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第五十三話 『新学期』

 長い夏休みも今日で終わりとなる。

 リーリエ魔導学園の夏休みは二ヶ月近くあったわけだが、やることと言ったらいつもと変わらなかった。


 朝と夕方に戦術級魔術と飛行(フライ)の特訓を行い、残りの時間で部室に寄って戦術級魔術の本を読んで過ごすだけ。

 あとは時々、魔術戦観戦研究部の部室に行って、フレディに魔術戦の試合動画を観せてもらったりといったところだろうか。


 夏休みとはいえど、異世界転生者を倒すという目的があるオレにとって遊んでいる暇はない。

 夏休みのすべてを魔術の習練に費やしていた。

 おかげで戦術級魔術と飛行(フライ)の練度はかなりレベルが上がっていた。


 現在いるのは個人で借りられる学園の魔術戦用フィールドだ。

 人気のない広い空間で、金属の棒に跨りオレは呟く。


飛行(フライ)


 棒の両側に鳥の翼を生やすイメージで。

 魔術を発動する。


 足が地面から離れ、身体が宙を浮く。

 飛行(フライ)の成功だ。


 ここ最近の習練のおかげで、空を飛ぶことなら100%できるようになった。

 なんなら、高速で飛んだり、旋回することもできる。


 試しにループを描くように上から下に一回転してみる。

 よしっ、成功だ。やっぱり安定して空を飛ぶことができる。


 最初は一分間空を飛ぶこともままならず、何度も地面に落ちたものだ。

 その度にここが魔術戦のフィールドなことに感謝していた。


 魔術戦のフィールド内で負った怪我は、契約法陣の影響で無効化される。

 落ちても無傷で済むため、色々と試行錯誤することができた。


 これが魔術戦のフィールド外となると話が違ってくる。

 高さ数十メートルのところから落下しただけで、人間にとっては致命傷だ。


 空気抵抗を防ぐために全身防御(バリアー)を身体中に張っているとはいえ、攻撃魔術で撃墜をされれば、一発で命を落としてしまう可能性はある。

 飛行(フライ)による戦闘は、陸上での魔術戦とはまた違った危機管理が必要であった。


 翼が破壊されたら、即飛行(フライ)を再発動し、翼を再起させ。

 空気抵抗を防ぐ全身防御(バリアー)が破壊されても、すぐに全身防御(バリアー)を再発動。

 それでも撃墜されれば、地面に叩きつけられる前に障壁魔術を展開する。


 それくらいの対応力は必要だ。

 それでも、もし術者が意識を失うほどの攻撃を食らってしまえば、そこでデッドエンドだ。


 棒に乗るといったこの飛行スタイルも、ネオン・アスタルテの箒に跨る飛行方法を真似たものだ。

 ネオンが箒に乗るのは、日本の創作物の魔法使いを意識したものだ。

 箒を使う必然性はなく、なんなら背中に翼を生やして空を飛ぶことだってできた。


 けれど、背中に翼を生やして空を飛ぶと、問題もあった。

 後ろを向いたりしようとすると、翼の姿勢も動かさなくてはならず、飛行が安定しないのだ。

 ただ空を飛ぶだけならいいが、飛びながら魔術を撃って戦うことを考慮すると、ネオンが行っていた箒のような支柱を用い、そこに翼を生やすという方法が最適解であった。


絶対防御(パーフェクトブロック)


 今度は飛びながら障壁魔術を展開していく。

 戦術級魔術を覚えたおかげで、高位の障壁魔術を無詠唱で発動することができるようになった。

 だからといって無敵になったというわけではない。


 飛行中は翼を障壁で覆ってしまうと、翼が風を受けることができず、空を飛ぶための揚力が発生しなくなってしまう。

 よって、障壁で守れるのは翼以外の限定的な場所のみであった。


 よって空中での魔術戦は、高機動で相手の攻撃を避け合う戦いになることが推測された。

 それはさながら向こうの世界の戦闘機のドッグファイトのよう。


炎天廻砲(グランドファイアー)


