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第五十五話 『強敵参戦』

「本当に責任取れませんからね、うち」


 ネオン・アスタルテに再戦の申し込みをして早数日。

 次の学科特殊試験で退学を賭けて、ネオンと戦うという話は学年中に広まっていた。


 まあ、他の生徒が見てる中、普通に廊下で話してたしな。

 特段隠すつもりもなかったので、噂が広まりやすいこの学校なら知れ渡っていて当然とも言えた。

 話を知って以降、ペアを組むことになっていたユネには文句を言われ続けていた。


「次の試験は適当にやっていこうって話だったじゃないですか? なんで退学なんて賭けた戦いを挑んじゃうんすか?」

「適当にってことは、自由にやっていいってことだろ? それなら、個人的な恨みを晴らすために勝負を挑んでもいいだろ」

「でも、チームポイントで競うんですよね? うち、やる気ないっすよ?」

「心配しなくていい。お前には期待してないから」


 ユネが今回の試験で手を抜くつもりなのは、ペアを組むときに聞いていた。

 よって、ユネの稼ぐポイントを計算に入れるつもりはなかった。


「大丈夫だ。オレ一人でポイントを稼ぐから安心しろ」

「何も安心できる要素がないんすけど⁉」

「そう文句を言うなって。オレの稼いだポイントでいい成績が取れるんだ。お前にとってもいい話じゃないか?」

「どこがっすか⁉ 勝手に人の退学を賭けた戦いに巻き込まれたんすよ⁉ 重圧がヤバいんですけど⁉」


 もしこの戦いで負けて退学になっても、ユネのせいにするつもりはなかった。

 ネオンへの挑戦に退学という条件を賭けたのはオレ自身だ。

 ユネと組むことに決めたのもオレ自身の選択である。


 これで退学になれば、全部オレの責任だ。

 ユネが気に病む必要は何もなかった。


「いいのか? こいつとパートナーで? 真っ当に試験を受けるつもりの俺と組んだ方がいいんじゃねえか?」


 いつの間に、三馬鹿が机の周りに集まっていた。

 そのうちの一人、ノーマル馬鹿のジャンが声をかけてくる。

 ユネを指差すジャンに、オレは問い返す。


「あれ? お前パートナー決まってないのか?」

「一応グゲスと組む約束はしてるけど。今ならまだ変えられるから」

「わいは女の子と組んで、愛を育みたかったんだけどな。ジャンがどうしてもって言うから」

「違げえだろ。お前が女子に断られまくって、仕方なくオレが組んでやったんだろ」

「本当のこと言うなよ、おい! 傷ついちゃうだろ!」

「ちなみにボクは同じ魔術戦観戦研究部の友達と組んでます」


 フレディが補足を入れる。

 ジャンとグゲスは魔術戦研究部に所属しており、魔術戦を本気で勉強している部類の生徒だ。


 そして、フレディはプレイヤーではなく、観戦を専門とする生徒である。

 プレイヤーと観戦勢というグループ分けなのだろう。

 ユネは机をパンッと叩き、グゲスに人差し指を差す。


「待ってください! ジャンくんがオーラルドくんと組んだら、うちはこいつと組まなくちゃいけなくなるじゃないっすか! なんですか、その罰ゲーム!」

「ふむふむ、これがツンデレというやつか……。わかってる、本当はわいと組みたいんだろ?」

「100%ツンですよ! なんでこの人はこんなにポジティブなんですか⁉」

「いいから、そういうのは。どうせ一分後には一緒のグループになってほしいですって全裸土下座で頼み込んでくるんだろ?」

「何、その無駄な自信⁉ 喩えあなた相手じゃなくても、全裸土下座でものを頼むことはないですけど⁉」


 相変わらずの言い争いを繰り広げる二人。

 仲が良いのか、悪いのか。

 そんなことを口にしたら、仲が悪いに決まってるじゃないですかと本気でユネにキレられそうだけど。


 ユネとグゲスの言い争いを傍観していた、ジャンに向かって言うことにする。


「いいよ。オレはこいつと組むって決めたから」

「お、オーラルドくん! いいんですか?」

「そうだよ、大丈夫なのか? ユネなんかと組んでちゃ、マジで退学になるぞ?」

「せっかく誘ってもらったんだ。今さら点数欲しさに組む人を変えたりしないよ」

