薔薇を愛でてはいけない部屋
ええ、今回はしいなここみ様主催の『してはいけない企画』により、もしも○○してはいけない部屋があったら をテーマにお送りしております。
ということで、もしも、薔薇を愛でてはいけない部屋があったら……。
親友の美沙が一日だけマンションの部屋を留守にするというので、私が留守番をすることになった。
留守番とはいっても、じつはお願いしたのは私のほうだ。彼女の豪華なマンションの部屋にぜひとも住んでみたかったのだ。
「置いてあるものは動かさないでね。ゲーム機は好きに使っていいわよ。猫とも好きに遊んでちょうだい」
私を連れて、美沙は部屋の中を案内していく。
「中に入ってる食料品、自由に食べていいわよ。賞味期限の近いものから片付けてね?」
キッチンで開けられた冷蔵庫でも、私は盛大に驚かされた。
「高級食品がいっぱい! これ、好きに食べていいの?」
「うん」
「わぁい♪」
さすがはブルジョア。太っ腹だ。
そして一通り部屋を案内し終わった美沙から改めての注意があった。
「汚したらちゃんと掃除してね? ベッドのシーツは私が帰るまでに取り替えて」
「男なんか連れ込まないわよ」
私はそんなつもりは本当になかった。
「ただ、いつもの安アパートとは違う暮らしがしてみたいだけだから」
「まあ、それはそうかも知れないけど……。
あ、そうそう、ひとつだけ言っておくけど、薔薇を愛でることだけはしないでね」
「え!?」
薔薇を愛でるな?
言われて部屋を見渡せば、南の窓の傍に硝子の花瓶に真っ赤な薔薇が活けられている。
いかにもブルジョアと言いたくなる趣味だけど、風水では勝負運や美容運、人気運を高めてくれるというし、つまりそういうことなのだろう。
しかしそんなことで御利益が減るとでも思っているのだろうか。まったく、美沙ってば……。
「はいはい、わかったわよ。留守のことは心配いらないから、安心して行ってらっしゃい」
なんだか面倒臭くなってきたのでさっさと送り出してしまうことにする。
「それじゃお留守番、お願いね」
美沙はまるで海外旅行にでも行くみたいな大荷物を身の回りに出現させると、部屋をすうっと出ていった。
……大荷物?
あれ? 確か一日だけって話だったんじゃ……?
まあいっか。
「へへ……。ブルジョワ気分」
私はふかふかのベッドの上で飛び跳ね、ゲーム機で遊び、猫と遊ぶ。
お風呂に入った後はビールを堪能。
ときどき変なデジャブを感じるけれど、きっと気のせいに違いない。
冷蔵庫の高級食品を猫と一緒に食い尽くすとやることがなくなった。
取り敢えず適当にテレビを点けて、ふかふかのベッドへ。
あっ、そうだ、読みかけのネット小説があったんだった。
「ちょっと何、この流れ?
もしかしてこの子に、三歳の女の子を誑し込んで自分好みに育てさせる気⁈
とんだ光源氏計画だわ!」
信じられない。
まさか現実のシリアスジャンルで、主人公をこんなロリコンにするなんて!
そりゃあ確かに現代でも政略結婚とかはあるかも知れないけど、いくらなんでもひどすぎだわっ!
大好きな作品だっただけにこんな終わり方は認めたくない。
そうよ、まだどんでん返しがきっとあるはず。
「そうか、こういう結末だったんだ……。
親子二代の報われぬ恋。
ああっ、なんて尊いのかしらっ!」
最終話を読み終え興奮した私は思わずその感動を口にしていた。
だって、女の子なんだもの。涙が出ちゃう。
『あんたも好きねぇ……』
……え? 何? 今のはいったい……?
誰か男性の声が聞こえた気がする。
でも今この部屋に居るのは私一人。だからそんなことなんてあり得ない。
つまりこれは私の幻聴。
……疲れてるのかしら。
『ちょっとぉ~、無視しないでよぉ~。聞こえてんでしょぉ~』
『本当よねぇ。これだから最近の若い子ってぇ』
……………………。
「どわぁぁぁっ⁈
な、何っ⁈ あんたたち、いったいどこからっ?」
気のせいじゃなかった!
なんか血色の悪い化粧姿の男性がふたり、ものを言いたそうに私のことを見つめている⁈
『そんなことなんてどうでもいいでしょ。
それよりもさっきの話。
同好の士としてもっと深く語り合いましょ』
『そうそう。
ねえ、あなたはどっちが攻めでどっちが受けだと思う?
私のイメージだと──』
「ひ、ひぎゃぁぁぁぁっ!」
こ、今度は蒼白い顔をした女性が二人⁈
いや、違う。もっと居る!
しかも身体が透けたのや腐った男女たちがわいのわいのと集まって……。
み、美ぃ沙ぁぁっ!
あんた、ここがそういう部屋だと知っていたわねっ!!
「ちょっとだけよ」
私は開き直ることにした。
禅宗の『碧巖録』の洞山無寒暑、「暑いときは暑さになりきり、寒いときは寒さになりきる」の境地だ。
同じ趣味の仲間同士語り合うのも悪くはないしね。
まあ、夜通しっていうのはつらいけど……。
テレビでは、懺悔の神様が腕を交差させてバツのジェスチャーをしていた。
だめだこりゃ……。