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昨日の夜はワクワクで全然眠れなかった。
僕は朝食も済ませずに自転車に飛び乗ると、水たまりが残る坂道を転がるように駆けだしていた。深い藍色に潤んだ街並みが、いつもと違って新鮮にきらめいて見える。夜遅くからの雨はもうあがり、日の出前の静かな街並みに澄みきった空気だけを残していた。
昨日とは少し雰囲気の違う、そわそわとした早朝の繁華街。よっちんの食堂がある寝静まったアーケードを抜け、倉庫が立ち並ぶ路地へと入る。ぬかるんだでこぼこ道に、前カゴに積んだリュックがガタガタと揺れた。
えっと、確か……あ、あそこだ。目印にした街灯に気が付いて、ふと目をやったその時だった。整備場の通用口に人影。暗くて服装は見えないけど、さらりとした黒髪だけはハッキリと見えた。きつねさんじゃないな。わずかに開いたドアから明かりが漏れている。
……誰だろう? ……不思議な予感がする。あの『黒髪』って、まさか……。いや、きっとそうだ……。
僕はドアに近寄っておそるおそる中を覗いてみた。電気がついた倉庫の中をぐるりと見回す。人の気配がない……いや、よく見ると隅にある宿直室のドアが開いている。ガサゴソ音がするぞ。
「き、きつねさ……」
ドカッ。
「うわっ」「きゃっ」
そろりと忍び寄って宿直室の様子をうかがう僕に、部屋から飛び出した『誰か』がぶつかってきたっ。その影の足と足が絡まって、もんどりを打って思いっきり尻もちをついてしまった。メガネがピンッと外れて床に飛び跳ねる。
「いっ……つつっ、痛ってぇ……」
あっ……ひっくり返ったメガネ。ぼやける視界で伸ばした手の上に、別の手のひらが重なる。誰? これは女子の……え?
「それっ、わたしの……」
「あっ、ごめんっ」
思わず手を引っ込める。逆光に照らされた小さな女性の影が、倒れ込んだ僕に手を差し伸べてきた。
「きみのはこっちっ」
受け取ったメガネを掛けなおす。天井灯に映し出された輪郭がはっきりして、ようやく彼女の顔が見えた。僕と同じような大きい丸メガネを掛けなおしてる、女の子の姿。
「あ、ありがとう……。き、きみは……?」
「わたし、明里っ。明里二葉っ。……四津守くんやんね?」
明里……? 誰だっけ……。よろめきながら立ち上がる僕の困り顔に、彼女が寂しそうに続ける。
「んー。やっぱ印象無いかぁ。……新学期から体調悪くって、休みがちやったしなぁ」
あ! そうだ、明里っ。今年の春の転入生。同じクラスだ。僕と同じ一番後ろの席で、僕は窓側、彼女は廊下側。いつも物静かにジッと本を読んでる印象の『あのコ』。……伏目がちの横顔しか思い出せないぞ。
「あっ。思い出せた? ホラっ。ガッコじゃ後ろ結びやからねっ」
と、肩までのまっすぐな黒髪をつかみ、後ろ手にグイッと結ぶしぐさをしてみせる。
いや、そうじゃなくて。……こんなに喋るコだったのか。学校じゃほとんど口をきいたことないし、こんな笑顔も初めて見た。瓶底みたいな分厚いメガネの奥はいっつもクールで、不愛想なイメージなのに、別人みたいだ。……な、なんだか、ドキドキする。
「あ、うん……。いやいや、ていうかさっ。明里はなんでこんなとこにいるの?」
「わたしは、きーちゃんにおべんとっ。土曜はいっつも早いから。でも、今日は間に合わんかったね」
宿直室のデスクを指差す。積み上がった大量の空き缶のそばに、確かに風呂敷にくるんだ弁当箱が置いてある。その横のクシャクシャのベッドの上には誰もいないようだ。
「四津守くんの方こそ、ここで何をしてるん?」
「ぼ、僕は――――」
「――――へぇ。マコさんが言ってた『与一くんの友達』って、四津守くんやったんや」
