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「はぁぁー、呆れたっ。ほんっとにっ」


「……ごめん」


 緊急会議。部室内に怒声が響く。


「小佐田君がついてながら、なんでこうなったの? どういうこと?」


「い、いやこれは不可抗力で……。ち、ちょっとナナヲっ。説明してよっ」


 バシン。テーブルを叩く音。


「どうすんのっ! 何のために急ぎで修理したのっ。これじゃ『オータムリーグ』に全然間に合わないじゃんっ!」


「――――まあまあ、乃野木君。落ち着いて。」


 赤ら顔でいきまく乃野木を部長がやっと止めた。


「落ち着いてる場合じゃないッスよ、部長! パワーセルが焼けただけのインフェルノはともかく、こっち(ヴァイパー)はもう大破ッスよこれ。完全にっ! 治って数時間のうちにコレッスよ?」


 乃野木の身振り手振りがおさまらない。額に血管が浮き出てる人間を初めてみたかも。


「ごめん、昨日の夜に色々あってさ。これが、その……なかなか説明しにくいんだけどさ。ファンタジーというかメルヘンというか……」


 ブチッ。乃野木の額の血管が切れる音が聞こえた気がする。


「メルヘンでこんなことになるかっ! ふざけんなっ!」


「まあまあ」


 湯気が出そうな乃野木を部長が制した。頭の中の整理がまだまだ付かないけど、事の経緯というやつを僕は話すことにした。




「なるほど、興味深いね」「でしょ?」


 アゴに手を当てて考え込む部長。乃野木は膨れた顔でイスにふんぞり返ってる。


「今までのダンジョンのルールが全く通じなかった。これってスゴい発見だと思うんだよ」


 あの後、家や今日の授業中にも色々調べたんだけど、結局答えは出なかった。似た事例はどこにもなかったし、あの影獣についても謎だ。


 そもそも、カテゴリー6のダンジョン『アビスホール』は、現在残ってる3か所を含めても出現例が過去に12回しかなく、しかもその攻略はすべて国の特殊部隊が行ってる。情報のほとんどは機密で、あのルーラーについても名前以外の記録がないんだ。


「何かの間違いじゃないのっ」


 乃野木が口を開いた。


「大体、報酬もお宝もない。そんなの『ダンジョン』って言えるわけ? ただのトラップルームなんじゃないの? まぼろし見せるやつとかさ。あるでしょ確か」


 確かに罠部屋(トラップルーム)は低層のダンジョンでは割とよく見かける。財宝部屋(ヴォルト)だと思ったらニセモノだった、っていうやつだ。でも、今回は決定的に違うところがある。


「――――やはり解せないのは、その女性だね」


「そうなんだ。生身の人間が素手で影獣を倒すなんて聞いたこともないでしょ。それに、あの『力』……」


「だからさぁっ。この際はっきり言うけど、夢とか見てたんじゃないのっ? 『誰かさんのせい』で壊れかけたセンサーが見せた幻覚だよ。きっとっ」


 乃野木め。いじわるなやつだな。


「いや」


 言い返そうと身を乗り出した僕を、部長が手を上げて制した。


「その子の『装備』に少し心当たりがあってね。君たちはあまり知らないだろうけど、少し前この学校でも流行った『遊び』があって――――」


 『ダイビング』。2年ほど前に不良の間で流行した危険な遊び。小型の酸素マスクだけで野良ダンジョンに潜り、いわゆる『根性試し』をするというかなりバカげた遊びらしい。当たり前の結果としてけが人が出て、学校や警察が乗り出す騒ぎになったという。


