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短編怪奇談  作者: 森の漢
10/12

【隣の部屋の足音③】

【設計者 ― The Architect of Silence ―】


― 大隈 詩 最終章 ―



第一章 ──音の消えた部屋


 夜。

 部屋の中は静まり返っていた。


 時計の針は動いている。

 外の街の灯りも見える。

 だが──音がない。


 風も、電子音も、呼吸すら聞こえない。


 まるで世界が“ミュート”されたように、

 詩の耳は完全な沈黙に包まれていた。


 不思議と恐怖はなかった。

 ただ、頭の奥で誰かの声が響いていた。


 > 『ようこそ。設計の世界へ。』



第二章 ──白い空間


 次の瞬間、

 詩は真っ白な空間に立っていた。


 上下も左右もなく、ただ白。


 遠くに、人の影が一つ。


 椅子に座り、机に向かって何かを書いている。

 ペンの音だけが、はっきりと響いていた。


 その人物は顔を上げ、ゆっくりと笑った。


 「はじめまして。大隈 詩くん。」


 詩は息を呑んだ。

 それは──自分自身だった。


 だが、こちらよりも少し年上のように見えた。



第三章 ──“設計者”との対話


 「君が“どちらの詩”か、もう分からないよ。」

 年上の詩──“設計者”は穏やかに言った。


 「僕が作った世界は、音で構築されている。

  叩く音、呼ぶ音、返す音。

  そのすべてが、“現実を形づくるコード”なんだ。」


 詩は言葉を失った。


 「じゃあ、あの壁の音も、ポストも……」


 「うん、全部、君の声から生まれたものだよ。」


 設計者は机の上の図面を見せた。

 そこには無数の線が交差し、

 それぞれに「トン」「カタン」「ピンポン」などの文字が並んでいた。


 「現実は“音の設計”によって支えられている。

  でもね、欠陥がある。

  “誰かが叩いた音”は、必ず“誰かが返さなければ”ならないんだ。」



第四章 ──呼応の法則


 詩は理解した。

 だから壁の音は繰り返されたのだ。


 誰かが叩く。

 誰かが返す。

 その瞬間、二つの現実が重なり、入れ替わる。


 「じゃあ、俺たちは……その“実験”の中にいたってことか?」


 設計者は頷いた。

 「君は“被験体0”。

  君の声が最初の音を鳴らしたんだ。」


 詩の胸が痛んだ。


 「でも、なぜ俺なんだ?」


 設計者は静かに笑った。


 「簡単さ。

  君が、最も静かな人間だったからだよ。」



第五章 ──音の果て


 白い空間の端から、

 ゆっくりと黒い波が押し寄せてきた。


 「……これは?」


 「この世界が崩壊している。

  “音”が返されなくなったんだ。

  呼びかける者も、応じる者も、もう残っていない。」


 黒い波が図面を呑み込み、

 ペンの音が途切れた。


 設計者は立ち上がり、詩にペンを差し出した。


 「続きは、君が書くんだ。」


 詩は震える手でそれを受け取る。


 白い紙に、

 小さく──トン、トン、トンと書いた。



第六章 ──再設計


 次の瞬間、音が戻った。


 風の音。

 遠くの車の走行音。

 そして、自分の鼓動。


 詩は現実の部屋に立っていた。


 机の上には、一枚の白い紙。

 そこには三つの小さな点が並んでいた。


 ・・・


 ペンが自然に動く。

 無意識に、言葉を書いていた。


 > 『呼び鈴が鳴ったら、出ないでください。』


 そしてその下に、名前を書いた。


 大隈 詩(設計責任者)



終章 ──最後の呼び鈴


 夜。

 玄関の呼び鈴が鳴った。


 ピンポン。


 詩は静かに顔を上げた。

 壁に手を当て、ゆっくりと目を閉じる。


 音の向こうから、

 かすかに自分の声が聞こえた。


 > 「……開けてくれ。俺は、外にいる。」


 詩は微笑んだ。


 「今度は、返さないよ。」


 ペン先で机を軽く叩く。


 トン、トン、トン。


 世界が一瞬だけ揺れた。

 だが、音はもう返ってこなかった。


 静寂が、完全になった。



【完】


『設計者 ― The Architect of Silence ―』


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