第五十六話 『試験開始』
そして、学科特殊試験の日がやってきた。
当日の朝、生徒達はスタート地点となるケスラ大森林の入り口に集められていた。
オレの隣にはペアを組んでいるユネもいる。
これから彼女と一緒にこの森に隠されたお宝を探して、ポイント集めゲームをすることになっていた。
この場にはオレら以外にも、四組のペアがいる。
戦闘魔術科の定員がAクラス、Bクラス合わせて百人。
百人が二人ずつのペアを組むわけだから、全部で五十組のペアができる計算になる。
スタート地点はいくつかに分かれている。
今ここに五組いることを考えると、スタート地点の総数は十個と推測できた。
ちなみにネオンのペアもフィナのペアもこのスタート地点にはいない。
半数が顔を知っている程度のクラスメイト、もう半分は知らないBクラスの生徒であった。
オレ達五組のペアに向かって、引率の教師が試験の確認事項を話し始める。
「はい、これがペンダント型の魔道具です。これを装着すると、薄い膜型の障壁が身体を纏います。その障壁が壊れれば、倒されたものとみなしてポイントを半分失い、試験はそこで終了です。他の生徒の攻撃じゃなくても強い衝撃で壊れるので、その他の事故にも気を付けてくださいね」
紺色の石がはめられたペンダントが渡される。
この学科特殊試験は魔術戦と違って、契約法陣が結ばれているフィールド内で行うわけじゃない。
怪我をする恐れもあり、安全装置としてこのような防御用の魔道具が支給された。
首にかけると、全身防御と似たような障壁の膜が身体を覆う。
強度も全身防御と同じくらいか。
ただ全身防御と違うのは、この森に張られた結界と連動している点か。
結界と連動することによって、魔力を注ぎ込まなくても自動で障壁が張られるようになっている。
加えて、ペンダントには現在所持しているポイント数も表示されるようになっていた。
試験のフィールドとなるケスラ大森林には、教師達によって大掛かりな結界が張られている。
複数人で張られた結界には複雑な術式が込められていて、生徒達の所持ポイントがリアルタイムで計算できるようになっているらしい。
障壁の膜が壊されても、即座に教師側に伝わることになる。
それ以降はフィールドを巡回する教師にすぐさま回収されることになる。
教師達がすべてを見ているわけではないからといって、不正はできないということだ。
この障壁の強度だと飛行に失敗して、地面に落ちただけで失格になる可能性もあるな。
さらに上から障壁を張ればすぐに壊れることはなそうだが、普段の魔術戦より慎重な動きが要求されるかもしれない。
「はぁ、緊張してきました……」
隣にいたユネは手を擦り合わせながら、息を吐く。
飛行を使うために用意した細長い棒を杖代わりにしながら、彼女の呟きに答える。
「なんでお前が緊張するんだよ。適当にやるんじゃなかったのか?」
「そのつもりだったんですけど、どっかの誰かさんが退学を賭けた勝負をしだしたんじゃないですか! 自分の試験結果のせいで友達が退学するかもしれないというプレッシャー感じたことあります? ストレスで二キロも痩せちゃいましたよ!」
「良かったじゃないか。夏休みに太った分が取り戻せて」
「そうなんですよ、全盛期のプロポーションに戻ることができて――ってなるわけないですよ!」
謎の乗りツッコミを見せてくるユネ。
本当に緊張しているんだろうか?