つぎはぎが目立つソファーに体を預けて、明里が静かに語りだした。
明里二葉。今年の春に転校してきた、同じクラスの同級生だ。きつねさんとは昔からの知り合いらしく、引っ越してきてすぐこの研究室にも通うようになったという。メカトロニクス系に興味があって、週末には《ニーズヘッグ》の手伝いもしてるらしい……って――――。
「あっ、《ニーズヘッグ》のオペレーターって、きみのこと?」
明里は大きく頷いて、倉庫の中央へと歩きだした。雑然に配置された機械類を撫でながら答える。
「うんっ。何事も経験やからね。ホラ、ここには学校には無い専門的な機械が多いから、すごい勉強になるんよ。マコさんの研究室は有名やから、実験用のパーツとかにも触れられるし――――」
大きな窓の外がだんだんと白みはじめていた。すりガラス越しにかすかな光の帯が伸びはじめると、コツコツと響く足音が不意に止まった。ふわりと舞うように彼女が振り返る。
「それでっ? どういう風にするか、決めたん?」
「へっ? あっ。あぁ……」
その様子をぼうっと眺めていた僕は慌てて顔をそらし、視線の先にたまたま入った機械部品を物色してみせる。メーカーごとに仕分けてある段ボールに、ごちゃごちゃと突っ込まれてるパーツの山をまさぐる。
「そ、その……。色々考えたんだけど、時間、あまりないからさ。……なるだけ、シンプルな機体にしようと思ってて――――」
「ふむふむ」
「昨日も見て回ったんだけど、部品は十分だと思う。一世代前にはなるけど、ここら辺の『初芝ZRシリーズ』を軸に組むのがよさそうかな……。インフェルノの予備も活用できるし……。あとは、んーそうだな。OSは――――」
「ねぇっ!」
突然、耳元で響いた声にびっくりして振り返る。いつの間にかすぐそばまで近寄ってきていた明里が、好奇心に輝く瞳で僕の顔を覗き込んでいる。
「『必殺技』! 作らん?」
「え?」
戸惑う僕に無邪気な笑みを投げかけてきた。
「ホラ、せっかくやしっ。きーちゃんたちを驚かせたいなって。ね? 思わん?」
驚かせるって……どんな……? 思案しかけた僕に、彼女が倉庫の隅っこにある白い段ボールを指差してみせた。
「アレ。何年か前に研究室にきてたプロトタイプらしいんやけど――――」
マコさんのところには、九瀬財閥がらみの企業や研究所からの案件がよく来るらしい。けど、絶賛人手不足な研究室だ。試験がままならないまま放置されたパーツが結構あって、これもそういう忘れられた装備の一つなのだという。
段ボールにはよく知ってるメーカーの名前のほかに、軍用を示す日の丸の標識が見える。んーっと……『プラズイット=レゾナンス』。モートロイドオタクの僕でも聞いたことないブランド名だ。
「こないだの夏休みの間に見つけたんよ。それで、この設計図見ながらなんやけど、こっそり組み立てて。……あっ、マコさんには内緒ねっ」
明里がイタズラっぽく舌を出した。僕は受け取ったマニュアルを読み込んでみて、すぐに分かった。これは……す、スゴい!……かも。
「でもコレ、たぶんだけど……出力足りないよね。こんなのマトモに使おうと思ったらセル三個は必要だ。けど、それでもこれは、確かになかなか――――」
はぁ。……我ながら悪いクセだと思う。また乃野木に怒られそうだ。けど、今回のは非売品とはいえ一応正規品だし、パワーセル依存の武器だからたぶん大丈夫……のはず。それに、マコさんだって何使ってもいいって言ってたし……いやごめん、正直に言おう。好奇心にあらがえそうにないんだ。
「ね? わたしも調整手伝うからさっ。やってみいひん?」
「え? あ、明里が?」
「『プラズティマ』はわたしが組み立てたんやからねっ。それに、時間もないんやし、この腕が必要でしょ?」
