空の支配者
※第三者視点
ホークのエクストラは飛行能力、スカイロードだ。
ところがホークは高所恐怖症であった。
記憶にはないが幼い頃にアパートの窓から転落したそうだ。その時に植え込みで切れた傷跡がまだ顔には残っている。
自分の能力には異世界に来てすぐに気づいた。倒木を飛び越えたらそのままふわりと浮いてしまったのだ。
調子に乗ってきたホークはうっかり高く飛んでしまい地面がはるか下にあることにパニックを起こしてそのまま落下した。幸い木の枝に引っ掛かりたいした怪我はしなかったが下手をしたら死んでいたところだ。
ホーク(鷹)という名前はもはや皮肉でしかなかった。
「なんでこんなことになった」
ホークは岩肌にしがみついていた。
そこは峡谷を抜ける隘路だった。
足を踏み外せば千尋の谷に真っ逆さまだ。
しかも絶えず強風が吹きつけてくる。
「ホーくん早く行ってよ。つかえてんだから」
のんびりとせかすのはシエルという鳥人の娘だ。冒険者ギルドで高山にある修道院へ医薬品の緊急配送を受けたのだが、男子禁制のためどうしても女手が必要だった。
そこで鳥人種のシエルと臨時で組むことになったのだ。ところがこのシエル、鳥人なのに飛べなかった。背中の翼がひどく損傷していてその治療代を稼ぐため冒険者になったという。
まさかこんなに峻険な道のりだと思いもしなかったホーク。10センチほどフワフワと浮かんで行けば歩くより早く着くと単純に思ったのだ。
実際その通りなのだがシエルの提案で近道をしたのが運の尽きだった。
「む、む、む、無理です。足がすくんで動けない」
「しょうがないなー」
シエルはホークの背中に張りついた。
シエルの足元にはほとんど地面はない。つま先立ち状態だ。
「やめて、落ちる、落ちるから」
「だいじょーぶ」
悲鳴を上げるホークの背中でシエルはボロボロの翼を広げホークを包んだ。
「これでもう落ちませんよー」
まったくの嘘で気休めだった。
「はい目を閉じてゆっくり浮きましょうね」
ホークの目を手で優しく塞いだ。
ホークはシエルごとほんの少し浮き上がった。
「じゃぁね手で壁を伝っていこうか」
「はい……」
恐る恐る手を伸ばして岩壁を這うように移動していく。
「上り坂が続くからもう少し浮いてねぇ」
「これくらい?」
「少ーしずつ高くしていかないと蹴つまずいちゃうぞー」
ホークは言われるがまま高度を上げていた。すでに道を外れ断崖絶壁を這い上がっている。
シエルの策略にはめられたのだ。
「そうそう上手だね。もうすぐ休憩できるから浮くことに集中してね」
若いホークは背中に当たる暖かく柔らかい物に意識を持っていかれそうになるのを必死でこらえていた。
「そのまま壁にしがみついて。突風が来るわ!」
壁から引っ剥がされそうな風が叩きつけてきた。シエルは翼でホークを覆うように守っていた。
「もったいないなー」
「え?」
「私にそのエクストラがあったらひとっ飛びなのに」
「すいません」
「いいのよ、この天候じゃ鳥人だって飛べないもの。ホーくん重くない?」
「すごく、すごく羽みたいに軽いです」
「ふふ、鳥人には最高の褒め言葉よ。嬉しい」
シエルがささやきホークの耳はみるみる赤く染まった。
「手を離すけど絶対に目を開けちゃだめよ」
「はい」
鋭い金属音が何度もした。
「どうしたんですか?」
「岩サソリよ。近くに巣があるみたい」
わらわらとムカデのような多脚を蠢かせ毒針を備えた腕部を振りかざしてにじり寄ってくる岩サソリの群れ。
「大丈夫ですか?」
「まずい状況よ。数が多すぎて逃げ道をふさがれた」
「そんな」
「壁から離れましょう」
「そんな恐ろしいことできません!」
「浮かぶことだけに集中して!」
「うわあ!」
シエルはホークを抱きしめ壁を蹴った。
間一髪で岩サソリの毒針攻撃からは逃れたものの縦横から風に揺さぶられる。
岩サソリだらけの壁に叩きつけられないようシエルの細剣が突き出され大きくしなった。
ホークの鼻先を狙った毒針が危ういところで空振る。
「うあああっ!」
風に振り回されるのをシエルが欠けだらけの翼で安定させようとしているが上下を保つだけで精一杯だ。
ひっくり返ったら間違いなく谷底に一直線だ。
「上に安全地帯があるわ。ゆっくり上昇して」
「ひーっ!」
「できるよ、大丈夫だから」
「僕、怖いんです! ダメなんです!」
情けないホークに呆れる空の民は手を変えることにした。
「ああ痛い痛い! 翼がもげそう。ホーくん助けて! 早く上に行って休ませて、お願い!」
「シエルさん!」
「ホーくん痛いよぉ! あーん!」
果たしてホークはじりじりと高度を上げていった。背後でシエルはにんまりと笑っていた。
「はい、とうちゃーく」
二人はもつれるように草原に転げ落ちた。
そこからはもう修道院が見えていた。
「ひゃひゃひゃ」
シエルが笑い転げた。
「ぼくぅ、怖いんですぅぅだって」
「シエルさん、ひどいです!」
腹を抱えて笑うシエルにホークが抗議した。
「空が怖いスカイロードなんて笑うしかないだろ。泳げない魚みたいなもんだよ」
「もう二度とあんたとは組まない!」
「いいけどさ、帰り道もあるの忘れてない? 下見てごらん」
「あわわわ」
下界をのぞき見てホークは後ろずさった。
そんなうろたえぶりにまたシエルは吹き出した。
「んじゃ薬を届けてくるから待ってて。先に飛び降りたりしないでね」
「するわけないでしょ」
修道院の塀の外でホークはしょげ返っていた。笑われても仕方ないほどの醜態を見せたと反省しているのだ。
とはいえシエルのあの態度は許せなかった。
「くそ」
塀を小突いて悔しがる。
「お待たせホーくん、帰ろうか。みんな感謝してたよぉ。早い配達で割り増し料金も貰っちゃった」
ほくほく顔で門から出てきたシエルの翼には添え木が当てられ固定されていた。
「シエルさん、それって」
「気にしない気にしない、修道女さんてば大げさなんだから。冒険者なんて怪我してなんぼでしょ」
「僕が頼りないから……」
「どんなに低くても飛べるだけ上等よ」
シエルはホークの背中にとび乗った。
「よし飛べ!」
「シエルさん降りて」
「羽より軽いんでしょ。街まで一直線だ!」
「飛びませんから」
「あーん、ホーくん足が痛くて歩けなーい」
「またそれですか」
「いいから早く浮け。10センチとかショボいこと言わずにせめて10メートルぐらいどーんといっとけ」
「100%チビる」
「それでいいんだよ。鳥がトイレのたびに着地するか? 連れションしてやるからさ」
意地でも飛ぶものかと歩きだしたホークだが下り坂はきつく、まるで降りる気のないシエルは重かった。
「まったくしょうがない」
ホークはエクストラ、スカイロードを発動させた。ふわりと浮上しシエルの体重も消失した。
スカイロードが重力操作だと気づくのはまだしばらく先だった。




