絶対のんびり至上主義外伝 阪神日本一記念投稿編
SAに野球場を作った。
街と家の間で街よりの場所にスタジアムとして建設したこの設備は特に周知を行わず、
ボールやバット、グラブ等の必要なものは全て用意しておいた。
野球は広い場所と観客席、人数を集めたチームが必要になる。
もちろんのことだが、ルールを分かる人も必要で、アンパイヤが必要な事もあってなかなか普及しづらいだろうと考えていた。
連絡が来たのはスタジアムを作ったことを忘れた頃だった。
いつも通り散歩を終えて、今日もどうしようかな~と思っていた頃だった。
社長から突如電話があって、巨大建造物の説明を求むと言い出した。
SAまで運転していくことが免許証を発行された人達のドライブコースになっているらしい。
いや、何でよ。
意味の分からない内容だが、免許を取り立ての頃は私もガソリン代も考えず、目的もなく色々走り回ったことを思い出した。
SAが目的地っていうのも味気ないだろうけど、少し遠出をするだけでも気分が変わったり、ドライブデートとしても何もないよりは目的になるだろう。
私はスタジアムの構造をある程度書き残していたのでどこに何があるのかを端的に書いた地図を写メで送った。
そうすると再度どういうスポーツなのかと問い合わせが来て、面倒になった私は学校の体育教師に問い合わせてくださいと丸投げした。
口頭説明で理解できるとは思えないので仕方ないだろう。
落ち着いたのか、社長からの問い合わせはそこで途切れた。
そう思っていた。その時が来るまでは。
電話の音がなることは基本的になくて、あってもメールがメインになっている。
そんな私に着信があった。
表示されていたのは社長で渋々私は通話ボタンを押した。
「もしもし、中島です。」
「あっ、中島くん? あのスタジアムの管理ってどうしたら良いの?」
「・・・いきなり何の話ですか。」
「あのスタジアムで野球の練習や試合やその他諸々の要望書が届いてこっちは大変なんだよ?
ペットの順番待ちをさばいて認可を与えた人の人となりを確認してって状況なのに、何であんな建物が建ってるのさ」
「あ~、SAがあまりにも簡単なものだったので何か目玉になるものが欲しいな~っと実験的に作ったけど、用途も何も考えてなかったから放置してました。」
「あんな建物を死蔵するとか意味分かんないよ。すでに要望が溜まってきて断るのも限界だから何とかしてよ。」
「じゃあ、役所で時間管理とかしてあげたら良いのでは?」
「またこっちに振るの? 時間に余裕のある部署から人を回してもらうから何とかしてみるけど、夜中まで要望がびっしりなんだよね。そういうのちゃんと説明しといてよ。」
「迷惑をおかけして申し訳ない」
作ったけど、壊すのももったいないし、かと言って使い道もなかったから放置してたらよくわからない要望が役所に殺到したなんて誰が想像できようか。
そういうわけで、何とかその場を誤魔化した。
2ヶ月後、私は社長にスタジアムに招待されてゴネても無駄そうなので仕方なく向かった。
スタジアム前は大型バスが何台も止まっており、超満員の様相を呈している。
街の人間の殆どが来てるのか?