「――――流行したのは2か月にも満たなかった。ナナヲ君も小佐田君もこの事は知らないんだから、幻覚の彼女がそんな恰好してるのはちょっと理屈に合わないよね」


 ……。




「――――それで?」


 沈黙を切り裂く乃野木の一言。


「……え?」


「で? 何があったかは知らないけどさ。結局、『これ』をどうするかっていう話でしょ。『これ』をっ」


 部室の床に転がる二体の残骸を指差す。


「……インフェルノはオーバーホールだね。パワーセルは買い替えかなぁ。」


 よっちんがようやく口を開く。乃野木がこっちをギロリと睨みつけた。こわい。


「……これは、その、えっと。……ほ、ホラ。またその……部長に頼んで、その……」


「ダメだよっ!」


 乃野木の叫び声が部室にこだました。


「ふぇ?」


「いいかい、ナナヲ君。いつまでも部長に頼ってたら、いい成績なんかきっと残らないんだよっ。モートロイドは競技者ランナーの命なんだ。もっと責任感を持って――――」


 クドクド。なんか先生みたいなことを言い出したぞ。あの部長がその勢いに気圧されている。


「――――大体、部長が甘やかしすぎなんッスよ。何をしてもノーリスクで元通りなんて、そんなのナナヲ君のためにならない。今回ばかりは反対ッス」


「……じ、じゃあどうし――――」


 狼狽する僕のおでこに、乃野木が人差し指を突き立てる。


「ナナヲ君っ。自分でちゃんと修理しなさい。バイトでもなんでもっ、方法はあるでしょっ。 自分で考えて、自分の力でちゃんと直して、それから部活動を再開するんだよっ。いいねっ!」


「……い、いや」


「ダメっ! 決めたっ。今決めたっ! 今日から僕がこの部のマネージャーやるからっ。お金の話では僕に逆らわないことっ。部長もッスよ!」




――――――――




「乃野木のやつ……小姑かよ」


「うーん。でも、乃野木君の言う事にも一理あるからなぁ」


 帰り道。僕は駐輪場の一角にしゃがみこんで、ケータイのバイト求人サイトと無駄なにらめっこをしていた。


「それに、ヴァイパーは部の経費で買った機体でしょ。もともと中古だしさぁ。せっかくだからこの機会に『ナナヲ専用機』、作ってみるのもアリとは思うな」


 スクロールをする指をため息交じりに止める。


「ってもなぁ。オータムリーグまで1週間だよ? 高校生にさぁ。そんな短期間で稼げるバイトなんてあるわけ……」


「うーん……」


 僕を見下ろしているよっちんが、手のひらをおでこに当ててなにやら苦い顔をした。


「まあ、あるにはある……んだけど……」


「なになに? どういう事?」


 すっくと立ちあがった僕に、困った顔で続ける。


「なんていうか……僕らみたいな高校生が、モートロイドを手に入れようってなるとさ。ちょっとした『裏技』が必要なのは分かるよね。けど、当たり前なんだけどそう簡単にはいかなくて……」


「いいよ、この際っ。乃野木にギャフンと言わせたいんだからっ」


 よっちんが諦めたように歩き出した。


「まあ、それしかないか……。わかった……。紹介するよ。実は、ちょっと知ってる『賞金稼ぎ(ハンター)』がいてさ。《ニーズヘッグ》っていうチームなんだけど――――」




――――――――




 現代ではダンジョンを生業とする職業がたくさんある。


 そんな中でも、とりわけ人気と尊敬、そして一番の注目を集めているのが、賞金稼ぎ(ハンター)と呼ばれるスゴ腕たちだ。一般の探索業者(エクスプローラー)の手には負えない、高い難易度のダンジョンだけを狙って攻略する、少数精鋭のすごいヤツら。


 配信サイトのトップはいつも攻略配信だし、いまや中高生が一番あこがれる職業と言っていいだろう。そんな人たちが、なんと! こんな小さな町にもいるんだってっ! しかも、関東ランク10位圏内の猛者っ! 僕の心は密かに踊った。




 よっちんこと小佐田与一の家は食堂を営んでいる。その料理の出来栄えは、よっちんの体型を見ればよくわかるだろう。工場団地近くの繁華街にあるので、小さいながらもなかなかの繁盛店として有名なんだ。なので、子供のころから家の手伝いでお客さんとの付き合いが多く、普通の高校生に比べてずっとオトナとの交流が深かった。


 夕方。夜の仕込みがちょうど一段落したころ。お客さんがまだ誰もいない食堂のちいさなカウンターのちいさなイスで、僕は一人待たされていた。準備で忙しそうなよっちんの両親を横目に、気まずい空気の中でそわそわしていた。




