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ならず者がやってきた

2-3

 往来を我が物顔で歩く四人組の青年が、無遠慮に距離を詰めてくる。

 身なりはどこにでもいるトゥオミ市民の貧しい若者と変わりなく、どこかしらが汚れたり破れたりしているのだが、どういうわけか全員が帯剣しているようだ。


 かなり後方には、にやつきながら成り行きを見つめる青年が立っていた。彼だけはえらく身綺麗なのが遠目でもわかる。

 ずいぶん粗暴そうな連中だな、と内心でヴィゴは値踏みするも臆しはしない。こういった手合いとの揉め事には慣れていた。


「悪いけどおれらが先客だからさ。肉がほしいなら、ちっとそのあたりで時間でも潰して待ってなよ」


 ぞんざいに手を振って追い払おうとする。

 相手がどう出るかを見る意図があってのことだが、ヴィゴの提案には誰も答えようとしない。黙ってこっちを見下すような笑みを浮かべているばかりだ。

 視線は彼らから外さず、「こいつら全員、とりあえずぶちのめした方が話が早いか?」と検討しだすくらいにはヴィゴも苛立ちはじめた。


 しかしようやく一人の青年が前へと出てきた。

 明るい茶色の髪は少し癖があり、長めの襟足が緩やかに巻いている。

 彼の大きい目は自信に溢れ、まるでこの世に敵なしといった調子だ。


「やあ。初めまして、だな。おれの名はオリヤン。あんた、第八位葉導師ミルカ・リンドベルイの騎士団で団長を務めるヴィゴ・ノルドヴァルだろ」


 相対した青年は自身の名を告げた。

 釣れた、とヴィゴは確信したのだが、えらく真正面からぶつかってきたものだ。手練手管などあったものではない。


「試しに聞くがよ、おれがそのヴィゴとやらだったらどうなんだ」


 はぐらかすような物言いでもう少し相手の出方を計ってみる。

 ははっ、とオリヤンなる青年が嘲笑う。


「残飯を漁る鼠じゃねえんだからさ、あんたらにうろちょろされると目障りなんだよ。仕事の邪魔だ。お情けで結成を許された弱小の騎士団風情が、憲兵隊の真似ごとやってはしゃいでんじゃねえぞ」


 これまでのところ、彼らに策を巡らせている気配はやはりない。どうやら暴力による脅しだけでヴィゴたち第八位騎士団の動きを封じようとしているようだ。

 あまりに世間を知らなさすぎる若者たちである。


「うんうん。〈燃える雪〉での資金稼ぎの障害なんだよな。わかってるさ。上からおれらを潰せって命令でも下りてきたのかい、オリヤンくん? それとも後ろで突っ立っているあちらの坊ちゃんから無理強いされたのかな?」


 ヴィゴの挑発に、オリヤンの口が開きかけて止まった。坊ちゃん呼ばわりされた後方の青年も、一拍遅れて自分のことだと気づき、顔を紅潮させながら憤っているようだ。

 ここぞとばかりにさらなる追い撃ちをかけていく。


「おまえたちみたいなチンピラじゃあ、使い走りがせいぜいだろ。それ以上の役目なんて危なっかしくて任せてられないもんな。で、糸を引いているのは誰だ? どれだけの額を上納してんだよ?」


 煽っていくヴィゴに対し、オリヤンも怒りのあまりなのか声を震わせる。


「──第八位騎士団は今日をもって解体だな。あのクソ金持ち葉導師の女も、引きずり降ろされて父親に泣きつくしかできないだろうさ。こっちにはそれくらい権力のある方がついているんだからな」


 そして言い終わると同時にさっと右手を掲げた。


「けどまあ、あんたらはここで死体にしてやるよ。そんでもって〈祈りの家〉に投げこんでおいてやらあ」


 人通りが少ないはずの道に、次々と若者が集まってきだした。どうやらオリヤンからの合図を待ってそれぞれ建物の陰に潜んでいたらしい。なかなかどうして、用心深い小細工ではないか。

 先の四人と合わせて、総勢二十人は超えているだろう。ただし後方で見守るお坊ちゃんだけは依然として加わろうとしない。


 一方のヴィゴたちは二人。一人につき十人以上を相手にする計算だ。肉屋の少女ロッタの強さには疑いの余地もないとはいえ、騎士団員ではない彼女を戦闘に巻きこむのは避けたい。このまま店の奥で隠れていてくれればどうにかなるだろう。


