賭け
「や。無事にここまで来れたみたいだね。……見てたよ。随分な扱いだったね?」
「……」
俺は、異空間の中で、恐らく神であろう人物を目の前にしても、感情がぐちゃぐちゃな状態のせいで、言葉を発する気にもなれなかった。
「相当ショックだったんだね。可哀想に」
神は……女神は。俺を優しく抱き締め、頭を撫でてくれた。その温もりで、その優しさで、俺は浄化された。
「気分、良くなったでしょ?」
「……はい」
俺は女神から離れ、そう返事をした。
「俺は……俺は、どうなるんですか?」
「随分と飲み込みが早いみたいで助かるよ。……本来は、君はこのまま僕に取り込まれるのだけど、今僕は珍しく機嫌がいいんだ。ツイてるね。君」
「……」
回りくどい言い方をしてくる女神に、少しだけモヤモヤとした気持ちを覚えた。
「僕と賭けをしてみない?」
「賭け……ですか」
「そう。どうする? このまま取り込まれる……要は死ぬか。それとも、賭けに乗るか」
あくまで賭けの内容は教えてくれなさそうだ。
「賭けの、内容は───」
「どうする」
女神は、この世のものとは思えない顔で言葉を繰り返した。俺は完全に萎縮してしまい、謎の賭けに乗ることにした。このまま何もせずに死にたくは無い。判断する時間が沢山あったとして、生き長らえる方法が少しでもあるのなら、どちらにせよ賭けに乗っただろう。
「じゃあ、賭けの内容を説明するよ。内容は簡単、君を異世界に戻す。そこでクラスメートと担任を皆殺しにすること。それが出来れば君の勝ち。反対に、もしそれが出来なければ、君の負けだ」
「殺す……? 俺が、皆のことを……?」
俺は、状況がよく飲み込めなかった。いや、こんな状況、すんなり飲み込めるやつの方が少ないだろう。
「まぁ聞きなよ。詳細を話そう」
「では、この賭けが成立する為の前提条件を話そう。まず1つ。期間は10日間だ。如何なる理由であれ、それを過ぎた場合、即座に失格となる。その場合も君の負けさ」
「2つ。間接的に関わっているのなら、君が直接殺さなくても良しとする。ただ、君の手でクラスメートを殺してくれなきゃ面白くないからね。3人。それが直接殺さなくても良い人数だ。29人は自分の手で殺してもらう。そして、もし君が全く関与せずにクラスメートが死亡した場合、即失格。君の負け。……だから、クラスメートが君と無関係なところで勝手に死なないよう、早めに殺しておくのがベストだと思うよ」
俺が関わっていないところでクラスメートが死ねば、その場で俺の負けが確定するわけか。出来るだけ早く……要は、RTAをすればいいのか。
「後は……いや、それぐらいかな」
「……俺はこんなギフトだけで、31人全員を殺せってか……? 他の奴がどんなギフトを持っているのかも分からずに……」
とうとう不満が漏れてしまった。
「言うと思ったよ。では、君に新たな能力を授けよう。それも2つ」
女神は、2つであることを強調した。
「まず1つ目。キルカウンター。使用した時点で、何人中何人殺したかが目の前に表示される。キルカウンターを使用していても、君以外には目視することは出来ないから安心してね。発動条件は簡単。『キルカウンター』と唱えるだけでいい」
キルカウンター……いかにもサブ的な能力だな。
「そして2つ目。僕の万物を総べる力を使わせてあげよう」
女神はそう言うと、徐に左腕をのばした。すると、左腕が一瞬でタコの足に変わった。
「う、うわ……」
俺にはこんな反応しか出来なかった。
「身体を他生物のものに変えられる力だ。どんな生物のものであれ。この力には名前とか無いけど、変身とでも名付けよう。……これじゃ、ちょっとやりすぎだから、少しリスクを負ってもらう。これまた2つだ」
「使いたい生き物の名前を英名で唱える。それが発動条件。あぁ、力を使う意思が無く、ただの唱えただけじゃ発動しないから安心して」
「それの、何がリスクになる……」
「少しは自分で考えてから質問して欲しいな。まぁいいけど。1つは、発動するのに逐一生物の名前を唱えなければいけないリスクだ。この力が相手に知られれば、生物の名前を唱えた時、その生物の力を使おうとしていることがバレてしまう。そして2つ。英名が分からない生物の力は使えない。単純で分かりやすいリスクでしょ? 元に戻したければ、同じように人間の英名を唱えるといいよ」
ヒューマンってのが分からなきゃ、永遠に元に戻せないってかよ。……でも、逐一名前を唱えるというリスクは、小声で唱えてしまえば相手に気付かれようが無い。リスクがリスクじゃなくなるな。
「……話を本筋に戻すね。この力は、身体の一部or全身のほとんとをその生物のものにするか、生物の能力だけを自身に反映させるかは自由だ。その時に合ったよう変えてみるといい」
俺はまた返事代わりに沈黙をした。
「以上かな。能力についての細かい注意事項は、また後で教えるとしよう。最後に何か聞いておくことはあるかい? 僕が手を貸せる範囲内の事なら、協力したいと思ってる」
「……俺が賭けに勝った場合の話がされてないぞ……」
「あぁごめんw 忘れてたよ。もし君が賭けに勝てば、そうだな……1つ。何でも願いを聞いてあげよう」
1つ、何でも願いを? ……それは良い。一気にやる気が湧いた。
「他には何かある?」
「……悪い。クラスメートの顔と名前が分からないんだ。差し支えなければ、教えてくれないか? 俺のギフトにはそれが必要みたいで」
「……君、鈍そうなのによく気がついたね。このままなら、ほぼ詰みだったのに」
「教えて貰えるのか……?」
「はぁ……いいよ。能力だけじゃなく、ギフトも最大限に使えなきゃ、フェアじゃないからね」
そう言うと、女神は何も無い場所から名簿のようなものを出現させた。
「はいこれ。顔写真付きのクラス名簿。担任も載ってるよ。この空間に居る間は見せてあげる」
「……ここには、いつまで?」
「いつまででも。但し、ここに居る間でも、制限時間は動き続ける。このままここで10日間僕とお話をするって手もあるよ」
女神は、いじらしくニヤついた。
「あぁ、そうか。じゃ、1日でクラスメートの顔と名前を一致させる。その後は2日かけて能力の特訓をする。アイツらを皆殺しにするなんて、7日あれば十分だ」
「ひゅ〜、かっこい〜! ……君に皆が殺せるの? 強さの話じゃなく、気持ちの話でさ」
「……あぁ。あんな一方的で独裁的な多数決に賛同するような奴らだ。情は湧かない。むしろ、復讐の機会を与えてもらえてラッキーとすら思う」
「……凄。適応能力の鬼だね。君があのまま現実世界に居たら、指名手配犯になりそうだ」
「……名簿を貸してくれ。直ぐに取り掛かる」
「じゃあ今から、僕と君の、楽しい賭けの始まりだ」
かっこつけながら、女神は指を鳴らした。今から10日間。何をしてでもクラスの奴ら全員を殺し、願いを叶えてもらう。俺とこいつ、どっちが勝つ事になるか……今から楽しみだ