第四十九話 『魔術戦環境調査』
授業が終わってすぐの放課後。
オレはとある研究部の部室の前に来ていた。
扉の先にあるのは自分が所属している浪漫魔術研究部ではない。
魔術戦観戦研究部という研究部であった。
魔術戦観戦研究部はその名の通り、魔術戦観戦の愛好家が集まった研究部だ。
魔術戦魔導師同士が戦う試合を映像が撮るための録画機で記録し、それを保管して鑑賞することを活動内容としている。
それだけを聞けば、向こうの世界の学校でいう同好会のように捉えられるかもしれない。
しかし、この世界ではインターネットがない。
そのため魔術戦の記録は重要なものとして取り扱われており、それを管理する魔術戦観戦研究部の存在は重宝されていた。
魔術戦を録画機で撮るカメラマンや、試合を分析して評価を行うアナリストなど。
そのような職業を目標に学園へと入学する生徒も多い。
魔術戦観戦研究部はこの学園の研究部の中でも、魔術戦研究部に続く人気のある研究部であった。
オレが魔術戦観戦研究部を訪れようと思ったのは、直近の魔術戦環境を調べるためだ。
貴族という立場を失い、魔術戦の試合を観れなくなってから早二年。
その間、流行りの戦法や最新魔術を全く取り入れられなかったときた。
今までは戦術級魔術や飛行を身につけることに集中したかったため、魔術戦の試合をチェックすることを後回しにしていた。
しかし、ネオン本人から空を飛ぶ方法についてヒントをもらったことによって、飛行の習得にも目途が立ち始めた。
さすがにネオンが見せたように自由自在に空を飛びまわることはまだできないが、多少不格好な形なら空を飛ぶことができるようになった。
このまま空を飛ぶ練習をしていけば、ネオンと空での戦いを繰り広げられるレベルまで持っていけるだろう。
そう判断して、手つかずだった魔術戦のチェックをすることにしたのだ。
魔術戦の世界は日々進化している。
最新の魔術や戦法の中に異世界転生者を倒すヒントが隠されているかもしれない。
戦術級魔術や飛行をマスターすることが最優先だが、そっちにも時間を割いた方がいいように思えた。
「とは言っても、この研究部に来たからといって、記録してある魔術戦の試合を観せてもらえるかどうかわからないんだよな……」
この学校にろくな知り合いがいないため、他の研究部の情報も仕入れられないときた。
こういうときばかりは自分の人望のなさに辟易する。
「あれ? こんなところで何をしているんですか?」
ぼーっと扉を眺めていると、突然背後からかけられる声が。
振り返ると、そこには見知った顔があった。
「あっ、データ馬鹿」
「酷いですね、オーラルド君。ボクにはフレディっていう名前があるのに」
声をかけてきたのは、三馬鹿の一人。
ジャンといつも一緒にいる眼鏡の生徒、フレディであった。
何かと確率で言い表したがる奴といえば、わかりやすいであろう。
「いや、魔術戦の最新の試合とか観れないかと思ってな。そういうお前は?」
「自分の研究部に向かっているだけの確率、99.9%」
「もしかしてお前、魔術戦観戦研究部なの?」
「知らなかったんですか⁉ 入学初日からの知り合いなのに!」
まあ、興味がなかったからな。
なんなら他の三馬鹿のジャンやグゲスがどこの研究部に所属しているかも把握していなかった。
「お前、データ取るの好きそうだしな。納得っちゃ納得か」
「インテリなボクにぴったりでしょう」
「ちょうどいい。訊きたいことがあったんだが、この研究部って記録してある試合の映像を他の生徒に観せてくれたりするのか?」
「一応、録画してある映像は部内にある映像機で誰でも観れますよ。ただ部外の人用に用意されている映像機は少ないので、中々空いてる時間はないんですけどね」
「映像の貸し出しは?」
「部員と魔術戦研究部の人は借りれますけど、他の人は駄目ってことになってますね」
「なんだ……」
貸してもらえないのか。
これじゃあ、魔術戦観戦研究部を訪れたのは無駄足だったな。
そう思っていると、フレディから予想外の提案を受けた。
「良かったら、ボクが借りてきましょうか?」
「できるのか? そんなこと?」
「又貸しはあまり推奨されないんですけどね。オーラルド君が観たいというのであれば、借りてきますよ」
「お前、もしかしていい奴なのか?」
よくよく考えてみれば、三馬鹿の中でもジャンやグゲスと違って、こいつだけはオレにいちゃもんをつけてくるわけでもなかった。
一緒にいる奴らがオレを目の仇にしているせいで勝手な偏見を持っていたが、どうやら喋り方が変なだけのまともな奴だったらしい。
「お安い御用ですよ。で、どの試合が観たいんです?」
「二年前から魔術戦の試合をチェックできてないから、そこら辺の試合からかなぁ。全部の試合をチェックするのは大変だから、グランドリーグの上位グループの試合とかだけでいいよ」
