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即興短編

泪酒

作者: フリードリヒ・ハラヘルム・タダノバカ

 なみだが零れるのである。


 とめどなく、なみだが溢れるのだ。


 人体の6割は水分だというが、もう7割くらい流れ出たような気がしていた。


「ねぇ、みんな、あなたのこと、私が思うほどには、そんなに好きじゃなかったのかな……」


 私が語りかけると、飼育ケースの中の昆虫が、「ん?」という顔で、こっちを向く。まるで言葉が通じているかのようだ。「何、なに?」「なんだって?」「なんて言ったの?」と、無邪気な顔で、聞いているようだ。


 薄暗い独りの部屋で、私にとっては、パイソンカマムシだけが、友達だ。

 私はこんなにもパイソンカマムシのことを愛しているのに……

 他のひとたちは、この子について、あまり語りたがらないように、そんなふうに、思えた。


 やっぱり……虫だからなのかな……。


 こんなに見た目は確かにキモいけど──


 こんなに心が通じ合える虫なのに──


 外が暗くなってきた。


 このままでは部屋の中は真っ暗になってしまう。

 そんなことになれば、私も、パイソンカマムシも、世間から忘れ去られて、黒い泪の海の中へ、沈んでいってしまうように思えるから──


 私はブラックライトを点けた。


 照明でありながら、それは何も照らさず、ただ部屋の中を、青黒い闇で、満たした。


 ブラックライトの中で見ると、パイソンカマムシは、まるで深海の中に浮かびあがるように、その無表情に、微かな笑みを浮かべた。華奢な躰は桃色に輝き、人間のような姿で、立つ。その背中の後ろには、無数の小魚が泳ぐような、金色の光を、纏わせている。まるで太宰治の御伽草子に出てくる乙姫のようだ。っていうか、まんまだ。


 私は眠ろうと決めた。


 お酒が私を無意識の海へと誘ってくれる。


 逃げようと思ったのだ、こんなにも聖諦を纏った、無垢なる虫が、愛されない世界から。




 おやすみ、パイソンカマムシ──


 ごめんなさい、太宰治をパクって──




 逃げよう


 世界は


 壊れているから──




 私も


 なりたかったよ


 太宰のように


『浦島太郎』を「ハッピーエンドだ」と言えるようなひとに──





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― 新着の感想 ―
パイソンカマムシは結局虫なのか。 「パイ」「ソンカ」「マムシ」では切ったりしないのかなあ。 パイソン鎌虫? だとしたら、パイソンの顔のように見える甲羅と鎌状の前脚を持った虫か? パイ・ソンカ蝮? だと…
コロン様の「酒祭り」企画より読ませていただきました。 なんか切ないけど・・・笑っちゃうような(笑)。 絶妙なお話でした。 私だけがいいと思っているパイソンカマムシ、お酒を飲みながら、一人語りのアンニ…
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