そのまま食いかかって来ようとする彼女を諭すことにする。
「オレが勝手に申し込んだ勝負だ。お前が気負うことはない。ポイントは全部オレが稼ぐし、負けて退学しても全てオレのせいだ。当初の予定通り、気楽に試験を受ければいい」
「じゃあ、アルケリアの撃墜姫と呼ばれたうちの出番は?」
「あるわけないだろ」
なんだ、その中二チックなネーミングセンスの異名は。
完全に初耳だし、絶対今考えたろ。
「そろそろ試験が始まりますので、皆さん準備を始めてください」
引率の教育がこの場にいる生徒に向かって声をかける。
雑談をしていた生徒達の言葉数は少なくなり、皆の顔が引き締まった。
オレももうすぐ試験が開始されるということで、屈伸して身体を温める。
少し経った後、教師が大きく叫んだ。
「それでは試験開始です!」
同時に大砲の音が鳴り響いた。
試験開始の合図だ。大砲の弾が空に煙を立ち上らせていた。
「我が体躯、幾ばくかの刻に、解放されよ――持続強化」
飛行用の棒を脇に挟みながら、即座に三分持続強化の詠唱を口にする。
「じゃあな、ユネ」
「えっ、もう行っちゃうんすか!」
そして別れの言葉を口にすると、持続強化で身体能力を強化させたまま走り出した。
全速力でスタート地点から離れるよう駆けていく。
この試験はポイント集めだ。
魔術戦とは全く異なるルールだが、やはり一番の鍵を握るのは持続強化という魔術であった。
試験を攻略するにあたって、生徒達が取る方針は大きく二つある。
一つは宝探しに持続強化を用いる方針。
持続強化によって機動力が強化されれば、フィールドの中を速く移動することができる。
速く移動できるということは、その分多くの宝を探せるということだ。
ポイントも多くゲットできることになる。
特にスタート地点付近はどの生徒も通る。
そのため、宝が残されにくくなることが推測できた。
逆に奥にいけばいくほど、残る宝は多くなるということだ。
持続強化を使って、早い段階からフィールドの奥に陣取るのはポイント集めにおいて有利な作戦であった。
残るもう一つの方針は持続強化を温存して、後半の生徒間でのバトルでポイントを稼ぐというものだ。
後半の戦いでは、持続強化を序盤に使わなかった生徒は残りの魔力量の分、宝探しに前半から持続強化を使っていた生徒より有利な状況を作れる。
そのアドバンテージを活かして、後半に点数をかっさらっていくことも可能であった。
要は序盤から持続強化を使うかどうかは、宝探しでポイントを取っていくか、戦闘でポイントを取っていくかによる。
ボーナスポイントの順位点狙いでも序盤から持続強化を使っていくことになるだろう。
試験時間は三時間。
その間、ずっと持続強化を発動し続けているというのは現実的ではない。
一般的な魔術師なら一時間くらいが、持続強化を発動し続けられる限度だろう。
そう、一般的な魔術師なら。
だけど、あいにくオレには無詠唱魔術の特訓で得られた莫大な魔力量がある。
詠唱魔術の持続強化なら、詠唱魔術の魔力消費量に比べて誤差のようなものだった。
三時間くらいなら連続して発動することができる。
よって、前半から持続強化で飛ばしていくことが可能だった。
スタート地点が同じ五組の中で、最初から持続強化を起動したのは二組。
残る二組とユネは徒歩で進んでいた。
最初は誰しもが宝を手にしていないため、ポイントは所持していない。
他の生徒を倒してもポイントは得られず、戦闘を行うのはメリットがなかった。
そのため持続強化を発動している生徒間でも、発動していない生徒間でも戦闘は起こらない。
お互いがお互いを避けるように離れていく。
生徒達間での戦闘が激化するのは、皆の所持ポイントが多くなっていく試験後半だ。
一人になって、三度目の持続強化を発動した直後。
早速一個目の宝らしきものを見つけた。
目線より少し上の木の幹にそれは引っかかっていた。
手の平より小さい楕円形の金属が紐につるされている。
手に取って、裏側を見ると10ポイントと書かれている。
どうやらこれが宝ということになるらしい。
「10ポイントか……。あんまり嬉しくないな……」
フィールド内に隠されている宝は10~100ポイント。
宝の中で一番のハズレを見つけたということになる。
まあ、見つけやすいところにあったから当然か。
見つけにくい宝ほどポイントが高くなるって言ってたしな。
それにオレは成績上位を取りたいわけじゃない。
ネオン・クルシャペアに得点で上回ればいいだけだ。
それだけでネオンとの勝負には勝つことができる。
よって無理にポイントをかき集める理由もない。
二人を倒してポイントの半分を奪えば、それだけでネオン・クルシャペアの得点を上回ることができた。
ポイントを集めすぎると、他の生徒達に狙われやすくなる。
宝はあまり探さなくていいだろう。
高ポイントの宝がどれくらい見つけづらい場所に隠されているのかだけ知りたいので、もう少しだけ宝探しは続けるけど。
早々に切り上げて、ネオン達を探すつもりであった。
*
ケスラ大森林を動き回って三十分。