明里がその細すぎる腕で力こぶを作って見せた。
「……プラズティマ?」
「そ。必殺技の名前っ」
窓の外はもうすっかり夜が明けつつあった。差し込む朝日の中で、彼女の笑顔だけがやけに輝いて見えたんだ。
――――――――
翌朝。呼び出された僕は、人の気配がない古い工場跡地を自転車でさまよっていた。
ダンジョンバブル期に過剰に建てられた町工場の多くは、先端技術の工場団地ができたせいで一気にさびれて廃墟になってしまった。しかし、逆に現在では野良ダンジョンのスポットして、界隈では少し知られた場所になっているらしい。
ダンジョンが出現する条件はおおむね三つだ。
鍵の掛かっていない出入口が一か所以上あること。周囲に活性化中のダンジョンがないこと。そして、人や特定の動物種が一定期間立ち入っていないこと。これが犬や猫を飼う理由の一つでもある。
だから、廃墟とはいえほとんどの場所は見回りがいてきちんと施錠されているし、あえて『穴場』と呼ばれるダンジョンを残して管理されてたりもする。けど、何事にも例外や不測の事態があって、それに対処するのが探索業者や賞金稼ぎの仕事ってわけだ。
「ナナヲーっ。こっちこっちーっ」
だだっぴろい駐車場がある建物の横に、見慣れた太ましい影をみつけた。おなかを揺らしながら手を振るよっちんの姿だ。積み重なったタイヤやドラム缶の向こうに、固定モードになって座ってるタランチュラも見える。
なんとかモーターズ……錆びた看板から察するに、車の整備工場とかそんな感じの場所だったのかな。あちこちにひしゃげたような車がいくつも放置されている。
「おはようっ。迷うとこだったよー」
「ははっ、分かりにくいよねぇココ」
四角い建物の角を曲がると、大きな廃品置き場のような場所に出た。たくさんの潰れたトラックやクレーン、重機の残骸が山積みだ。あそこの人だかり……特徴的な体格と髪色の二人もいる。……マコさんときつねさんだな。
「四津守くん、おはよっ」
タランチュラの影からひょっこりと顔が出た。オイルまみれのつなぎを着た明里だ。黒縁メガネは分厚いゴーグルに変わっている。
「あっ。明里も来てんだ」
「もちろんっ。大事なデビュー戦やからね。今日は与一くんと一緒に整備とナビを担当するから、よろしくねっ」
「へぇ」
チラリとマコさんときつねさんの方に目をやると、ちょうどこちらに気付いて手を振るところだった。その向こうの……あれは子供?
「彼らが今日のクライアントさ」
マコさんが紹介したのは三人の小学生だった。
秘密基地。子供たちがそう呼ぶ場所は、廃棄されて積み上げられた一台のスクールバスの事だ。夏休みの間に、誰となくおもちゃや雑誌を持ち込んで集まったのがはじまり。学校が始まってうっかり見張り番を忘れた、そのあくる日にはもうダンジョンになっていた、という話だ。
「……アラート、ですか?」
「ああ。最近多いんだよね」
《レベルアラート》はダンジョンの難易度を示す指標だ。
今回のは5段階のうち上から3番目。低層でのオレンジアラートはよほど珍しいケースなんだそう。子供たちが依頼した探索業者は、この調査結果を見てすぐさま手を引いてしまったらしい。
こうなるともう役所に通報するしかないんだけど、ここは子供たちの秘密の場所だ。オトナたちに頼るわけにもいかず……。それで、賞金稼ぎのマコさんたちに話が回ってきたってわけ。
「おう、少年っ……いや、ナナヲくんだっ。今日はよろしくなっ」
バンッ。赤いつなぎを着たきつねさんが僕の肩を叩いた。今日はきつねさんと僕の二機編成。……熟練のきつねさんのアシスタントとはいえ、さすがに緊張してきた。
――――――――
