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「――――チェック」
駆動系、関節の動き、武器の状態、視野角、情報モニター。機体の初期起動手順を慣れた手つきでこなしていくよっちん。
「こっちもオッケー。なんとなくだけど、たぶん行けそう」
「適当だなぁ。まあ部長の調整入ってるから大丈夫とは思うけど……」
「感度、抜群に良いよ。モニターも最新式でスゲー見やすいしっ」
シュシュッ。トリガーを軽く引いてボクサーのようなポーズをとってみる。
「おっけおっけ。じゃあ行こうかー」
二人で並んで灰色の霧に手のひらをかざしてみる。ブブブッという独特な振動とともに真っ白な部屋が掻き消えていく。
「侵入っと。さて、どうかな……?」
あたりを見回す。と言っても真っ暗で何にも見えやしない。
ドシュッ、ドッ。よっちんの放った投光弾が天井で炸裂し、光源となってあたりを照らした。
「洞窟か……」
辺り一面が灰色の岩で覆われた洞窟タイプ。きわめて一般的で普通のダンジョンだ。少しだけがっかりした。
「DDゲージ確認してナナヲ。右下っ」
「おっけー。……とりあえずエントランスでの予測カテゴリー3、アラートなし。だいたい10階層だって」
「了解ーっ。この感じだと、もしかしたら管理者いるかもね」
ダンジョンの深さは、侵入地点の瘴気の濃度である程度予測ができる。今回の測定結果は、いわゆるホーンテッドマンション級とよばれる中層ダンジョンのそれだった。野良ダンジョンとしては十分大きい方だけれど、まあそれだけ。
「結構暗いから投光弾をまいておくよ。そろそろ影獣に注意しよう」
「了解ーっ」
戦闘に向けてシールドを展開する。第1フロアで不意打ちはないはずだけど、へんてこなダンジョンだから油断はしないほうがいいな。
暗い洞窟を順調に進む。昔はこういう狭い迷路の探索は大変だったらしいけど、瘴気の流れを感知するセンサーと、それを利用したマッピング技術が発明されてからは迷うことが無くなった。モニター上の左上には簡易的な周辺マップと、進むべき方向が矢印できっちり表示されている。
「おっと、ストップ! 前方に赤い光点! 7体来てるよー」
よっちんの《インフェルノ》のレーダーが影獣の姿をとらえた。いよいよと身構える僕の目にも、闇の奥から姿を現す黒い一団が見えてきた。
頭部センサーのアナライズ機能が反応してる。すごいな、最新式は名前と体力まで見えるんだ。正体は《スケルトン》。黒くて細長くて、なんだかフラフラと動く人型の影獣。斬撃はほとんど通らないが、ミアズマテックを含むほかのあらゆる武器が弱点。雑魚中の雑魚だ。
「おっけー、任せてっ」
サンドバックにはちょうどいい相手だ。このぐらいの敵ならつたない僕の腕でもなんとかなる。
乃野木の《ヴァイパー》は近距離戦闘用のパワータイプだ。メインの武装は両方の拳に装備したパワーナックルで、必殺武器として常備しているライトサーベルもあまり使わない。分厚いアーマーとフィジカルに特化した、実にストイックなスタイルが特徴だ。……僕はサブ武器にピストル持ってるけどね。
乃野木の見よう見まね。愚鈍に襲い掛かってくるスケルトンを次々に叩き伏せ、一撃の元に粉砕するのは実に心地がいい。しかし、その異変は5体目のスケルトンに取り掛かろうとした時に起こったんだ。
――――ガギィン。
ん? 今までと手ごたえが違う。顔面をつらぬいたはずのナックルが、何か丸い影に遮られて止まっている。こ、これは――――。
「な、なんだっ」
スケルトンの目が紫色の炎で燃え上がっている。両腕にあたる部分には、いつのまにか剣と真ん丸い盾のようなものが現れていた。構えたこの盾に打撃が阻まれてしまったわけだ。ば、バカなっ。よく見ると、残りのスケルトンが全員が同じような姿に変化している。剣と盾だって? まさかっ。
「よっちん! 様子がおかしいっ」
モニターのアナライズ表示が目まぐるしく回り、バグった文字と数字がまとまって一つの単語を構成した。スケルトン……ナイトって? え? 嘘だろ、体力表示が何倍にも跳ね上がっているぞ!
