【鏡のアカウント3】
― ログアウト ―
⸻
第一章 ──ログインできない朝
朝、目が覚めると、スマホの通知が止まらなかった。
──「mirror_mizuki があなたをタグ付けしました」
──「mirror_utaya が投稿しました」
──「mirror_user001 があなたをフォローしました」
どれも見覚えのある名前だった。
だが、ひとつだけ違っていた。
mirror_user000。
起源のアカウント。
存在しないはずの最初の“鏡”。
SNSを開こうとしたが、ログインができない。
パスワードを打つたびに、画面に赤い警告が出る。
> 「#あなたのアカウントはすでに使用されています」
次の瞬間、スマホの画面が鏡のように変わった。
そこに映っていたのは俺──大隈詩。
けれど、その表情は、俺が知らない笑みを浮かべていた。
⸻
第二章 ──“フォロー”の正体
目の前の現実が、わずかに歪んでいく。
壁の時計が逆回転を始め、カーテンの影が上へ流れる。
気づくと、デスクの上のパソコンが自動で起動した。
モニターには白い文字が浮かび上がる。
> 【mirror_network_β】
> 「#フォロワーを確認します」
俺の名前の横には「0」。
その下に、小さく追加された文字。
> 「#あなたの影が1フォローしました」
背後で、何かが動いた。
振り返ると、鏡の中の俺が、微笑みながらこちらに手を伸ばしている。
その動きは俺より一瞬早く、
まるで“本物”がどちらなのかを試すようだった。
⸻
第三章 ──美月の声
どこからか声が聞こえた。
「……詩さん、聞こえますか?」
瀬川美月の声だった。
しかし、姿はどこにもない。
代わりに、スマホのスピーカーから微かなノイズ混じりで流れてくる。
> 「mirror_network の中心に、“000”がいます」
> 「それを消せば、全員が……」
途中で音が途切れた。
画面に表示された通知が、彼女の言葉を遮った。
> 「mirror_mizuki がアカウントを削除しました」
次の瞬間、鏡の中で、
“彼女”がこちらを見ながら笑っていた。
首の角度が、現実ではありえないほど傾いて。
⸻
第四章 ──鏡の会議室
気づくと、俺はオフィスの会議室に立っていた。
テーブルの上に並ぶ十数枚の鏡。
その一枚一枚に、社員たちの顔が映っている。
「mirror_ayane」
「mirror_takuya」
「mirror_mizuki」
みんな笑っていた。
俺が来るのを、待っていたように。
壁のスクリーンが点き、文字が映し出される。
> 【ログアウト・プロトコル開始】
> 「#あなたの世界を同期します」
鏡たちが震え、表面が波打ち始める。
中から手が伸びてきて、俺の腕を掴んだ。
冷たく、硬い。
それは、ガラス越しの“別の俺”の手だった。
⸻
第五章 ──もうひとつの現実
鏡の中に引きずり込まれた瞬間、
世界がひっくり返った。
空気が重く、無音。
周囲には無数の光るスマホが浮かんでいた。
画面には、現実世界の人々の姿。
スクロールするたび、誰かの“日常”が流れていく。
その裏側で、誰かが削除され、鏡の中へ沈んでいく。
俺のスマホが震えた。
> 「mirror_user000 からの新しい通知」
> 「#あなたが最後の管理者です」
次の瞬間、目の前に現れた。
──mirror_user000。
顔は見えない。
黒いフードを被り、音のない声で話しかけてくる。
「お前が“鏡の原像”を作った。
フォロワーを得たいと願った瞬間に、
世界がこちらを向いたんだ」
そして、黒い鏡を差し出した。
> 「#ログアウトするか?」
⸻
第六章 ──選択
“ログアウト”するとは、
この世界を離れること。
だが、“鏡”を残すことは、誰かが代わりに入ることを意味する。
もし、俺が抜けたら、美月が戻れる。
あるいは、現実が元に戻るかもしれない。
だが、それは同時に──俺の完全な消滅を意味する。
黒い鏡に、指を触れた。
画面に文字が浮かぶ。
> 「#ログアウトを確認しますか?」
> 【はい】 【いいえ】
俺は迷わず、「はい」を押した。
⸻
第七章 ──ログアウトのあとに
世界が白く弾けた。
音も光も、すべてが遠のいていく。
最後に見えたのは、
鏡の向こうで泣いている美月の姿だった。
その手には、割れたスマホ。
画面にはこう表示されていた。
> 「mirror_utaya がアカウントを削除しました」
⸻
終章 ──“新しいアカウント”
数日後。
SNS上で、新しいアカウントが発見された。
mirror_user999
プロフィールには、ただ一言。
> 「#すべての鏡は繋がっている」
フォローしているのは、ひとつだけ。
mirror_user000。
そして、その“000”が、再び動き出した。
> 「#リログイン完了」
⸻
【あとがき】
「フォロー」とは、他者を“観察”する行為。
しかし、観察は常に双方向だ。
鏡のアカウントは、あなたを見返す。
そして、あなたが“見た”瞬間、
あなたの世界も、向こう側に複製される。
ログアウトとは、現実から消えることではない。
“現実を手放す覚悟”のことだ。
今、あなたのスマホにも通知が来ているだろう。
「mirror_user999 があなたをフォローしました」
もし、それが本当に届いたなら──
どうか、承認しないでほしい。
それが、この物語の“最後のお願い”だ。




