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あの海が見える街の丘で  作者: じゃがマヨ
夏の終わりに
4/33

第3話



 キーちゃんは知ってる。


 亮平が事故に遭った日のこと。


 2014年8月の出来事。


 あの日亮平は言ってた。


 言わなくちゃいけないことがあるから、って、やけに真剣なトーンで。


 スマホにかかった5分20秒の電話を覚えてる。


 電話のコールが鳴ったのは、1限目の授業が始まって、午前9時を過ぎた頃だった。


 中学を卒業してから、ずっと連絡がなかった亮平からの着信に、私は戸惑った。



 「もしもし」



 教室の窓辺で、息を潜めながら話した。


 授業中だったからね。


 先生に怒られるからと言って早めに要件を伝えてと催促した。


 しばらく返事はなかった。



 少し間が空いてからノイズが割って入って、その後に唸り声のような低音。


 それから亮平の声が入った。



 「…ごめん、楓。どうしても声が聞きたくてさ」



 なんで?



 私は不思議に思った。


 突然電話をかけてきて、しかも声が聞きたいって?


 こんな朝早くから?


 私は聞き返した。



 「急にどしたん?」



 少しの間沈黙が入った。


 ッザザーというノイズ。


 電波が遠のく。



 亮平は言った。



 授業の喧騒の片隅で耳を傾ける。


 いつになく弱弱しい声。


 いつになく真面目な声色。


 そうしていつになく、やさしい話し方。


 そのどれもが、耳の中で聞きなれない音を含んでいた。



 「……俺、まだ言えてなかったよな?」


 「なにが?」



 亮平の言葉に対して反射的に出た返事。


 その背後で、まるで静かな音を含みながら進んでいく時間。



 あの日亮平は、思いもしない言葉を吐いてきた。


 スピーカーの向こう岸で。


 「もう一度、会いたい」と。



 その言葉の意味を理解できていなかった私は、掠れていくその声を追う。


 それがただの電話だと思いながら。



 ——街外れの高速道路。2キロ続いた一直線上の道。破壊されたバイク。



 あの電話の少し前、亮平は、友達のバイクの後ろに乗って走っていた。


 目的地があったのかはわからない。


 ただ、道路の左に刻まれたブレーキ痕は、時速120キロは出ていたと思われるであろう激しい痕跡を残していた。


 亮平はその勢いのまま、バイクごと道の隅に投げ出された。


 あっという間に駆け抜けた風。


 朝焼けの太陽の真下で。




 電話で繋がっていたあの時、亮平はなにを伝えたかったのだろう。


 そのことを、私は今でも探している。


 雨が降ったあの日の午後、亮平と手を繋ぐ。


 目を覚ましてと訴えかける。



 窓越しに降る雨の音を聞いていた。


 静かな病室の空間。


 波を打つ心拍数の音。


 私は目を覚まさない亮平に向かって、真っ直ぐ伝えたいことがあった。



 私が冒してしまった、「1つの過ち」を。


 

 だけど、私の中にあるこの秘密を、結局話せずじまいのまま時間は過ぎた。


 謝らなくちゃいけないことがあるのに、口を噤んだままで。



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