第四十七話 『類は友を呼ぶ』
リーリエ魔導学園に入学してから一ヶ月以上経ったわけだが、基本的な生活リズムはウルター孤児院にいた頃とそう変わらなかった。
魔力が回復する朝と夜に無詠唱魔術練習。
それ以外の時間は魔力を用いない座学や基礎トレーニングに費やしていた。
もちろん無詠唱魔術の練習内容は違っていた。
ネオンの戦い方を真似るべく、戦術級魔術中心に行っていた。
戦術級魔術は威力や効果範囲が大きいため、家の中やそこらの空き地で放てるものではない。
そのため、障壁が張ってある学校の魔術戦フィールドを借りて、練習を行っていた。
魔術戦用のフィールドは生徒なら申請さえすれば、誰でも借りることができる。
借りようとする生徒も多いが、フィールドの数も多めに用意されている。
特に需要が少ない授業前の早朝は確実に借りることができた。
毎朝の日課の戦術級魔術練習を終えて教室に入ると、既にクラスメイトの四分の三が登校していた。
自分の机に鞄を置くと、隣の席のユネが話しかけてきた。
「お、おほようございます、オーラルドくん」
「ああ、おはよう」
どもりすぎて「おほよう」になっていた。
相変わらずの陰キャっぷりを感じつつ、机に置いた鞄を開くことにする。
自主勉強のための戦術級魔術の教本を鞄から取り出していると、質問が飛んでくる。
「今日もギリギリですね。どうしたんですか?」
「どうしたも何も、ただ早く来るのが嫌いなだけだ。時間は有限だからな。なるべくギリギリに来て、無駄にしないようにしないと」
無詠唱魔術の存在をこの世界の住人に広めたくないため、練習の存在自体も隠しておきたかった。
朝に魔術練習していることは、一緒に暮らしているフィナ以外には話すつもりはない。
適当な言い訳で誤魔化すと、ユネが顔を引きつらせながら言う。
「そんなこと言わずにもっと早く来てくださいよぉ~。話し相手いなくて寂しいんすから」
「なんでお前のために早く登校しなくちゃいけないんだよ」
「友達じゃないっすか~。つれないこと言わないでくださいよ~」
なんかいつの間に友達認定されてるんだけど……。
いつも隣の席にいる変な奴としか思っていなかった分、戸惑いしかなかった。
「一ついいか? いつ友達になったんだ?」
「酷いっすね! さすがのうちでもその発言は傷つくっすよ!」
「いや、純粋な疑問なんだが……」
「いつも休み時間に魔術の話をして、一緒に昼ご飯を食べている仲じゃないっすか! 放課後も同じ研究部で活動してますし!」
「あれ……? 思い返すと、お前としか学校で行動してないのか?」
衝撃の事実であった。
確かにオレもユネも他に話せる人がいないため、二人でいることが多い。
授業で二人組を組むときも、必ずといっていいほどユネとペアを組んでいた。
オレ、こんな変な奴が友達なんか?
周りの奴にもそうだと認識されていたら、悲しいんだけど……。
「そうっすよ! うちら完全に友達っすよ!」
「逆に訊くけど、お前はオレなんか友達でいいのか?」
「はい。大歓迎ですけど……?」
なんてこともないように言うユネ。
変わっている奴だと思っていたが、どうやら友達を選ぶ目ですら変わっているようだった。
「友達ができたら、ずっとあれしたいと思ってたんですよね! あれ!」
ユネはテンションを上げて言う。
「連れションです! 休み時間に一緒にトイレ行くやつ!」
「は? 何言ってるんだ、お前?」
「みんなやってるじゃないっすか! うちらもやりましょうよ~」
「それ異性の友達でやるやつじゃないから。同性の友達でもどうかと思うけど……」
そういうことしている同級生なら、よく見るけど。
友達というなら、他にやることがもっとあると思う。
外に遊びに行くとか、なんだとか。
そんなこんなユネと話していると、別の人物から声をかけられる。
「おう、オーラルド」
そういえば、ユネ以外にもオレに話しかけてくる奴らがいたんだった。
うんざりした気持ちを前面に押し出しながら、そいつらの方へ向く。
「なんだよ、三馬鹿か」
「三馬鹿ってなんだよ! 朝一番で失礼だな、おい!」
そう声を荒らげるのは、入学初日から絡んできたノーマル馬鹿のジャンである。
その隣には口を開けば下ネタしか話さない性欲馬鹿のグゲスと、なんでも確率で言い表したがるデータ馬鹿のフレディもいた。
「というか、俺は馬鹿じゃないだろ! 後ろの二人は置いておいて!」
ジャンは左右の二人を指差しながら言う。
二人は首を傾げて答えた。
「ははっ、笑わせないでくれ。恋愛偏差値350のわいが馬鹿ですと?」
「偏差値350っていうところが馬鹿っぽい! というか、お前彼女いたことないだろ!」
「ボクは眼鏡をかけていますから、頭いいですよ」
「眼鏡かけただけじゃ頭良くならねえよ! 発言全部が馬鹿っぽい!」
なんでこの三人はいつも仲間内で争っているんだよ……。
オレに難癖をつけに来たんじゃないのか?
三人の言い争いに戸惑っていると、隣に座っていたユネが耳打ちをしてくる。
「ちなみにうちは、クラスの人がオーラルドくんも併せて四馬鹿と呼んでいるのを聞いたことがありますよ」
「マジで?」
えっ、こいつらと同列に語られてるの?
