第五十四話 『再戦の布告』
月が変わって十一月。
ようやく学科特殊試験の試験内容が発表されることになった。
戦闘魔導科のAB二クラスが講堂へと集められ、学年主任からの説明を受けることになった。
「十二月の試験はトレジャーハントということになった。トレジャーハントといっても本物の宝を探すわけではない。要はポイント集めゲームだ」
講堂の舞台に用意された大きな映像機の画面が光る。
すると、画面には地図のようなものが表示されていた。
「試験は学校の外に出て行う。場所はプリシラの南西側にある峡谷下のケスラ大森林だな。その内、決められた範囲がフィールドとなる。フィールドにはポイントが記された宝が無数に用意されている。それを拾った分だけポイントが加算され、たくさんポイントを取った者が勝ちというものだ」
映像機に映されたケスラ大森林の地図を眺める。
上一面には「スタート」と書かれたゾーンがあり、そこから下は木々のマークで埋め尽くされている。
南の方へ行くと峡谷があり、高低差が激しい土地となっているようであった。
峡谷の中腹までが定められているフィールドらしい。
「生徒は時間になったら一斉にスタート位置からスタートすることになる。とはいっても、スタート位置は横に広がっていくつもあるため、何組かに別れてスタートしていく」
地図内のスタート位置が上一面に広がっているのはそういうことか。
説明を聞いて納得する。
「フィールド内に落ちている宝のポイントは10ポイントから100ポイントだ。もちろん高いポイントの方が見つけにくい場所に隠されている。ちなみにポイントの上限はないから、宝はいくつでも見つけて大丈夫だ」
しかし、説明を聞いていくうちに納得できないところも出てくる。
もしかして、本当に宝探しをするだけのゲームなのか?
オレ達が所属しているのは魔術の戦いを学ぶための戦闘魔導科だ。
学科特殊試験も当然の如く、魔術戦に関わるものだと思っていた。
けれど、実際に発表されたのは、全然戦いに関係ない試験内容であった。
これじゃあ、拍子抜けだ。
魔術戦の実力も関係ない、ただの運ゲー試験である。
せっかくネオン・アスタルテを倒そうと思ったのに、これでは戦えないじゃないか。
そう思っていると、教師から新たなるルールが説明される。
「そして、ここからが重要だ。生徒達は戦って相手のポイントを奪うことができる。具体的には倒した相手のポイントの半分。勝者は敗者からポイントを得ることになる。倒された生徒はそこで試験終了だ。以降宝探しをすることができない。倒されるまで稼いだポイントが成績になるってことだな」
なるほど。宝探しゲームかつサバイバルゲームということか。
やっと試験の全貌がわかってきた。
生徒達間での戦闘が認められているということは、ネオンと戦うことも可能ということである。
これは期待していた通り、異世界転生者である彼女に挑む絶好のチャンスである。
しかも、この試験の都合のいいところはフィールドが広いところだ。
魔術戦の限られたフィールド内ではなく、広大な森林の中で戦うことができる。
もちろん、森の上空も。
要は飛行での空中戦がし放題ということだ。
そして、魔術戦のように他の生徒や教師達に見られながら戦うわけでもない。
衆人の目を気にせず、無詠唱魔術が撃ち放題なのもありがたかった。
こちらの世界の住人には、異世界転生者の魔法技術を隠し通しながら戦える。
「それとは別にもう一つポイントを稼ぐ方法がある。順位点というやつだな。峡谷の先にはゴールが用意されている。制限時間内にゴールに着けば宝探しは終了となる。以降は宝を見つけてポイントを得ることができなくなるが、倒されてポイントを失うこともなくなる。そして、ゴールでの着順によって、一位には1000点、二位には500点、三位300点――といった形でポイントが入る」
要は人生ゲームみたいなものか。
最初に上がることができれば、その分の賞金を得ることができるが、結局は所持金の多さで順位を決めていくことになる。
人生ゲームでいう金がこの試験ではポイントであった。
「とはいっても、ゴールまではかなりの距離があるからな。制限時間内に着くことはかなり難しい。順位点はボーナスポイントの一種だと思ってくれて構わない」
簡単にまとめると試験の概要はこうだ。
勝利条件はより多くのポイントを稼いだ方が勝ち。
ポイントを入手できる方法は三つのみ。
宝を探してポイントを稼ぐか、他の生徒を倒してポイントを奪うか、ゴールにいち早く到着し順位点を得るか。
三つの内、どれに重点を置いていくかが、勝利の鍵になるだろう。
力に自信のない生徒は戦闘を避けて、宝探しメインでポイントを稼ぐ作戦になるのだろう。
けれど、宝を探そうとすると、フィールドを動き回らなくてはならない。
その分、他の生徒に遭遇して、戦いになる確率も上がってしまう。
力に自信のある生徒は、他の生徒を倒してポイントを稼いでいく作戦を狙っていくのだろう。
けれど、負けてしまえばポイントを半分失うことになり、そこで試験終了だ。
戦闘を仕掛けるには、リスクもリターンも大きかった。
最後の順位点狙いなら戦闘を避けることはできる。
けれど、ゴールへ急がなくてはいけないため、道中ではポイントを稼ぎにくい。
そして、ゴールができなければ順位点は得られない。
よって順位点を狙っていくのは、戦闘で得点を得ていくよりハイリスクハイリターンであった。
色々とよく考えられてるな。
魔術戦が強い方が有利だが、それだけで勝てるといった簡単な試験ではない。
弱い者も頭を使いさえすれば、強者に一矢報いることができる。
そんな試験内容になっていた。
「あと重要なことを言い忘れていたが、試験は二人一組だ。試験中はバラバラに行動してもいいが、二人の合計得点で成績を決めることになる。AクラスBクラス間での制限はないから、好きな生徒と組むように。グループの申請は再来週の月曜までな」
えっ、マジ?
