ミズク
気休めかもしれないがピラミッドの裾で焚き火をしてその陰に隠れるようにして警戒をする。
警戒班以外はひとまずピラミッド内に隠れることになった。
ピラミッドの高さは10階建てのビルよりは大きい感じだ。遠目には白く滑らかに見えた四角錐の表面はざらついていた。
所々こびりついたスウォーマの粘液は早くも乾きかけている。アンズさんたちが奮闘した跡だろう。
エジプトのピラミッドと違うのは入口まで階段があることだ。ティオティワカンのピラミッドっぽい。
内部は暗く俺はフラッシュライトを点灯した。初めて見るケンドー隊長たちは驚いていた。
通路や階段はいくつかの小部屋へと枝分かれしていて最下層は広めの空間だ。
ここに50人近く避難すると酸欠が心配になる。
「それなら大丈夫だよ、風呼びが何人もいるから」
アグネスさんが換気している人たちを教えてくれた。
「風呼び?」
「うん、ブリーズバンドというエクストラ持ちで上級者だと手の代わりに軽い物を運んだり遠くに声を届けたりできるよ」
「へえそんな応用ができるんだ」
なんだかバトル漫画の能力合戦みたいでワクワクするぞ。
「他にも浄化石だってあるし」
壁際の網籠に石コロが詰めこまれていてサウナのロウリュみたいだ。
「もしかしていつも桶や水筒の水をきれいにしている石?」
「そう部屋に置いておくと澄んだ空気になるんだ」
なるほど生活の知恵かな。ちなみに浄化石の原料の一つにはあのヴェノムストーンが使われいるそうだ。錬丹術についてももっと知りたいね。
「灯明以外にもっと明るい照明になるような石とか道具はないもんか? 暗すぎるだろ」
この部屋の明かりは植物油の容器から糸を垂らして火を灯した豆電球よりましな程度だった。
記憶の片隅にある実家の仏壇がロウソクではなくこのタイプだった。
「法具や魔工品にはあるけど高価だからここにはないよ」
また知らない単語が出てきたよ。何それ?
「これも魔工品の一つだよ」
アグネスは自慢げにビキニアーマーを見せつける。ごちそうさまです。
「お腹や手足まで防御しているんだぞ」
まさにファンタジーだ。俺も欲しい。
いや変態的意味じゃないぞ! 普通に防御力として魔工品を装備したいということだから、決してブラジャーをしたいとか女装趣味はない。
「そういえば読めない文字があるのってここじゃなかったかな、ねえケンドー隊長!」
「おう、そうだぞ」
ケンドー隊長が暗がりからのっそりとやって来る。古傷だらけの顔が怖いんですけど。
「こっちだ」
奥に祭壇跡のような台があった。
土台部分にアラベスク模様の装飾があり、蔦に囲まれた文字が刻まれていたので声に出して読み上げる。
『祀リ途絶エシ時、狐ノ守リ消エ、禍ノ獣、枷ヲ解カント
王ノ愚行、国ヲ滅ボス。再ビ扉ヲ開クナ』
フレーバーテキストかな?
「祀り途絶えし時か……どう思う?」
「何かお供えしてみますか」
油揚げはないので手持ちの燻製肉やら果物、塩にとっておきのブランデーを捧げ物にした。
「二礼二拍手一礼でお願いします」
鬼族に参拝のやり方を教えていっせいに柏手を打つ。
この世界の宗教事情は緩くて自然崇拝に近いものだった。だからたまにはキツネを崇めても問題はないようだ。異世界のキツネがどんなのかは知らないが。
「いとゆかしき御振る舞ひかな」
空中に浅黒い肌のエキゾチックな薄衣姿の美女が浮かび上がってきた。ケモ耳も尻尾もなくて残念。
「その短き手足に薄き顔面にてまします御さまは、まさしくヤマト人にておはしますか」
なんだかナチュラルに貶された気がするぞ。おい、異世界通訳さん早く仕事しろよ。いくら同じ日本語だからって時代が違いすぎて意味がわからんぞ。
こっちは鬼族からの「早くなんとかしろよ」という視線が痛い。
「わたくしは日本国から来た物部守と申します。失礼ですがあなた様はお稲荷様ですか?」
「ほう物部ですか。わたしは、そう……大和では藻とか藻女と呼ばれていました。殿上では玉藻の前とも」
衣装が十二単衣に早着替えだよ。肌の色も白粉なのか真っ白だ。
やっと現代語になったのはいいけど、うっひゃー、とんでもないビックネームが出てきたよ。どうすべぇ。ご先祖様が恨みを買っていたとかないよな。
「た、た、玉藻の前様ですか、ご機嫌うるわしく、見目うるわしくありおりはべりござそうろう」
あーいかん、慣れない敬語で俺の日本語がおかしくなってきた。
「そう身構えるな。わたしのことはミズクでよい」
「ミズク様はなにゆえこんな異世界にいるのですか?」
「忌々しい陰陽師によって空ろ舟に乗せられてしまい流れ着いたのがこの地よ」
そのあたりのいきさつについては聞かないほうが吉だ。
「わたしに惚れる男には碌なのがいない」
サヨウデゴザイマス。
傾国の美女とか傾城の美女とかいうが、だいたいやらかしたのは美女本人ではなくその国の王様だからね。
「碑文に『王の愚行』とありましたが、もしかしてこの地でも?」
「長い話になるぞ」
失敗した。それじゃもういいですとは言えない。できれば手短にお願いします。
「スウォーマが泉を渡ってくるぞ!」
伝令が飛び込んできた。グッドタイミング!
「やれやれ落ち着いて話もできんのか。どれ、神饌の礼として禍獣を追い払ってやろう。見物するがいい」




