袁紹vs公孫度
袁紹自身は、公孫度の討伐に遼東に向け兵を率いていた。そこで、曹操が兗州を呂布により失い。取り返すべく兗州争奪戦を繰り広げていると聞きほくそ笑む。
袁紹「ククク。呂布のやつがおとなしくしているとは思わなかったが。これは朗報だ。あの地は、この時期イナゴが大暴れする。曹操の奴は、間も無く食糧難となるだろう。愉快愉快。そこを支援を条件にワシに膝を折るというのなら対劉備の尖兵として使い潰してくれる。それにしても遼東の公孫度め。降伏の使者を斬り戦を決めるとは匈奴と結び気が大きくなったようだな。良いだろう。その傲慢さ。打ち砕いてやろう」
郭図「殿、公孫度など一思いに叩き潰してやりましょう」
袁紹「うむ。周听・周喁・周昂・呂威璜よ。叩き潰して参れ」
周听・周喁・周昂「我々、兄弟にお任せくだされ」
呂威璜「暴れてやろうぞ」
袁紹軍の大規模な侵攻を前に浮き足立つ遼東を治める公孫度というのは振りである。公孫度は、昔馴染みである謝弼や陳敦、霊帝に太守として推挙してもらった徐栄を通し、劉備と誼を通じ、その縁で烏桓を通して匈奴と誼を通じた。そして、公孫度は、河北における劉備の協力勢力の最後の拠り所でもあった。息子である公孫康・公孫恭、配下である陽儀・柳毅・韓忠・公孫模・張敞・管寧・邴原・王烈と共に徹底抗戦の構えを取り、防備を固めていた。
公孫度「遼東に手を出したことを後悔させてやるのだ。城にて防備を固め烏桓・匈奴による挟撃じゃ」
謝弼「殿、徐栄殿を通して劉備殿と誼を通じておいて良かったですな」
公孫度「うむ。劉備殿は、河北の両雄と称された顔良と文醜を討ち取る程のものが居る。名家の威光などよりもよっぽど恐ろしいわい。それに烏桓と結びつきがあり、それが縁で匈奴とも繋がれた。兵力をいかに動員しようとも三方向から攻撃されれば撤退せざるおえんだろうよ」
陳敦「しかし殿、公孫瓚殿のことは残念でしたね」
公孫度「うむ。同じ公孫を名乗る者同士、付かず離れずの外交をしていたのだが袁紹は、この地の統一も視野に入れているようだな。烏桓や匈奴と融和的に接していたのが良い例だ。しかし、此度、その融和に接してきた烏桓と匈奴に背を打たれるわけだ。逃げ出し、暫くは遼東に手を出そうとは考えんだろうよ」
陽儀「殿、民たちの船上への避難完了いたしました」
公孫度「うむ。民は宝。失うわけにはいかぬからな。海の上に足の無い袁紹には、ちょうど良い逃げ先じゃ」
柳毅「殿、兵糧の積み込みも完了したので、民たちの当分の飯は大丈夫かと」
公孫度「そうか。まぁ、そう長くはかからん。かかっても一年の辛抱じゃ。やがて向こうから頭を下げに来るであろうよ」
韓忠「城兵の準備も整ってるぜ」
公孫度「良し。ありったけの矢も用意している。攻め寄せる袁紹軍に矢の雨を降らせてやるが良い」
公孫模「養父殿、拾って世話してもらった恩、今こそお返し致します」
公孫度「あぁ、頼りにしておるぞ模」
張敞「殿、兵たちの士気も高い。負ける要素など一つもありはしませんぞ」
公孫度「うむ。当然であるな。袁紹の野心の高さを聞き及んだ時から準備してきたからな」
管寧「我々も微力ながら力をお貸しします」
公孫度「すまんな戦乱から逃げてきたお前たちを戦乱に巻き込んで」
邴原「我々を快く迎え入れてくださり、山中に庵まで準備してもらったのだ。政務程度の役にしか立ちませんがお手伝い致しますぞ」
公孫度「お前たちは、戦乱を逃げてきた避難民だ。十分である。いざとなったら船にて南に逃げるが良い」
王烈「感謝致します」
公孫度「さて、袁紹よ。かかってくるが良い」
待ち構えてるとも知らずに遼東など一息に攻め落としてやると息巻く袁紹は、城の堅牢さと城兵の士気の高さに苦戦を強いられる。そこにきて融和姿勢をしていたはずの烏桓や匈奴が不審な動きを見せていた。背を打たれ壊滅をすることを避けたい袁紹は遼東の支配を諦めることにし、公孫度と表向き融和の姿勢へと態度を改めることとなる。
袁紹「遼東、田舎の田舎と侮っていた。こうも堅牢とはな。ここで時間を費やすわけにもいかん。曹操からの返答はまだか」
郭図「断るそうです」
袁紹「なんだと!?そうか曹操、あくまでワシに楯突くか。良いだろう。気が変わった。遼東は、この程度で引き上げとする。郭図、公孫度に親善の使者を送り、此度の迷惑代わりに、遼東の自治を認めてやると伝えるが良い」
呂威璜「殿、攻め落とさずに帰るってのか?まだやれるぜ」
袁紹「時間をかければ落とさぬことは無かろう。しかし、この間にも曹操は、着々と兗州を奪還し内政に勤しみ河北への侵攻を考えているだろう。時をかけるわけには行かん。公孫度が中立でいるというのなら今はそれで構わぬ」
呂威璜「了解した」
郭図「かしこまりました。すぐに使者を送りましょう」
袁紹の予想を超えて、堅牢であった遼東。袁紹の予想を超えて、為政者として優秀だった公孫度。この2つが重なり、無理攻めをすることを取りやめ融和へと舵を切り換えたのである。奇しくも公孫度の読み通り袁紹が遼東を包囲して、一年と少し経った時であった。
公孫度「して、攻めてきておいて、一方的に講和をして欲しいとは、ふざけておるのか?」
袁紹軍使者「そういうわけでは、ありませぬ。此度は、こちらの落ち度ゆえ。賠償金を払わせていただきます。それと遼東の自治を認めます」
公孫度「貴様らに認められなくとも既に遼東は自治している。偉そうなことばかり言いおって、こちらはまだやる気満々なのだ。攻めてもいいのだぞ」
袁紹軍使者「ヒィ。どうせよと申されるのですかな」
公孫度「そうじゃなぁ。賠償金の倍額で手を打ってやろう」
袁紹軍使者「わかりました。殿と交渉しましょう」
公孫度「うむ。では、これでワシらは良き隣人じゃ。安心せい。こちらから袁紹殿に手は出さんゆえな」
袁紹軍使者「はぃ」
袁紹は使者からこの話を聞くと顔を真っ赤にして怒ったが背に腹は変えられぬとこれを承諾。得るものが全く無い痛手となったのであった。
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