 カランッカランッ。食堂の引き戸が開いた。


「いらっしゃい。あら、きーちゃん、今日はずいぶん早いのね」


「おばさーん。こんちゃーっすっ。へへーっ。お水ちょーだい!」


 ドスンッ。わわっ。なんか変なのが隣に座ったぞ。常連さんかな? うわ……スゲー酒臭い。


「まーた昼間っからデキあがってんの? いいわ、ちょっと待ってて」


「はーいっ。おしんこっ、おしんこーっ」


 ギッシッ、ギッシッ、ギッシッ……。


 ……。


 イスが軋む音にたまらずチラ見する。鮮やかなオレンジ色の髪をおだんごに結んだお姉さん。小さな丸イスの上に胡坐をかいて、これ以上ないぐらい上機嫌な様子でフラフラと体を揺らしてる。オリーブ色のつなぎを腰に巻き、無防備な白いタンクトップからは、えっと……。その……色々とはみ出してて――――。


「あ! おやおやっ? なんだなんだ? このスケベな視線わっ。へへーっ?」


 ギロッ。げっ、気付かれたっ。


「んーっ? 誰だぁ? メガネのセイショウネン! 見かけないツラだなぁ? おいぃーっ?」


 慌てて顔をそらしたのに全然許してくれない。絡み酒。肩に腕を回してグイグイと体の色んな所を押し当ててくる。顔が近い……酒臭いぃ……。赤面してうつむく僕に、戻ってきたおばさんが助け舟を出す。


「こらっ、きーちゃん。与一の友達なんだから、あんまり絡んじゃダメよっ」


「あっ? こいつがかぁ? そうかそうかっ。へーっ、なるほどねぇ……んぐっ――――」


 なにやら勝手に納得した様子で、おばさんが差し出した水を一気に飲み干した。ひぃ、頼む。おばさん! 助け舟、待ってっ! どっか行かないでっ! よっちん、早く来てくれっ!


「ひっ」


 お姉さんがいきなり僕の顔を両手ではさむ。ぐりっ。無理やり顔と顔を向かい合わせにしてくる。フニャフニャとニヤけた表情してるけど、よく見ると結構な美人だ。泣きボクロの位置にあるシルバーのピアスがキラキラ光る。いや、それだけじゃない。据わったその瞳の奥に、虹色の光彩が渦巻いている。これってなんだっけ? 授業で習ったな。えっと……確か……。


 !?


 んぐぐっ!


 お姉さんの顔が限界まで近付いたかと思うと、突然っ、僕の口にキスをしてきたっ。く、クチにっ! 僕は、お姉さんの口から直接伝わる酒の臭いに目を回しながら、呆然とその虹色の瞳孔を見つめていた。


「へへーんっ。少年よ、初めてだなっ。さてはーっ。がっはっはっ」


 唇をぬぐった指を僕のメガネにこすりつけると、それだけを言い残して千鳥足で店の奥に歩いていった。


 なっ。ななななっ!! ぼ、僕のっ。僕の僕のっ――――。

 


 

 カランッカランッ。食堂の引き戸が開いた。


「いらっしゃ……あ、与一かい。あらあら、マコ君も一緒なの?」


「ただいまー。あっ、ナナヲ! ……道分かった?」


「うん……」


 よっちん……遅いよ……。表情で察してくれよっ。


「こんばんわーっす。おばさん、今日も世話になります」


 むむ。よっちんと一緒に入ってきた、身の丈190cmはあるだろう屈強な男性。間違いない。この人だ。


「あ、ナナヲ。紹介するよ。この人が《ニーズヘッグ》でスカウターをやってる、大学生のマコさん」


「こんばんわ。ナナヲ君だっけ? 話は聞いているよ。よろしくね」


 筋骨隆々。パツパツのTシャツから分厚い上腕二頭筋がはみ出している。上背だけなら日本史のモリタンクに似てるけど、あのゴリラと違って物腰はすごくやわらかで丁寧だ。これが日本トップクラスのハンター……。緊張で背筋が伸びる気がした。


「本当はもう一人いるんだけど、今日はどうにも掴まらなくってね。また紹介するから、その時にね」


「は、はいっ。よ、よろしく……おねがいします」


 と緊張しきりな僕の視界に、また『アレ』が入ってきた。


「――――うぇーっ。出た出た。いっぱい出たっ。上のクチからも下のクチからも、ってね。けひひっ」


 トイレか? でもぜんぜん酔いがさめてない。いや、むしろ悪化してない? なんなんだこのお姉さんは……。


「あっ! きつねーちゃん! なんだよっ、もういるじゃんっ。着いてるなら言ってよもうっ。探すじゃんっ!」


「えぁー? だぁってぇ、待ち合わせつったじゃんっ。ケータイとか持ってないしぃ」


 え?


