表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの海が見える街の丘で  作者: 平木明日香
陽だまりの午後
19/33

第18話



 太陽は傾き始めてる。



 「私、やっぱり行かない」



 私は振り返り、道の反対側から来たバスに乗った。


 今来た道を、もう一度下ろうと決心した。


 キーちゃんは私の肩を掴んで、「待ちや!」って大声で言うけれど、そんなの知ったこっちゃない。


 家に帰ろうと思った。


 私の知っている静かな日常のなかに戻ろうと思った。



 「あんた、それでええんか!?」


 「そうやな」



 語尾を強くする。


 迷いなんかない。


 明日の私が、今日の私を追い越そうとする。


 そのスピードに轢かれて、影も残さないくらいに一日が重くのし掛かってくる。


 その重さに耐えかねて、昨日までにあったものがなにもかも潰れてなくなってしまうくらいなら、いっそ全力で、その重力に逆らおうと思う。


 昨日の世界に置いてきたものを、この手に握りしめておきたいと思う。



 西宮病院が記された地図が、右手の中でクシャクシャになる。


 スマホを開くとメールが来てた。


 もうすぐ手術が終わる。


 あんたはどこにいるんだってお母さんから。


 私は返信しなかった。


 友達の電話も出なかった。



 バスを降りて電車に乗って、切符に記された「須磨」という文字。


 西宮には30分もあれば行ける。


 だけどそうしないのは、私と彼の距離が、もっと近くにあると信じたいから。



 キーちゃんは私の裾を掴んで、まだ間に合うと言う。



 何に?


 

 私はもう間に合ってる。


 何も間に合わないなんてことはない。



 キーちゃんと私が一緒にいるってことは友達も知ってた。


 だからキーちゃんの電話にも連絡が来てた。


 私たちが何処にいるかって催促の電話が。


 キーちゃんはそれに答えなかった。


 代わりに私にそのことを伝えた。


 亮平の容態が、あまり良くないってことも。



 「心肺が弱っとるって」


 「…そう」


 「あんた、このまま家に帰るって言うけど、このまま会わずに、リョウが死んでもええんか!?」



 黙る。


 言葉は悪いかもしれないけれど、亮平はもう生きてない。


 植物状態なんだ。


 かろうじて、人工呼吸機と経管栄養で命を繋いでいるけれど、言葉を話すことも、目を開けることも、前にみたいに笑うこともない。


 目を閉じてる。


 ずっと、あの日から、同じ姿勢のまま、同じ呼吸器を付けて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