最後に付け加えられた情報に戸惑ってしまう。
まさかのグループを組む系試験かよ……。
二人一組になるようにという文言は、友達のいないオレにとって致命的な条件であった。
*
「お、オーラルドくん、今度の試験、よ、よかったらうちと組みませんかぁ?」
学科特殊試験の説明が終わって、講堂からの帰り道。
試験の説明を脳内で振り返っていると、ちょんちょんと制服の裾をつままれる。
振り返ると、学校で一緒にいることの多い女子生徒、ユネが気色の悪い笑みを浮かべていた。
「い、嫌なら全然断っていいっすよ! ただうち、他に友達いませんしぃ~。組んでくれるとありがたいというかぁ――」
「ああ、いいぞ」
「やっぱり嫌ですよね。はい、わかりました。――っていいんすか⁉」
「そう言ってるだろ」
こちらの返事にユネは目をぱちくりさせる。
貴族でないBクラスの生徒とも組めるということで、フィナに声をかけてみようかと思っていたが、手っ取り早くパートナーが見つかるならそれに越したことはない。
ユネからの誘いに快諾していく。
「別にオレも人望があるタイプじゃないしな。組めれば誰でもいいよ」
「言っておきますけど、自分やる気ないっすよ。今回の試験も適当に流そうと思ってますし」
「なら、尚更好都合だ」
今回の試験ではネオン・アスタルテを倒すという目標がある。
そのため、真っ当にポイント集めをするつもりもなかった。
良い成績を狙おうとしているなら、ネオンを倒すことだけを考えているオレと組むのは愚策である。
そういう意味では、成績の良し悪しなんて気にしない人物と組めることは、こちらとしてもラッキーだった。
「じゃあ、決定っすね」
「ああ、お互い適当にやっていこう」
二人組を組んだといっても、二人とも全うに試験を攻略する気はない。
打ち合わせすることもなかった。
試験の内容から離れて、いつも通りの魔術談議をしていると、ふととある人物の姿が目に入った。
「ちょっと用事思い出したから、離れていいか」
「どうしたんすか? 急に?」
「まあ、色々あるんだ」
ユネを置いて、その人物の下へと小走りで駆けていく。
生徒達のまばらになった廊下でそいつを呼び止めることにした。
「おい、ネオン・アスタルテ!」
「誰か、呼びました?」
二つに結んだ長い黒髪を揺らしながら、ネオンが振り向く。
彼女はこちらの顔を見ながら、眉を寄せて言った。
「誰です? あなた?」
「おい! 忘れたのかよ!」
一応、前に決闘を挑んだことあるんだけど……。
なんなら授業をサボっているときに校舎外で出くわして、空を飛ぶヒントも教えてもらっていた。
それなのにオレのことを覚えていないとは。
なんとも失礼な奴である。
「オーラルドだよ! 入学早々戦ったことあるだろ?」
「ああ、そんな人もいましたね。弱すぎて覚えていませんでした」
「はっ倒すぞ、お前」
あの時は飛行で空を飛ぶネオンを見て、今の自分じゃ勝てないと勝負を早々に諦めた。
そして、無詠唱魔術を温存して、相手の戦力の分析に徹することにした。
無詠唱魔術さえ使えば、本当はもっと善戦することもできたわけで、言われるほど弱いわけでもなかった。
「で、なんの用です? その報復ですか?」
「まあ、そんなところだ。ネオン・アスタルテ、次の学科特殊試験でオレと勝負をしろ」
「どうしてそんなことしなくちゃいけないんですか?」
ネオンはため息を吐いて答える。
「わたしの記憶が正しければ、もう二度と決闘は挑んでこないように約束したはずですが……」
「別にこれは決闘じゃないだろ? ただ試験で競おうってだけだ」
「方便ですね。嫌ですよ、わたしが勝つのはわかりきってますし。面倒くさいです」
「オレに負けるのが怖いのか?」
ここで乗ってきてもらわなければ困る。
わざとらしく喧嘩を売っていくことにする。
