【玄関の呼び鈴②ポストの手紙】
― Mirror Outside ―
(『玄関の呼び鈴』続編)
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第一章 ──外に出た男
気がつくと、雨が降っていた。
玄関の外。
ドアは閉まっている。
手を伸ばしても、ノブに触れられない。
まるで、自分の存在がそこに認識されていないかのようだった。
「……なぁ、開けてくれ」
声を出しても、音が自分に跳ね返るだけ。
家の中では、もうひとりの“自分”が静かに動いていた。
その背中は、紛れもなく 大隈詩 のものだ。
だが──あいつは笑っていた。
それは、詩が生涯一度も浮かべたことのない笑い方だった。
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第二章 ──世界の継ぎ目
雨はやまず、夜が続いていた。
道を歩くと、見慣れた町が少しずつ違って見える。
信号は点いているが、車は通らない。
家々には灯りがあるが、人影はない。
歩いても歩いても、
町の風景がゆっくりループしているように感じた。
時計を見た。
午前2時12分。
……あの呼び鈴が鳴った時刻のまま、
針が止まっていた。
「俺は……“外”に出たのか?」
そのとき、足元に何かが落ちているのに気づく。
濡れた封筒だった。
ポストのマークが描かれている。
裏には、自分の名前があった。
「大隈 詩」宛。
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第三章 ──ポストの手紙
封を切ると、紙が一枚。
> 『君は中と外を間違えた。
> 君の影は家の中に残っている。
> 君が戻りたければ、
> “ポストの中”を覗きなさい。』
それだけ。
インクが滲んでいて、最後の行だけ赤い。
「ポストの中……?」
詩は自分の家の前に戻った。
ポストの口を覗くと、暗闇の奥で何かが動いた。
目だった。
真っ黒な瞳が、こちらをじっと見上げている。
手を入れようとした瞬間、
中から“逆に”腕が伸びてきた。
冷たく、湿った手。
それはポストの中の“詩”だった。
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第四章 ──ポストの中の家
引きずり込まれた瞬間、
世界が反転した。
狭い通路。金属の壁。
奥に、小さな“ドア”がある。
覗くと──見覚えのあるリビング。
だが、家具はすべて鏡のように左右反転していた。
そしてテーブルの上には、もうひとつの封筒。
> 『内側の君が眠り始めている。
> 完全に溶ける前に、元に戻らなければならない。
> ただし、戻るには“代わり”が必要だ。』
代わり?
誰の?
詩が顔を上げると、ソファに“誰か”が座っていた。
白い服、髪の長い女性。
こちらを見て微笑んだ。
「やっと、来たのね──うたやさん。」
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第五章 ──記憶の女
彼女は自分の名前を知っていた。
「あなた、覚えてないの?
前にも、来たのよ。
この世界に。」
「前……?」
女は小さく笑った。
「外に出たのは、今回が初めてじゃないの。」
詩の頭の中に、断片的な記憶が浮かぶ。
鏡の前に立つ自分。
インターホンを押す手。
無表情な顔。
──あれは全部、自分だった。
「あなたは“呼び鈴”に囚われた人。
外と内を繰り返す存在。」
女の声は優しいが、どこか底が冷たかった。
「戻りたいなら、代わりを見つけて。
次の“訪問者”を。」
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第六章 ──訪問者
その夜、再びポストが鳴った。
カタン、という音。
覗くと、一枚の新しい手紙。
> 『次の夜、呼び鈴が鳴る。
> 出なかった者が、“代わり”になる。』
詩は震えた。
それはつまり──誰かを犠牲にしなければ戻れないということだ。
窓の外を見た。
隣家の老婦人がポーチの掃除をしている。
詩の手が震えた。
ドアの前に立ち、
指を伸ばす。
ピンポン。
──押した。
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第七章 ──反響
老婦人の家の中で、鈴の音が響いた。
しばらくして、カーテンが揺れる。
彼女がドアを開けようとした瞬間、
世界がひずみ、空気が反転する感覚。
詩は息を呑み、後ろに倒れた。
視界が白く弾ける。
気がつくと、
玄関の中に立っていた。
家の中──
“戻れた”のか?
リビングの時計は動いていた。
午前3時10分。
時間が進んでいる。
「……終わったのか」
安心した瞬間、ポストの中から音がした。
カサ……カサ……
封筒が一枚、投げ込まれた。
> 『おかえりなさい。
> あなたの代わりに、外に出た人へ感謝を。』
裏には、震える筆跡で名前が書かれていた。
「大隈 詩」
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終章 ──外の詩
その夜。
町の防犯カメラが、ある奇妙な映像を記録した。
真夜中の道路を歩く人影。
髪が濡れ、顔はぼやけている。
手には白い封筒。
ポストの前で立ち止まり、
ゆっくりとそれを投函する。
その封筒には──
「大隈 詩 宛」と書かれていた。
やがてその人物は、カメラの視界から消える。
だが最後の一瞬、
画面に“もう一人の大隈詩”が重なって映っていた。
まるで、鏡の中から覗くように。
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【終】
『ポストの手紙 ― Mirror Outside ―』




