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05. 人ならざる者 (dev2)

「――――もご、マルチパワーふぇ()ル?」


「そう」


 手書きの設計図を見てうなるよっちんに僕が続ける。


「ボディのとは別に、ここと……それとここ。合わせて三か所にパワーセルを組み込もうと思ってて――――」


 すっかり夜が明けた午前8時の整備場(ワークショップ)。おばさんが握ってくれたおにぎりを僕より先にほおばりながら、よっちんが頭をひねっている。


「んぐ……そんなの何に使うのさ? 重量級の機体だとたまに見かけるけど……このサイズ。駆動系も武装も、設計図を見る限り、そこまでエネルギーを使うものなんてないよ?」


 ギクッ。向こうの方で作業をしている明里が耳をそばだてているのを感じる。


「い、いや違うんだ。……こないだの例のダンジョンで思ったんだけど、ピンチに対処できる瞬発力というか対応力というか。そういう『切り札』を作りたいと思ってて――――」


 コレは本当だ。僕みたいなへなちょこにはエネルギーの管理とか無理だし、サポート役に徹するなら余剰パワーなんていくらあっても足りないぐらいだ。


「それに、今回はスリンガー用として作るんだけどさ。本当は乃野木の代わり、つまりスレイヤーが欲しいワケでしょ? 部活としてはね。だから、遠距離だけじゃなくて、近接戦闘でも応用できるような、すごいパワーが出せる機体にしたいんだよね」


 我ながら実にもっともらしい事を言えたもんだ。


「ふーむ。……っても三か所もかぁ。しかもこの『設計』って……ふふっ。これじゃあ切り札ってより『火事場の馬鹿力』って感じにならない?」


「ははっ、まさにそうかもっ。使う機会なんてなければいいけど――――」




――――――――




 ――――ドドオオオンッッ。


 崩れたガレキが扉の向こうを完全に埋め尽くしてしまった。


「二人とも大丈夫?」


 明里の声が響く。パラパラと石粒が降り落ちる音と、機械が軋む音が聞こえる。


「だ、大丈夫。なんとか引っ張り出せたっ」


「はぁー、あっぶねーっ。ナナヲくん、ナイスパワーだねーっ」


 カエンがうつ伏せのままギリギリと腕を上げて親指を立てる。尻もちをついたままの僕も、グっと親指を立ててそれに答えた。


「でも、今のでセルが一個オーバーヒートだ。リチャージまで20分」


「へーきへーきっ。残り時間、まだ30分近くあるからさっ」




 僕の《テュール》は軽量級に分類される機体だ。


 素早く機敏に動ける反面、積載量ではインフェルノやカエンのような重量級には劣るタイプ。なので武装には簡素で応用力が高く、身動きを損なわないシンプルな構成が求められる。実際、設計通りだとタイトすぎて、余分なパワーセルを仕込む隙間が全然ないんだ。


 そこで僕は頭をひねり、そして閃いた。それが、この『左腕だけを重量級用に換装する』というアイデアだった。というかこれ、見た目は少し変えてるけど、フレームはカエンのあの剛腕とほとんど一緒なんだ。


 きつねさんのあの激しい戦いぶり。いつもボロボロになる腕の予備パーツが整備場には山のように転がっていたから、色々と試してみるのにはすごく都合がよかった。バランサーの調整にはずいぶん手こずったけど。


 


報酬(リワード)確認しましたーっ。さっきのがフロアターゲットやったみたい。マップに出すねー」


「了解ーっ」


 明里の指示が飛び、ピコンとマップ上に矢印が表示された。ちょうどカギがある二階への道すがらにあるようだ。僕たちはそそくさと体制を立てなおし、目的地へと急いだ。




 そこは大きく開けた吹き抜けのホールのような場所だった。中央には赤い絨毯が敷かれた豪華な大階段。そのT字に折れ曲がった踊り場の真ん中に、白く輝く細い柱のようなものが見える。くるくると浮遊している、いくつもの小さな光のカタマリだ。


 通称、『報酬(リワード)メダル。この500円玉みたいな銀色のコインには、ミアズマテックの触媒になる不思議なパワーが宿っているらしい。その希少性から常に高値で取引されているので、探索業者たちの一番の収入源になっているんだ。