スタンバイの済んだ二機のモートロイド。赤と水色のでこぼこコンビが、スクールバスの真ん前に並んでいる。ドアの中は霧に包まれ、すべての窓やフロントガラスも墨で塗りつぶしたように中が見えない。
「よーしっ。行ってみっか、ナナヲくんっ」
「は、はいっ」
ギキギギギッ、ギキギギギッ。ハンマーを引きずる金属音があたりにこだまする。
きつねさんの真紅のモートロイド《カエン》は、人間ほどの大きさの巨大なハンマーだけを武器にする、とんでもなくピーキーな近接戦闘用の機体だ。そのゴリラのようなマッチョな見た目はマコさんにそっくりで、配信サイトでは『雷帝』ともあだ名される。その大胆不敵でいかにも狂ったような戦い方にはファンが多いらしい。
僕の《テュール》がその後ろからのそのそと続く。今日の操縦は初めてのモーションコントローラーだ。脚の動きがすごくぎこちなく感じる……慣れるまで時間がかかりそうだな。僕はフットペダルとガントレットの手ごたえを確かめながら、じっくりと歩を進めた。
特徴的なブロックノイズを残して、カエンが霧の中に消えた。後を追って手のひらを伸ばすと、ブブブッという音と共に周囲の景色が変わっていく。歪んだ空間が次第に像をむすぶ。薄暗い廊下、ボロくなってる赤い絨毯と白い壁……古い洋館の廃墟みたいだ。
「侵入……お化け屋敷だ。カテゴリー2。3階層。アラートオレンジ、っと」
キュイン。武器とシールドを起動。インフェルノのおさがりのマルチランチャーを構える。エネルギーゲージが充填されるのを確認しながら、ジリジリと手足の感覚を確かめる。
「予想通りだなーっ」
キィンッ。カエンの《ミアズマドライブ》が高い駆動音を放つ。引きずる巨大なハンマーのヘッドが青い光に覆われ、打面にある大きな『K』の文字が輝きを増した。
グンッ。まるで重さを無くしたようにそれをふわりと持ち上げると、ズシンとその屈強な肩に担ぎあげた。ミシリと両足が地面にめり込む。
瘴気技術。
それは、迷宮に眠るモノリスと報酬メダルが人類にもたらした『恩恵』だ。迷宮の空気から無尽蔵のエネルギーを生み出す『瘴気ドライブ』は、現実の限界を越えた性能を機械から引き出すことができた。
モートロイド、ドローン。そして様々な武器、弾薬、シールド、情報技術。迷宮で生まれ、迷宮の中でだけその特性が発揮されるこの魔訶不思議なテクノロジーは、人をますます迷宮の深層へと誘う原動力になったんだ。
「今回のクエストは『キー&ボックス』。制限時間は45分ね」
明里の声が聞こえる。
俗にスイートホーム級と呼ばれるカテゴリー2の一番の特徴は、その攻略方法にある。低層ダンジョンなので大ボスはいないんだけど、代わりに攻略に必要な条件や目標が設定されるんだ。
今回は文字通り、カギとそれで開く宝箱を発見するのが目的だ。とはいっても、レーダー上にはおおよその場所が表示されるので、探し出すこと自体はそんなにムズかしいことじゃない。問題なのはやっぱり、そこまでに立ちはだかってくる敵。アラートオレンジ……厄介そうだ。
「お化け屋敷は罠も多いから、十分注意して進んでね」
「了解っ」
明里の声に勇気づけられる。ヘッドランプの明かりが強いコントラストを生み、気味の悪い洋館の景色がいっそう暗く沈んでいるように見えた。
ギィ。しばらく廊下を進んで、突き当たった一室の扉を慎重に押し開けた。やけに広くて細長いフロア。縦長の大きなテーブルが真ん中に置かれた、ダイニングのような部屋らしい。
「おっ、ナナヲくんっ。早速きたよーっ。前方!」
扉をくぐるとほぼ同時にカエンが身構えた。ピピッ。こちらのレーダーにも反応。三つの赤い光点……《ダイアウルフ》。オオカミ型の影獣だ。え……こんな屋敷の中に?
