お花畑
歩き疲れた俺はドン吉の背中の人になった。前を行くシロミがリードを曳いている。
乗り心地は悪くないが尻が痛くなってきた。歳を取るにしたがい肉が落ちていった薄い尻にはきつい。毛布を敷いてしのいでいる状態だ。
漫然と揺られているのも暇なのでエクストラのトレーニングを開始する。
ニューナンブの弾は一発ずつしか排莢、装填できなかったが自動拳銃はマガジンごと交換ができる。素早く入れ替えられるよう練度を上げていく。同様のことを小銃でも繰り返す。
次にシロミの担いでいる小銃でもできないか試してみるが無理だった。距離の問題かもしれない。休憩時に離れた場所へのアスポートを試してみよう。
次にアスポートで預けてある物の検索だ。
肝心な時にパニックであれでもないこれでもないと某猫型ロボットのように役に立たないアイテムを取り出すことのないようにしないとね。
「ん?」
俺は奇妙なアイテムに気がついた。
それはおぼろな影のようで取り出せそうになかった。
何を入れたっけ。
記憶にはない。
なんだか重要なアイテムのような気はする。
そんな輪郭も定まらない影がいくつもあった。
「どうしたの?」
「アスポートした覚えのないアイテムがあるんだ」
「どれどれ」
シロミが膝にタッチした。
衣服越しでも接触テレパスは有効だった。
(一、ニ、三……重なり合っててわかりにくいけど十個くらいはありそう)
(うーん、まったく心当たりがない)
「ところでシロミさんや、お腹がすいたけどお昼はまだかいのぉ?」
「イヤねぇおじいちゃん、お昼はさっき食べたばかりでしょ」
「そうだったかいのぉ」
「本当に記憶力がないのね」
「どこに何をしまったのかわからなくなってきたよ、あははは」
忘れたとかボケたとは思いたくはないがちょっと自信ない。それにしてもなぜ取り出せないんだろう。
その日の夜の野営地はきれいなお花畑のような場所だった。
色とりどりの花が咲き乱れる野原の片隅にテントを設営する。
シロミの大好物のカレーライスを提供したあと俺は見張りは必要ないと宣言した。
「本当に今夜は警戒しなくて大丈夫なの?」
「うん、実は野営するたびにヌシの権能で結界を張っていたんだ。普通の禍獣は近寄れないという自信がやっとついた。俺が寝ている間も消えることがないから安心して」
不安がるシロミを説得して休ませる。毎夜、無理して俺より長い時間見張っているので疲れが溜まっているのが丸わかりだ。
俺の言葉に偽りはなくニューオオガ村ほど大きくはないがヌシとして同じ強度の結界を張れるようになっていた。
結界を破ろうとしたらすぐにわかるが、そもそも結界に触れることすら困難なのだ。なぜなら光が屈折するように侵入者は逸れていくからだ。
こうして安眠できるはずだったが結界内部にふいにそれは出現した。気配察知が警報を鳴らした。
「敵襲!」
「はい!」
間髪入れずシロミの声が返ってくる。寝てなかったのかよ。
「何者?」
「分からないテリトリーの内側にいきなり現れやがった」
そいつは花畑の中に出現して滑るようにこちらへやってくる。
まるで実体のない幽霊のようだ。
「止まれ!」
制止の声に反応して移動をやめた。
俺の動悸がさっきからヤバい。ヌシの気配察知がこいつの正体を教えてくれていた。
そんな、まさか……ありえない。
だがここは『ゲミニス』元世界の似ていない双子だ。
二つの月に照らされてぼんやりと浮かび上がるのは幼く見える花の妖精だ。
たおやかな仕草でお辞儀をして微笑み俺を見つめる佇まいは可憐そのものだ。
俺は銃を投げ捨てて駆け出した。
「マモさん!」
シロミが驚いて叫ぶが知ったこっちゃない。 だってあれは産まれるはずだった俺の子供なんだから。
まだ十代だった俺は妊娠中の彼女と同棲生活を送りはじめた。ちょうどそんな漫画や歌、映画が流行していた時代だったか。
結婚が常識で未婚の若い男女が一緒に住むことは珍しかった。
そして愚かだった俺は店の自動車に彼女を乗せてドライブ中に無理な運転で事故を起こした。
当時は安全ベルトをしているドライバーも同乗者もごく稀だった。だから二人とも大怪我をしてしまい、彼女は流産。
ほどなくして俺たちは別れた。
青春の蹉跌というやつだ。
俺の中でまったく折り合いがついていない最大の傷跡でいまだに血を吹き出しては痛みを感じる。
幸せの絶頂から地獄のような悔恨の日々へ。それでも眩しいほどキラキラ輝いていた彼女との生活は色褪せない。
俺が生涯独身だったのは子を産めなくなった彼女への贖罪だったのだろうか。
俺は花の妖精の前でしゃがんだ。
女の子だろうか、それとも男の子?
妖精に性別はないのか中性的で未分化な容姿だ。
「パパ?」
花の妖精が単語を口にし俺の涙腺は決壊した。
このクソったれな『ゲミニス』に呪いあれ。