 前方に炎のビームを放つ戦術級魔術を放ってみる。

 進行方向に背を向けて、後ろを向きながら空を飛ぶことは難しい。

 前方向に攻撃する方が楽なのも戦闘機の特徴と似ていた。


 幸いにもレイル・ティエティスの前世、藤村冬尊の過去を視ていたおかげで、ドッグファイトの軽い基礎は頭に入っていた。

 彼は不登校で引きこもりだったが、オタク知識だけはあった。

 戦争もののアニメやゲームもやっており、そこでちらほら知識は得ていた。


 覚えているターンの方法を習得していくのはもちろんだが、戦闘機の戦いにおいて機体性能は重要なファクターだ。

 飛行速度や旋回性能に大きく差が開いているようじゃ戦いにもならない。


「まずはその二つを押し上げていくべきだよな……」


 いくら武装にあたる戦術級魔術が上手くなろうとも、狙える状況を作れなくちゃ意味がない。

 この世界には遠くの敵に確定で当てられる魔術はない。

 レーダー搭載のミサイルで攻撃するみたいな手段は取れないのだ。


 飛行(フライ)で飛び合っている状況じゃ、確定で攻撃を当てられる対象指定魔術の範囲内に入ることもない。

 とにもかくにも飛行性能を高めて、射撃戦を優位にする必要があった。


「待ってろよ、ネオン・アスタルテ。必ず倒してやるからな」


 決意を胸に、夏休み最後の日を魔術の習練に費やすのであった。




    *




 夏休み最後の日が終わって、そして新学期。

 朝の練習を終えて教室に着くと、隣の席の住人のユネが既に着席していた。


「お久しぶりです、オーラルドくん」

「お久しぶりって言っても、夏休み中何回か会ったけどな。とにかく、おはよう」


 ユネの挨拶に答えることにする。

 彼女は一年ながら、オレが所属している浪漫魔術研究部の部長である。

 戦術級魔術の勉強をしようと夏休み中部室に行ったときに、何度か顔を合わせていた。


「でも、ここ一週間は会ってなくないですか?」

「それもそうだな……。部室に行っても、お前がいなかったこと多かったし。どっか旅行にでも行ってたのか?」

「いえ、寮に引きこもってました! 暑くて、外に出る気になれなかったので!」


 自信満々に言い切るユネ。

 暑いから外に出ずに自室で悠々と暮らしていたとは、いいご身分だ。

 こっちは毎日、異世界転生者を倒すために魔術練習をしていたというのに。


「そうか、ユネは学校の寮で暮らしてるんだっけ?」

「はい、そうですよ」

「夏休みの間は実家に帰ったりしなかったのか?」

「するわけないじゃないですか。ママの下を離れたくて、地元のアルケリアから遠いプリシラの学校に通うことにしたんですから」


 彼女の母親が教育ママということは前に聞いていた。

 その母親から逃げるために、一人暮らしができる学校を選んだとも。


「そうだったな。そもそもアルケリアじゃ夏休み中に、帰省するのは難しいか」


 アルケリアはオレを育ててくれたニーネの故郷でもあり、このアルジーナ王国の北西に位置する都市だ。

 プリシラは南東に存在する都市であり、王国内でも正反対ともいえる場所にあった。


 アルケリアの周りには大きな山脈があり、交通の便も決して良くない。

 長く王都に住んでいたオレにとっては有名な割には行きにくくて、とにかく情報が入ってこない街という印象しかなかった。


「一応、ママからはお金は出すから顔を見せにきてくれない?って手紙は来たんですけどね。魔術の勉強が忙しいからって断っちゃいました」

「この大嘘つきが」

「嘘じゃないですよ! 魔術の勉強はしてますし! ただママが期待しているような魔術戦の勉強じゃないってだけで!」

「それが一番の問題なんだけどな……」


 こいつは母親にまともに魔術戦の勉強をしていないことがバレたとき、どうするんだろうか……。

 絶対大変なことになる気がするのだが、大丈夫なのだろうか?

