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第五十一話 『堕ちた天才』

今回もフィナ視点でのお話です。

 オーラルドとの同棲関係がバレて早一週間。

 私、フィナ・メイラスの学校生活は多少なりとも変わったのかもしれない。


「ねえ、ダメ男好きさん。今日はこのまま帰ります?」


 そう声をかけてきたのは同じクラスであり、同じ魔術戦研究部に所属している友達のライムちゃんだ。

 明るい性格でお馴染みの子である。


 今は魔術戦研究部の活動が終わったところで、更衣室で着替えている最中だ。

 シャツのボタンを止めながら、頬を膨らませて答えることにする。


「もうその呼び方止めてって言ったじゃん!」

「だって、性格がヤバいイケメンくんと付き合ってるんでしょう?」

「だから、付き合ってないって!」


 一緒に暮らしていることがバレて以降、こうしてオーラルドとの関係をいじられることが多くなった。

 生活の変化っていってもこれくらいなのだが、今まで普通の女の子として通ってた分、こういうキャラ付けをされるのは複雑な気分であった。

 まあ、このくらいで済んで良かったとも言えるけど。


「そもそも、オーラルドはああ見えて優しいところもたくさんあるんだからね。あまり悪く言わないよ」

「発言がもう暴力を振ってくる彼氏と付き合ってる女のそれじゃない?」


 もう一人の仲のいい友達、クール系のサルティちゃんにまでいじられてしまう。

 確かにオーラルドの良さは私にしか理解できないって思ってる節はあるけど。

 別にオーラルドは冗談以外で殴ってこないので、そこは勘違いしないでほしい。


「はぁ、なんだかんだフィナちゃんも面食いなんですね」

「もうこっちの話聞いてよ! オーラルドとはそういうんじゃないから!」

「わたしが彼のことをかっこいいと言ったとき、フィナは印象を下げるようなことを言っていた。あれはわたし達に取られたくないから、そう言っていたんだろうね」

「勝手な解釈しないで!」


 こんな感じで友達二人にいじられながら着替えを済ましていく。

 運動着を鞄に詰め終えると、ライムちゃんが投げかけてくる。


「で、どうします? もう帰ります?」

「ごめん。私、今日の魔術戦の試合観返したいから、先に帰ってていいよ」

「わかりました。サルティさんは?」

「わたしは疲れたから、そのまま帰る」

「じゃあ、一緒に帰りましょう!」


 ライムちゃんとサルティちゃんは私に別れの挨拶をすると、荷物を持って更衣室から出て行った。

 その他の女子生徒達も次々と更衣室を後にし、室内には私一人となる。


 今日は夏の一年生大会のメンバーを決めるための模擬試合があった。

 結果としては六位で、ちょうどレギュラーメンバーにはなれない形になってしまった。

 みんなの前では平然を装っていたけど、本当はすごい悔しかった。


 もうこんな悔しい思いをしないためにも、今自分にできることをやっておきたい。

 そう思って、学校に残って今日の反省会をしようと考えていた。


 今日の模擬試合の映像を観ようと視聴覚ルームに向かおうとすると、更衣室に一人の女子生徒が入ってきた。

 青いロングヘアーが特徴的な彼女は貴族クラスのクルシャさんだ。


 クルシャさんといえば、入学試験の魔術戦実技試験で二位の成績を取った強者である。

 父親が氷鬼と呼ばれる一流魔術戦魔導師なことでも有名な生徒だ。

 私と同じく魔術戦研究部に入っており、一年生の中でもずっとトップの成績を取り続けていた。


 入学試験で一位の成績を取ったネオンちゃんはまともに授業を受けておらず、本当に強いのかどうかはわからない。

 一説では今はクルシャさんの方が強いんじゃないかとも言われているくらいだ。

 そのくらいクルシャさんの実力は圧倒的で、魔術戦研究部の次期エースとして先生や先輩からも大きく期待されていた。


 とは言っても、私はあまり話したことないんだよね。

 魔術戦研究部はかれこれ五十人以上いるし、私達は別々のクラスだ。