ネオンはこちらに目を向けることもなく、毛先をいじり出した。
「安い挑発ですね。わたしが乗るとでも? そもそも、ここで倒してもまた勝負を挑んできそうじゃないですか? なら、勝つだけ損じゃないですか」
「そうはならないように今度はお互いの退学を賭けるってのは?」
「本気で言ってるんですか?」
ネオンの黒い瞳がこちらに向けられる。
「退学を賭けるなんて正気ですか? はっきり言って、わたしはこの学校になんの思い入れもないです。今すぐ辞めてもいいと思ってるくらいですけど、あなたもそういう質なんですか?」
「さすがに思い入れくらいはあるけど、お前を倒すこと以上に大事なことなんてないからな」
オレがリーリエ魔導学園に通っているのは、異世界転生者を倒すために魔術の勉強をするためである。
フィナ達と仲良しこよしするために学校に通っているわけじゃない。
そして、オレの目的は異世界転生者をただ倒すだけではない。
この世界の文明に影響を与える彼らの存在を、歴史の表舞台から消さなくてはいけないのだ。
シェンのときは彼が盗賊団のボスということもあって、領主に逮捕してもらうという方法を取れた。
しかし、なんの罪も犯していないネオンの場合はそういうわけにもいかない。
よって、自分自身の進退を賭けて、ネオンに退学の条件を飲ませるくらいの方法でしか、彼女を排斥することはできなかった。
「どうだ? 勝負に負けた方が退学して、この街から出ていくというのは? それなら、もう決闘は挑めないだろ?」
「はぁ……どうやら本気みたいですね」
ネオンの顔つきが変わる。
こちらの覚悟が伝わったのだろう。
彼女はオレを見据えながら言った。
「いいですよ、わたしは。そこまで言うなら買ってあげましょう、その喧嘩。その代わり、負けても恨まないでくださいよ?」
「それはこっちの台詞だ。お前こそ負けても、やっぱなしにしてくれっていうのは許さないからな」
「そんなことしませんよ。負けたら、今まで通り森の奥でひっそり一人で暮らすことにします。まあ、負けることはありませんけど」
相変わらずの上から目線の発言だ。
ネオンは人差し指を突き立てた。
「ただ勝負が終わってから、ごねられても面倒です。わたしから一つ条件をつけていいですか?」
「ああ、いいぞ。オレが持ちかけた勝負だしな」
こちらの返事を受けて、ネオンが言う。
「勝敗はお互いのポイントで決めましょう。そうすれば同点にでもならない限り、白黒つけられます」
「そうだな。そっちの方がわかりやすいな」
ポイントという明確な指標がある限り、勝者と敗者は明確だ。
学科特殊試験のルールに基づくと相手を倒せば半分ポイントが入るわけで、個人対決の勝敗もそのままポイントに直結する。
オレとしては飲まない理由がなかった。
「あっ、でも、個人のポイントって学校側から公表されるのか?」
「どうなんでしょう? さっきの集会ではそこら辺に触れてませんでしたね」
「二人組の合計点は公表されるとは言ってたけどな」
「じゃあ、二人組の合計点にしません?」
「そうするか」
オレのパートナーは試験にやる気がないため、多少不利になる条件だ。
けれど、ネオンを倒した後でポイントを集めれば、チームポイント勝負でも負けることはないだろう。
個人戦かチーム戦かなんて些末な問題だ。
勝敗が不明になることの方が怖かったため、不利な提案を呑むことにする。
「それじゃあ、これで決定でいいな。お互いの退学を賭けて、学科特殊試験の結果で勝負をするってことで」
「はい、チームのポイント勝負で。わざわざ面倒な提案を受けたんです。せいぜいわたしを退屈させないでくださいよ」
そんな風に上から目線で発言ができるのも、今のうちだけだからな。
見てろよ。絶対吠え面かかせてやるからな。
こうして、ネオン・アスタルテへの再戦の布告を終えたのであった。