「ナナヲくん、距離に気ぃ付けてっ。連携取ってくるナマイキなヤツラだよっ」
白い点のような瞳が、暗闇にジグザグの残像をいくつも描きながら迫ってくる。僕の目では全然追えない複雑で素早い動きだ。が、きつねさんはその軌道を正確に捉え、巨大なハンマーを打ち下ろす体制に入っている。
「ぅおらっ!」
シュドッ。ハンマーが稲妻のようなジェットを噴射し、前衛の一体を仕留めに掛かる。と、その瞬間、最前列のオオカミが体をかがめ、踏んばって急ブレーキを掛けたっ。……ギリギリのタイミングでハンマーをかわすつもりか? いやそれだけじゃない。その隙を突いた右前方の二体目が素早く壁を蹴上がり、無防備なカエンの右腕に噛みつこうと飛びかかる。
「――――っしゃぁ!」
は、速い……! カエンは体を縦にねじり、ハンマーの柄を軸にすさまじい速度で一回転していた。振り下ろした勢いをそのままにヘッドを90度曲げ、再びジェットを点火して横薙ぎに振り飛ばす。バゴンッ。二匹目のオオカミは、そのまま壁と巨大な鉄の塊に挟まれてぺしゃんこになった。
一瞬の攻防に目が回りそうになる。その一部始終を見ていた残りの二匹が、戦意を失ったように後ずさりしていく。いや……違うぞ。恐れをなしたわけじゃないみたいだ……。
「巣か。ふふん。来やがったな……」
ガシッ。カエンがハンマーを担ぎなおして再び戦闘態勢を取る。きつねさんの戦慄した様子の理由が分かった……闇の奥に光る点がみるみるうちに増えていく。数十体のダイアウルフの群れが、うなり声をあげながら部屋の中いっぱいにひしめいていた。
マップ上の赤い光点が、ジリジリとフォーメーションを整えてくる。と、その中間にチカチカと点滅する赤紫色の米印をみつけた。あっ、これって……。
「……きつねさんっ。その……これっ。どうかな?」
僕はモニター上を指し示してみせた。きつねさんは僕の意図を瞬時に理解して声を上げた。
「ははっ、いいねっ。ソレ面白いねっ。……乗った! 目くらましをお願いっ」
ゴクリッ。
「よしっ……それじゃ。い、いきますよ。1、2のっ……」
ドシュッ、カッ。《テュール》の放った閃光弾が炸裂する。フラッシュの中に浮かび上がるおびただしい数の黒いオオカミの群れが、一斉にひるんで身をこわばらせるのが見えた。
カエンはその隙を見逃さなかった。ジェットハンマーを再び起動して飛び上がると、空中でくるりと一回転してから部屋の中心へ向けて振り下ろした。ドッバギィッ。テーブルが叩き折れ、そのままハンマーは深く床に突き刺さった。
ゴゴゴッという地響きが部屋全体を覆う。部屋の向こう側からドスンッドスンッという何かが崩れ落ちるような音が聞こえてくる。
「ナナヲくん、ダッシュッ!」
きつねさんの叫び声を背に受けながら、僕は一目散に走りだしていた。ゴッゴゴッ。ドオンッドオンッ! 音がどんどん近く、速くなってくるっ。暗闇の奥からもうもうと立ちのぼる土煙の向こうで、オオカミたちの断末魔がこだまする。
部屋からなんとか飛び出した僕が振り返る。と、一拍遅れてむくりと立ち上がったカエンが、ようやく振り向いて体制を整えているところだった。
「き、きつねさんっ、急いでっ!」
「へへっ、運の尽きかぁ?」
ドガッ、ドドドッ。連鎖的に崩れ始めた吊り天井の罠が、茶色い煙を爆裂させながらものすごい勢いで背後に迫ってくる。カエンの全身のスラスターが開き、フルパワーのジェット噴射で跳び上がろうとした、まさにその瞬間だった。
ガギッ。
煙の中から飛び出した『何か』が脚にまとわりついていたっ。吊り天井のトゲとガレキに打ち砕かれたダイアウルフの残骸だ! 衝撃で吹っ飛んで千切れた上半身部分が、怨念の力だけで噛みついてきたんだ。バランスを崩したカエンは、扉のほんの数センチ手前で地面に叩きつけられた。
「げっ、やっべっ」
「きつねさんっ!」
ドドドドド。
押し迫ってくる土煙の中に、僕はもがくように『左腕』を突っ込んでいた。出力開放っ……。グイッ。カエンの腕をなんとか探り当てた僕は、『切り札』の一つを今ここで解き放つことに決めたっ――――。