「……24枚。ん-っ、まあまあっかなぁ。ホレ、ナナヲくんっ。先に取っていいよん」


「了解ですっ。それじゃあ……」


 ガシャ、ガシャコッ。僕はテュールの胸にあるスリットにメダルを一枚ずつ投入した。




 ミアズマテックには、内部に接続されたメダルの数に応じて性能が強化される性質がある。外から持ち込んでも効果がなく、迷宮から一度でも出るとリセットされてしまう一時的な効果なんだけど、この特性のおかげで迷宮深部の強敵と渡り合うことができるってワケだ。


 メダルを入れるたびに、パラメータの数字がグンッグンッっと増えていく。これが一番嬉しい瞬間っ。モニター上の武器とジェネレータ表示に、強化を示す雷マークが並ぶ。僕たちは、心なしか軽快な足取りで階段を駆け上がった。




「さぁて、気ぃ引き締めていこうかーっ」


 きつねさんのカエンが両手をバンと打ち鳴らした。階段を登りきると一階部分が黒い霧に包まれてもう見えなくなっていた。二本のサルベージワイヤーが、虚空に吸い込まれている。


 ピロリン。マップ更新の合図。マップ上に探索エリアを示す青い円が表示された。


「目立った敵の気配なし。あのオオカミもいないみたい」


 二階部分の間取りは、細長い廊下の左右に小部屋がいくつも連なる形だ。僕たちは廊下を挟んで分かれて、一部屋ずつ開けて回ることにした。家具もほとんど置かれていない殺風景な部屋が続く中、僕が開いた扉の中に奇妙な光景を見つけてしまった。


「きつねさん、ここっ……」


「ふうむ。無限回廊か……厄介だなっ」


 扉の向こうはどこまでも続く石造りの迷路だった。外の洋館とは全然違う、地下墓地のような不気味な雰囲気。冷気を帯びた霧が立ち込める、分かりやすい幻覚トラップなんだけど、探索エリアが波打つように反応している。入っていくしかないようだ……。


 僕たちは覚悟を決めて部屋に踏み込んだ。視界の効かない狭い路地の奥にイヤな気配。シュッ。投光弾に驚いた無数の黒いツブツブが、どこかに導くようにザワザワと引っ込んでいく姿が見えた。


「なんだろう? レーダーに反応がないや」


「あれは、悪魔デーモンタイプだねーっ。実体化するまで無害だから、レーダーが感知しないんだ。この誘う感じ……たぶん、中ボスになるヤツだから、気ぃ付けてっ」


 霧の迷路をしばらく進むと、唐突に空気が晴れ渡って広大な空間が現れていた。天井は漆黒の夜空に変わり、すり鉢状の観客席が周りを取り囲んでいる。僕たちはいつの間にか巨大な円形の舞台の上にいた。


「こ、ここは……」


「闘技場かぁ? 面白れぇじゃんっ」


 ワーワーワー。無人の観客席から歓声……。グルルルル……。正面に鎮座している黒いカタマリからうなり声がする。


「《アンフアゥグリア》……こいつが中ボスか……」


 ドスッドスッドスン。その巨大な四本足が地響きとともに立ち上がった。見上げるほどに大きなオオカミの姿をした影獣だ。憎しみの炎を宿すその瞳が、ギロリとこちらを睨みつけてくる。




「アンフアゥグリア。ウルフ系上位種。20階層クラスの中ボスやねー。弱点は――――」


「――――っしゃぁッ!」


 明里の解説が終わる前に、すでにカエンはブーストを最大点火して飛び出していた。その赤い砲弾を迎え撃とうと、大オオカミの方もすでに身構えている。


 ドシンッ。鋭い前足を巧みな動きでするりと抜けた。ドガッ。続く二撃目も重量級とは思えないなめらかな旋回でかわし、大きなキバが空を切った。素早くオオカミの懐に飛び込むと、ぶん回した巨大なハンマーが床をこすり、ギリギリと火花をあげた。

 

 ドォッ、オンッ。遠心力とジェットで音速を越えたハンマーヘッドが、怪物の下アゴをかすめるように斜め下から打ち抜いた。衝撃波で砕けたタイルが巻き上がり、苦悶と怒りに満ちた咆哮がこだまする。