 ここの学校の生徒は貴族とそうじゃない人達でクラスが分けられているため、研究部で一緒になってもどうしてもクラスごとにグループが分かれてしまう。

 別に貴族とそうじゃない人で仲が悪いというわけじゃない。

 ただ模擬試合することになったときくらいしか話さないのが現状だ。


「じゃ、お先失礼しま~す」


 無言で立ち去っていくのも感じが悪いだろう。

 そう思って、ひと声かけて更衣室を出ようとすると、クルシャさんの薄い唇が開いた。


「ねえ、ちょっと待って」

「あっ、はい! なんでしょう!」


 出口で立ち止まって、背筋を伸ばす私。

 クルシャさんに話しかけられると、どうしても緊張しちゃうんだよなぁ。

 一年の中での絶対的エースってのもあるし、何よりなんかオーラがあった。


 凛としているというか、なんというか。

 同性の私でもかっこいいと思ってしまうくらいの顔立ちだ。

 鈴の音のような澄んだ声が二人だけの更衣室に響く。


「貴女、オーラルドと一緒に暮らしているって本当?」


 えっ、クルシャさんにまでいじられるの⁉

 私達、ほとんど会話したことないよね⁉

 そのくらい私のいじられキャラって定着してるの⁉


 咄嗟の質問にびっくりしながら、失礼にならないように返すことにする。


「まあ、はい……。嘘ではないです……。あっ、でも付き合ってはいませんよ!」

「あの噂って本当だったんだ。ってことは一緒の孤児院で暮らしていたって話は?」

「はい、それも本当です。オーラルドに魔術戦を教えてもらったおかげでこの学校にも入学することができました」

「どうりで」


 クルシャさんは頷きながら小さく呟く。

 一体、何がどうりでなのだろう?

 疑問に思っていると、水色の瞳がこちらに向けられた。


「貴女が強い理由がようやく理解できたわ」

「私が強い? そんなことないですよ! 一年生大会のレギュラーメンバーには入れませんでしたし! クルシャさんの足元にも及んでないです!」

「それはないでしょ。貴女、六位だったのよ。貴族達Aクラスが上位を占める中で、一人Bクラスの貴女だけが六位まで食い込んだ。まだまだ成長途中に見えるし、Aクラスの部員で貴女をマークしていない人なんていないと思うわ」


 そこまでクルシャさんの中で自分の評価が高いなんて意外だった。

 クルシャさんみたいな強い人は私のことなんて眼中にないと思ってた。

 今日の模擬試合で落ち込んでいた気持ちが少しだけ楽になった。


「確かにオーラルドが教えてたなら納得ね。なんでもできるタイプだったから、指導者としても優秀そうだし」

「あっ、オーラルドのこと昔から知ってるんでしたっけ? オーラルドもクルシャさんのこと知ってるって言ってましたよ」

「あら、そうなの?」

「はい。有名な魔術戦魔導師の娘だとか、あと自分と同じくらい強かっただとか――」

「彼、そんなこと言ってたの?」


 クルシャさんの目が細められる。

 あれっ、マズいこと言ったかな。

 綺麗な顔立ちをしている分、睨まれると迫力に気圧されてしまう。

 慌てて弁明をする。


「いや、オーラルドも多分見栄を張っただけだと思いますよ! 私にいい顔をしたくて、同じくらい強かったって言ったのかも? だからあんまり怒らないであげてください!」

「そうじゃないわよ。逆よ、逆」

「逆って?」

「私じゃ敵わないくらい強かったから、彼」

「えっ……?」


 クルシャさんより?

 魔術戦研究部一年の絶対的エースの思わぬ発言に面を食らってしまう。


「オーラルドってそんなに強かったんですか?」

「魔術戦の大会とか出てないから知らないのね、彼の強さ」


 クルシャさんは虚空を見つめながら言う。


「強いなんてものじゃなかったわよ。あれは規格外の天才。私達の世代では化け物のような存在だったわ」

「クルシャさんがそこまで言うなんて……」

「自分なんかじゃ比べものにならないから。私がこの学校の一年の中で三本の指に入るとするなら、彼はこの国の同世代の魔術師の中で三本の指には入ってたんじゃない? 私は試合で当たって、一度も白星をあげられたことないし」