「無駄だよ、与一君。コイツに『約束』なんて概念ないから。『場所』とか『時間』とか、そんな概念もないから」


「えぇーっ。ひどいっ、マコちゃんまでっ。アタシ悪くないってーっ。こんなカヨワイ乙女をほったらかしたくせにっ、ひどいよっ。ねぇねぇ、少年もそう思うだろぉ?」


「どうどうっ」


 泣き顔でこっちにすがりつこうと暴れるお姉さんを、マコさんが引き剥がすように抑えた。いやいや、そうじゃなくてよ。え? どういうこと?


「マコさん止めててっ。はぁ、しょうがないなぁ。……んじゃ。えー、この人がきつねーちゃん。《ニーズヘッグ》のスレイヤーで――――」


 僕の頭は真っ白になった。




――――――――




 だんだんと人が混み合う時間になってきたので、僕たちは奥の座敷へと通された。時間も時間なので夕食を用意してくれたんだけど、僕の頭の中はそれどころじゃなかった。


「かんぱーいっ!」


「……きつねーちゃん。これお酒じゃないからね」


 部屋の外がにわかに騒がしくなる中、お姉さんの先導で半ば無理やりに乾杯を済ませる。ウーロン茶を飲み干すお姉さんの唇から目が離せない。舌ピアスの感触……。や、ヤバい、ドキドキする。


「じゃあ、そういうわけで、改めて自己紹介。僕は九瀬真人(ここのせまこと)。院生やってます。よろしくね」


 どこかで聞いたマコさんの名字に、ぼうっとした気持ちが晴れた。


「……え? あっ、九瀬(ここのせ)って……あれ?」


「そう! 実は部長のお兄さんなんだよっ。だから僕らの事も前々から知ってるんだ」


 そうだ、九瀬財閥。じゃあ部長と同じで結構なお金持ちだ。


明人(あきと)からも色々聞いてるよ。世話になってるね」


「いやいや、部長の世話になってるのは僕のほうっすから。ほんとほんとに」


 マコさん。しっかりしててなんだか頼れる人だ。僕が同じくらいの歳になったときに、こんなに落ち着いたオトナになれる気がしないや。それに引き換え、こっちは……。


「アタシの名前は生神(うるかみ)きつねっ。きーちゃん、って呼んでくれていいよっ。ピチピチの23歳でーっ。んーっ……山羊座でぇ。あと、えーっと――――」


「こう見えて、きつねーちゃん。実は『迷界のヴァルキリー』の『フォックス』の中の人なんだよ?」


「え!? ウソっ! 全然声とか違うけどっ。だって動画だともっと落ち着いた感じで――――」

 

「アテレコだよアテレコ。ウチの研究室に出入りしてるコの中に、たままた声優志望がいてさ。ホラ、配信しないでしょ? こんなのに生で配信とかさせたら事故しか起きないよ」


「え……今、さらっとすごいこと暴露してなかったっすか?」


「えぇーっ。『こんなの』とかひどーいぃ。マコちゃんいっつも冷たいからぁーっ」


「僕たちの同級生なんだよっ、『そっち』の中の人もさ。僕らと同じ秘密のバイトで、ここでオペレーターもやってて――――」


「今日も一応誘ってはみたんだけど、塾と勉強があるって話でね。コレと違って真面目なコだから」


「また『コレ』とか言ったぁーっ。少年! この人ひどくない? ねぇーっ」


「わっ。きつねーちゃんっ! 食べながらしゃべらないでよっ。もうっ」


「はははっ」


「ははははっ――――」




 僕の自己紹介が終わり、ひとしきり雑談も済んで食事が一段落したころ、マコさんが改めて話を切り出した。


「そうだ。与一君にも道すがら聞いたんだけど、『例の話』。聞かせてくれないかな?」


「そうそうっ。それを聞きたかったんじゃーん」


 例の話。そうか、あの謎のダンジョンと『彼女』の話だ。


 僕の話に耳を傾けながら、マコさんは頬に手を当てて静かに考え込んでいた。枝と大木ぐらい体つきが違うけど、確かに部長のしぐさとそっくりに見えた。


「……なるほど」


「あんまり信じられない話かも……だとは思うんですけど……」


 と眼を伏せた僕の言葉尻にお姉さんが割り込んだ。


「ね? ホラねっ、『スパークガール』! やっぱ、いるじゃんねっ」


「え?」


「あぁ、ナナヲ君。急にごめんね。実はここ最近なんだけど、僕らの界隈でちょっと話題になってる『都市伝説』があって――――」


 ――――それは迷宮内に現れる謎の怪異だ。探索者の前に突然現れる女性の幽霊で、プラズマ球のような火の玉を伴うこともある。遭遇した者は意識と記憶を失ってしまい、気付くとダンジョンの外にいる。攻略中だったはずのポータルは影も形もなくなってて、夢かまぼろしか……ってあれ? これって。


