威武岐
※ 第三者視点
麻生田本部長と小田野銀鏡本部長補佐は会議を終え帰途に就いていた。
その政府専用機内は怒涛のような仕事量に随行員がてんてこ舞いになっていた。
まず物部守の異世界生活は国際的にも注目を集めていた。
特に稲荷神社から玉藻の前のくだりは大混乱といっていい騒ぎだ。
『ゲミニス』が地球の未来の姿とかパラレルワールドとか憶測が飛び交う。
ともかく稲荷神社の歴史的、文化的成り立ちから流布している玉藻の前伝説や妖怪の情報提供などイレギュラーな仕事に忙殺された。
稲荷神社の主神は宇迦之御魂大神といい穀物の女神様とされているが現代では農業のみならず商売の神様としても信仰を集めている。
キツネは神の使いである。
困ったのは玉藻の前だ。
架空と考えられていた伝説の妖狐がなぜ異世界では実在しているのか? もちろんスピリチュアルな世界では存在していただろうしモデルとされる皇后もいる。
調査して詳細は帰国してから共有するということになった。
あれから玉藻の前、ミズクは無数の狐火でスウォーマを殲滅した。
その後あらためて鬼族に祀られることとなった。
特に契りとか約定のようなものはないが「ないがしろにすれば祟るかもね」と言われれば狐火の威力を見せつけられた後だ、あだやおろそかにはできなかった。
問題はその後だ。
『ずいぶんと多くの者に見守られておるな』
『え? そうですか?』
キョロキョロと見回す物部守とは対照的にミズクはカメラ目線になっていた。
ミズクと目が合いシロミはゾクリと身震いした。
「一たび顧みれば人の城を傾け 再び顧みれば人の国を傾く、ああ恐ろしい」
ライブを共に視聴していた麻生田は冗談なの本気なのか目をそむけた。
『物部守、稀有な運命に巻き込まれたようですね』
『ええ、まあ』
ミズクはピラミッドの頂点にふわりと舞い降りた。
『試練を与えるので乗り越えてみせよ。さすれば力を与えよう』
『そんなこといきなり言われても困ります!』
『民草のためだ、覚悟せよ』
戸惑う物部守の前に白く巨大なイノシシが出現した。
『威武岐という山神だ。なぜかこの異界の地にはわたしをはじめとして何柱もの御霊が招かれている。これを倒してみせよ』
「イブキ? おいおいヤマトタケルを倒したイノシシじゃないのか!?」
麻生田が前のめりになり緊急視聴アラートが鳴り響く。
シロミはヤマトタケルの名前ぐらいは知っているが伊吹山の猪神については初耳だった。まさか日本神話の英雄が敗北していたとは思いもしなかった。
『まだ早いって!』
突進してくる威武岐に抗議する物部守。
怒鳴りながらも拳銃を抜き撃つ。しかし体毛と皮下脂肪を散らしながらも弾かれてしまう。まるで戦車の避弾経始のようだ。
『くそったれ!』
撃ち尽くした銃を投げつけて牙をかわすが背中の荷物を引っ掛けられて転倒する。
『開始の合図もなしかよ』
悪態をつきながらも方向転換した威武岐に例のクマ避けスプレーを噴射する。が、すぐに尽きてしまう。残量があまりなかったようだ。
『うっそ!』
『助太刀する!』
危機的状況にケンドー隊長とダイが飛び込んでくる。その刃はかすることもなく空を切った。サイほどの大きさの威武岐はまるで実体がないかのようだった。
『何っ?』
『どういう?』
『どいて!』
閃光がほとばしりアグネスの電撃が放たれたがこれも突き抜けてしまった。
アグネスの電撃は回復していたが物部守のアポーツはいまだインターバル中だ。
『そんなのありか!』
もう一丁のニューナンブで牽制しながら散らばった荷物をあさる。弾切れになったところでお目当ての手投げ弾を見つけた。
『ぐえっ!』
鼻先で押し倒されのしかかられる。フィッシングナイフで抵抗するが牙に当たって取り落としてしまう。
それをアグネスがキャッチして目玉に突き立てた。
威武岐に初めてダメージが入りくぐもった悲鳴を上げる。
「そうかこっちの武器でないと通用しないんだ!」
「位相がズレているとかいうやつね」
麻生田とシロミはカラクリに気づいた。
それは異世界の鬼族も同じで物部守の荷物から丼や皿を叩きつけたりしている。
『マモルさん!』
ケンちゃんの声がしてニューナンブが飛んできた。弾倉には一発だけ弾が込められている。
ケンちゃんがアポーツしたのだ。
『はなれろ!』
手投げ弾を威武岐の口に突っ込んで拳銃をぶっ放す。
閉鎖空間で威力を増した爆発が威武岐の頭を内側から吹き飛ばした。
『見事であった』
ミズクが称える。物部守は息も絶え絶えだ。
見ていた鬼族も、シロミたち日本全国の視聴者もいっきに脱力した。
威武岐が消え、あとには銀色の具足類が残された。
『受け取りなさい』
『こりゃありがたいことで』
『それでは力を与えよう』
『え? この鎧一式じゃないんですか?』
『それは威武岐からだ。わたしからは元の世界より一人だけ助っ人の女を呼び寄せる力を与える』
『……へ?』
予想外のご褒美に物部守は間抜けな反応をした。言いたいことは山ほどあるがしかしそこは亀の甲より年の功、気を取り直して深々と頭を下げた。
『ありがたく頂戴いたしまするぅぅ』
『名前を呼べばすぐに召喚できるぞ』
『エーでは、ゴホン、来たれ岡◯奈々ちゃん、おいでませー』
憧れのアイドルの名を呼んだが何も起きなかった。
『あれ?』
『その女子には会ったことがあるのか?』
『いいえ』
『では無理だ。お前の引き寄せとわたしが乗ってきた空ろ舟の力を使うので会ったことがあり、なおかつ女であることが条件となる』
『かしこまりました』
ならばと口を開きかけてためらう物部守であった。
『しばし考える猶予をいただいても?』
『いつでも好きな時に呼べばいい』
そして物部守の長い長いシンキングタイムが始まった。
まだ物部守は誰の名も呼んでいない。
ただいくつかの名前がリストアップされた。
人類最強女子、吉田さゆり。
元自衛隊芸人、タカコ。
過酷ロケ芸能人、イモトアキ子。
そして現国会議員、小田野銀鏡。
地面に名前を書きそれぞれの特徴をアグネスやケンドー隊長に説明していた。
この4人にはどこかで会ったことがあるということだろう。
そして現在にいたる。
シロミの帰国後のスケジュールが大幅に変更となった。
さらには他の3人にもアポイントをとり異世界行きの準備をしなければならなかった。
今この瞬間に名前を呼ばれるかもしれないのだ。
シロミはSPから借りた武器を装備し、これでもかとサバイバルグッズをくくり付けられ、ここまでに得られた異世界の情報を詰め込んだパソコンをバッグに詰め込んでソーラーパネルまで担いでいた。
「いっときも手放さないでください」
「これじゃ身動きとれないよ」
「くくく、運んでもらえ」
愉快そうに麻生田本部長が言い放つ。
シロミに拒否権はないようだ。




