情勢の変化
【許昌】
献帝「良く来た。劉公叔よ。此度の偽帝袁術の討伐、大義であった。寿春と蘆江」
曹操「ゴホン。行き違いがあったようだが徐州では申し訳なかった。そこでだ正式に徐州牧に任命しよう。袁術討伐で得た寿春と蘆江だが勿論、献帝様にお返しいただけますな」
劉備「もち」
荀彧「ゴホン、返す必要があるのですか?」
曹操「横から急にしゃしゃり出てきて意見をするとは身の程を弁えよ」
荀彧「これは失礼致しました。荀文若と申します」
献帝「おお、そちがかの有名な王佐の才であったか。劉公叔を支えてくれて感謝しています」
曹操「ゴホン。では、荀彧であったな。返さぬということか?」
荀彧「いえ、曹操殿は袁紹との一大決戦を考えているのではないですか?」
曹操「!?だとしたら何だ?」
荀彧「南にも敵を作りたくはないでしょう」
郭嘉「流石、王佐の才と謳われし荀彧殿ですね。ですが、我々と劉備殿は、無期限の停戦を結んでいる事を忘れていませんか?それに我らに弓を引くことは朝廷に弓を引くこと劉備殿にそれができるのかな?」
荀彧「あくまで停戦であり同盟でもなければ傘下となった覚えもありませんが。それに我らは朝廷に対して弓など引きませんよ。あくまで弓を引くのは曹操殿に対してですよ。フフフ」
郭嘉「朝廷を庇護しているのは我らが殿です。それに弓を引くということは朝廷に対して弓を引くことと同義。それがわからぬ荀彧殿ではないでしょう」
荀彧「えぇ。ですが我々は袁術討伐の折、偶然これを手に入れましてね」
荀彧は、懐から玉璽を取り出した。
郭嘉「!?それは玉璽」
荀彧「えぇ、郭嘉殿ならこれの重要さがお分かりなのでは?人望のない袁術なら取るに足らぬものでも。民からの人望の熱い我が殿がこれを用いたらどうなりますか?」
郭嘉「あり得ない!?荀彧殿は、玉璽を使い劉備殿を皇帝にしようと。そういうつもりか?」
荀彧「そういうやり方もあるって事です。そこでどうでしょう?この玉璽と交換で、寿春と蘆江の統治を認めていただくというのは?」
郭嘉「(荀彧殿は、そこまでして劉備を支えると覚悟しているのか。しかし、確かにこの玉璽が劉備の手元にあり続けるのは、都合が悪いですね。袁術みたいな小物なら反乱の規模も小さいでしょうが黄巾の乱・反董卓連合・偽帝袁術の討伐で着々と名を上げつつある劉備がこれを用いれば反乱の規模は黄巾の乱をも上回るやもしれない)わかりました。その交換条件をお受けしましょう」
曹操「郭嘉、何を言う。俺は」
郭嘉は耳元で呟く。
郭嘉「殿、ここは堪えてください。荀彧にしてやられました。玉璽が劉備の手元にあっては、都合が悪いのです。それに今は劉備との無期限の停戦を壊すことは、できません。南の劉表は袁紹の同盟相手。それを牽制する意味でも劉備の存在は欠かせません」
曹操「グヌヌヌヌ」
献帝「では、劉公叔よ。徐州牧の就任と寿春・蘆江の統治を認める。民のため政務を怠らぬように」
劉備「はっ、漢王室のため粉骨砕身働く所存です」
献帝「では、もう帰って良いぞ」
曹操「荀彧と申したな。俺に仕える気は無いか?」
荀彧「曹操殿も御冗談を言うのですね。我が殿は、劉玄徳と決めております。謹んでお断りいたします」
曹操「そうか」
曹操は、苦虫を噛み潰しながら見送ることしかできなかった。荀彧を追いかける郭嘉。
荀彧「殿、後で追いかけますので、先に行っててください」
劉備「わかった」
荀彧「郭嘉殿、どうされましたか?」
郭嘉「荀彧殿、かつて袁紹の元にいた私に殿を勧めたのは、貴方です。なぜ心変わりを?」
荀彧「確かに曹操は、今や司隷・青州・兗州・豫州を治め、天子をも手中に治めています」
郭嘉「それなら、荀彧殿も殿に手を貸すべきではありませんか?」
荀彧「いえ、覇道を突き進む曹操は徐州の虐殺で、1人の英雄を台頭させてしまったのです。我が殿をね。今でも漢王室のやり方を許容できてませんよ。ですが我が殿ならそれを変えられるのでは無いか?そう思ったのですよ。真に王道たる民の安寧をね」
郭嘉「何を言っても、私たちは分かり合えなくなったようですね。また貴方と酒を酌み交わしたかったのですがねぇ」
荀彧「お酒は程々にしてください。私より先に逝けば天下は我が殿を支える私が貰っていきますので」
郭嘉「全く、容赦ないですね荀彧は。良いでしょう。華北を制し、必ずや劉備の息の根も止めてやりましょう。荀彧もそうならないようにね」
荀彧「肝に銘じましょう。何れ大きな戦いの戦場にて相見えましょう」
郭嘉「えぇ、それでは」
荀彧がしばらく歩くと劉備が待っていた。
荀彧「殿、どうして?」
劉備「臣下を心配するのはいけないことか?」
荀彧「いえいえ、郭嘉からの仕官もお断りしました。曹操にも言った通り、私がお仕えするのは殿だけです。そう心配なさいませんように」
劉備「いや、そのことは全く心配していない。寧ろ暗殺されないかそっちを心配していたのだが」
荀彧「ハハハ。流石に曹操とて、大義もなく暗殺することはできません。例えば、殿の子がこの機に乗じて、曹操に反旗を翻すとか無い限りね」
劉備「それは無いな。我が息子たちに学や道義を教えているのは、荀彧や丁だ。十中八九あり得ない」
荀彧「そういうことです」
劉備「では、帰るとしよう」
荀彧「えぇ、もう劉丁殿も蘆江から戻っている頃でしょう」
劉備「全く、我が弟ながら心配ばかりかけるな」
荀彧「そうですね」
ここに史実では曹操軍に仕えた2人の軍師が分たれる事になった。曹操軍において軍師祭酒という軍師最高位の位につく郭嘉奉孝。劉備軍において、王佐の才という王を補佐する軍師となる荀彧文若。しかし、この時、曹操の次男である曹丕に密かに接近している男がいた。その男の名を司馬懿仲達という。兄で先に曹操に仕えていた司馬朗伯達を通じて曹操に謁見したが奥底に垣間見える大きな野望を曹操に見抜かれ敬遠され、仕官を許されなかった彼は扱いやすい曹丕に接近し仕官した。かの有名な天才軍師最大のライバルが静かに動き始めていたのだった。
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