放課後ダイアログ
「男装とボーイッシュは、ジャンルが違うの。そしてあなたは、単純にがさつなだけ」
窓越しに見える空は、雲一つなく青々と輝いている。眩しすぎる太陽光を遮るためのカーテンは、ふわりと風をはらんで大きく膨らんだ。
俺は慎重に言葉を選ぶ。
「男である俺に対して、それを言ってどういうつもり?」
「一般論よ」
「そんなもんが一般論であってたまるか」
同級生の女は、すすすと首の位置を移動させてカーテンの裏に顔を隠す。
「あまりに適当にしゃべりすぎて、恥ずかしくなったんだな」
「何を言ってるかさっぱり。ほら、早く課題やらないと、帰れないわよ」
「納得いかねえ……」
なにゆえ、俺のほうがこいつに注意されないといけないのか。だが、この女のいうことも確かではあるので、その点に関しては素直に従うことにした。
教室の中にまだ届くセミの声に、扇風機が空気をかき混ぜる音だけが響き渡る。
しばらくしてから、何かが俺の背中にあたる感覚があった。
「おい」
「なによ。ちょっと消しゴムが自主的にあなたの背中に向かって飛んでいっただけじゃない」
自主的なわけないだろうが。消しゴム引きちぎってやろうか。
「残念ね……あなたはそんなことできやしない」
「そもそも、やらんし」
「私の消しゴムは──もはや米粒サイズよ、もともとから」
引きちぎり済みだったかあ……。誇るなこんなもん。
「ところで、話を戻そうと思うのだけれど」
「戻すな。課題の続きをやれ」
こいつ、飽きたな。そして、俺を巻き込もうとしてやがる。
「課題の続きよ。例えば、高潔な女騎士がいるとして」
「そんな課題なわけねえだろ」
数学に、高潔な女騎士が出てきたら、もっと真面目に取り組めるぞ、俺は。
「その騎士様が職業上の必要にかられて、髪は短く切り揃えて身体を鍛えているのは、ボーイッシュなの。けれど、その騎士様が家のしきたりで男として育てられ、自らの装いも男性に寄せていたらそれは男装。つまりここから言えることは分かるわね」
「課題が、かけらも進んでいないことか」
「ジャンルが違うの。違うのよ。どれくらい違うかというと、お刺身とタタキとなめろうくらいに違うの。そして──自分のことをボーイッシュと自認して周囲に吹聴してるような奴は大体ズボラなだけよ!!!!!ボーイッシュや男装なんかじゃないの!!!」
声、でっか。うるさ。
教室の扉が、開いた。
「課題提出期限オーバー組、あと30分なー」
「「うっす、すみません。急ぎます」」