【玄関の呼び鈴】
― Ring, Once More ―
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第一章 ──ピンポン
午前二時十二分。
呼び鈴が鳴った。
ピンポン、と控えめな音。
寝室でうたた寝していた 大隈詩 は、
反射的に目を覚ました。
玄関のカメラを確認する。
──誰もいない。
ただ、ポーチの植木鉢が風に揺れ、
玄関灯が淡く揺らめいているだけだった。
気のせいかと思い、布団に戻る。
まぶたが落ちかけた瞬間、再び鳴った。
ピンポン。
さっきよりも少し長く、低い音。
“音が濁っている”と感じた。
インターホンを見ても、映像は真っ暗だ。
静寂の中、詩は小さく呟いた。
「……誰?」
返事は、ない。
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第二章 ──痕跡
翌朝、ポーチに出ると、ドアの下の方に小さな汚れがついていた。
指で触れると、それは湿っていた。
泥のようで、血のようでもある。
呼び鈴のボタン周辺にも、うっすらと指紋が残っていた。
それは、やけに小さな手跡。
子どものもののようだった。
「夜中のイタズラかな……」
そう呟いたが、
頭の片隅に“違和感”が残った。
詩の住むこの住宅街には、子どもがいない。
新興住宅地で、夫婦二人暮らしや独身の世帯ばかりだ。
その日の夜、玄関灯の電球を替え、
録画機能を確認して寝た。
……だが、また鳴った。
ピンポン。
カメラには、やはり“誰も”映っていなかった。
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第三章 ──記録
詩は映像を巻き戻して確認した。
午前2時09分。
ポーチの影が一瞬だけ濃くなり、
画面の端で、何かが動いた。
手だ。
白く、細い手。
それが、ボタンを押した瞬間──映像が途切れた。
次のフレームには、
カメラの正面に“何かの顔”が映っていた。
輪郭が溶けたように歪み、
目鼻の位置がわからない。
だが、確かにこちらを見て“笑っていた”。
詩は息を呑み、
パソコンの再生を止めた。
その瞬間、背後から音がした。
ピンポン。
今度は、明らかに部屋の中から鳴った。
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第四章 ──隣人
翌朝、詩は隣家の老婦人に声をかけられた。
「大隈さん、夜にお客さんでも来たの?」
「いえ、誰も……なんでです?」
老婦人は目を細め、
「夜中に、玄関の前にあなたの影が見えたのよ」
と、静かに言った。
「……僕の影?」
「ええ。外に、立ってたの。
ドアの前で、ずっと中を見てたわ」
詩はその言葉を笑い飛ばそうとしたが、
老婦人の目が本気だった。
帰宅すると、インターホンに貼りついた“手形”が増えていた。
まるで内側から押されたように、内向きの跡。
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第五章 ──不在の声
夜。
インターホンの音は鳴らなかった。
だが、午前2時すぎ、スマホの通知が来た。
> 「玄関のカメラが動体を検知しました」
再生ボタンを押す。
画面には、
詩自身が立っていた。
スウェット姿、寝癖の髪。
確かに自分。
だが、映像の中の“詩”は玄関の外にいた。
ドアの内側を覗き込み、笑っている。
> 「……まだ、開けないの?」
映像の口がそう動いた。
その直後、現実のドアが小さく軋んだ。
ノブが、ゆっくり回った音がした。
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第六章 ──開く
気がつくと、玄関まで歩いていた。
体が勝手に動いていた。
「……誰だ」
自分でも驚くほど掠れた声が出た。
返事はない。
ただ、ドアの向こうから、
同じ声が、少し遅れて返ってきた。
> 「……誰だ」
その声は、
俺の声だった。
震える手でドアノブを掴む。
反対側からも、同じタイミングでノブが動いた。
ガチャ──
開いた。
そこには、もうひとりの“大隈詩”が立っていた。
だが、その顔は、のっぺりと平らで、
口の位置だけが、ゆっくりと笑いの形に歪んでいった。
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第七章 ──交換
記録映像には、こう残っていた。
ドアが開いた後、
中と外の“二人”が向かい合い、
同時に一歩、前へ出た。
瞬間、照明が一瞬だけ明滅し、
映像が途切れた。
再び映像が戻ったとき、
玄関には一人しかいなかった。
彼はゆっくりとドアを閉め、
家の中へ入っていった。
カメラには、その顔がはっきり映っている。
それは──
本来“外”にいた方の詩だった。
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終章 ──ピンポン
翌朝、通勤路で近所の人が話していた。
「大隈さん、また夜に帰ってきたのね」
「ええ、でも……ちょっと様子が違ったわ」
実際、詩はその夜から会社に戻り、
何事もなかったように過ごした。
ただ、彼は誰かに会うたび、
ほんの少し遅れて“同じ言葉”を繰り返す癖がついた。
そしてある晩、同僚が言った。
「この人、……前にも同じこと言ってたよな」
詩は笑った。
> 「前に? いや、僕は──」
ピンポン。
オフィスのドアのインターホンが鳴った。
受付には、
黒い服の“自分”が立っていた。
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【あとがき】
“呼び鈴”とは、本来、
「外から内を呼ぶための音」だ。
だが、もし“内側”の誰かが、
“外の自分”を呼んでいたら──?
境界を越えた瞬間、
内と外、現実と影は入れ替わる。
だから、もし今夜、
玄関でピンポンと鳴ったら、
すぐに出ないこと。
それはもしかすると、
あなたの“中に入りたいあなた”だから。