「ナナヲくん、今だっ!」


 カエンがハンマーの勢いをそのままに宙を舞う。大きく上体を反らして倒れそうになるアンフアゥグリアの胴体に目を凝らすと、その胸の真ん中ににじむように赤い球体が見えた。これがコイツの魔核(リアクター)かっ。

 

 ドガガガッ。


 僕の速射プログラムが正確に目標をとらえていた。最大威力の徹甲弾が、分厚い皮膚に食い込んで炸裂する。ドドムッ。えぐれた皮膚から露出した魔核の赤い光が、まるで心臓の鼓動のように脈打つのが見える。


 バガンッ。


 続けざまにトドメの一撃を放った、次の瞬間だった。オオカミの上半身が十字に引き裂け、瞬時に四本の触手に変貌して、最後の銃弾をすべて弾き飛ばしてきたんだっ。


「わっ、わわっ」


 くそ、命中しないっ。怪物は脚の生えた異形の花のように変わってしまった。その中央の魔核が、雄たけびとも金属ノイズとも言えない異様な音を発しながら、炎のような眼差しをこちらに向ける。


「……ナイスだっ! ナナヲくんっ!」


 グルルルッ。殺気に気付いた魔物が、ビクリと上空に目を向けた。空中をくるくると回りながらハンマーを構えなおすカエンの姿に気付いたんだ。


「おっしゃぁーっ!」


 ハンマーのジェットが再点火し、引きずられるようにグンッと加速した。真っ黒な花びらが、獲物に食らいつこうと不規則にうねりながら迫る。左肩、右脚、側頭部。カエンは最小限の姿勢制御で見事にそれをかわすが、最後の一本が死角から迫り、その胴体をとらえようしていた。


 バチチッ。


 僕の神経炸薬弾(テイザー)が怪物の左前足に着弾っ。銃から伸びるワイヤーを通して、稲妻のような神経ショックを走らせる。致命傷にはならないけど、瞬間、その重い胴体を支えるヒザがぐらりとくずおれた。そして……。


 ドスンッ。よしっ。悶える巨体に突き刺さるように深紅の砲弾が命中したぞっ。グオォォン。歪んだ咆哮。しおれたように花びらの力が抜け、瞬く間にボロボロと崩れはじめていた。




 砕けた胴体からは、黒い蒸気がシューシューと立ちのぼっている。と、体勢を立てなおす僕たちの前で、その黒い煙の一部がシュルシュルと一つの形に収束していく。プルプルとよろめきながら立ち上がろうとしている、小さなオオカミの姿だ。なんとかお座りのポーズをとると天を仰いだ。


 ワゥーン。


 弱々しくてどこか哀しげな遠吠えをしてから、ボワッと綿煙になって掻き消えてしまった……。お、終わったのか……?




――――――――




 ピコン。


「……やったっ!」


「クロスレンジ連携っ。これよっ。やっぱ鉄板だよなーっ」


 僕たちはマップ上に表示されたカギマークを見つけて歓喜した。子供オオカミがいた円形舞台の中心。かすかに光る小さなカギが浮かんでいるのが、モニター越しにも見える。勝った!


「きーちゃん、もうっ。早いよーっ。わたしの話とか全然聞かんのやからーっ」


「がはははっ、メンゴ、メーンゴッ。お昼奢るからっ。……それにしても、ナナヲくんっ。いやーかなーり良かったよーっ。いい連携だぁっ」


「あ、いや、僕はよっちんの真似をしただけで、全然っ――――」




 おや?


 マップ上のカギを示すアイコンのところだ。白くて光る鍵のかたち、のはずなんだけど。……ん? あれ? 目を凝らしてみると……何か違うような、気が……。


「わははっ。いやー的確だったよ、ナナヲくんっ。ドーテイとは思えない、なかなかの仕事っぷりで――――」


「きつねさんっ、ち、ちょっと待ってっ!」


 僕はカギを拾おうと歩いていくきつねさんを呼び止めた。何かが……おかしい……。


「ん? どしたー?」


 マップ上のカギの表示……この違和感。いや違うっ。そうだ、わかった。これはカギのアイコンの下だ。明るい表示の下にカブって別の表示が……ってことは。チャリッ。あっ! カエンがカギを拾って表示が消え……これは……罠の米印っ――――。