 パチンッ。マコさんが指を鳴らす。


「そう、ドンピシャ。君たちの出会った『彼女』の事だよね」


 噂話になるぐらい見てる人がいるんだっ。じゃあやっぱり、夢とか見間違いとかじゃないのか。


「正直、僕は半信半疑でさ。この仕事、競争相手に先回りされるなんてザラにあるから。そうやって台無しになった攻略の、ていのいい言い訳という名の怪談の類。そう思っていたんだけど――――」


「うん。確かに見ましたよっ。顔もっ」


 現実と確信したことで、改めて彼女の顔をくっきりと思い出せた。赤いメッシュの髪。……校庭で見た『あの子』の事は黙っておいた。


亜人(デミヒューマン)クラスの影獣と見間違えたんじゃって説が濃厚なぐらい、たいていの目撃例はシルエットだけなんだ。せいぜい光とか音とかさ。実際の姿をはっきり見てる人なんか、君ぐらいのはずだよ」


 お姉さんがなにやら落ち着いた様子でグラスの中の氷を転がす。


「そっか。いたかぁー……」


 すっかりおとなしくなった風で、どこか遠くを見つめるように目を細めている。どうしたんだろ。眠いのかな。




「そうだ、仕事(バイト)の話をしておこうか」


 仕事! それだよそれ! 忘れるとこだったっ。マコさんの言葉を受けてよっちんが仕切りだした。


「ナナヲも知ってるとおり、僕のインフェルノが壊れたじゃない。で、整備の見積もり出したんだけど、3日はかかるって話でさ。リーグにはギリギリ間に合うからそれは良いんだけど、明後日の『仕事』の方には間に合わなくって。それで、僕の代わりをナナヲにやってもらおうと、そういう話なんだよね」


 よっちんの代わり、ってことはスリンガーって事だよね。……うーん。僕の腕で役に立つかなぁ。なんとか操作系のプログラムを見直せば……あとは装備次第で、うーん。……いや、あれ?


「え? モートロイドは? もしかして、新しいヤツを買ったり……とか?」


 ああそうか。お金持ちのマコさんだ。その財力を持ってすればきっと簡単な話なんだ……という僕の期待は泡と消えた。


「いや、すまない。夏の間に研究予算がほとんどつきてしまって。この仕事って実は研究室の一環だから、そう簡単にはいかなくてさ」


「実際、ナナヲが思ってるほどハンターって稼げないんだ。競争も激しくて、特にこんなところだと、やってくる仕事のほとんどがボランティアみたいなもんでさ。たまにスゴい財宝があることもあるけど、お金だけなら動画配信のがよっぽどオイシイんだ」


 へぇ、知らなかった。上位ランカーなんて誰もが大金持ち。みんなそう思ってるはずだよ。


「えー? それじゃあどうやって買えばいいのさ?」


 戸惑う僕によっちんが不敵な笑みを浮かべた。


「ふふふん、ナナヲ。誰が『買う』って言ったんだい? 僕は『手に入れる』って言ったんだよっ」




――――――――




「きつねさん……大丈夫っすか?」


「ああ、いつものことさ」


 結局、眠ってしまっていたきつねさんを、マコさんがおぶって歩いていく。よっちんは片付けをしてから来るらしく、薄暗い路地には僕とマコさんの足音だけが響いている。


「……なかなか強烈なヤツでしょ?」


「え? あ、はい……」


「悪いヤツじゃないんだけどさ。仕事になるとちゃんとするしね」


「はぁ……」


「……それで。……キス。されたんだろう?」


「えっ? あ、はい……っ」


「はははっ、やっぱりねっ。こいつキス魔だからさぁ。あんまり気にしないでね。与一君だって何回も――――」


「はぁ……」


 よっちんのやつ……。




 いくつもの倉庫が立ち並ぶ暗い路地に入った。それほど深い時間じゃないはずなのに、まるでゴーストタウンのように人通りがなく、明かりのある建物だって一軒もない。


「ここだよ」


 しばらく歩くと、路地のつきあたりにある二階建てぐらいの倉庫についた。その脇にある通用口のキーパッドに、マコさんから教わった暗証番号を入力する。ピッ。開いたドアを先にくぐると、センサーが反応して倉庫内の明かりが灯った。