人に良いそうだな。
すでに帰りたい気分になったのは内緒だ。
招待を受けたと入り口で告げると社長が飛んできてボックス席に案内された。
「これから決勝戦だから、今日だけは招待してくれって両チームから要望が来たんだよね。」
野球でしょ? 何日か練習したからってまともな試合になるわけ無いでしょ。
一般的な反応はこれが正しいはず。
だが、ここは異世界だ。
諦めて見下ろす位置にある私の席についた。
どんな試合になるのか少しはワクワクしているけど、さすがに高望みはしない。
「これより、決勝戦の開始を宣言いたします。」
言い回しは微妙だけどウグイス嬢まで完備とかどんだけ本気なんだよ。
そこから選手の入場に合わせて背番号と名前が読み上げられる。
試合は3度の投球練習の後すぐに開始された。
その3度の投球練習の時点でスピードガンの表示が142キロ
プロ顔負けだった。
1番の先頭打者はいきなりバントヒットからスタートした。
セオリー無視がすぎる。
しかし、絶妙な1塁線へのバントでファーストが補給に飛び出しピッチャーが1塁に走るが、先頭打者だけあって足が速い。
難なくセーフティバントを決めてしまった。
「ここでも初級バントか、あの選手は足が速い上に器用で本当に上手く転がすんだよね」
横に目を向けると知ったふうな事を興奮気味に解説する社長の姿があった。
「次は彼か、打順をいじってきたね。
彼は外野に鋭く抜ける打球を得意としててね、打球が早すぎてグラブを弾いちゃうんだ。
いつも3番だったのにこの大一番の試合で2番打者にしてくるとは」
今度は感心したように解説している。
私は思った。
社長は絶対にどこかのチームの監督をやっていると。
ブレインを監督に起き、身体能力の高い選手を起用していったのだろう。
その2番の選手はピッチャーフライに倒れて悔しそうにしている。
3番は何と女性だった。
いや、課長ではない。
もっとスラリとした長身で腰まであるポニーテールが揺れている。
そんな彼女は豪快にフルスイングをしてかすりもしない。
一発狙いを3番は珍しいなと思いながら見ていると
彼女はさっきまでのフルスイングが何だったのかと思うような狙いすました一発を二遊間にはなって外野に抜けたと見るや悠々とファーストに歩き出した。
黄色い声が飛んでいてまるでアイドルなのだが、女性人気の高い女性選手がとても珍しい事として私の目に焼き付いた。
なんかカッコイイな。
でも、私は全力疾走で全力プレイで頑張る選手が好きだ。
かっこいいとは思うけど私は全力プレイが見たい。
優雅かもしれないけど、ちょっと違うんだよね。
2点を先取した1回表は終わり攻守交代になった時目を見開いた。
ピッチャーは例の女性選手だった。
しかも、サイドスロー
マジかよ。
投球練習の3球を変化球の感覚を確認するのに費やした彼女は先頭打者、2番、3番と連続三振に切って捨てた。
流石に度肝を抜かれた。
スピードガンは136キロと表示されているが、ストレートではなく変化球でこのスピードは流石に異常だ。
もしや身体強化なのか?
しかし、誰も講義をしないので魔法は使っていないのだろう。
試合が進むに連れて私はその女性選手から目が離せないでいた。
投げては三振、打っては毎回塁に出る。
少しでも体力を温存するためだろうか、走らないけど凡打でアウトを稼ぐより三振を取る方が何倍も疲れるはずなのに、彼女は懸命に腕を振るう。
6回裏で流石に疲れたせいか打たれ始めたが、イニング途中で降板はしなかった。
もう代えてあげた方がいい。もう十分頑張ったよ。
そんな気持ちが膨れ上がった。
それでも、彼女は打席に立って安打を打った。
その頑張りが私の心を打ち、涙が溢れた。
ファーストまで到達した彼女はベースを抱えるように膝を付き、息を整えていた。
すぐさま代走が送られ、彼女はチームのメンバーが肩を貸してダグアウトに消えていった。
見ている両チームの応援団も途切れぬ拍手を彼女に送っていた。
スポーツマンシップというか、相手チームまで拍手を送っていた。
試合展開は点差を守りきったチームがそのまま勝利した。
試合が終わっても余韻にひたり、私は感動に打ち震えていた。