 ドゴゴゴゴゴッ。途端に床のタイルがボコボコと沈み込みはじめた。


落とし穴(シュート)っ!」


 わわわっ。放射状に舞台がどんどん崩壊していくぞっ。慌ててブーストを点火するが、崩れる速度があまりにも速いっ。僕は振り返る暇もなく、必死に舞台の外に飛び出していた。こっちはフチに近かったからなんとか届いたけど、カエンの方は……。


「ひーっ、やべーってっ」


 ガッガッガッ。ちらりと振り向くと、崩れ落ちるタイルをジャンプで乗り継ぎながらこちらに向かってくるカエンの姿が見えた。あの巨大なハンマーを担いだまま……。マジかよ、スゲー。どんなテクなんだよ……。


「きつねさんっ、こっちっ」


 僕はフチからできるだけ身を乗り出し、『左腕』を思いっきり穴の中に突き出した。あのバトルの後だ。さすがに消耗して息も絶え絶えのカエンがブーストを吹かせ、最後の石畳を蹴り飛ばしたが……ダメだ、わずかに高さが足りないっ。


 ガシリッ。


 うおおっ。ぎ、ギリギリっ……なんとか掴めたっ。やったっ。僕は全力で踏ん張って引き上げようとこらえる。この状況っ……仕方ない、また出力開放をやるしかないっ。ギュイイン。出力ゲージが一気に跳ね上がり、駆動部と関節がミシミシと悲鳴を上げる……が。


「う、うぐっ。重いっ……ぞ……」


 バカなっ! パワー負けしているっ。う、ウソだ、メダルの強化もあるんだ。さっきよりずっと強い力のはずなのに、なんでっ。


「これはっ……」


 わ、わかった。途切れ途切れのブーストに照らされたカエンの背後に、その正体が見えたんだ。いくつもの黒い腕が両足と胴体にまとわりつき、ぽっかりと開いた闇の向こうに引き込もうとしているっ。


「ナナヲくんっ。引きずり込まれるぞっ」


「だ、ダメだっ。これ以上はっ、もうっ――――」


 オーバーヒートの警告表示が灯る。ギギギリリッ。くそっ、今にもちぎれそうだっ。パワーがもうっ……持たないっ!


「うおああっ」


 ガグンッ。力尽きた僕を浮遊感がおそう。二機は互いに腕をつかんだ状態のまま、闇の中に真っ逆さまに落ちていった。




――――――――




「で? キミタチはどんな関係ぃ?」


 バシンッ。背中に衝撃っ! わわっ、きつねさんかっ!


 それは正午を回った頃の話だった。よっちんが昼ごはんを買いに出かけた隙をついて、僕と明里がヒミツの相談をしていた。左腕にあるこの不自然な隙間の言い訳を考えないといけなかったんだ。


「ほーん。ふーちゃんも、なかなか隅に置けないコだったんだねぇーっ」


 茶化すようにきつねさんが明里を小突く。


「ち、違うよっ。全然っ。全然そんなんじゃ……」


 ……少し傷付いた。


「えっと、その……。きつねさんは、一体何しに……?」


「んあーっ、少年! えーっ――――」


 きつねさんがオレンジ色の頭をかきむしった。


「――――四津守くんだよ」


「ああそうだったっ。あのさぁ一応ココ、アタシん家だかんね? まー勝手に間借りしてるだけだけどっ」


 きつねさんがボタンを操作すると、大きなシャッターがガラガラと持ち上がる。外にたたずんでるタランチュラが見えた。


「明日はアタシも出るからさーっ。たまにはちゃんと整備しとこうと思ってさっ」


「……きーちゃん、いっつもわたしに整備押し付けるんやからっ。今日は手伝わんからねっ」


「わーってるってぇーっ。オーライオーライ……ん?」


 気だるそうにタランチュラを導くきつねさんが、まだフレームの状態で吊るされてる僕のモートロイドに食いついた。さすがに腕の違和感に気付いてるようだ。マズいか?


