間話休題⑤ 袁紹に仕えし両雄
反劉備連合が起こる前、袁紹には武に優れる2人の将が仕えていた。名を文醜と顔良という。反劉備連合に参加した袁紹により、北海から徐州への侵攻を命じられその戦いにおいて、電光石火で進軍した関羽により一刀両断にされてしまった2人。これはそんな2人と袁紹の息子たちとの微笑ましいショートストーリーである。
袁紹には3人の息子がいる。長男の袁譚、次男の袁煕、三男の袁尚。長男の袁譚は粗暴で視野が狭くとても次代の袁家の器として認められないとして、父や母の愛を受けずに育った。次男の袁煕は、引っ込み思案で流されるまま、とても次代を担える器として認められないと、それでも兄袁譚よりは父や母の愛を受けて育った。末っ子が一番可愛いと良く言うが三男の袁尚は、魅力が溢れていて、父と母の愛情を一身に受けスクスクと育つ。だがこの露骨な父と母の愛情が兄弟の間に暗い影を落とした。袁譚は袁煕と袁尚のことを嫌い力こそ全て、力で袁家を率いていくという力無き者は要らぬという姿勢で、袁煕は袁譚よりも袁尚の肩を持ち、袁尚は兄弟仲良く袁家を盛り立てたいと考えていた。そんな3人の良き相談相手でもあったのが文醜と顔良であった。袁紹を父と慕い忠を尽くす2人にとって、袁紹の子は従兄弟のようなものであり、3人にとっても叔父のようなものであった。
文醜の元に袁譚が訪ねてくる。
袁譚「文醜叔父上、手合わせしてくれ」
文醜「袁譚殿。どれどれ、どれほど腕を上げたのか見てやるとしよう」
袁譚が一歩踏み込み斬りかかるが、文醜はそれを冷静にいなすと、剣を喉元へと突き立てる。それを受け袁譚の額を冷や汗が流れる。
文醜「袁譚殿、これが戦場なら一度死んでおりますぞ」
袁譚「ぐっ。さすが文醜叔父上、まだまだ敵わねぇか」
文醜「どうして、そんなに力を求めるのだ?」
袁譚「俺のことを出来損ないと放任した父や母を見返したいのだ」
文醜「袁紹様は、袁譚殿のことを出来損ないだなんて思っていないであろう」
袁譚「どうだかな!次代を俺より袁尚に託すあたり、そうであろう。家を継ぐのは長男の俺だろう。それなのに袁尚のやつ」
文醜「袁紹様にも何か考えあってのこと。そう卑屈になってはなりませんぞ。いつでも手合わせはしますのでな」
袁譚「次こそ、文醜叔父上から一本取る」
文醜「まだまだ、やられはしませんぞ」
同じ頃、顔良の元に袁煕が訪ねてきていた。
袁煕「聞いてください顔良叔父上」
顔良「袁煕殿、どうなされた?」
袁煕「甄家を取り込むにあたり政略結婚をしろだってさ。何で袁譚兄上じゃなくて俺なのさ。1人でふらふらと流されるままに生きたいのにさ。妻とか居たら煩わしいじゃん」
顔良「甄家の甄姫殿と言えば、誰もが羨む美貌の持ち主、どうしてそうも嫌がられるのです」
袁煕「顔良叔父上、僕の話聞いてた?ふらふらしたいのに家族ができるとか煩わしいからだよ」
顔良「ふむ袁紹様にも何か訳あっての事でしょう。それにこの并州にて力を得ることは大事なこと。そんな大事なお役目を任されるあたり、袁煕殿に対する期待の表れでしょう」
袁煕「そういうのは要らないんだよ。僕は袁尚の影で縁の下の力持ち的な役回りで良いんだからさ」
顔良「それこそ、甄姫殿との婚姻が生きるのでは、この并州にて有力な甄家の財力を使い袁尚殿をお支えするという具合に」
袁煕「その考えはなかった。流石、顔良叔父上だ。腹は決まった。僕は甄姫との婚姻を受けるぞ」
顔良「そうなさいませ」
文醜と顔良は、このように袁紹の息子たちの仲立ちとして、子供たち同士で争いが起こらぬように、毒抜きをしていた。そんな2人のことをよく見ていた袁尚が労いに来る。
袁尚「文醜叔父上・顔良叔父上、僕たちのことで心労をおかけして申し訳ありません」
文醜「袁尚殿がそうかにすることもありません」
顔良「そうです。俺たちが袁家のためにできることをしているだけですから」
袁尚「2人の忠義に敬服いたします。お2人が居れば袁家は安泰でしょう」
文醜「勿体無い御言葉感謝致す」
顔良「これからも共に盛り立てましょうぞ」
袁尚「えぇ」
やがて、曹操による反劉備連合の結成を受け、袁紹は劉備への攻撃部隊を編成する。その大事な役目を両雄に任せたのだ。
袁紹「最近の劉備の行動は目に余る。徐州を簒奪し、公孫瓚の救援に現れ、責任を取らせるはずであった荀彧を強奪していきおった。文醜、お前に総大将を任せる。顔良と共に劉備を討つのだ。決して孟徳に出し抜かれるでないぞ」
文醜「はっ、お任せくだされ」
顔良「腕がなるぜ」
2人が準備をしているともうすぐ一人前となる息子が来た。文醜の子供を文良、顔良の子供を顔醜と言い。義兄弟であるお互いから一文字づつを取り子供に付けた。
文良「父上、どうか俺にも従軍させてください」
顔醜「役に立ってみせます」
文醜「その提案は父としてとても嬉しいのだが此度は遠慮せよ。その代わりお前に大事な役目を言い渡す。殿とその子供たちのことを頼む」
顔良「そういうことだ。頼んだぞ」
文良「何故、そのようなことを?」
文醜「相手は、猛者揃いの劉備軍。我々とてどうなるかわからん。勿論、負けるつもりは毛頭ないがな」
顔良「俺たちに何かあった時、殿とその子供たちを任せられるのは、お前たちだけしか居ないってことだ」
顔醜「父上、そのような不吉なことを申さないでください」
文醜「不吉か。だが武人として戦場で死ねるなら本望。例え、我らが討死したとしても討ち取った相手を恨むな。寧ろ褒めてやれ。父上を討つ剛の者がいたとはなってな」
顔良「万が一にも俺たちが討ち取られたって聞いて、目曇らせんじゃねぇぞ。次代を任せたからな」
顔醜「父上、どうかお気をつけて」
顔良「おぅ」
そして、これが親子として交わした最後の言葉となった。彼らの不幸は、相手が軍神と称される男関羽であったこと。そして劉備軍随一の猛将である張飛が帯同していたこと。進軍が電光石火であり、準備が不十分のまま防衛戦となったこと。色々要因はある。ただ、一つ言えることは、彼らが弱かったわけではない。関羽が彼らの上を軽くいく雲の上の存在だったということだけである。
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