 そこまで強かったとは……。

 今までオーラルドと数え切れないくらい手合わせをしてきたが、確かにハンデなしの本気の戦いでは一度も勝てていなかった。

 長い付き合いなのにオーラルドの弱点は未だによくわからなかった。

 逆にこっちの癖を読まれて、反撃されるばかりだ。


 学園に入学して研究部で色んな人と試合をしてきたが、正直オーラルドが一番やりにくかった。

 てっきり、こちらの戦い方を熟知されているから負けてばっかりなのかと思っていたけど、単に練習相手が強かっただけらしい。


「本人は自分に才能がないとか言ってますけど、やっぱり強いですよね? 私も全く勝てませんし……」

「そんなことふざけたこと言ってたの? 彼に才能がなければ、私なんて塵以下よ。魔術戦のことを誰よりも熟知していて、どんな戦法も使いこなす最強のオールラウンダーなのに」

「そうそう! なんでもできるんですよね!」


 思わぬ共通の話題に、クルシャさんとの会話が盛り上がる。

 まさかオーラルドが会話のきっかけになるとは。


「しかも、格下相手の試合を絶対に落とさない安定感も圧倒的だったし。ジュニア向け大会のタイトルを総なめしてたことからも、私達の世代の中では『常勝のオーラルド』なんて呼ばれて畏れられていたわ」

「へぇ……そんな有名だったんですね……」

「有名だったのはその実力もさながら、素行の悪さも関係していたのだけど」

「簡単に想像できる……」


 オーラルドの性格は癖が強いしね。

 長く付き合っていないと勘違いしちゃう人が多いのも納得できる。


「女性問題とか色々あったけど、一番はやっぱり問題発言の多さよね」

「どんな問題発言があったんですか?」

「一番有名なやつだと、とある大会の授賞式でオーラルドに負けた子が言ったの。こんなのに勝てるわけないって。そしたらなんと答えたと思う?」

「えっ、何? わかんない」

「『オレより弱い奴に限って、大して努力してないんだ。そんなんで勝てるわけねえだろ。自分に才能がないと思うなら、その分最低限オレより努力しろよ、馬鹿』だって」

「あっ、言いそう……」


 オーラルドの声で脳内再生できた。

 言ってることはいつも正論なんだけど、言葉が強いんだよね……。

 そのせいで周りから誤解されがちであった。


「彼のせいで魔術戦魔導師を目指すことを諦めた人も多かったんじゃない? そのくらい彼の才能は強烈だったから。心を打ち砕かれた人なんて何人も見たわ」


 そう言って、クルシャさんは憂いを秘めた表情で息を吐く。


「でも、皮肉よね。言動の悪さに目を瞑りさえすれば、魔術戦魔導師になれることは確実って言われているくらい強かった彼自身が、魔術戦に破れて家を追い出されて、表舞台から去っていくなんて」


 オーラルドが決闘に負けて、オースティン家を追い出された話は聞いていた。

 その過程でウルター孤児院に流れついたとも。


「入学早々、ネオンって子に決闘を挑んで負けたみたいだし。浪漫魔術研究部なんていうヘンテコな研究部に入って、授業もろくに受けていないときた。あの調子じゃ、昔の天才っぷりは見る影もないわね」

「そうなのかなぁ……」


 手合わせをしていた身としては、別に今もオーラルドが弱くなったとは思えない。

 そう思ってしまうのは、身内びいきというやつなのだろうか。

 それとも全盛期のオーラルドの実力を知らないだけか。


「今、彼が影でなんて呼ばれてるか知ってる?」

「いや、知らないですけど……」

「堕ちた天才よ。まさに言い得て妙だと思うわ」


 オーラルドを悪く言われていい気分はしなかったが、私が何を言ったところで無駄だ。

 学校の成績ではクルシャさんの方が上である。

 昔はオーラルドの方が強かったが、今はクルシャさんの方が強いのかもしれない。


「まあ、私としてはそのまま堕ちてくれて構わないんだけど。あんな化け物がこんな学校に入学してきたってだけでも災難なのに、全盛期の実力を取り戻されちゃ堪ったものじゃないから」


 クルシャさんは冷たい声で愚痴るように呟く。

 その発言を聞きながら、身近なところにそんなにすごい人がいるなんて思わなかったと、意外な気持ちになるのであった。

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