「ありゃ? この腕って、アタシのっ?」


「う、うん。そうなんだ。ちょっと新しい戦術を考えて――――」


 きつねさんはあくびをしながら面倒くさそうに機械を操作していたが、それでも僕の言葉を興味深そうに聞いていた。……まあ表向きの理由なんだけど。


「へぇーっ。結構オモシロい事、考えんじゃん」


 ガシュン。タランチュラから引き出された屈強なモートロイド。真っ赤で派手な塗装のあちこちに、黄色とオレンジでかたどられた炎の意匠が目立つ。これがきつねさんの……。


「カエン。アタシはそう呼んでんだっ」


 僕の興味津々な態度にきつねさんが自慢げに答えた。


「んじゃ、きみのはっ? ソイツ、なんて呼べばいいんだい?」


「あっ……名前かぁ」


 考えてもいなかったな。それほど特徴があるわけじゃなかったし、このアイデアだってついさっき考え付いたばっかだからなぁ。と、うなる僕に助け舟を出すように、明里がそっとつぶやく。


「テュール……」


「え?」


「えへへ。北欧神話の神様の名前ねっ。正義と戦いの神……。あのフェンリルに片腕を差し出した、勇気と犠牲の神様でもあるんだよっ」


「へぇ……」


 なるほど。腕とも合致するし、シンプルで結構イイかも。と僕が振り返ると、なぜか二人は対照的な表情を見せていた。笑顔の明里と、打って変わって神妙なきつねさんの表情。なんだろう……なんか気になるな。


「犠牲……」


 きつねさんがポツリとこぼしたその単語が、妙にいつまでも耳に引っかかっていた。




――――――――




 チカチカッ。頭部センサーが機能を取り戻しつつあった。


 両機ともすでに10分近くスタン状態が続いていたんだ。まだ致命的なダメージは表示されてないんだけど、回路が絶たれて状況が全く分からない。……僕たちは焦っていた。


 何よりもマズいのが、サルベージワイヤーが切断されたことだった。おそらく、あの落とし穴が閉じたときの空間転移に対応できなったんだろう。もう緊急回収できない上に、容赦のない制限時間も刻一刻と迫ってきていた。


「きつねさん、こっちはそろそろ行けそうっ」


「おっけーっ。更新よろしくっ」


 システムに更新をかける。ピッ。どうやら機体のダメージは軽微みたいだ……シールドも維持。これにはひとまずは安心したが、予想通り、追加のパワーセルが二本ともオーバーヒートだ。本体のやつにもイエローサインが灯ってて……。最悪だ……武器もどこかに吹っ飛んでしまっている。たぶんカエンの方もそうだろう。


 キュイイイン。ようやくミアズマドライブに本格的に火が入り、センサーが完全に再起動したようだ。ほっ。やっとあたりの様子がわかるぞ。


 クリアになったモニターに映し出されるこれは……祭壇か? 長方形の台座の上に、二機が揃って寝かせられているようだ。僕たちがいるところだけがたいまつで照らされていて、その光の向こうは薄暗い洞窟のように見える。いや、何かいる。周囲をうごめく人型の影獣たちの輪郭が見えてきた。……って、これは……。


「ナナヲくん、どしたっ?」


 アナライズ表示はまだ使えなかったけど、闇に浮かび上がるその特徴的な姿かたちで、僕にもその正体が分かった。


人狼(ワーウルフ)……」


「うぉいっ、なんだってぇっ!?」


 きつねさんの狼狽が聞こえた。


「ワーウルフ……20階層の影獣やね。狡猾で獰猛っ。モートロイドを解体して持ち帰る習性が……ある、って……」


 亜人種(デミヒューマン)タイプ。単体の戦闘能力は(ビースト)型には及ばず、銃器で簡単に倒せるほどに柔いから『アラート詐欺』になりがちなんだけど、知能が高い上位種はとにかくヤバイ。学習して戦略を立てるし、拾った武器を利用して攻撃してくることだってあるからだ。