今年一番、衝撃的な事実であった。
ていうか、なんで一緒のグループとして認識されてるんだよ。
ユネとは違って、こいつらとは別に仲が良いわけじゃないんだけど……。
確かにオレのところにはよく来ているけど。
毎回変な絡み方をされているだけである。
不満に思って、ユネに言い返すことにする。
「いや、オレが馬鹿はないだろ。このノーマル馬鹿、性欲バカ、データ馬鹿と同じ部類にされてるの?」
「はい、イケメン馬鹿として」
「なんだ、イケメンって褒められてるんじゃねえか」
「あっ、馬鹿だ……」
「馬鹿ですね……」
「オーラルド君が馬鹿の確率、99.9%」
「イケメン死ね」
四人からは散々な言われようだった。
なんか、どさくさ紛れてオレに暴言吐いてきた奴いない?
「というわけで、四馬鹿の皆さんはあっち行ってください」
ユネはオレ達に向かって手を振り払い、追い払う素振りを見せる。
「おい、ユネ。何一括りにして厄介払いしようとしているんだよ。オレ達友達じゃないのか?」
「さっき友達じゃないみたいな反応してきたじゃないですか! 都合のいいときだけ友達扱いしないでくださいよ!」
「まあ、そんなこと言わずに」
「まず三人が来ると、うるさいんですよ! うちまで馬鹿の一員だと思われちゃうじゃないですか!」
「いや、それはもう手遅れだと思うぞ……」
周囲からは「また五馬鹿かなんか騒いでるよ……」という声が聞こえていた。
お前も既に馬鹿の一員にカウントされているみたいだぞ?
「ってか、オレもうるさいの嫌なんだけど。良かったらお前ら、ユネのこと引き取ってくれないか? こいつ友達欲しがっているみたいなんだ」
「うちにも友達を選ぶ権利はあると思うんすけど⁉」
「俺は構わないぜ!」
「ボクも大歓迎ですよ」
「セフレでなら」
「なんか一人ヤバいこと言っている人がいるんですけど! 絶対入りたくない、この集団!」
その入りたくない集団に放り込もうとしてきたのはどこのどいつだ?
オレは絶対助けてやらないからな。
確かにグゲスの発言はヤバさしかないけど。
性欲馬鹿は胸元をはだけさせ、髪をかき上げながら言う。
「なんだい? セフレじゃなくて、恋人がご要望だったかい? 子猫ちゃん」
「なんでそうなるんですか⁉ 頭に蛆湧いてるんですか、この人⁉」
「わいはユネたんならギリ付き合えるで」
「誰がギリじゃい! こっちから願下げなんですけど!」
顔に青筋を立てながら、立ち上がるユネ。
怒りすぎて、言葉遣いがいつになく乱暴になっていた。
ユネは男子にモテそうな顔つきじゃないが、それにしても失礼な言いようだ。
圧倒的にグゲスの方が顔は下だと思う。
グゲスは制服の上着を脱ぎだして言う。
「素直になりなよ。わいが抱いてやるから」
「照れ隠しで言ってるわけじゃないっすから! 一回、表に出ます⁉」
「ジャン、フレディ、二人とも悪いな。ユネたんに呼ばれちゃった。先に童貞卒業させてもらうぞ」
「そういう意味で表に出ろって言ったわけじゃないですから! この人、本気で頭おかしいんじゃないですか⁉」
セクハラ発言のオンパレードにユネもドン引きしていた。
三馬鹿の中でも図抜けすぎだろ、こいつ……。
一緒くたにするのがジャンとフレディに申し訳ないレベルであった。
さすがのオレも本気で言っているわけじゃないと信じたい。
これ以上放っておくと、ユネが可哀想なので助けに入ることにする。
「冗談はそれくらいにしとけ。ユネがガチで引いているから」
「うるさい、イケメン! 今、いいところなんだから!」
「……はい」
いや、本気で言っているんかい。
あまりの殺気に背筋を伸ばしてしまった。
というか、絶対いいところじゃないと思う。
どう考えても、いけない流れでしかない。
完全に脈は死んでいた。
これでユネといい感じになっているとだと思うんだったら、恋愛偏差値は350じゃない。3.5くらいである。
同じく呆れた視線を向けているジャンとフレディに言う。
「よくお前ら、こいつと仲良くなろうと思ったよな」
「なんでなんだろうな……。俺も疑問だわ……」
「ボクもちょっと後悔してますね……」
思いっきり二人から見捨てられていた。
二人を交互に指差しながら、グゲスに声をかける。
「って言われてるけど?」
「ふん、こいつらはわいが童貞卒業できることに嫉妬しているだけさ。さあ、ユネたん一緒に空き教室に行って、いけないことをしようじゃないか」
「うぎゃぁー! 気持ち悪いっす!」
飛び退きながら、ユネはオレの後ろに隠れる。
「絶対しませんから! オーラルドくん助けてくださいよぉ~!」
「助けを求められても、無理なんだけど⁉ ジャン、フレディ、あとは頼んだ」
「こうなったら俺じゃ止められねえな」
「ボクらがグゲス君を止められる確率、0.01%」
「本当に使えないですね! きみ達は! なんのためにいるんですか?」
なんでこんなに変な奴らばっかり、オレの周りには集まってくるんだろう。
類は友を呼ぶという言葉を、必死に頭から追い出すオレであった。




