【鏡のアカウント】
― フォローされるということ ―
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第一章 ──見知らぬ通知
俺の名前は 大隈詩。
都内の小さな広告代理店で働く二十七歳の男だ。
デザイナーという肩書きはあるが、やっていることは
ほとんど雑用に近い。
そんな俺の唯一の楽しみが、SNSだった。
Instagramで「日常をちょっとだけオシャレに見せる」投稿をすること。
コーヒーの写真、散歩中の風景、自撮り。
誰かが「いいね」を押してくれるたび、
少しだけ“誰かの記憶に残れたような気がした”。
そんなある夜。
いつも通り寝る前にスマホを見ていた俺は、
ひとつの通知に気づいた。
> 「鏡アカ さんがあなたの投稿にコメントしました。」
初めて見るアカウント名だった。
アイコンは黒一色。投稿ゼロ。フォローもフォロワーもゼロ。
コメントはたった一行。
> 「#あなたを見ています」
スパムだろうと思って無視した。
だが、その一文が、妙に頭に残った。
“見ています”――何を? どこから?
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第二章 ──笑っていない笑顔
翌朝、いつもより早く目が覚めた。
鏡の前で髪を整えていると、なんとなく違和感を覚える。
俺の笑顔が、ぎこちない。
口角の上がり方が左右で違う。
出勤の電車内でスマホを開くと、また通知が来ていた。
「鏡アカ」からのコメント。
> 「#今日の笑顔も素敵です」
その日、俺は一度も自撮りを投稿していない。
まるで誰かが、実際に俺を“見ていた”かのようだった。
昼休みに同僚の優斗に話すと、
彼は笑いながら言った。
「それ、ストーカーじゃね?」
「鏡アカって、最近噂の“監視アカウント”かもな」
噂――?
「投稿した人の“反転した顔”を勝手にアップするんだって。
自分が笑ってないのに、笑ってる写真が上がるらしい」
冗談半分の声が、やけに現実味を帯びて聞こえた。
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第三章 ──反転
三日後。
会社のロビーにある鏡の前で立ち止まった。
そこに映る自分が、微かに“遅れて動いた”。
試しに右手を上げる。
鏡の中の俺は、左手を上げた。
そこまでは普通だ。
だが、その指先が、わずかに遅れた。
鏡の中の俺が、口を開いた。
> 「フォロー、ありがとう」
瞬間、背筋に氷が走った。
スマホを開くと、通知が鳴り止まない。
フォロワー数が一気に増えている。
100人、200人、1000人……すべて見覚えのないアカウント。
共通点は、「mirror」「kagami」「aca」などの文字列。
コメント欄は一斉に同じ文で埋め尽くされていた。
> 「#あなたは選ばれました」
> 「#こちら側へ」
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第四章 ──鏡の中のアカウント
その夜。
「鏡アカ」からDMが届いた。
> 「#あなたを招待します」
> 「mirrorlink://follow/utaya」
URLの最後に、自分の名前。
恐る恐るリンクを押すと、スマホの画面が暗くなった。
そして、インカメラが自動で起動した。
画面に映る俺の顔が――笑っていた。
だが、俺は笑っていない。
画面の中の“俺”が、勝手に口を動かす。
> 「やっと見つけた。ずっと、見てたよ」
床にスマホを落とした。
画面が割れても、その“俺”は消えずに微笑んでいた。
> 「#フォロー完了」
通知音が連続して鳴った。
> 「mirror_utaya さんがあなたをフォローしました」
……俺の名前だ。
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第五章 ──反転する世界
翌朝。
目を開けると、世界が左右逆になっていた。
部屋の配置、時計の針、文字の並び、すべてが反転している。
テレビのニュースキャスターは、左右の目の位置が逆だった。
恐怖を押し殺しながらスマホを開くと、
自分のアカウントが削除されていた。
代わりに表示されたのは──
mirror_utaya
投稿は一枚の写真。
鏡越しに笑う“俺”。
キャプションには、こう書かれていた。
> 「#フォロワー数:1」
> 「#ようこそ鏡の世界へ」
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終章 ──フォロワー数ゼロ
数日後。
会社では、大隈詩が“突然辞めた”という噂が流れた。
しかし、同僚の優斗はある夜、
ストーリーで不気味な投稿を見た。
鏡の前で笑う詩。
背景は見たことのない、左右反転したオフィス。
そのストーリーの下には、ただ一つのタグがついていた。
> 「#mirror_utaya」
そして、数分後。
そのアカウントは消えた。
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【あとがき】
“見られる”ことに、人は快感を覚える。
“いいね”という承認が、人を鏡のように映す。
しかし、鏡の中にもまた“見ている側”が存在する。
そしてその目は、
あなたがスマホを開くたびに、こちらを見返している。
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フォロワーが突然増えたら。
コメントに「#あなたを見ています」と書かれていたら。
その通知は、あなたの“鏡”から届いたのかもしれない。