「こ、これって」


 二階ぶち抜きの広い倉庫だ。天井のクレーンから垂れる鎖に、いくつものモートロイドのボディだけが吊ってある。あちこちに積み上がった段ボールから色んな機械部品が覗く。様々な種類の作業台、折り重なるように隅っこに置いてある無数のメカパーツ。これはまるで……。


整備場(ワークショップ)。僕たちはそう呼んでる」


 後から入ってきたマコさんが、きつねさんを壁際のソファーに下ろしながら答えた。


「僕の研究室で借りてる場所でね。いろいろな作業をここでやってる」


 もともとは、よっちんのお店が買い上げた場所らしい。倉庫と兼用の簡易的な宿泊所にする予定だったんだけど、結局、中途半端に改装したところで予定がとん挫。今は食堂の倉庫として使用しながら、マコさんの研究室にも貸し出してるっていう話だ。


 興味深そうにうろちょろしてる僕に、マコさんが続ける。


「そこの宿直室だけ改装が済んでるんだ。で、寝泊まりしてるのが『コイツ』ってわけ」


 ……。


 ソファーを穏やかな目で見下ろすマコさんに、ふとした疑問をぶつけてみた。


「きつねさんの、その……。目のことなんですけど……」


「ああ……」


 ソファーから離れるように歩きながら、マコさんは語った。


「……幼いころの古傷ってやつでね。普段はおくびにも出さないけど、こう見えてなかなかに込み入った事情のあるヤツなのさ。……まあ、気にするようなヤツじゃないとは思うけど、色眼鏡をかけられるのは嫌いなはずだ。あまり触れてあげないでくれると助かる」


 マコさんはそれ以上話さなかった。……晄害病。80年代、まだ遠隔操作ロボットがなかった時代に蔓延し社会問題になった病だ。教科書の知識しかないけど、今の時代ではとっくに起こらないはずの病気がなんで……?




「おまたせっ。どこまで話したっ?」


 よっちんが帰ってきた。


「ここが、マコさんの使ってる整備場って話だよね」


「そそ。……それでっ」


 よっちんが倉庫の中央まで歩きだした。


「さて、何が見える?」


「何がって、そりゃあモートロイドの素体とかあるけどさ。見るからパーツ足りないのばっかで、ガラクタの山って感じだけど」


「ははっ。なかなか手厳しいなぁ、ナナヲ君」


「ここには、マコさんの研究室から出た色んなものが置いてある。使わなくなったもの、持ち主が卒業していなくなったもの、パーツ取り用に一応保管してあるもの――――」


 マコさんが、床に座ってる頭と右足だけしかないモートロイドの背中いじる。静かな駆動音がして、額のパイロットランプが点灯した。


「研究用だから実戦にはほとんど出してない。まあ見ての通りバラバラだけど、パーツだけ見れば新品に近いものばかりでさ」


 あーなるほど。そういうことかっ!


「分かった? ナナヲならさ。この部品の山から寄せ集めて、一体の新しいモートロイドを組み立てるのなんてさ。わけないでしょ」


「でもっ、いいんですか? ホントに?」


「この中の物はどれだけ使ってくれても構わない。必要な機材も工具も、ウチのおさがりで古いけど大体揃ってるはずだよ。ただ、一つだけ条件がある」


 マコさんが人差し指を立てた。


 「それは時間。明後日の仕事に間に合わせたいからね。なので、実質の作業時間は明日だけということになる。けど、それさえクリアできるなら、できあがったモートロイドはナナヲ君に譲るよ。あ、もちろん、仕事を終えてから、だけどね。……仕事の報酬も別で払うからさ。どうかな?」


「僕も手伝うからさ。やってみようよっ」


 僕はうれしさのあまりに答えに詰まった。


「や、やるよもちろんっ! まかせてよっ。あ、いや……マコさん、まかせてくださいっ。やります!」


 僕の専用機! それを僕がっ、僕の手で! 子供のころからの夢が一気に叶いそうな、そんな予感がした。

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