「グランドリーグ全ての試合の記録があるわけじゃないですけど、プリシラで開かれたAクラスの試合なら全部記録されていると思いますよ」
さすがはリーリエ魔導学園でもトップクラスに活発な研究部だけはある。
魔術戦の記録映像の数も豊富なようであった。
「じゃあ、それでお願いできるか?」
「はい。後は有名なタイトル戦とかも借りられそうだったら借りておきましょうかね。そういえば、映像を映す映像機の方はあるんですか?」
「それは浪漫魔術研究部の方にあるから、そこで観ようかと」
「映像機あるんですね。いいですね。じゃあ、そこでボクも一緒に観戦していいですか?」
「ああ、もちろん」
ということで、フレディが魔術戦観戦研究部に立ち寄るのを待って、ともに浪漫魔術研究部の部室へと向かうことにしたのであった。
*
「ユネ、入るぞ」
「お邪魔しまーす」
オレとフレディが浪漫魔術研究部の部室に入ると、ユネは一人ソファーで魔術の教本を読んでいた。
ユネは本から顔を上げ、こちらを見る。
「勝手にどうぞ――って三馬鹿来ているじゃないっすか!」
ソファーから跳び上がるユネ。
予想外の来客に驚いているようであった。
「駄目だったか?」
「駄目に決まってますよ! 何、うるさくなるような人達を招こうとしているんですか⁉」
「でも、フレディだけだぞ? 他の三馬鹿と違って、こいつはまともじゃないか?」
「確かに……。グゲス君でなければ、何も問題ないような気がしてきました」
「ボクの友達、随分嫌われているみたいですね……」
当たり前だろう。
あそこまでセクハラ発言をしていて、嫌われない方がおかしいくらいだ。
いつも彼女欲しいとか言ってるくせに、あいつは本気で彼女を作るつもりがあるんだろうか?
むしろ、率先して彼女を作らないようにしている。
そう言われた方が納得できるくらいだ。
「まあ、いいでしょう。部長のうちが許可します」
「じゃあ、早速映像機の準備するか」
「そうですね。ちゃちゃっと録画機と繋いじゃいましょう」
部屋の隅にある映像機を持ち出し、ソファーに近いところまで置く。
ケーブルを録画機に繋ぎ、映像を映す設定をしていると、ユネが手元を覗き込んでくる。
「何してるんですか?」
「フレディに借りてもらった魔術戦の試合をこの映像機で流そうと思って」
「いやいやいや! 本当に何しようとしてるんですか⁉ 人が油断している隙に!」
「えっ、駄目だったか?」
「駄目に決まってるじゃないですか! ここは浪漫魔術研究部ですよ! 魔術戦の試合を観るなんてご法度です!」
まさかのまさか、ユネからのストップがかかる。
「そんなの初めて聞いたんだが?」
「うちが魔術戦を嫌いなことは知っているでしょう? この神聖な部室を野蛮な魔術戦で汚さないでください! そんなことより机の角に小指をぶつける呪いをかける魔術でも開発しましょうよ~」
「呪いの方がどう考えても野蛮だろうが……」
ユネのことは無視して、映像機の準備を続ける。
すると、ようやく画面に映像が映り出した。
「これでもう録画を観れると思いますよ。何から観ます?」
「環境の移り変わりの流れを掴んでおきたいから、一番昔のやつからでいいよ」
「あれ? これ、本当に観る流れなんですか?」
「本当も何も観る気しかないんだが?」
「いいんですよ? 部長権限を使って部室から追い出しても?」
「そんなことをしたら、即退部してやるからな」
「はい、嘘です。ぜひごゆっくりしてください」
すぐさま手のひらを返していくユネ。
まあ、オレが退部したら、浪漫魔術研究部も部員不足で存続できないしな。
何も怖くない部長権限であった。
「じゃあ、グランドリーグのAリーグ第四戦の試合から流しますね」
フレディの操作によって、ブラウン管のような四角い箱に二人の人物が映し出される。
どちらも見たことがある有名な魔術戦魔導師であった。
「この頃はまだオーラルド君も貴族だったんでしたっけ? じゃあ、環境は把握できているんじゃないですか?」
「そうだな。シーズン始めの試合はチェックできてたな。っていっても、王都の試合だったけど。確かこの頃は四節詠唱魔術が流行っていたんだよな」
「そうですね。薄い障壁を展開しながら戦う半受け瞬歩がちょっと前の時代に流行りました。その対策として威力や範囲の大きい四節詠唱魔術を決め手に戦う持久戦型が流行り出したんですよね」
魔術戦は新しい魔術や戦法が誕生することで、環境がガラッと変わっていく。
昔ではあまり用いられなかった四節詠唱の魔術が、全身防御という簡易的な障壁を張る魔術の対策として有効と判明したことによって、皆がこぞって使うようになっていった。
そういう面白い変化を追えるのが、個人的に魔術戦の好きな理由でもあった。
「その後の環境はどんな感じだったんだ?」