バキッ。
モニター表示を注視した隙を突かれ、3体のスケルトンの斬撃がボディにクリティカルヒットした。防御姿勢だったのに、シールドゲージが一気に半分になってる。や、やばっ。クソっ。
カチリ。
ヴァイパーの目の色が赤く変わる。応答攻撃モードを起動。……僕は運動は苦手だし体力もないけど、機械いじりとプログラミングだけは得意なんだ。空手をベースにした戦闘プログラムが、相手の次の攻撃をすんででかわして強烈なカウンターを叩き込む。しかし、二体のスケルトンが消し飛んだところで、最後の一体がゆるりと後ずさりをした。
こいつ……。なんかわかったぞ。倒したスケルトンナイトを構成していた黒い霧が、地を這うようにして最後のスケルトンの足元にまとわりついている。影は集まって竜巻のように吹き上がり、その渦の中で一つの巨大な骸骨の姿を形成していく。
こ、こいつはなんなんだっ。アナライズ機能が悲鳴を上げて、文字化けした状態で固まってしまったっ。こんなやつ……ドッ。巨大スケルトンの頭に、細長い傘のような砲弾が突き刺さる。ボゴンッ。一拍遅れて爆発……よっちんの速射榴弾だ!
「ナナヲ、離れててっ」
ドンッドドドッ。《インフェルノ》の連続砲撃。強力な爆撃に巨体が倒れこんで咆哮を上げた。
よっちんの《インフェルノ》は中距離支援用の機体だ。愛用のメイン武器は、多種多様な砲弾を使い分けることができるように改良した僕の特製ハンドキャノン。射撃に特化して対応力に全振りしてるので機動性は低いけど、背中に装備した三本目の腕で4種類の武器を同時に扱うこともできる。
「こいつ、たぶん中型ボスだ。もしかしたらそれ以上かも。……この隙に魔核を探してみてっ」
「あっ、そうか……了解ッ!」
ボスクラスには、大量の瘴気を発生させる《魔核》と呼ばれる弱点部位が存在する。これが強力な自己修復の源になっているので、まずはこいつを発見して破壊するのがセオリーなんだ。黒い影に隠れているが、カメラを調整することで見つけ出せる。
……あった。砲弾の雨の中でのたうつ怪物の腰部分に、ひときわ明るく見える光球……これか? 僕はライトサーベルを引き抜いた。市販品だから爆発はしないけど、なんだかいい気はしないな……。まあとにかく、応答攻撃にターゲットを指示だ。
インフェルノの弾幕が途切れ、ちょうどいいタイミングでヴァイパーがジャンプ攻撃を仕掛けた。両手でかかげたライトサーベルを逆手に持ち、倒れたデカスケルトンの胴体めがけて飛び込む。ドカッ。ひときわ大きな咆哮があたりに響いた後、巨大な黒い塊は動かなくなった。
「……どうなった?」
力なく倒れた巨体からもうもうと煙が立ち上り、シューシューという音ともに次第に消えていく。ライトサーベルが突き刺した場所にはゴロンとした玉が落ちている。
「これは……?」
「大丈夫かーっ」
よっちんのインフェルノが重い腰をゆすりながら走ってきた。
「……石? ……なにこれ?」
大きく砕けた紫色の水晶玉のように見える。光沢はなく輝きも消えてるけど、『あの石』の事を思い出さずにはいられなかった。
―――――――――
