表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編怪奇談  作者: 森の漢
9/12

【隣の部屋の足音 ②】

【壁の向こうの街】


― Beyond the Wall ―



第一章 ──目を開けたら、そこは


 暗闇の中で、何かがひび割れる音がした。


 目を開けると、

 自分の部屋に“似ている”場所にいた。


 壁紙の模様、家具の配置、デスクの位置。

 すべて同じなのに──色がない。


 世界全体がモノクロのフィルムみたいに、

 灰色に沈んでいた。


 耳を澄ますと、遠くで小さな音。


 トン、トン、トン。


 また、あの音。


 けれど今回は壁の向こうではなく、

 空の方から聞こえていた。



第二章 ──無音の街


 ドアを開けて外に出る。


 マンションの廊下。

 だが、どこまで歩いても出口がない。


 階段は崩れかけ、

 窓から覗く外の景色は──静止していた。


 人も車も動かない。

 風も吹かない。

 まるで“時間が止まった世界”。


 詩は声を出した。

 「……誰か、いますか。」


 その声が壁にぶつかり、反響して帰ってくる。


 だが、それは自分の声ではなかった。

 少し低く、どこか湿った声でこう言った。


 > 「うたや、やっと来たんだね。」



第三章 ──鏡の通路


 声のする方へ向かうと、

 廊下の突き当たりに鏡が立っていた。


 ひび割れた姿見。

 映っているのは、自分ではなく──

 目のない男だった。


 「……君は、誰だ。」


 男は笑った。

 「誰でもないよ。君の代わりになった人さ。」


 鏡の中の男が手を伸ばす。

 詩の胸の奥で、何かがズキンと痛んだ。


 「外で、君が“押した”あの日から、

  僕はずっとここにいた。」


 ──そうだ。

 あの夜、壁を叩く音に応じて、詩はドアを開けた。

 そして代わりに“誰か”が閉じ込められた。


 「……あれは、お前か。」


 鏡の中の男は頷いた。


 「次は、君の番だよ。」



第四章 ──街


 マンションの外へ出ると、

 灰色の街が広がっていた。


 信号は赤のまま。

 止まったままの電車。

 通りの向こうに、動かない人々。


 近づいてみると、それは“人の形をした影”だった。


 輪郭がぼやけ、

 顔はなく、手も指も途中で途切れている。


 そのうちの一つが、ゆっくりと詩の方を向いた。


 口が開く。


 「かえして」


 その瞬間、周囲の影たちが一斉にこちらを向いた。


 「かえして」「かえして」「かえして」


 声が重なり、空気がひずむ。


 詩は走り出した。



第五章 ──郵便局


 逃げ込んだ建物は、古い郵便局だった。

 ドアの上の時計は止まり、

 中には無数のポストが並んでいる。


 その一つに、見覚えのある名前があった。


 > 「大隈 詩」


 恐る恐る開けると、中に一枚の手紙。


 > 『君が出られる方法はひとつ。

 >  “外の君”をここへ呼ぶこと。

 >  君が叩く音を、

 >  あいつが聞けば、扉は開く。』


 詩の顔が引きつる。

 「……あいつって、俺だろ。」


 この街は、“現実に取り込まれた声”の溜まり場。

 誰かが壁を叩くたび、

 この世界の誰かが入れ替わる。



第六章 ──叩く


 時計を見ると、十一時を少し過ぎていた。

 詩はポストの前に立ち、

 ゆっくりと拳を握った。


 「戻りたいなら……呼べってことか。」


 壁を見つける。

 目を閉じて、拳を振り下ろす。


 トン、トン、トン。


 静寂。


 どこからか、自分の部屋のような音が返ってきた。


 トン、トン、トン。


 音が重なり、空間が歪む。

 床が波打ち、ポストが光を放つ。


 詩は腕を伸ばした──

 その瞬間、鏡の中の男の声が響く。


 > 「ねぇ、どっちが本物なんだと思う?」



第七章 ──二人の詩


 光の中で、二つの影が重なった。


 一人は灰色の詩。

 一人は現実の詩。


 互いに同じ顔をして、同じ声で叫んだ。


 > 「俺が本物だ!」


 鏡が砕ける。

 世界が入れ替わる。


 気づけば、詩は自分の部屋に立っていた。


 壁も机も、すべて元通り。

 窓の外では朝日が昇っている。


 「……戻れたんだ。」


 安堵の息をつくと、玄関の方から物音がした。


 封筒が一枚、滑り込んでくる。


 > 『ようやく、出られた。

 >  ありがとう──うたや。』


 裏面に書かれた差出人名。


 「大隈 詩」



終章 ──壁の外


 夜。

 再び、壁の向こうから音がした。


 トン、トン、トン。


 詩は立ち上がり、

 手を壁に当てる。


 今度は──“中”から。


 口元が、ゆっくりと笑った。


 > 「……今度は、俺が呼ぶ番だ。」


 音が、三つ鳴った。


 壁が、再び開いた。



【終】


『壁の向こうの街 ― Beyond the Wall ―』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