鏡のアカウント0
― はじまりの通知 ―
⸻
第一章 ──夜中のDM
まだ「mirror」という名のアカウントが生まれる前。
それは、ひとりの女から始まった。
彼女の名前は 水原楓。
都内の専門学校に通う二十一歳の女子学生。
写真が好きで、SNSには日々の何気ない風景をアップしていた。
フォロワーは百人にも満たなかったが、
“いいね”がつくたびに嬉しかった。
ある夜、いつも通り投稿した写真に、見知らぬアカウントが反応した。
IDは「mirror_user000」。
アイコンは、ひび割れた鏡。
コメントは一言だけ。
> 「#あなたの写真、とても綺麗です」
スパムかと思った。だが、丁寧な言葉遣いと落ち着いた文体に、楓は返信してしまった。
> 「ありがとうございます☺️」
それが、すべての始まりだった。
⸻
第二章 ──フォローの代償
翌朝。
mirror_user000 からDMが届いていた。
> 「#あなたの目を通して見たい」
> 「#あなたのカメラの向こう側を見せて」
不気味だと思いながらも、楓はカメラを起動した。
ふと、インカメラが反応する。
──自分の顔が映っていた。
だが、少し違う。
左右が逆なのではない。
目の奥の光が、まるで他人のものだった。
そのまま無意識に、シャッターを押してしまう。
撮影後のプレビューには、自分ではない“誰か”が写っていた。
髪の長さも服装も同じ。
だが、鏡の中のように笑う“別の楓”。
その写真が、知らぬ間にSNSに投稿されていた。
タイトルは──
> 「#mirror_kaede」
⸻
第三章 ──広がる「タグ」
投稿から数時間後。
楓のフォロワーが急増した。
「#mirror_kaede」というタグが、拡散されていたのだ。
見知らぬアカウントたちが、そのタグを使い始める。
> 「#mirror_takuya」
> 「#mirror_yui」
> 「#mirror_ayane」
まるで感染のように、鏡の名を持つアカウントが増えていく。
誰かがそれを「鏡病」と呼び始めた。
フォロワーたちは次々と姿を消した。
残されたアカウントには、必ずひとつのコメントが残っていた。
> 「#フォロー完了」
⸻
第四章 ──鏡の世界
夜。
楓のスマホが震えた。
「mirror_user000」からの最後のメッセージ。
> 「#もうひとりのあなたが、こちらで待っています」
スマホの画面が黒く染まり、
鏡のように自分の顔が映る。
その“鏡の楓”が、にやりと笑った。
> 「代わりに、“撮る側”になってくれる?」
次の瞬間、画面が真っ白に弾けた。
⸻
第五章 ──アカウントの誕生
翌日。
楓のアカウントは削除されていた。
代わりに、新しいアカウントが一つだけ現れた。
mirror_user001
プロフィール文は短い。
> 「#あなたを見ています」
最初のフォロワーは「mirror_user000」。
そして、その“000”のアカウントは──
消えていた。
⸻
終章 ──通知音
それから数年後。
SNSのどこかで、また新しい通知が届く。
> 「mirror_utaya があなたをフォローしました」
その瞬間、画面が一瞬だけ、鏡のように反射する。
そこに映るのは、あなたの顔ではない。
“あなたを見ている誰か”の笑顔だ。
⸻
【あとがき】
最初の「mirror」は、人の孤独から生まれた。
“見られたい”という欲求。
“誰かに認められたい”という願い。
それが、鏡の中で歪んだ形を取り、
フォローという儀式に変わっていった。
誰かが鏡を覗くたび、
新しい「mirror」が生まれる。