「……似たような事例、見つからないなぁ」
よっちんが腕を組んで考え込んでいる。
「魔核って、こんなじゃないよね?」
砕けた水晶玉を蹴っ飛ばすと、ポロポロと崩れながら床のへこみに転がった。
「なんだろうね、これ……。それに、あのスケルトン……ナイトって、確か第8フロアから出現するクラスだよ」
「……あのデカいのは?」
「これがさぁ……。画像検索にも引っかからないんだ……。特徴だけみれば『レギオン』っていう種類のようにも思えるんだけど、最後の出現が20年以上前でさ。wikiに情報が無いんだよね。しかもあの『ツリー』で確認されただけだし……」
「ふーむ……」
紫の水晶玉……。謎のモンスター……。『あの時』の爆発とも何か関係があるのだろうか。
「……で、どする? 弾にも燃料にも、まだ余裕があるにはあるケド……」
「いや、行こう! いや……。そうだよ、せめて第1フロアの報酬だけでも持って帰ろうよ」
「まあそうだねぇ……ここまできて赤字はなんか悔しいしね」
キュイン。シールドと武器パワーをチャージする。
しばらく進むと、途切れた通路の向こうに開けた空間が見えた。この広さ。ピンときた。入ると敵がわんさか出てきて倒すまで先に進めない、典型的な『エンカウンター』ってやつだ。そして、マップで見る限りどうやらここが最後の部屋らしい。腕を掲げてインフェルノに合図を送る。
「来たか……。いやー、なんか。すごく『イイ予感』がするね」
「うん。警戒してたのに、あの後一度も敵と遭遇しないなんてね。……何が起こるのやら、だ」
二人は顔を見合わせて、不安と期待が入り交じる歩みを進めた。
投光弾が映し出した空間は想像より広かった。天井まで20メートルぐらいはあるドーム状の空間だ。広さは100m四方ぐらいかな。警戒しながらしばらく進むと、中央に何か小さなものを見つけた。ポツンとした人影。なんだろう……声のようなものが聞こえる。女性の泣き声のような……。
「うっ……うっ……」
しゃがみ込んだ小さな子供のような姿。これが……敵……? 影獣のはずだけど、アナライズに反応がない。この声、コイツか……?
「よっちん! 異常ないっ?」
身構えながら近付く。インフェルノの広域レーダーにも反応は無いみたいだ。コイツは一体……。無防備な背中に拳を近付ける。
キンッ。
うっ。突然のまぶしい光! 地面だ。地面に巨大な魔法陣のようなものが突然現れて、その青白い輝きが周囲を明るく照らしているんだ。
「うわわっ」
ゴゴゴッ。振動に足を取られてよろめいていると、その小さな影が静かに立ち上がるのを視界のはしにとらえた。長い髪のような触手を炎のように揺らし、あのスケルトンと同じ紫色の炎の瞳をこちらに向けている。
「ナナヲ! 周りだっ! ドーム全体に反応多数! 囲まれてるっ」
よっちんが叫ぶ。こっちのレーダーにも現れはじめた。無数の赤い点が中心に向かってくるのが見える。……いやそれよりも、こいつだ。表情なんかない黒いカタマリのはずなのに、その瞳にはなぜか煮えたぎるような怒りを感じる。アナライズの反応が真っ赤に燃えて、何かを訴えかけているっ!
