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第六十六話 新規の方針

 三浦という教諭から思いもよらぬ事を聞くことが出来てから翌日になった。


 五月二十一日、火曜日。

 日が昇ると同時に就寝で沈んだ気分が上がった文孝。着替えを済ませて家を出て施錠し、マンションの階段を下りていく。出会った階下の人々に挨拶をしエントランスを通る。

「ふー」

 いつもの朝だ。特に周りに変化らしい変化は無い。子供の喧騒や過剰な反応で上げた声に一瞬意識が向くも、それすらもむしろ平常である今を実感させた。そんな朝の真っ只中を一歩一歩踏みしめている事をも実感する文孝だが。

「……  」

 その平常の朝がかえってギャップを思わせ、脳裏にジワジワと昨日の三浦との話し合いが熱を持ったみたく浮いてくるのだ。


 ――何故この街に大きな揺らぎが起きようとするのか。それは自然のリズムである、と単純には分類し難い誰かの明確な意思が要因だ。


 文孝は学校に着いた。上履きに履き替えて進む。生徒達の朝一なりの交わし合いが聞こえる。声だったり或いはその足音で心情や状況すらも予測できそうなものだった。それが一旦意識から外れると再び三浦の話が脳の何処かに浮上してくる。


 ――誰がどんな方法で揺らぎをもたらすのか。それは不明だ。しかし――。


 ……自分の教室に着くといつもの安心するクラスメイトらの喧騒が聞こえてくる。そこに入ると一種の膜を通過した気がして気分が何処となく上がる。軽い挨拶を放ってくるクラスメイトらに、それ相応の言葉を返し。自分の席について授業の準備を始める。

 と、その時に時間割を確認する為に前方に顔を向ける。

「…………」


 ――この学校に近々今までとは流れを異にはっきりと表す動きが顕著になるはずだ。異なる人や物の配置状況を見てそれを辿っていけば何らかが見えてくる、と私は思っている。


 文孝は出だしの授業を確認したので鞄の中に手を入れてまさぐる。取り出した教材を机の上に置く。こんな風に座学を受け続ける日々も変わりが見えてくるのだろうかと自然の流れで考える。


 ――そして仮に揺らぎの企画者である大元にたどり着いたとしよう。君はそれに出会って問うだろう。何故こんな事をするのか? と。すると相手がこう答えてくれるかもしれん。


 担任の原田がやってきて喧騒を打ち切り、朝のHRを開始する。そして彼はいつもと大差ない言動を始める――わけではなかった。文孝が昨日三浦から聞いた話が無意識から脳裏にせり上がり、体と結びつく。

「…………」

 自然と文孝自身やや前のめりになる。机に両腕を置き耳は澄まされ視界は変わった事が無いか開かれる。昨日の今日だ。何か変化が起こるかもしれないと身構えてしまうのも仕方がなかった。他のクラスメイトは教卓に偏見無い視線を向けている。

 原田担任の口が開かれると同時に、重なるように三浦の言葉が想起される。


 ――人々が思い描いてきた未来へと向かう衝動が伝わり、私を突き動かしているに過ぎない。とだ。


「さて皆、今日は朝っぱらから大事な話が飛ぶぞ。我が校ではこの時期を境に新たな方針に沿って行く事になった。従来の時間割に則って座学体育をこなしていくやり方から、生徒らによる課外活動をも併せてやっていくやり方になる」

 その後原田担任は新たな授業方針についてざっと説明していく。

 ……突拍子もなく感じられるが、元々入学前にはこうするだろうと言明はしていた旨。

 ……課外活動に圧されるようになった時間割は見直され。社会に有用であると思われる必要な部分を抜き出し或いは加えられた新規の教材が作られる旨。

 そういった説明を一通り聞き受けてから、他の多くのクラスメイトと同様に文孝は視線を机に落とした。これから使う科目の教材が置いてある。こういった物が使われなくなるかもしれないと思うと気持ちが少し安定しなくなる。

 今までの流れに依って来た分、どの生徒も不安定に感じるのは当然だろう。それでも新たな挿入される事になるこの課外活動とやらがどんなモノになるのか……この教室の皆があれこれと思い浮かべ始める。無論両隣のクラスにも、学年を跨いだ教室でも然り。

 通常のそれに加えて文孝は更に先を意識せざるを得ない。

(誰かが学校を通じて何かをやろうとしているのか。その解りやすい初動が今なのかな)

 文孝は耳をより働かせていたが、原田担任は学校より背後の意思が在るなどという話はしてこない。一気に説明する事は無く、これから何回にも分けていくといった感を残して教室から退いていった。


 ……。

 文孝は放課後、当番表に沿って担当場所を清掃する。

 体育館傍の掃き掃除であり、箒をせっせと左右に動かしていく。そうしているとまたもや思い出す。葉が風圧でコロコロとあっちへこっちへ散らばっていくのを見ていると想起されるのだ。

 多くの人々が成すすべなく右往左往するしかない様子がだ。三浦の話を聞いてからというもの、今日は学校内で見聞きする情報が普段と変わったそれに感受されて仕方がない。今日いつも通り経てきた登校から授業までのルーティンが今後どう変わるというのか?