 単純な戦力差だけで判断すれば不利な材料しか見当たらないが、それでもヴィゴは強気を崩さない。

 むしろ彼らを一網打尽にし、情報を根こそぎかっさらう好機だと捉えていた。

 けれども傍らのキルスティからは恨み節が聞こえてくる。


「結局はこういう展開になるんスか……」


「悪かったよ。責任はとるさ」


「もう。アホな罵り合いの責任なんてどうでもいいっス」


 彼女はそう言うが、今の無益に映るやりとりにも収穫はあった。

 ミルカを葉導師の座から引きずりおろせるのは同じ教団の人間だけだ。それも彼女より高位の者であると推測することができる。

 自分たちが標的とすべき相手は誰か。その答えを手繰り寄せつつある手応えがヴィゴには感じられた。だからこそ、あともうひと押しの情報が必要なのだ。


 すでに半円の弧を描くようにしてヴィゴたちへの包囲網が形成されている。

 誰一人逃がすつもりはないとの意思表示なのだろうが、チンピラたちによるたかだか一重の網にどれほどの効果があると思っているのか。


 わずかに体の重心を落とし、戦闘態勢へ入る。

 そんなヴィゴにキルスティが訊ねてきた。


「あれ? 団長、得物はどうするんスか?」


「いらねえよ、そんなもん」


 素手だ素手、と握り拳を作ってみせる。

 神樹シュグルンドの敵を屠る剣であれ、というのが騎士団のそもそもの存在意義であった。第一位から第八位まで、すべての騎士団員には柄に教団の紋章が刻まれた一振りの長剣が贈呈されているのだ。

 しかしヴィゴにそんなものは必要ない。

 剣を握るつもりなど死ぬまでない。


「底抜けのアホっスねえ……」


「他人の心配はいいんだよ。そんなことよりキルスティ、おまえの方こそちゃんと戦えるんだろうな」


 ヴィゴからの質問に、キルスティは普段とは一変して鋭い目つきを見せた。


「団長にはまだ言ってなかったっスけど、うち、カンナス基地攻防戦の真っ只中にいたんスよ。ま、どっち側だったかは内緒ってことで」


「なるほど。いらぬ世話だったか」


「はい。なので心配ご無用っス」


 そう答えてキルスティが腰に下げていた片刃の短剣を抜く。

 ヴィゴも初めて目にする彼女の武器だが、華奢さをまったく感じさせないどころかむしろ重みのある刀身だ。結局キルスティも長剣を使うつもりはないらしい。


「よっぽどじゃなければ殺すなよ」


「そりゃまた難しい注文だなあ。ロッタちゃんを狙ってこないかぎりは、うちとしても善処するっスけどね」


 八つの騎士団には特権が認められている。

 罪に問われる基準が一般市民とは大きく異なっているのだ。端的に言えば王の下にある法ではなく、神樹の下にある法に従う。


 仮にヴィゴが酔っ払ってただのごろつき連中と揉め、誤って相手を殺してしまったとしても、主である葉導師ミルカが「彼に罪はありません」と擁護したならおそらく無罪放免となるだろう。

 ふざけた話だが、利用価値はある。


 人数でいえば現状は圧倒的に劣勢なのだ。対処が荒っぽくなるのは避けられないし、後は野となれ山となれ。ミルカがどうにかするだろう。

 まずロッタの身の安全が最優先、同時に情報を引き出せそうな人物の捕縛。できれば後方で安全地帯にいるつもりのお坊ちゃんがいい。


 思考を巡らせていたヴィゴへ、オリヤンが長剣の切っ先を向けてくる。


「そろそろ死ぬ覚悟はできたのか?」


「ああ、悪い。待ってくれてたんだな。オリヤンっていったっけ。おまえ、実はいいやつなんじゃねえか?」


「舐めてんのかよ。それとも恐怖で頭がいかれたか?」


 どっちにしても死にやがれ、と声に出しながら突きを繰りだしてくる。

 剣を扱い慣れていない素人同然の動きだ。

 余裕をもって見極めたヴィゴが、すかさずオリヤンの腹部へ拳を叩きこむ。


「うぼぇ!」


 たまらずオリヤンの体もつんのめってしまうほどの強烈な一撃だった。

 すぐさま膝をその鼻先へと叩きこみ、涼しい顔でヴィゴは言う。


「あんまり人に死ね死ね言うもんじゃねえぞ、ほんと」


 これが乱闘の幕開けを告げる合図となった。

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