ダストデビル
※第三者視点
「アスラー様……」
シロミは目の前に現れた炎のような美青年に目を奪われていた。
憧れのアスラー様に瓜二つなのだ。
人類存続対策本部からの定時連絡でホログラフィック原理による投影世界仮説は知っていた。伝説の玉藻の前が存在していることの説明として提唱されたのだが、こうして実物を目の当たりにすると激しく混乱するばかりだ。
アスラー様はシロミにとってただの推しキャラの域を越えていた。いき過ぎた推し活はアスラーが脳内彼氏になり脳内婚約者からついには脳内夫婦にまでなっていた。
婚約指輪も結婚指輪も貰っている(オーダーメイドで購入した)
それほど入れ込んだ相手がよもや実在として眼前に立っているのだ。物部守ではないが夢ではなかろうかと疑いたくもなる。
話したい、触りたい、愛を告白したい、抱きしめられたい、キャーッ!
シロミの心は千々に乱れアスラー様ことアズマの仕草をひたすら目に焼き付けていた。
気がつけば無意識にアズマの姿を探し、ひっそりと追いかけていた。
三次元の恋愛など経験したことのないシロミは己の想いに焼かれ身悶えた。何をどうしたらいいかわからず不器用に今後の展開を練った。
とにかく知り合いになって自分のことを認識してもらわないと話にならなかった。
アスラー様=アズマの授業を受けたが視線さえ合わせてもらえず落ち込む。
遺跡の調査など学問で悩んでいるのかたまに見せる眉間にしわを寄せた憂い顔がまた魅力的だ。自分の知らなかった陰のある推しキャラにシロミはどんどん惹かれ1cmでも近寄りたいと望んだ。
だからポンコツ二次元脳なりに出会いというものを考えた。
「そうだ、この手があった!」
ポンと手を打ちそっとピザを口にくわえる。
本当はトーストがいいのだがこの際あまり贅沢は言っていられなかった。
道行くアズマの先回りをして物陰からタイミングをうかがう。
今!
「わー! 大変、大変! 遅刻しちゃうー!」
叫びながら飛び出した。
何に遅れるというのか、錯乱したシロミは自分でも何をしているのかわかっていなかった。
アミュレット化していた猪突アーマーが光って衝突からシロミを護った。
「な!?」
角から出てきたアズマにロケットスタートのシロミが体当たりをかました。
「ふんが!」
色男にあるまじき声を発してアズマは吹っ飛んでいった。
✳ ✳ ✳ ✳
アズマはヴォイド教団に雇われた殺し屋だ。
ヴォイド教団は元々は古くからある土着の信仰に過ぎなかった。雷や山や滝を神格化して崇める原始宗教の一つだがヴォイド教の信仰対象は『虚無の歩哨』と呼ばれる存在だ。
その形象は様々で鳥であったり魚であったり、時には人の姿を模していることもあるという。
『虚無の歩哨』はどこからともなく現れ消えていく。ある時はダンジョンを破壊し、またある時は人を殺していく。
ヴォイド教団はこれを世界の守り神と規定して少しずつ集まり組織化されていった。
アズマは殺し屋が本業ではなく学者として世界の成り立ちを研究していた。ところが所属していた学閥が結社としてヴォイド教団に吸収され外郭団体となったことで運命が変わった。
ピタゴラス教団が数学を秘教として先鋭化していったようにヴォイド教団もまた秘儀をもって非合法活動を正当化していった。
すなわち世界秩序の維持で『虚無の歩哨』のお役に立とうというわけだ。
アズマは外郭団体の所属として未開の地の探検、調査などに従事していた。
それが異世界からの転移者を排除するという役目を与えられた。
たまたま転移者の近くに滞在していて適したエクストラを持っていたのが運の尽きだ。
アズマは風呼びの上位エクストラ、旋風つまりダスト・デビルが使えた。
ひそかに転移者の首を真空の刃で刎ねて終わるはずの仕事だった。
それがまさか生き返って吸血鬼化するとは思いもよらなかった。
転移者とはいえ殺人を犯さずにすんでホッとしていたアズマだがその後の惨劇を考えると複雑な気分だ。
結局、仕事をしくじったアズマに代わりダンジョンの専門家が派遣されることになり、彼には新たな暗殺が依頼された。
遺跡に現れたアポーツ持ちの転移者。それが今回のターゲットだった。
おりよくアニルの隊商が遺跡に向かうと知り転移者の異世界の所持品を手土産にして同行を許された。
遺跡に到着するとすぐにツノのない転移者は見つかったが二人いたのは計算外だ。
さっさと出直す方向で検討していたがアポーツ持ちの護衛役らしい女に目をつけられた。
どんなエクストラか遺跡の調査がてら探ると敵意感知というではないか。
アズマは肝を冷やした。これは間違いなく怪しまれている。
女はアズマを常に尾行していた。
それどころか揺籃塾とやらの授業には堂々と顔を出していた。他の講師に聞けば今まで読み書きの授業を受けたことがないという。
こんな辺鄙な開拓村にヴォイド教団の裏の活動が知られているはずがなかったが、なるべく顔を合わさないよう避けることにした。
生徒に混じり嫌がらせのように手を挙げている女を無視しつづける。
それでも徐々に距離を詰めてきているのがわかった。さらにアニルから女が異世界人の所持品を買ったと伝えられた。これはもう逃げ隠れできないと覚悟を決める。
問い詰められたらどう言い逃れしようかそればかり考えて憂鬱になってきた。
ノイローゼになりそうな女の影に怯えて通りの角を過ぎると、銀色の鎧をまとった女が吠えながら突っ込んできた。
「ふんが!」
まさか日中、衆目のある場所でいきなり実力行使におよぶとは想定外すぎて変な声が出てしまった。
とっさに張った旋風の層で衝撃を吸収しなければ死んでいただろう。
いきなり命のやりとりになってしまったが仕方ないと心を切り替える。
真空の刃はあの鎧を切り裂けそうにない。
そこで隠し持っていた袋を投げた。
風が切り裂き黒い粉が舞う。炭の粉だ。粉は散らばることなく黒い空気の玉となって女を襲った。
そこで空気を圧縮したファイヤーピストンをお見舞いする。
絵に描いたように見事な粉塵爆発が起きた。