「よっちん! コイツっ、名前は『イクシオン』! し、信じられないっ……カテゴリー7の管理者だ!」
《ルーラー》とはダンジョンの最奥に控えている大ボスの事だ。形態はさまざまだけど、奥に安置されている秘宝を守るために、ダンジョンの最後の扉の前で待ち構えている、というのが共通の特徴。……のはずだ。
「こっちのモニターにも警報が出てる。けど、7だってっ!? 『アビスホール』は200階とかでしょっ。そんなヤツがなんでここにっ」
「しっ、知らないよっ! けど、やるしかっ!」
僕はすかさず体制を立て直すと、振りかぶって子供の影に拳を叩き込んだ。が、全力で放ったその一撃は、寸前で透明な膜に阻まれてガチリと止まってしまった。
「くっ、バリアがっ……!」
「絶対領域持ちだっ。先に雑魚を片付けないとだめだっ」
周囲をうごめきながら近付いてくる影が見えた。不定形にゆらぐ姿。人間ほどの大きさ……。ファントム……いや、スライム系か? 見るからに禍々しいオーラを携えている。
「ナナヲ! これ使ってっ」
そばまでやってきていたインフェルノが、第三の腕に持たせた予備の銃をこちらに差し出している。
「こいつら、『ブラックプリン』だ。打撃は効かないタイプだよ」
僕はパワーナックルを解除して、そのマシンガンを受け取った。
「み、見えてると思うけど、こいつら体力が異常に高いんだっ」
「――――大丈夫。スライム系の本体はその大きな魔核なんだ。正確に中心だけ撃ち抜いていけば周りの部位は勝手に崩壊する」
「なるほど……」
「仕方ない、エイムアシストを使おう。あと、一応サルベージの準備もしとくよ」
「り、了解」
僕たちは、武器を構えたままにじり寄って背中合わせになった。無数の黒い影……そのブヨブヨした大きなカタマリの群れが、じわじわと輪をせばめてくる。
「徹甲炸裂弾を装填、フルオート。――――サブも構えてて。まだだ。もっと引き付けるんだ……」
緊張感に汗が噴き出した。マップ上の赤い点がどんどん増える。カウントが……200……220…………250、ウソだろまだ増えてるっ。視界の方にも、赤黒い魔核の鈍い輝きが折り重なるように迫ってくるのが映る。
「……射撃と同時にさっきまでいた通路の方に移動しよう。……僕が切り開くから、後方をおねがい」
「了解っ……」
じりじりと後ずさる。――――《イクシオン》。亡霊のような子供の影が、ゆらゆらと揺れながら真っ黒なオーラを立ち上らせている。コイツ……さっきは怒りだと思ったけど、たぶん違うんだ。ぐらつく首をまるで笑うように震わせている。
「……いくよ。……2……1……っ」
ドドドッドガガガガッ。一斉射撃だ! 最前列のカタマリが次々に砕けていく。自動的にターゲットを捕捉するロックオンカーソルが目まぐるしく動いている。よっちんの言う通りだ。数発食らわすだけですぐさま溶けるように形が崩れ、面白いように吹っ飛んでいくぞ。
「こ、こいつらもっ。きっと、そうだよねっ」
「そうだね。さっきのスケルトンと同じ。倒した残骸を食べて成長していく。……ここからだね」
モーゼのような進軍はしばらく順調に思えたが、最初の数十体を倒したころにその異変が起こり始めた。
「!? 待って、よっちんっ。奥の方から何か飛んできてるっ」
ピピッ。カーソルが反応。群れを飛び越えて、まるでデカい雹のように襲い掛かってくるその姿が見えた。紫色の炎をまとったスライムの雨だ!
「うおおっ」
銃口を上に向けようとするが、エイムコントロールの反応が鈍い。そうだっ。き、切り替えがっ。し、しまったっ!