「その年のシーズン半ばくらいまでは四節詠唱流行環境でしたよ。そこからしばらくして機動力メタになっていったんですよね」
「……速くて硬いメタっすね」
ユネがボソッと呟いた。
「なんだそれ?」
「速度持続強化を展開しながら、障壁魔術を使って守備をガチガチにしながら突っ込んでいくメタのことですよ。単純ながら、意外とこれが四節詠唱魔術中心の戦い方に効くんですよね。ね、ユネさん?」
「うん」
「そんなのが流行ったのか」
身体を動かす速さを高めることに特化した速度持続強化なんて、持続強化の中でもマイナーなものだったのに、それが流行る時代が来るとは。
やっぱりちょっと目を離した隙に、魔術戦環境は目まぐるしく変わるな。
「意外とユネも知ってるんだな」
「魔術戦は好きじゃないですけど、たくさん勉強させられましたから」
オレはこういう戦法の流行を追っていくのが大好きだったが、ユネはそういう部類の人間ではなさそうだ。
その分、フレディとはだいぶ趣味が合いそうであった。
「今は何が流行ってるんだ?」
「一周回って肉弾戦メタですよ。速度持続強化じゃ、通常の持続強化と体術で戦ったらまず膂力負けしますから。通常の持続強化が主流に戻っちゃいましたよ」
なんだかんだ、今の自分が得意としている戦闘スタイルがトップメタだったんだな。
どうりでブランクがあったのも関わらず、入学試験の魔術戦で好成績を収められたと思った。
「じゃあ、新しく出回るようになった魔術とかは?」
「二年前からってことだと、離脱って魔術とかですかね?」
「なんだそれ? 聞いたことないけど」
「瞬歩みたいな空間魔術が新しく出てきたんですよ。瞬歩は一歩分の距離を瞬間移動できる魔術ですけど、離脱は三秒前にいた地点に瞬間移動できる魔術です。瞬歩が前に移動することが得意な攻めの瞬間移動なら、離脱はどちらかというと守り寄りな瞬間移動ですね」
「またヤバい魔術が出てきたな……」
瞬歩の魔術戦に与えた影響を考えると、離脱も魔術戦の環境に相当影響を与えたはず。
そう思っていると、フレディは言う。
「まあ、瞬歩と一緒って言えばすごいように聞こえますけど、実際のところはそこまでって感じでしたね。三秒っていうと結局は詠唱を開始した地点に戻るくらいですから。言うほど、アドバンテージを稼げないんですよね」
「言われてみれば、そうだな……」
詠唱開始時の場所に戻れる程度なら、ただ相手の攻撃を一度躱すくらいにしか使えない。
一つの詠唱を使って、相手の一つの攻撃を一つ回避する。
要は一対一交換ということだ。
瞬歩は相手の攻撃を躱しつつ、距離も詰めれるという二つの恩恵を得られるが、離脱で得られる恩恵は一つのみ。
使えばそれだけで有利を取れる魔術というわけではなかった。
だけど、離脱を無詠唱魔術で発動するとなると、話は変わってくる。
無詠唱の瞬歩だけでも強力なのに、そこに離脱も加わるとなると対象指定魔術以外の攻撃はほとんど当たらなくなる。
飛行中に使えるかはまだわからないが、ネオン以外の他の異世界転生者との白兵戦も考慮すると、覚えておいて損はないように思えた。
「研究部の活動時間って何時までだったっけ? 離脱が使われた試合もチェックしたいしなぁ。二年分の録画を観るのに何日くらいかかるんだろうか?」
「あっ、それなら研究部の方で申請さえすれば、泊まり込みで活動できるようになりますよ?」
「そんな制度あったのか? ユネ?」
「はい。オーラルドくんは興味ないと思って、言ってませんでしたけど」
ユネはきっぱりと答える。
そうだったのか。てっきり門が閉まる時間に帰らなくちゃいけないと思っていたが、夜中まで活動できるのはありがたい朗報だった。
これで魔術の勉強にかけられる時間も増やすことができる。
この制度のことを早くに知っていたら、もっと活用していたのに。
「じゃあ、ユネ。その手続き頼む」
「えっ、泊まり込みで魔術戦の試合観るんですか? 嫌なんですけど!」
「もちろんユネは先帰っていいから」
「いや、いますよ。部長ですし。それにうちは何度もこの部室に泊まっていますから」
完全に初耳の情報であった。
「全然気づかなかったわ」
「学園にはシャワー室もありますしね。ユネさんが泊まっていることに気づかない確率は99.9%ですよ」
「実はめんどくさくてシャワー浴びてないまま授業を受けてた日もあるんですけどね……」
「おい」
年頃の女子がそれでいいのか?
まあ、隣に座っていたオレが気づかないなら、特に問題ないのか。
細かいことは気にしない方向性でいくことにした。
「それじゃあ、ボクも魔術戦観戦研究部の方で申請出しておきますよ」
「おっ、付き合ってくれるのか?」
「もちろんですよ。魔術戦の話ができるのは楽しいですし」
というわけで、三人で夜通し魔術戦の試合を観ていくことにするのであった。