 そんな疑問のこもった想いを目下の葉っぱに落としていると声をかけられる。

「深野お前どう思う?」

「ん」

 声がかけられた方向を見るとクラスメイトの安藤という男子生徒が、箒をクルクルと手繰りながら近くにやってきていた。短めの髪が幾らか逆立っており髪の毛にも色がついている。よく話し合う生徒では無いが仲は悪くなかった。

 彼は思索の片手間に葉っぱを一か所に集めようと手を繰りつつ言う。

「ここに入る前にそりゃ説明されたけどさ。いきなり今までの授業の流れを切っていいのかと躊躇いたくなるよ。ここまで来る間に何でこんな座学を受けて覚えなきゃならないんだって何度も思ったけど急に変わるってなると、お前だって少し心配になるだろ?」

 同意を込めてうなずきを返し、文孝は箒を持った手を休めずに答える。

「そうさ、皆もきっとそう思ってる。学校が推奨するからには課外活動というのも決して悪くはないコースなんだろう。それに、実際やり始めると面白いかもしれないよ。今までの退屈に感じてた授業も幾らかやらなくて済むし」

 安藤はニカリと歯を見せて笑って返す。

「そうだな、俺はそうも思ってる。使うかどうかもわからない知識を詰め込まれて、それを覚えているかどうかをチェックされた後の合否! それだけで自分のものである進路が制限を受けなきゃならないやり方には、反感をずっと覚えてきた」

「反動は凄そうだ」

 文孝がここで言ったばかりの台詞にもイメージが付随された。

 表面の取り繕いが紙となって破れる如き、底面からの噴射激。自分でも気が付かぬ内に意識の水膜下に沈んでいた青写真……それがある時を境にスウッと浮上し立体化する。そのまま表層の意識を通り、人々の体から出ようとする。

 その時人々の心境は大きく広がった真っ白な世界になるかもしれない。背骨が自然と正され、思わず口は開かれるが言葉では現在を表す事は出来ず舌はろくに動かない。そうなれば実際の街の光景はまるで関係が無い。

 街自体の基盤が足元で静かに佇んでいたとしても、人々の心境はかつてない大変動に見舞われている。逆に街が最大深度を記録している最中だったとしても、その上に立つ人々の心境は更なる天変地異の如きそれになっている。

 ……ここまでイメージして文孝は戻ってきた。

 意識を掃除現場に戻した時、安藤は今日一日で浮かんできた事を何とか一つの持論にまとめようとあれこれ喋りつくそうとしていた。一応掃き清めるという行為は忘れずに、己で言葉を吐きだす事で自身の考えを整理しようとしているみたいだ。

「……お」

 やがて終了時間が来たと体感で悟ったのか、腕時計を一瞥した安藤は文孝に待つよう一言声をかけてから小走りでどこかに行った。

「?」

 文孝はその間に集めた葉っぱやら細かいゴミを小さな山にして塵取りで回収。その後ゴミ袋に移すが、大きめのプラスチックのゴミなどは見つけた限り分別して別袋にしていく。それが終わり数個の膨らんだゴミ袋を並べて置いたところで改めて周囲を見回す。

「おーい」

 少し離れた所から声と共に安藤が早くも戻ってきた。乗り物を使ってだ。文孝は苦笑しつつ褒めた。

「それなら助かるな」

「おう」

 ゴミ袋の近くで安藤は停止した。乗ってきた台車に足でブレーキを効かせてそこから降りる。掃除用具まとめてゴミ袋を乗せ、わずかに空いた台車上の足場に安藤は乗り。振り向きざま文孝に言う。

「深野お前先行ってな。これ片してくるから」

「ありがと」

 安藤は片足を地面につけて漕ぎ、助走のついた台車に乗ってやってきた道を戻っていった。その背中を少し見送った後文孝は視線を外して教室に戻っていく。


 放課後解散前の教室内で原田担任は改めて、課外活動を取り入れる際の説明をしていく。どうやら早速明日から始まるそうで、大雑把な流れから体感してほしい要点が教室内で述べられる。

 文孝は聞いた言葉から何か揺らぎの原因に至るヒントでも無いかと頭で検閲する。

(実際に街を歩いて施設や店に顔を出すという事らしい。だがこの辺りにどこにどんな店があってどんな光景が広がっているかは大体皆知っているだろう。単なる地理把握じゃないんだろうな)

 バイトや公共施設の雑事といったものをこなして、社会勉強の一環とするのではないかと多くの生徒が捉えた。文孝も昨日の三浦の話が無ければそう捉えていた。……その三浦は話の終盤辺りにこうも言葉を混じらせていた。


 ――私の話の出所や信ぴょう性は特に気にしないでほしい。只私の話も頭に入れておいてくれ。特にこの時期に、あの可笑しな放課後の事件に巻き込まれた君に聞いてもらいたいんだ。

 

 こう言っていた三浦に、当時文孝は聞いたのだった。

「貴方の言う揺らぎとあの放課後が何か関係あると? そこに居た俺は何かするべき事があるんでしょうか」

 そして確かにこう返ってきたのだ。


 ――意識か物理化は問わず、自分の足もとから頭頂までが揺れるという縦の動きだけに捉われず。同じ揺れを経たであろう周囲の者らも意識するべきだ。すなわち横の動きにも関心を働かせてくれ、以上だ。




 …………そんな昨日の話を一旦打ち切り、明日から始まる課外活動が実際どんなものになるか想像する。そして校舎を出て下校しようとする時、朝以来踏んだ地面の感触を感じて思う。ここの、この地面がどうかなるというのならどんな風に? そして何故……。


 いつ揺れるかわかったものじゃない。そんな緊張を強いられる事にそろそろ疲れ、気分転換に商業施設でも見たり食べ歩きでもしようかと思い。

 文孝はとりあえず前を向き歩を進め始めた。


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