ドッドドドン。
頭上を襲うスライムたちが煙に包まれて弾け飛んだ。インフェルノの背部ランチャーだ。前の敵を相手にしながら、背中越しに正確に追尾ミサイルを命中させた。さすがっ。
僕は無我夢中でトリガーを引いた。燃えるスライムの砲弾たちは即座に花火のように爆散し、黒い霧雨になって降り注ぐ。間に合ったか。いや……降りしきる雨の向こうに、津波のようになって膨れ上がる影が見えてきた。ま、まさかっ。
「あ、ありえない……だろ? だって、こいつっ……」
まるでうごめく黒い山脈だ。マップ上の光点が次々に取り込まれて消えていく。その規格外なスライムは、体中を波立たせながら次第に変貌をとげる。
「春フェスの決勝だね。確かそう、えっと……『ガルガンチュア』」
《ガルガンチュア》。忘れもしない。新入部員だった乃野木に、半ば無理やりにライトサーベルを持たせたのは、動画でこいつを見たせいなんだ。ある意味元凶の元凶なわけで、因縁の相手だ。……だいぶ言いがかりだけど。
ドシンっ。巨大な手のひらが前衛のスライムたちを叩き潰した。地響き。メキメキと地面が割れる音。スライムの海を薙ぎ払いながら、巨大な足が一歩踏み出す。見上げるような体躯の首なし巨人。その頭のない半透明な胴体には、無数の魔核が集まる巨大な目玉のようなコアが見える。浅黒い体の奥底で、まるで深淵からこちらを覗くように真っ赤な光をぎらつかせている。
「……まいったな。さすがにこれはキツいかも」
よっちんの弱気の原因がすぐに分かった。マップ上の赤い光点がみるみるうちに4つに収束していくぞ――――。
春の『ザ・ラン』でトリを飾ったルーラー。あのクロックワークスが3人がかりでも20分近くかかった難敵。それが『4体』……。今にも倒れかかろうととする巨壁が、周りをぐるりと取り囲んでいるのが見える。なるほど、このドームの広さの意味が分かった。体長15mを超えるだろうこの巨人たちには、これでも全然狭いぐらいだ。
「……ナナヲ、こっちっ。出口がもうそこなんだ」
一体のガルガンチュアの足元に、投光弾に照らされた通路の明かりが見える。
「閃光弾を撒くから、その隙に足元を抜けよう。狭い通路内なら手出しできないはず」
「わかった……援護するよっ」
武器満載のインフェルノは機動性が低い。この距離だと、ブーストをかけてもギリギリのはずだ。
「頼むよ。通路に入ったら『ノヴァ』をチャージする」
「なるほど……了解っ」
ダッ。二手に分かれて駆け出した。バリバリッという稲妻のような爆音とともにスタナーの閃光が炸裂する。巨人たちの雄たけびがドーム全体に響くが、やはり効きが甘い。クソっ。もう体制を戻してその巨大な腕を振り回し始めている。
ドドドドッ。射撃に気付いた4つの赤い目玉がギロリとこちらを向いた。こいつらのノソリとした動き。近接戦闘用のこのヴァイパーなら余裕でかわせるはずだ。
ドスンッ。
後方から迫っていた一体の腕がすぐ近くに振り下ろされた。あ、危ないっ。くそっ、こいつらの装甲のような皮膚はサブマシンガン程度じゃびくともしない。マトモにやりあっちゃだめだ。走り回ってインフェルノの時間を稼がないと。とにかく回避に専念するんだっ。
「チャージ開始するよっ」
よし! 通路にインフェルノが入っていくのが見えた。今だっ、ブーストオン! 全力で走り抜けろっ!
――――キィィン。
インフェルノが胸部装甲を開いて射撃体勢に入ってる。《バスターノヴァ》は駆動系と直結するエネルギー砲だから、一発撃った後はシステムの再起動に10分掛かってしまう。機体の受けるダメージも大きいので一度きりの必殺兵器だが、その威力は絶大だ。
「急いでっ!」
カウントダウンには十分な余裕がある。いけるっ! このまま巨人の足元をすり抜けて、滑り込めば全然余裕で……ガクンッ。わわっ。何かにつっかかるようにヴァイパーの機体が宙に浮き、そのまま地面に叩きつけられた。ドシャン! くそっ、なんとかシールドは維持。一体何が……。
「ナナヲ、後ろだっ! ワイヤーっ!」
これはっ。し、しまった。背中から伸びる機体回収用のサルベージワイヤーだっ! 慌てて振り向くと、巨人の一体がその太い腕でワイヤーを掴み上げようとしているのが見えた。動き回ったせいでたわみきったワイヤーに気付かれたのかっ。そんなっ。
ブォンッ。
巨人が腕を大きく振りかぶり、鞭のようにワイヤーをしならせる。わっ。ドガガガッ。ヴァイパーの機体が勢いよく振り回され、弧を描くように地面にこすりつけられたあと、そのまま壁面に激突した。ドガンッ。痛ってえっ……シールドダウンだ、警報がいっぱい出てるっ。各部位のダメージ『深刻』! ちくしょうっ、直したばっかなのにっ!