四つ目の宝を見つけて、計70点を得た直後の出来事であった。
ついにオレは点数を獲得してから初めて、他の生徒で出くわすことになる。
「やっと見つけたわ。オーラルド・オースティン」
「まさか最初に出くわすのはお前とはな……」
銀色のレイピアを携えた一人の少女が目の前に立ちはだかる。
水色の長髪をなびかせる彼女の名はクルシャ・エーデルティー。
一流魔術師魔導師、氷鬼ギスフォン・エーデルティーの娘で、自身も氷魔術を得意する魔術師。
この学校の魔術戦研究部の一年生エースであり、授業での成績もトップを取り続けている。
異世界転生者であるネオンを除くと、一年で最強の生徒ということだ。
「まあ、ここで会ったってことは戦うしかねえよな」
クルシャはネオンと同じペアである。
ネオンとの戦いはペア間のポイントを競うことになっていた。
ユネの獲得ポイントが期待できない以上、戦いに勝つには彼女を倒してポイントを奪っておく必要があるということだ。
「そうね。逃げ出すなんて情けないことをしたら、さらに失望していたところだったわ」
「逃げ出しなんかしねえよ。むしろ、探す手間が省けたと喜んでいるくらいだ。あれか? この段階で出くわしたのは偶然か?」
「いいえ。ネオンさんに居場所を探ってもらったから。私と貴方がこうして対峙することになったのは必然よ」
異世界転生者ともあれば、オリジナル魔術かなんかでこちらの居場所を突き止めることはできるだろう。
現にレイル・ティエティスも同じようなことはできる。
ネオンがそのようなことを行っていたとしても、驚きはしなかった。
「ネオンはどこにいるんだ? 隠れてるわけじゃないよな?」
「貴方を相手にするのが面倒だから、私に任せると言っていたわ。私を倒したら戦うに値する敵と認めて、相手をしてあげるって伝えておいてとも」
「あいつめ……」
つくづく人を馬鹿にしている奴だ。
無詠唱魔術を放つところを見せ、早く対等に勝負できることを明かしてやりたかったが、ネオンと再戦するにもまず目の前の敵を倒す必要があるみたいだ。
「ということは、お前一人か」
「そういうことになるわね」
ネオンが参戦するとなると出し惜しみは不可能だ。
必然的に無詠唱魔術を使うことになり、クルシャを簡単に倒すことができたが、彼女一人となるとそうはいかない。
この世界の魔術師相手には、この世界の魔術を使って相手をしたい。
そのような譲れないこだわりがあった。
「こちらとしてはあまり歓迎したくない展開だが、こうなった以上仕方ねえな。さっさと倒してネオンの下に行くか」
「まだそんな傲慢なことを言っているのね……」
こちらの強気の発言にクルシャは冷めた目を向けてくる。
「確かに昔の貴方は紛うことなき天才だったわ。どんな試合に出ても連戦連勝。同じ世代の魔術師で名前を知らない者なんていないんじゃないかってレベルだった。でも、それは過去の話」
彼女はこちらの顔を見つめて、息継ぎをした。
「今の貴方は堕ちた天才よ。天才だった頃の見る影もない。なんの努力をすることもなく、ただ毎日を腐して過ごすだけ。そのくせにプライドだけは天才の頃のものを引きずっているときた。見ているのも痛ましいくらいだわ」
何も知らないくせに知ったような口を利くな。
確かにオレは魔術戦魔導師になる夢は諦めた。
だけど、それは異世界転生者を倒すという目標ができたからだ。
ただ毎日を腐して過ごしているわけじゃない。
やっていることは昔と変わらない。
目標に向かって、最短距離を最速で突き進んでいるだけだ。
「私に勝つって? 馬鹿にしないでもらえないかしら。私は貴方とは違う。貴方が無為に過ごしてきたこの三年間、一日たりとも魔術戦の練習を怠ることはなかったわ」
さっさと倒してネオンの下に行くかなんて言ったが、クルシャが簡単に倒せない相手だということはオレだって百も承知だ。
彼女はこの世界の魔術戦にずっと打ち込んでいたのだ。
無詠唱魔術なんてものに手を出していたオレとは、この世界の魔術戦に向き合っている量が違う。
純粋にこの世界の魔術戦で戦ったら、今のオレじゃ勝てる可能性の方が少ないだろう。
彼女は格上の相手であった。
「私は尊敬している父の名に恥じない魔術戦魔導師にならなければならない。そのためだったら、なんだって犠牲にできる。恋や友情、楽しい思い出。そんなものなんて要らない。なんだって切り捨てる覚悟はできている。ぽっと出の魔術師に負けて、挫折するような貴方とは懸けているものが違うの」
クルシャ・エーデルティーは格上の相手だ。
だからといって、おいそれと勝ちを譲れるわけもない。
世の中には絶対に勝たなければいけない勝負というものがあるのだ。
そして、それが今だ。
オレは異世界転生者を倒さなくてはいけない。
そのためにはお前を倒して、ネオン・アスタルテに挑まなくてはならないのだ。
「懸けてるものが違う? そんな御託はいい。さっさと勝負を始めようぜ」
オレは手招きのポーズをして、クルシャ・エーデルティーに言い放つことにした。
「たとえ堕ちた天才だろうとな。お前くらい圧倒できるってところ見せてやるよ」




