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不測の事態

2-4

 ヴィゴの膝蹴りによって吹っ飛んでいったオリヤンへ、仲間の若者たちは一斉に注意を向けてしまう。攻勢に出て主導権を握る好機をあっさり譲り渡してくれたわけだ。

 こういうあたりが彼らの経験のなさだな、とまるで教官にでもなったかのような感想をヴィゴは抱いた。リーダー格らしきオリヤンも含め、根本的に理解できていないのだ。

 路上での喧嘩と、命がけでの戦闘行動には天と地ほどの差があることを。


「よいしょっと」


 かけ声こそ呑気だったが、やはりキルスティはその隙を見逃さない。

 刃の峰で手近な相手の手首を強打し、長剣を叩き落としたかと思えば、流れるように一連の動作で回し蹴りを食らわせる。

 蹴り終わった瞬間を見計らって死角から襲いかかってきた相手には、すかさず柄を眉間に叩きこんでいた。視線を向けることもなく。


 百戦錬磨と形容するしかない動きだった。想像していた以上に戦い慣れているぞ、とヴィゴはさらに彼女への印象を改める。

 カンナス基地攻防戦に加わっていたというだけでずいぶん見る目が変わったのだが、これほどの実力なら王国軍にいればすでに名が知れ渡っていたはずだ。


 きっとキルスティはカンナス基地側の戦士だったんだな、と心の中で推し測りつつ、負けじと周囲の相手をなぎ倒していく。二人、三人と瞬きする間もなく地に這わせ、続く振りかぶってからの斬撃も足を使ってぎりぎりでかわす。そして狙いすまして肝臓へ一撃。


 剣での攻撃を一度でもまともに受ければ致命傷かもしれないが、ヴィゴの拳も一発もらえばまずまともに立てはしない。

 つまり剣と拳は五分だ、というのがヴィゴの理屈だった。


「おれの拳は鉄よりかてえぞ、おら!」


 吠える彼の周りには、すでに五人の若者が崩れ落ちている。

 少し離れたところからあきれ混じりにキルスティが言った。


「おかしいっしょ、その拳。あと見切りもやばいっス。何で剣持ってる連中より間合いで主導権を握れてるんスか」


 戦いの最中だというのに、さすがに彼女はよく見ている。

 口の端だけを上げてヴィゴは笑った。


「ひたすら殴って殴られてを繰り返してきたからな。ようやく体が適切な距離ってもんをわかるようになったのさ」


 キルスティが過去の経歴をぼかして伝えてきたように、ヴィゴも事細かに話すつもりはない。そういう時と場合でもないはずだ。

 しかしなぜか彼女は大きく頷いている。


「ああ……それでなんスね」


「ん? どういう意味だ」


「いや別に」


 無駄口を叩くほど余裕のあるキルスティだが、視線を動かしてすぐにその表情が一変した。大きな布袋を両手で抱えてきたロッタが視界に入ったのだ。

 肉の塊を持ってきてくれたのだろうが、今はあまりにも間が悪い。

 状況の変化に目敏く気づいた者があちら側にもいた。ヴィゴやキルスティを避けてその青年は動きだし、ロッタを狙いにいく。


 早くも連中の半数近くは地面に倒れてしまっている。双方の力量の差はいかんともしがたい。どうにか状況を打開しようとして、おそらくは人質としてロッタを確保しようと考えたのだろう。

 浅はかにも程がある。


「逃げろロッタ!」


「ロッタちゃん逃げて!」


 二人が同時に叫んだが、即座にヴィゴは言葉の選択を間違えたのを悟る。

 殺すな、と告げるべきだったのだ。


 ロッタが手に持った肉の塊を迷わず放り捨てる。おそらくは腰のところに紐でくくっていたのだろう、背中側から肉切り包丁を抜いた。

 そのまま低く潜りこむような体勢をとったロッタによって、剣を突きつけようとした若者の右手首から先が斬り落とされた。あまりに鮮やかすぎて、一瞬だけではあったがヴィゴも目を奪われてしまった。


 真っ赤な血が宙に弧を描いてほとばしる。耳をつんざくほどの悲鳴が場の空気を変え、路上の乱闘から戦場さながらの様相を呈してきた。

 けれどもこのままあの若者を死なせてしまってはまずい。


「おい、おまえら! 早くそいつの腕をきつく縛れ! 早く!」


 怒鳴るヴィゴに背を押されるようにして、仲間たちが片手を失った若者の周りに集まって腕の上部を布で縛り上げていた。

 その間にキルスティがロッタの側へ駆け寄っていき、まるでずっと以前からの友人であるかのようにぎゅっときつく肩を抱く。


「ロッタちゃん、うちらがちゃんと守るからもうその刃物は使っちゃダメ!」


 ほとんど懇願といっていい声であった。

 それでも当のロッタは納得しかねるらしい。


「て、て、敵なんでしょ?」


「いや、まあ、そうだけど! とりあえず殺しちゃダメっス!」


「で、でも」


「いいから。そういうのは、うちらがやるんで」


 いつになくきつい調子で言い聞かせるキルスティへ、不承不承といった様子ながらロッタも頷く。

 まずい事態になった、とヴィゴは唇を噛んだ。

 彼とキルスティだけであればこの乱闘を問題視されるには至らないはずだった。騎士団の威光でどうにか乗り切れると踏んでいたのだ。


 ただしロッタは違う。過去に猟師暮らしをしていただけの一般市民だ。

 使い走りのならず者相手とはいえ、手を斬り落としてしまったとなればさすがに無罪放免でかたをつけるのは難しい。相応の罪を問われるのは確実だ。


 油断なく周囲へ目を配りながらも、ヴィゴはどういう処置をとるべきかについて考えを巡らせていく。

 だがそんな彼の思考もすぐに中断を余儀なくされた。耳に聞こえてきたのが、憲兵隊の使う警笛の音であったからだ。


 こんなときだけ迅速に来やがって、と毒づいたところでどうにもならない。人影はほとんど見当たらなかったとはいえ、ここも都の往来だ。あれだけ大っぴらに暴れていれば憲兵隊を呼ばれても文句は言えないだろう。


 やってきた憲兵隊の数は五名。まだ遠目での確認だが、その中に右腕を包帯で巻いた隊士の姿が見える。

 ヴィゴは「まさかだろ」と思わず呟いてしまった。

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