――――キイイイイイィィン
バスターノヴァが最終段階に入ってる。ここまで来たらもう止められない。液晶のにじむ目をやると、インフェルノを追って通路を覗き込む巨人の姿が見えた。そして……。
ドォンッ!
まばゆい閃光と轟音。一瞬にして現れた小さな太陽! その火球のただなかで、巨人の体のあちこちが煮え立ってドロドロに崩れていく。えぐれた胴体からコアがこぼれ落ち、全身を炎に包んで地鳴りのような断末魔をあげた。爆縮の衝撃波がドーム全体を駆け巡り、あちこちで壁や天井が剥がれ落ちている音がする。
「よっちん! 大丈夫か!?」
「機体は大丈夫だけど、問題発生だ! こっちの通路、ガレキで埋まっちゃったよっ」
よっちんの叫びに全身の血の気が引いた。
「ま、マジで? こっちはもう……。ど、どうするっ」
ヴァイパーがヨロヨロと立ち上がった。赤いモニターが読み切れないほどのエラーを垂れ流してる。かろうじて歩けそうだけど、マシンガンはさっきの衝撃でどこかに吹っ飛んでしまったし、そもそも腕の機能がオフラインだ。もうナックルも起動しない……。
「落ち着いてっ。こっちのレーダーで別の通路の入り口を見つけてたんだ。マップに出すからっ」
ノイズまみれのモニターにかろうじて矢印が表示される。これか……と頭を動かしたその時だった。その暗い通路の奥にナニカが見えた。うっすらと映る蜃気楼のようなシルエット。ピピッ。マップ上にアンノウンを示すオレンジの光点……見間違いじゃないっ。
ズシンッ、ズシンッ。残りの巨人たちの怒りの矛先がこっちに向いた。地面を激しく揺らす音が、満身創痍のヴァイパーのすぐ背後に迫る、まさにその時だった。『それ』がついに僕の目の前に現れたんだ。
――――――――
「あっ……え!?」
スタスタと通路から現れる人影……。いや違う。『ひとかげ』じゃない。影獣でもない……。どう見ても『人間』だ。生身の人間だっ! な、なんでっ。
「ナナヲっ! どうかした?」
「き、君は……」
この『制服』。どこかで見たぞ……? なんだっけ……? この背格好。そしてこの、特徴的な『赤いメッシュが入った長い髪』。……えっと、確か……。
シュッ。記憶を巡らせようとした瞬間に女が跳んだっ。壊れかけのセンサーじゃその影を追うのが精いっぱいだったけど、かすめるように跳び越える時の顔がギリギリ見えた。マスクしてるけどたぶんそうだ。校庭にいた『あの子』だっ。
「よっちん! 人だ。中に人間がいるんだ!」
「え? なんだって? なにがいるって――――」
ズドンッ。よっちんの戸惑いを遮るように、強烈な炸裂音があたりにこだまする。まさかと思い巨人の方を振り返ると、スローモーションで倒れゆく巨体の上には彼女の姿があった。巨人の胸に腕を突き刺し、放電するようなバリバリとした光をまとっている。
「う、ウソだろ……」
ドドォン。巨体が崩れ落ちる。その土煙の向こうに、ようやく女の顔が見えた。小さなボンベが付属する酸素マスクのせいで顔の下半分は見えないけど、生気のない無表情な瞳で巨人を見下ろしている……。
ウオオォォ。残った巨人が悲痛な叫びをあげながら、その小さな人間をつかみかかろうと必死に迫ってくる。その様子に気付いていないのか、彼女は茫然自失な眼差しで立ちつくしているように見えた。
「あ、危ないっ!」
