川姫
この真っ白な異空間にドン吉がいることも驚きだが喋ったことに混乱してしまう。
まるで子供向けのカートゥーンだ。非現実感が半端ない。
「ドン吉だよな」
「ヒヒーン、そうだぞジジイ」
「ジジイはよせ」
「じゃなんと呼べばいい」
「マモルでいい」
「マモジーで」
「……まあいい、それで状況とか事情は説明できるか」
「その前になんか食わせてくれ」
「ニンジンでいいか」
「ヒヒン、ありがてえ。マモジーもここの物は飲み食いすんなよ。出られなくなるぞ」
まるっきりヨモツヘグイじゃないか。
神話ではあの世の食物を口にすると黄泉国の住人となってしまい二度と現世に戻れなくなるとされている。
男は歳をとるとエロか歴史に走ると言われているが俺は歴史だ。本当だぞ。エロいのは昔からだ。
さらに古い家系なのでこういった古史古伝にはナチュラルで詳しい。
「それじゃ今まで飲まず食わずだったのか」
「まさか、背中の食いもんに助けられたよ」
そういえば弾薬、道具類以外にも飲料水や携帯食も積んでいたっけ。
見ればドン吉に装着してあったバッグや防弾チョッキはボロボロだ。顔や身体にも傷があり尻尾やたてがみは燃えたように縮れていた。
こいつはこいつで冒険をしてきたようだ。
とりあえずブギーマンの癒しの布で手当てをして新しい荷鞍とタクティカルベストなどを括り付けた。
「ヒヒン、おいらが助けたあの子供はお姫様だったのか」
「他にも色々あってドン吉、お前は神馬として崇め奉られているぞ」
「なるほど、それだから川姫はおいらを取り込んだのか」
「どういうことだ」
「カワクモに引きずり込まれたところに現れてこの川姫の住処に閉じ込められた。なんでも信仰の力が流れ込んでいてそれを吸い上げているとか。ブルルル」
「力を吸い上げる。もしかしてそれが川姫の権能なのか」
そう考えれば護衛たちのエクストラが発動しなかった理由も納得いく。能力を奪ったのではなくエクストラに費やすエネルギーを横取りしていたのだろう。
「それで言葉を喋れるようになった理由は?」
「ヒン? おらはマモジーと出会ってからずっと喋っていたぞ」
「えっ、そうなのか」
「マモジーがわかるようになったんじゃないのか」
うーむ、どこかで似たような話を聞いたことがあるぞ。
そうだヨシュアだ。眷属にしたモンスターとコミュニケーションをとっているとの情報があったはずだ。エクストラのノスフェラトゥ・ゲヌスと同種かは不明だが、ヌシとしてレベルアップした結果得られた新たな権能なのかもしれない。
果たしてドン吉は俺の眷属なのか。
試しにドン吉にも結界を張ってみる。
おっと俺と同じ結界の膜が張れたぞ。
確かに力の流れを感じる。シロミのホスト・センサーの感応とは別種の魂の奥底での結合、一部が繋がっているともいえる。
この川姫の異空間にさえ囚われていなければドン吉の様子を把握できていたかも。
「では川姫に会いにいくか」
ドン吉の装備を整えた俺はマウンテンバイクを取り出した。
「おいらに乗らないのかマモジー」
「足場が悪くなったら頼む」
ここは平坦なので自転車の方が快適だ。
いったん結界を解いて川姫に吸い上げられている信仰の力とやらを追跡する。
道中、奇怪な生物群がそこかしこにうろついているのを見かけた。
例えるならかカンブリア爆発で誕生したアノマロカリスやオパビニアといった外見のクリーチャーからアンモナイトのような頭足類、ウーパールーパーのような両生類などだ。
冒険者のスレッジハンマー使いのツッチーが言ってた「突然現れた新しいダンジョンなんか特に見たこともない魔獣がいて本当にこの世のものかと思う」という言葉が実感できた。
襲ってくる様子はないのでここはダンジョンではないようだ。どれだけ進んだか目印がないので定かではないが半日ほど移動するとやがて川のせせらぎが聞こえてきた。
近づくとその川原は無数の骨や殻で埋め尽くされていた。
俺は足元の白い地面を見つめ、振り返って彼方まで続く轍と蹄鉄の跡を眺望した。
まさかこの景色すべてが漂白された亡骸じゃないよな。どうしてこんな異空間を創ったのだろう。川姫の心象風景とでもいうのか。
水面が盛り上がり川姫が現れた。相変わらず感情の読み取れない虚ろな眼がニュルニュルとうねる体表から俺を見つめている。
こいつを倒せばどこかの1億人の未来が取り戻せるはずだ。
『虎穴に入らずんば虎子を得ず』
なにも失禁を誤魔化すためだけに誘いに乗ったわけじゃない。ホントだよ。
「ドン吉、下がっていろ」
「ヒヒン、気をつけろ。あれは本当の姿じゃない。本性を隠しているぞ」
結界を再びまとったドン吉が警告して離れていく。
「どうしてここに呼び込んだかわかるか?」
俺はぐるりと見渡し答えた。
「お前に有利だから?」
「それほど地の利はない。せいぜい閉じ込めるぐらいしかできん」
こんな退屈そうな所で余生を過ごすのは御免こうむりたい。
「気がつかぬか? 威武岐や玉藻の前ほどではないな」
知り合いなら話し合いで解決できんものかと思ってしまう。しかし俺の力量を推し量っていることはわかった。川姫も用心しているのだ。
「威武岐よりは強いぞ」
「そのようであるな」
気が張り詰めていく。体表の一部が激しく渦巻きはじめた。
俺はポンと手を打った。
「あ、なんだ見物人ことか」
「お……おう、そうとも、見世物になる気はないからの」
出鼻をくじいてからのアスポート。
シロミ✕威武岐の石礫を連射しつつ89式小銃をフルバーストで叩き込んだ。




