後編
チヒロの視点です。
ボス討伐後に出現する帰還用の転移魔法陣で拠点に帰還したオレとアキ。
抱き合って、喜びを分かち合ったボス戦直後とは違い、2人とも静かな帰還になった。……なんとなく、手を繋いてはいたけれども。
元々、感覚派で協調性がないオレと、コミュ障で言葉少ないアキは、このゲームで知り合った時はボッチ同士だった。
前衛スピードアタッカー剣士と、後衛アタッカー兼バッファーのマルチな術師。
試しに組んで遊んでみたら、思いのほか相性が良かった。
フィールドを好き勝手駆け回りヘイトを集めて全弾回避するアタッカーとか、後衛からするとやりづらいはずだったけど、アキはいつもオレに合わせて立ち回りを変えてくれていた。
時には指示を出してコントロールしようとしてくるが、そういう時はいつも、オレがどう動けばと迷いを見せた時だったから、本当にいつも楽しくて、助かっていたんだ。
重い鎧や頑丈な盾は装備できないけれども、何十人もいるクランでも撃破できないボスも、2人で突破してきたことなんか何度もある。
それこそ、ゲーム内イベントで活躍して、特別な称号をもらったりしたことだってある。
リアルの姿を知らない相棒と、ずっと2人で、駆け抜けてきたんだ。
五感を完璧に再現したゲーム内では、腹も減るし疲れるし汗もかく。
アキと2人で購入した拠点も、掃除が必要だし、手入れしないとボロくなっていく。
『おかえりなさいませ』
そのため、NPCのヘルプサービスをお願いして、冒険に集中できるようにサポートしてもらっている。
「おなかすいた。なんか食べるのある?」
結構無茶な注文に思えるけれども、
『パンとイノシシ肉のシチューは温めればすぐ食べられます。畑から収穫してきた野菜でサラダを作りましょう。腸詰め焼きますか?』
帰ってきたらすぐご飯食べたいとお願いしていたので、準備はしておいてくれたらしい。
はー、おなかぺこぺこだ。
「ヒロ、先に汗流してこいよ」
「あー、うん。分かった」
相棒の言葉に、ほんの少しだけ考えて、風呂に入るのを優先する。
ゲームとはいえ、何時間も走り回って汗だくのスタミナ限界。黒で統一した布製防具が、体に張り付いて透けてるようにも見える。
長袖の上着と、丈の短いスカートと、膝上丈のニーソックス。
アキにかっこいいよなと言われてから愛用してきたデザインの布製防具を脱ぎ、かけ湯をして湯船に浸かる。
この辺もまたゲーム仕様で、現実と遜色ない感覚が、ゲーム内での入浴を現実での入浴と勘違いして、現実で風呂に入らない廃ゲーマーが増えたとかで仕様変更した部分だ。
きれいな水を頭から一定回数かぶるか、湯船に一定時間浸かると、せっけんとかシャンプーとか使わなくても体がきれいになるし臭いもなくなる。
ゲーム内でも、花や果実の香りがするせっけんやシャンプーなんてのもあるが、オレはそういうのは……と思ったところで、イベントでもらった桃の香りのシャンプーとボディソープがあるのを思い出した。
……なんとなく、本当になんとなく。本来は必要ないのに、シャンプーとボディソープで髪と体を洗って流す。
体を拭いたあとも桃の香りが続いて、ちょっと気分が良くなった。
テキストにはリラックス効果があると書かれているし、それのおかげなんだろうとこの時は納得した。
ノースリーブの白ワンピースを着て、長い黒髪をポニーテールに結い上げる。アキのおすすめだという格好だから、ちゃんとかわいく見えるように何度か角度を変えながら鏡に映る自分の姿を確認してから、食堂のドアを開ける。
脱衣所のドアの近くで着替えを持ったままソワソワしてるアキにお先と声をかけ、テーブルに着く。
「……あ、と、風呂、いってくる」
自称コミュ障のアキは、戦闘中以外はいつもこんな感じで、口数が少なくてたまにちょっとどもる。
「……うん、そういうの、かわいいよな。それになんか、いい匂いする」
ちょっと顔を赤くしたアキが、そう言ってから脱衣所のドアを閉めた。
香り付けされたシャンプーとか使ったの、気づいたんだろうか。ちゃんと気づいて褒めてくれるのも良いところだよな。
『…………チッ』
怨念でも籠もってそうな舌打ちに振り向けば、にっこり笑うNPCのハナが食事を持ってきてくれたところだった。
『はい、どうぞ。召し上がれ』
あれ? 気のせいだよな? あ、いい匂い。美味しそう。
「いただきます……。うん、美味しい。……あち、あち、はふ、はふ」
湯気の出てるシチュー食べて、温野菜のサラダ食べて、焼きたての腸詰めを頬張る。
肉汁あふれる腸詰めは、あっつくてやけどしそうだったけれど、すごい美味しい。
「あ、ハナ、俺にもメシ頼む」