解説が途切れた社長に声をかけた。
あの女性選手に会うことは出来ませんかと。
社長は少し悩んだ後、少し気まずそうにしながらうなずいてくれた。
私は社長に連れられてロッカールームから出てくるのを待った。
待ってる間に社長は彼女の生い立ちを教えてくれた。
とある会社の社長の娘で甘やかされて育ち、その社長に理不尽を押し付けられて逃げ出したこと。
旦那さんが地位欲に目がくらんで攻撃魔法を街で放ち、瞬時に反撃を受けて消し炭になったこと。
その恐怖から閉じこもり外に出なくなったこと。
そんな中、見かねた同世代の女性が野球観戦に誘ったそうだ。
無理やり引っ張って車に乗せて無気力な彼女はされるがままで野球を見て参加したいと一念発起してとんでもない練習量をこなしたそうだ。
筋肉痛でも彼女は鋼の意志で立ち上がって練習を続けたそうだ。
仲間に入りたい。
一緒に戦いたい。
今までの自分を変えたい。
そんな思いから死にものぐるいで頑張ったそうだ。
練習開始は遅かったし、今日も筋肉痛で先発したそうだ。
彼女の頑張りを見ていた女性の応援や歓声が一段と多かったのはそういう理由もあったそうだ。
野球を通してこんなドラマが生まれるのは土台に友情、努力があるからなのかな。
みんなのために頑張りたいとか色々思いはあったのかもしれない。
でも、あの頑張りようには感動したし、素直に称賛できる。
過去に酷い事を繰り返していたとしても。
もはや私は1ファン目線で見ている自分に気づいたけど、会って感謝を伝えたかった。
フラフラでロッカーから出てきたのは20分は待った頃だろうか。
「え?兄さん?」
え?社長の妹?ってことは会長のお気に入りってことで複雑な気持ちに襲われるがさっきの頑張りはそれら全てを払拭した。
「久しぶりだね。今日は中島さんに紹介してほしいって言われて連れてきただけだから、僕のことは気にしないでいいよ」
「え?中島さんってあの?」
そういって彼女は私を見て目を丸くした。
少し猫背になっていたのに少し背筋が伸びた。
「あのがどの事かわかりませんが私が中島英人です。今日の試合、感動しました。
疲れてても全力で頑張る姿に涙が押さえられませんでした。
いい試合をしてくれてありがとう。」
「え、そんな。ありがとうございます」
彼女の中で私がどういう人物になっているのかわからないけど、とにかく感謝は伝えられた。
今日の試合を観て、私は家でも見たいと思い始めた。つまりテレビ放送が出来ないかということだ。
いずれ機を見て実験してみよう。
私はみんなに神のように崇められてる中島さんとお会いして頭が真っ白になった。
すごい人だというのも野球の生みの親というのも知ってるけど、野球にのめり込むまで全く興味もなかったのであまり良く知らないからすごい人という事だけ知ってるという妙な気分になっていた。
そっか。あの人が中島さんなのね。
優しそうな眼差しで私が頑張ったことを褒めてくださった。
それだけで私は頑張ってよかったと思えた。
本当は私が交代しないと言い張ったからなのに、彼は褒めてくださったんだ。
スタジアムの客席からの声援も嬉しかったけど、1対1で言われると本当に私に向けて行ってくださったと実感が湧いて涙が溢れそうになった。
言葉少なに私を褒めて感謝の言葉を聞かせてくれて兄のことは意識から消えていた。
ただただ、嬉しかった。
贅沢しても人を自分の手足のように利用しても満たされなかった心が満たされていく感じ。
こんな簡単なことだったんだ。
私は誰かに私を必要とされたかったし、喜んでほしくて野球をやっていた気がする。
試合が終わった時、チームメイト達は私に駆け寄ってよく頑張ったって喜んでくれた。
お前の頑張りに報いたくて、何とか2点差を死守したぞって。
私はこれからも、野球を続けていく。
私に外に出る機会をくれて、こんな素敵なチームメイトやファンの中にはすごい人もいる。、
そんな私の第二の人生は野球の人生にしていこう。
もっとみんなが喜んでくれるように、疲れてもしんどくても限界まで頑張ろう。
それが私にできる私にしてくれたことへの恩返しだから。