「あ、ありがとうございます。おかげで変態に犯されないで済みます~」


 いや、グゲスと組んだだけで犯されることはないだろ……。多分……。

 絶対と言い切れないのが、グゲスの恐ろしいところだった。


「ちょっといいかしら、オーラルド・オースティン」


 そんなこんな四人と会話を繰り広げていると、輪の外から別の人物の声が。

 振り向くと、そこには水色の長髪の人物が。

 水色の瞳に、凛とした声立ち。

 魔術戦研究部一年の絶対的エースと名高い、氷鬼の娘クルシャ・エーデルティーであった。


 クルシャとは同じクラスだが、入学してから今まで会話という会話はほとんどしたことがない。

 直接話したのは魔術戦研究部の顧問であるジュイスから勧誘されたとき。

 断って一方的に恨みを買った、あの騒動くらいだろうか。

 そのくらい接点がない相手であった。


 クラスでもダントツの成績を叩き出す優等生様がわざわざオレに話しかけてくるとは。

 一体、なんの用だろう。

 目を細めながら尋ねてみる。


「なんだ。話しかけてくるなんて珍しいじゃないか?」

「貴方に伝えておかなくてはいけないことがあるから」

「伝えておかなくてはいけないこと?」

「貴方は退学を賭けて、ネオンさんと勝負をするのよね。でも、ネオンさんのパートナーが誰か知ってるのかしら?」


 ネオンのパートナー? それは知らない。

 ネオンは貴族じゃない。Bクラス在籍の生徒だ。


 だから、パートナーもBクラスの誰かだろうと思っていた。

 けれど、クルシャは衝撃的な事実を告げてきた。


「ネオンさんのパートナーはこの私よ」

「マジ……?」


 それは完全に計算外の情報だった。

 貴族でない奴の実力なんて高が知れている。

 そう思って獲得ポイントの期待ができないユネと組んでも大丈夫と判断したわけだが、クルシャが出張ってくるとなると話は違ってくる。


 Bクラスのトップがネオンなら、クルシャはAクラスのトップである。

 学力試験、実技試験ともにAクラスで一番の成績を収めており、今回の学科特殊試験でもトップの成績を取るのではないかと言われている優勝候補であった。


 そんな奴が異世界転生者であるネオンと組むなんて。

 鬼に金棒の状況だ。


「だから、余裕ぶっているようだけど、貴方このままじゃ退学になるわよ」

「どうしてネオンなんかと……。知り合いだったのか?」

「いや、つい一昨日私から声をかけたのよ。彼女、貴方に勝つくらい強いらしいから。優勝を狙うために強い人と組むのは当たり前のことでしょ?」


 それはそうだが、いくらなんでも反則じゃないか?

 この世界の魔術戦において学年最強を誇るクルシャと、異世界転生者であるネオンが組むなんてドリームチームのようなものだ。

 はっきり言って他の生徒同士がペアを組もうとしても、これを越えるチームは出てこないだろう。


「もちろん、それだけが理由じゃないわ。貴方に引導を渡そうと思って」

「引導?」


 物騒な言葉に顔をしかめる。

 クルシャは冷たい声色でいった。


「そうよ。昔の貴方は天才だった。どんな戦法も使いこなし、どんな相手にも勝つ。『常勝』の二つ名に相応しい魔術師だった。だけどぽっと出の貴族との決闘に負け、家から追い出された今の貴方は天才だった頃の見る影もない。魔術戦に真剣に向き合うわけでもない。変な研究部に入って、授業もまともに受けず遊び惚けているだけ」


 酷い言われようだ。

 確かに傍から見ればそういう風に捉えられるのかもしれないが、こちとら真剣に異世界転生者に勝つための努力をしているんだ。

 そんな風に言われる筋合いはどこにもなかった。


「ただ遊び惚けているだけならまだいい。だけど、貴方はまたネオンさんに決闘を挑んだ。退学を賭けて。大した努力もしていないくせに、傲慢さは昔のままときたわ。正直、見ていられない。堕ちた天才とは言い得て妙ね」

「堕ちた天才ね……。見ていられないなら、放っておいてくれないか?」

「そうはいかないわよ。かつての貴方に私は少なからず憧れの感情を抱いていた。けれど、それは間違いだった。とんだ黒歴史だった。だから、この私の手で直々に手を下してあげると決めたの」