カラスの行水というか、お湯をかぶるだけというシステム上最速での入浴を済ませて着替えたアキは、NPCのハナにもろくに目を合わせることができずに、食事を要求してる。
よくないとは思うけどさ。まあ、いつものことなんだけど。
『…………どうぞ』
そんなだから、ハナはちょっと嫌そうにアキの前に食事を運んでいた。
「あ、ありがとう」
人付き合いが苦手で女性と接することも苦手なアキと、男性嫌いで女性でしか雇用できないNPCのハナ。
2人とも、お互いのことは嫌ってないけれども、性別的に苦手なのは仕方がない。
そういえば以前、嫌いじゃないならハグくらいできるよな? と2人に聞いてみたら、渋々といった感じでハグしてたっけ。
その時は、アキが顔真っ赤にして恥ずかしがってて、ハナがぎゅっと抱きしめたらビクッと驚いててオレの方がびっくりしたよ。
それ以来、ハナの方はそっけないけれどアキを毛嫌いして露骨に距離を取るようなことはなくなったし、アキの方も、少しずつ目を合わせたり声をかけたりできるようになってきていた。
苦手を克服するための練習です。とか言って、ハナの方からアキにハグしたりすることもたまーにあったりする。
大きな進歩だよな。
ちなみに、オレは暇そうにしてたらハナによくハグされてる。
その時のハナは、いつもにこにこしてて好きなんだよな。
「ごちそうさま」
『お粗末さまでした』
ちょうどお腹いっぱいになる分量の食事を食べ終わると、すぐに眠くなってしまう。
もうほんとにスタミナが限界なので、しばらく寝てくるーとハナにおやすみのハグしてから寝室へ。
ドアを閉める前に物音に振り向くと、恐る恐るお休みのハグしてハナに頬をくっつけてるアキ。
ハナは嫌そうな表情だけれど、アキの背中ポンポンしてるあたり、本音ではそこまで嫌がってないのかも。
そこそこ長い付き合いだしな。
……てか、二人してオレにナイショで付き合ってるとかないよな?
さすがにないか。
部屋に引っ込むと、髪をほどいてすぐにベッドに仰向けに転がる。
スタミナ切れで眠くてしょうがない。もう目を開けてるのもしんどくなっていた。だから、ノックの音も反射的にどうぞーと言ったものの、よく分かってなかった。
「……ヒロ……もう、寝ちゃったか……」
足音と、アキの声が聞こえたような気がしたけれど、眠くてよく分からない。
「むにゅう……。すー……すー……」
「いっぱいがんばったよな。一生懸命だったよな。だから、ボス戦やってる時に俺がどう思ってるかとか、どう感じているかとか、分かってないよな」
ほとんど意識は夢の中だけれど、髪を優しく撫でられた気がした。
「よそのクランから、お前をよこせよって圧かかってるけどさ、ヒロのことレアアイテムみたいな扱いしやがってるからさ、俺の方で全部断ってるんだよ。知らないだろ?」
頭を雑に撫でられて、乱れた髪を手ぐしで直すアキ。
アキがなんか照れてる時の仕草だ。
小さい頃に、父からワシャワシャっと雑に撫でられたことを思い出して、自然と笑顔になる。
「かわいすぎる……。無防備すぎるだろ……」
アキのあったかい手が、頬に触れる感触。
そして、ちゅ、と音を立てて、おでこに柔らかい感触。
「直接言ってないから知らないと思うけど、俺、ヒロのこと好きなんだよ。その、友だちとか、相棒としてじゃなくて、男と女として、さ」
もう一度、おでこに柔らかい感触があってから、頬にも、1回、2回。
「こっちは、起きてる時にちゃんとしてからもらうな。その時は断っても仕方ないけどさ」
唇を、指でなぞられる。
ゾクッとして、ん、と声が漏れた。
「おやすみ。いい夢を」
またおでこにキスされると、アキの気配が離れ、部屋から出ていってしまう。
…………。
………………。
……………………。
目が、覚めた。
いや、なにあれ? アキ、なにしちゃってるの!?
えっ、いや、その、オレは男で、……って、ゲームのアバターは黒髪美少女だから、勘違いしちゃった感じ!?
いやさ、分かるよね? オレの言葉遣いとか、仕草とか、距離感とか、男のそれだったよね? 女を感じさせる要素とか、今まで特になかったよね?
てゆうか、オレ、最初にさ、現実だと男だって言ったじゃん!
忘れちゃった!? それとも、アバターが美少女なら、そういうのも関係ないの!?
分かんない、分かんない。
どうすんだよこれ? どうすればいいの?
オレ、どんな顔してアキと会えばいいんだよお……。
お互いの現実の姿を知らないままに、ぐちゃぐちゃに乱された心で、一睡もできないまま、無為に時間を費やして。
アバターのスタミナと現実の心が限界に達して、強制ログアウトされてしまった。
「ううぅーーーわあぁーーーっ!!」
このあとめちゃくちゃジタバタした。
家族にうるさいと怒られたので、無言で。