4本の腕が覆いかぶさろうとした、次の瞬間だった。ドガッ。バリバリッ。稲妻のような閃光と炸裂音! 彼女がかざした両手のひらから、電流のようなエネルギーがあふれ出していた。その奔流が巨人の腕を伝い、瞬時に胴体まで達してコアを焼いている。シューシューという煙を上げながら、二体の巨人が同時に力なく崩れ落ちる。一体何が起こっているんだ……。
混乱する僕をよそに、彼女は巨人の亡骸から飛び降りて、スタスタと歩みを進めた。あっそうだ、そうだよ! 忘れてた。これで終わりじゃないっ。というかむしろ前座なわけで、本体は……。
ゴゴゴゴゴゴッ。
イクシオンのシルエットだ。大きさは変わってないが、さっき見たときとは全く違う、禍々しい炎のようなオーラに覆われている。信じられないことだけど、溶けた巨人たちの残骸がその小さな体に集結しているのが見える。
その炎のただなか。依然として子供のような姿の影が、ぐらぐらする頭を不規則に揺らして彼女を見つめている。……遠目に見ても、さっき見た時の表情とは違うように感じるのはなぜだろう。怒りでも、笑いでもない。これは……『哀しみ』か? なぜかわからないが、そういう風に見えたんだ。
チリチリと帯電した空気があたりを包む中、『その子』はスタスタと歩み寄っていく。と、不意に両手を伸ばして荒れ狂うような炎に向けてかざしたかと思うと、そのまま何の躊躇もなく全身を炎の中に投じてしまった。
「あっ、あ……?」
あまりの光景に息を飲む僕を尻目に、彼女は炎の中を平然と歩き進める。そうするうちに、炎は何かに怖気づくように勢いを失ってしぼみだした。彼女がしゃがみこんで小さな黒い影と顔を合わせた頃には、紫の炎は掻き消えてしまった。
頭をかしげた黒い子供は、何かに怯えているようにすら見えた。彼女は確かめるようにその燃える瞳をゆっくり見つめたあと、その肩をギュッと抱きしめたんだ。僕の目には確かにそう見えた。そして……。
ドッ。目がくらむような閃光があたりを覆う。うっ、この光! これもどこかで見たような……気がっ――――。
――――ピーピー。ピーピー。真っ暗だ。何も見えない。『NO SIGNAL』の文字と起動エラーを示す警告音。そして時刻表示……。侵入から2時間? そんなに……。
ヘッドマウントゴーグルを外してみると、そこはもといたゴミ捨て場の前だった。そのゴミに混ざるように、ヴァイパーとインフェルノの『ほぼ残骸』が転がっている。はぁ。……ため息がでた。
「……消えてる」
お地蔵さんの形をしたポータルは影も形もなくなっている。いやちょっと待て。ぬかるみに残ってるこの足跡は? 一体誰の……。
「いやー、こんなダンジョンは初めてだったねぇ……」
よっちんが遅れて起きてきた。
「うん。聞いたこともないよ。でも、何かの『意思』のようなものは感じたよ。それがなんなのか。『誰』なのかはわからないけど……」
言葉を詰まらせる僕によっちんが続けた。
「ナナヲ……。一体何があったんだい?」
「いや、それが――――」
どう説明すればいいのか分からなかった。自分で見たその光景を信じられなかったんだ。晴れない疑問がぐるぐると頭をめぐる。彼女は一体何者? その目的は? あのボスは一体? そしてこのダンジョンは……?
……。
はぁ……。明日、部長に土下座だな……。