 グゲスとか他に周りにヤバい奴がいるせいで誤魔化されがちだが、こいつも充分頭おかしい部類なんだよな……。


「で、最近はどんな魔術の開発をしてたんだ?」

「悪魔を召喚する魔術でも発明しようとしたんですけどね。うっかり成功したら魂を抜かれちゃいそうだと思って、家で食っちゃ寝して過ごしてました」

「もはや魔術の勉強すらやってない」


 さっきの魔術の勉強が忙しいとはなんだったんだ?

 やっぱり大嘘つきで何も間違ってなかった。


 そもそも、この世界には悪魔を召喚する魔法なんてものはない。

 悪魔は魔族の一種で、召喚する意味なんてどこにもないからな。

 考えていることがよくわからない奴だった。


「聞いてくださいよ~。夏休みにぐうたら過ごしてたら、体重二キロも増えたんですよ~」

「そ、そうか。としか反応のしようがないんだが? そもそも体重の話とか異性にするものなのか?」

「友達にはすべての情報をオープンにしていく系女子なんで。ちなみに体重は五十四キロです」

「人生で一度も使うことがないであろう情報ありがとう」


 小さい体重であれば「体型維持頑張ってるんだな」みたいな返しもできたんだが、女子の平均体重を微妙に上回ってそうな体重を聞かされると反応に困る。

 身長も別にある方じゃないしな……。


 まあ、ユネは黒いぶかぶかのローブを身に纏っているせいでわかりにくいが、意外に胸のサイズがある。

 隠れ巨乳分ということで納得しておくことにしよう。

 話題を別のところに移すことにする。


「それにしても今日から後期の授業だな」

「はい、憂鬱ですよね……」

「憂鬱? 前期と同じようなことやっていればいいだけだろ。成績そんなに悪かったっけ?」

「そんなに悪かったですけど……。それに後期は年末に学科特殊試験がありますから」

「学科特殊試験?」


 聞きなれない単語に反応してしまう。

 そんな単語の試験、今まで受けたことないんだけど……。


「あれ? 知りませんでした? 戦闘魔導科は毎年十二月に特殊な試験があるんですよ。毎年内容は違って十一月頃に発表されますが、全員参加で生徒達が競うような実戦形式なのが恒例なそうです」


 全員参加で、生徒達が競うような試験か……。

 ということは、ネオン・アスタルテとも戦う可能性があるということか。


 ネオンとは決闘で負けたときの条件で、戦いを挑むことを禁止されている。

 だけど、学校のカリキュラムで戦うとなれば、話は別だ。

 いくらお互いが取り決めをしてようと、学校の規則が優先されるべきである。


 まさかこんなところにネオンとの再戦の機会が訪れるとは。

 願ってもみない好機であった。


「しかも、成績に結構反映されるんですよね……。うちとしては魔術戦なんて野蛮なことしたくないのに――って聞いてます?」


 この機会を逃したら、また一年後。

 さすがにそこまでは異世界転生者を野放しにできない。


 ネオンが学園に在籍する期間が長くなればなるほど、異世界からの魔法技術が浸透してしまう恐れがある。

 今は最低限の授業しか出ておらず、学校をサボりがちなおかげで無詠唱魔術や空を飛ぶ魔術のことは広まっていないが、一年後はどうなっているかわからない。

 フィナがこの世界の魔術戦を学ぶのを邪魔させないためにも、そろそろネオンを本気で排斥していくべき頃合いであった。


「ああ、聞いてるよ。十二月だっけ?」

「はい、そうです」


 十二月か……。

 今から数えてあと三ヶ月。


 決めた。

 そこが第三の異世界転生者、ネオン・アスタルテとの決戦とときだ。


 戦術級魔術も覚えた。

 飛行(フライ)で空を飛ぶことも可能になった。


 あとはそれをブラッシュアップして、ネオンを倒せるレベルまで昇華するだけ。

 決して勝ち目がないと言えない状況ではなかった。


 勝負の形式はわからないため、綿密な計画を立てることはできない。

 それでも十二月の学科特殊試験で、なんとしてもネオン・アスタルテに勝利してやる。

 具体的な方針がたった今、決定した。


「いいじゃないか、学科特殊試験」

「やっぱり話聞いてました⁉ 嫌だって話してたんですけど⁉」


 ユネのとやかく言う声を無視し、明確な目標を立てるオレであった。

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