 勝手に憧れて、勝手に失望されても困る。

 当たり屋に因縁をつけられた気分だった。

 こちらの困惑を他所にクルシャはきっぱりと言う。


「オーラルド・オースティン。私は貴方を倒し、退学にさせるわ。過去の栄光に終止符を打ってあげる」


 それは最強の優等生、クルシャ・エーデルティーからの宣戦布告だった。




    *




「ねえ、本当にネオンさんに戦いを挑むつもりなの?」


 自宅に戻って早々、オレは同居人であるフィナにも問い詰められていた。


「負けたら退学になっちゃうんでしょ? 止めなよ、そんな危ない戦い」

「そうは言われてもな……」

「いいの? 学校辞めることになっちゃっても。一緒に学校通えなくなるんだよ?」


 オレがネオンに戦いを挑むことを知られてからというものの、フィナにはこうして怒られ続けていた。

 オレが退学したところでフィナの学校生活にそこまで影響を与えることはない。


 学費も奨学金で賄っているときた。

 ニーネへ迷惑をかけるわけでもなかった。

 誰かに責められる謂れはない。


「そもそも、なんでネオンさんと退学を賭けて戦おうとするの? 入学してすぐの騒動が原因なの?」

「そういうわけじゃない。奴とは別の因縁があるからな。どうしても戦わなくちゃいけないんだよ」


 ネオン・アスタルテは異世界転生者だ。

 そして、オレには異世界転生者を表舞台から消し去るという使命がある。

 これだけは誰に止められても決して譲れないことだった。


「私はどんなことがあってもオーラルドの味方をするって決めたから。そこまで言うなら、無理には止めないけど。やっぱり私はオーラルドにいなくなってほしくないよ」

「なんで負ける前提で話しているんだよ。勝ったら、退学にならないんだぞ?」

「でも、ネオンさんってクルシャさんとペアを組むんでしょ? いくらオーラルドが強いといっても二人相手に勝てるの? ネオンさんにも一対一で勝てなかったんでしょ?」

「そこはなんとかするしかないな」


 たとえ不利な状況だとしても、勝たなければいけない勝負というものはある。

 こればかりはなんとかするしかないと言う他なかった。


「でも相方の子、魔術戦にやる気ない子なんでしょ? 一人で二人に勝つことってできるの? 私が組もうか?」

「いいよ、迷惑はかけられないし。それに今さらフィナと組むってなったら、今の相方も困るだろ……」

「それはそうだけど……。じゃあ、私がクルシャさんを倒してあげようか?」


「倒してあげるって、クルシャはお前より強いだろ。無理なことは頼まないよ」

「そこはなんとか頑張って勝つから!」

「頑張ってって……。不確定要素は頼りにできないな。それにお前がクルシャを倒したら、その分のポイントはお前に入っちゃうんだ。二人に確実にポイントで上回るには、自ら手を下す必要がある。余計なことはしないでくれ」


 試験では相手を倒すとポイントを半分奪えて、以降その相手は試験から退場することになる。

 よって二人を倒して、その後自分が倒されなければ、ネオンペアにポイントで負けることがなくなるのだ。

 確実な勝利をものにするためにも、ネオンとクルシャはオレの手で倒しておきたかった。


「それに今のままじゃ、二人を倒すことは難しいかもしれない。けれど、試験まではあと一ヶ月もあるんだ。それまでに勝てるよう調整をしていけばいい」

「そう……? そう言うならわかったけど、私でもなんか協力できることってあるかなぁ?」

「ネオンとクルシャには手を出さないでほしいっていうのと、あとはクルシャの研究部での試合の動画とかあったら観せてほしいな。奴の戦い方を研究して、攻略方法を見つけておきたいし」


 無詠唱魔術を使えば簡単にクルシャを倒すことはできる。

 けれど、相手は異世界転生者じゃない、この世界の生粋の住人だ。

 オレが無詠唱魔術を使って圧倒すれば、それこそやっていることは嫌いな異世界転生者と同じになってしまう。


 だから、オレはクルシャ相手に詠唱魔術のみで戦いたいと思っている。

 ネオンが絡まない一対一の戦いになるならという条件はあるけど。

 勝率が低くなろうと、自分にとっては重要なこだわりであった。


「それくらいだったら協力するけど。絶対に勝ってよ。一緒の学校に通えなくなるなんて嫌だから」

「任せておけって。オレだって負けられないことはわかってるんだから」


 試験まであと一ヶ月。

 異世界転生者ネオン・アスタルテとの勝負に向けて、全力を尽くすほかなかった。

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[一言] オーラルド頑張れ!
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