消え、ぐったりと深呼吸をした。今世の死因は窒息死かと思った。


「カルア、活用できたわ!」


「あとで文書にまとめて。詳細を調べたい」


「了解。で、大丈夫?」


「いけるいける」


王子の侍従が、慌てたように駆け寄ってくる。

聞けば、すでに陛下の命により王子は取り押さえられたというのだが。


「その……盗品が、誤作動してしまいまして」


「まさか……」


青褪めた侍従の口を、咄嗟に塞いだ。人目のある場所で言っていい内容じゃない。

コクコク頷いた彼も同じことを考えたのか、一層顔色を失う。


「…………事案だよ。イオラ」


「わかった、私が行くわ。誰か、所長を連れてきて。あとのみんなは仕事に戻りなさい」


あんの馬鹿王子、やりやがったな。

青筋を立てたカルアと、同じくキレ気味の笑みを浮かべるイオラは、半泣きの侍従に案内されるまま歩を進めた。




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