「……四津守くんっ」


 わ、わかってる。この無防備な状況っ。これはもう間違いなく『使い時』だ。けど、ゲージが足りないっ。ど、どうする……。いや、一つだけ方法が、あるっ。




「きつねさんっ、ちょっと借りますよっ」


 マップ上のサインにはまだ敵意が無い……この隙だっ。見付からないようにゆっくり動いて……。


「なぁ? どした? 何をし――――」


「きーちゃんお願いっ。再起したら、すぐパワーモジュールのロックを解除してっ。あとは四津守くんが……」


 僕の意図を察した明里が指示を飛ばす。さすがに見かねた外のマコさんが声を掛けてきた。


「……明里さんっ、ナナヲくんは一体何をする気なんだい?」


「あわわ。ま、マコさんゴメンっ。あとでちゃんと説明するからっ……。四津守くんっ、だいじょぶ? いけそう?」


 ギロッ。周囲の赤い目玉が一斉にこっちを向いた気がした。やばい、動きに気付いたかっ。僕はなんとか這いずって、突っ伏したカエンにとりついた。僕は急いでその背中をこじ開けると、剝き出しになったパワーリレーに自分の胸から引き出したケーブルをつなげる。


「ナナヲくんっ、なんか画面っ、ノイズやばいってっ! な、何やってんだぁーっ?」


「す、すみません。イチかバチかっ……」


 僕は『左腕』を高く突き上げた。バシンッ。左上腕の装甲が炸薬で吹き飛び、フレームだけになった腕の中のコイルが剥き出しになる。波打つ電流があふれだし、手のひらに流れ込んで電荷を帯びた光球を作り出した。


 ヴヴヴヴヴッ。振り切れたメーター表示がぶるぶると震えだし、コイルの駆動音が際限なく甲高くなる。巨大に成長していくプラズマ球から、いくつものフィラメントがしなる鞭のようにくねり、殺到してくる人狼を跳ねのけていく。


 ヴオンッ。


 画面越しに伝わる振動が限界に達した、その次の瞬間には雷光があふれだしてあたりのすべてを覆いつくしたっ。天井と地面を結ぶ無数の落雷が、不規則な電気回路のような模様を描いて人狼どもを撃ち抜いていく。これが、『プラズティマ』……プラズマ制圧爆弾かっ。しかし、パワーゲージが猛烈な勢いで減っていくぞっ。やっぱりこれでも足りないんだ……も、持つのか?


 バリッ、と不意に放電が止まってしまった。ギュウウゥン。コイルがうなりを上げて止まり、突然の静寂が訪れた。モニターが一瞬で闇に包まれる。くそっ、操縦も効かないっ。


 ドシャ。


 力なく崩れ落ちたテュールのモニターには、なんとか立ち上がろうとするカエンの姿が映っている。


「きつねさんっ。大丈夫っ?」


 あれは……? 闇に目が慣れてきて、あたりの状況が少しずつ分かってきた。薄暗い洞窟の中に、ぼんやりとした人影が見えてくる……何体もいるっ。ま、マズい……。


「こいつら、生き残って……」


 ん? いや待て。なにやら様子がおかしい……。さっきまでと何かが違う。このシルエット。これは……これって……。最前列の一体がすたすたと歩みを進め、よろめくカエンの目の前で立ち止まった。


「……ハーティ。まだ追い付けないとはね。はぁ……癪だなぁ」


 え? そんなバカな、確かにちゃんとそういう風に聞こえたぞっ。ねじれたような不穏な『声』。影獣が喋るなんて、そんなことが……。それは顔を掻くようなしぐさをしたかと思うと、くるりと踵を返した。


「……またね」


 背中越しに影がポツリとつぶやく。と、カッという閃光でモニターが白く塗りつぶされた。次第にブロックノイズが現れ、映し出される景色が切り替わっていく。




 ピーピー。ピーピー。ログアウトの警報。モニター越しの風景は、あの屑鉄だらけの廃工場に戻っている。ガッシャン。テュールの力がぐったりと抜け、座り込むかたちで停止した。


「クエスト達成ーっ。あぶなかったねーっ」


 明里の声? は? 達成だって? いやいや違うよ。みんな聞いてないのか……? なに、どういうこと?


 そろりと、ゴーグルを外す。普通の姿に戻ったスクールバスと、喜びの声を上げる小学生たちやマコさんの姿が見える。煙を上げる二機のモートロイドに、工具を持ったよっちんと明里が駆け寄っている。そして……。


「き、きつねさん……あれって……」


 僕が安全ベルトを外しながら振り向くと、きつねさんはすでにシートから飛び降りた後だった。両腕を高く上げて伸びをしながら、駐車場の方へと歩いていくその後ろ姿。その向こうにどんな表情があるのか、僕は想像することができなかった。

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