辺境伯領
「神馬ですか?」
「そうさ、街道じゃ今その話題で持ちきりだよ」
俺たちは異世界居酒屋デビューをしていた。
小さな町の酒場で久しぶりのアルコールにありつく。禍獣に襲われて万が一があってはいけないと宿場町に着くまで禁酒令がでていたのだ。
シロミは護衛役なので食事だけだ。鳥の串焼きを美味しそうに頬張っている。
報酬を貰えるわけでもないのによくモチベーションを保てるものだと感心する。
国会議員になるとき私利私欲を捨て、常に国家および国民全体の利益を最優先にすると決めたそうだ。
アズマの一件は本人も猛省しているがたまには緩めるのもいいと思うよ。
俺なんか緩みっぱなし。あ、屁が出た。
「なんでもリンリン騎士団を襲った巨大スウォーマを神通力で粉々に吹き飛ばしたそうだ」
「いやいや野盗に拐われた辺境伯の若様を炎の化身となって助け出したと聞いたぞ」
「あんたらでまかせを言うんじゃないよ。タコアシに襲われた巫女さんたちに聖級のレリックを授けたって話だよ」
「わしの聞いた話では野生馬の王になって落雷に打たれたがピンピンしていたそうだ」
酔客や店主相手に噂話を収集しているがかなり情報が錯綜しているようだ。現実離れしていてかなり尾ひれがついているのではなかろうか。
ここはキタノール辺境伯領。
獣人族の国に対する北の守りを任されているのはノンノン・キタノール辺境伯。侯爵と同格というが俺にはイメージしづらい。
シロミによると会社なら専務ぐらいというが会社勤めとは無縁な俺にはもっとよくわからなかった。
ちなみに辺境伯は女性で若様も女の子なんだとか。
名前の出たリンリン騎士団というのもリンリン・リンリという女騎士が団長だという。
禿げたアニメ監督みたいなネーミングセンスだ。
鬼族の国『キアラ』は絶対王政の国でトップは基本的に女王となっている。母系社会がそのまま大きくなったようだ。
たしかに男のほうが体格では上回るがこの世界にはエクストラがある。
たとえばアグネス一人でも電撃を放てば先遣隊全員と戦えるだけの力はあるのだ。
役割分担はするが単純に男は外、女は家とはならないのだろう。
そして『キアラ』は平和主義だった。
武を極めることには積極的だが対外的にそれを振るうことには消極的だ。まるで日本の専守防衛のようで好ましい。
さらに言えば女王の権威は神々の代理とし神授されたものなんだとか。ニューオオガ村のハミコ様がスケールアップしたようなものかもしれない。
対して獣人族の国『マンマル』は様々な獣人の集合体であり各種族代表の合議制になっているそうだ。古代アテネの都市国家のようなものか。
往々にして感情的判断に左右される衆愚政治に陥るようで鬼族とよく衝突するそうだ。鬼族との間には根深い歴史問題、領土問題があるようだ。よく聞く話だ。
合議制の方が無責任に戦争論に傾きやすいとはシロミの弁だ。
とはいえリザードマンの国は軍事独裁政権だが領土的野心が旺盛なんだとか。どうも民族的に竜の血統として支配者たるべき優越的な思想があるようだ。他民族の頂点立つのが自然の摂理やら義務らしい。
一方その隣国ドワーフの国は経済的利益優先で超巨大複合企業がそのまま国の体裁を整えたようなものらしい。
非常にコンパクトな政府であらゆる社会組織が民営化されているようだ。それは軍隊や警察、政治にまで及ぶという想像もつかないレベルだ。
謎なのはエルフの国で、数千年を越える寿命を誇る種族が常識的な政治形態を持つはずもなかった。
三百才で選挙権獲得、五百才で立候補可能になるが選挙は百年に一度という気の遠くなるようなマイペースぶりだ。
エルフのちょっと待っては何年かかるかわからないという冗談もあるほどだ。
伝聞では古老たちの裁決というか過去の事例に照らし合わせて何事も決められるという。
「バックミラー見ながら自動車を運転しているようなもので危なっかしい」
シロミはそう呆れたが縄文時代に匹敵する気の遠くなる時間、継続的に民族性を維持しているのだから大したものだ。
異世界酒場を出て俺たちは宿へとそぞろ歩く。
人の営みに変わることなし。そんな印象をあらためて認識した。
ただ……夜空を見上げる。
大小二つの月がそこにはあった。
投影世界仮説には多少の説得力はあるが、あの二つの月はどうなのだ?
余分な二個目の月は元世界の何が投影された物なのだろうか。
宿に帰るとなにやら騒然としている。
どうやら宿泊している巫女さんたちが神馬から授かった御神器を自慢しているようだ。
首都『ラセツ』まで行って鑑定してもらうと意気込んでいる。
俺とシロミはどこかで見たツールに足を止め、確認したあとそっと目をそらした。
なにも冷や水を浴びせる必要はないのだ。
返せとは言わないからお宝にでも何にでもしてくれ。
それにしてもドン吉よ、お前はどこで何をやらかしているのだ。




