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第四十六話 『恋愛感情?』

前半はフィナ視点です。

 リーリエ魔導学園に入学して一ヶ月ほど経った、ある日。

 私、フィナ・メイラスは友達であるライムちゃんとサルティちゃんと一緒に、中庭で昼食を取っていた。


 ライムちゃんとサルティちゃんは魔術戦研究部で知り合った子だ。

 二人とも私と同じBクラスで、平民出身である。


 茶髪で明るい性格なのがライムちゃん。

 エメラルドグリーンの髪色で、クールな性格をしているのがサルティちゃんだ。


「ねえ、わたし達だいぶ学校にも慣れてきましたよね⁉」


 明るい性格のライムちゃんが言う。


「まあね。一ヶ月も通ってたらね」

「そうです! 一ヶ月も経っているんです! そろそろ三人の中で浮いた話の一つくらいあってもいいと思いませんか?」

「浮いた話?」

「要するに彼氏とか気になる人とかいないのかって話です!」


 ライムちゃんは食べかけのパンを握りながら立ち上がる。

 どうやら女子に大好評な恋バナの時間が始まってしまったようだ。

 私はライムちゃんを見上げながら言うことにする。


「彼氏はいないでしょ。まだ入学してから一ヶ月だよ?」

「何言ってるんですか! もう同じクラスでカップルになっている人いますよ?」

「えっ、そうなの⁉」

「はい、フルウさんとボギーくんいるじゃないですか。あの二人、付き合ってるみたいですよ」

「そうだったんだ……。サルティちゃん知ってた?」

「うん、二人が付き合ってるのは有名だから」


 サルティちゃんも知っていたことにショックを受ける。

 フルウさんは別の女子グループの生徒だし、ボギーくんとは接点があるわけじゃない。

 二人が付き合っていることを知らないのは当然な気がしたけど、ライムちゃんとサルティちゃんはどこで知ったのだろう?


「フィナってそういう話に疎いよね」

「そうかな……?」

「あんまり男子と話している姿も見ないし。もしかして男子が苦手なの?」


 サルティちゃんが首を傾げながら、尋ねてくる。

 そんなことはないと思う。


 私が暮らしていたウルター孤児院に男の子はいたし、それこそ今はオーラルドと一緒に暮らしている。

 彼とは普通に話すことができるし、男子が苦手ということはないはずだ。


 ただ同じクラスの男の子は少し子供っぽいというか。

 オーラルドと比べると幼く見えて、わざわざ自分から話しかける気分にならないんだよね……。


 クラスの男の子と話すなら、同じ女の子であるサルティちゃんやライムちゃんと話していた方が楽しい。

 そう思ってしまうのは、私が恋愛を知らないおこちゃまだからだろうか?


「せっかくかわいいのにもったいない! フィナならすぐに彼氏できそうなのに!」

「そうかなぁ。サルティちゃんとライムちゃんの方がかわいいと思うけど……」

「出ましたよ! 露骨な謙遜! かわいい女の子にそれやられちゃうとムカつくんですよね!」


 謙遜で言ったわけじゃないのに……。

 正真正銘、心の底からの本心である。

 ライムちゃんがため息を吐きながら言う。


「フィナさんは気になる男子いないんですか? 本気を出せば、すぐに付き合えそうなもんですけど」

「無理だよー。絶対できないから!」

「じゃあ、気になる男子の方は?」

「そっちもいないかなぁ。ほら、今は魔術戦の勉強で忙しいから!」

「まあ、フィナは魔術戦馬鹿みたいなところがあるから」

「魔術戦馬鹿って酷いっ!」


 ただ私は学校で新しいことを学ぶようになって、魔術戦の楽しさや奥深さに気づいただけだ。

 今までオーラルドとしか手合わせをしてこなかった分、他の生徒との手合わせは新鮮だった。

 時間が許す限り何度でも戦いたいと思うほど、心が踊った。


 録画機によって録画された一流の魔術戦魔導師の試合を観たときもそうだ。

 自分より遥か高みにいる魔術師達の戦いに心の底から興奮した。


 やっぱりこの学校に入って良かったと思う。

 正直、先生や先輩から教えてもらう内容はオーラルドが教えてくれたことと被っているものが多かった。


 ただ、たった一ヶ月しか経っていないが、今まででは得られない経験がたくさんできたのも事実だ。

 さすがはオーラルドが選んでくれた学校だけはある。

 私はリーリエ魔導学園に通えることに満足していた。


「そういうサルティさんはどうなんです? クラスに気になる男子いないんですか?」

「いない」

「なんですか、二人とも! 灰色の青春を送りすぎじゃないですか! 人がせっかく楽しい話題を出したのに盛り下げるようなこと言わないでくださいよ!」

「ただ同じクラスじゃない人で顔がタイプだなーと思った人はいた」

「そうですよ! そういうのがわたしは欲しかったんですよ!」


 大きな声を出しながら、サルティちゃんの両手を掴むライムちゃん。

 今の会話にそんなにテンションが上がる場所があっただろうか?

 私はライムちゃんの盛り上がりについていけないでいた。


「で、誰なんですか?」

「名前までは知らない。廊下とかで見かけるとき、かっこいいなーって思っただけだから」

「なんかヒントとかないんですか? わたしにもわかるような」

「同じ学年の生徒で、多分戦闘魔導科のAクラスの生徒だと思う。あと金髪」

「ああ、わかりました。あのイケメンですね」


「その情報だけでわかったの⁉ サルティちゃんのタイプ気になるから知りたいかも!」

「フィナさん、言ってわかるんですか? ただでさえ男子に興味なそうなのに」

「多分わかんない!」

「そんなに自信満々に言われても……。Aクラスでイケメンって言ったら、まああの人じゃないですか? わたし達のクラスのネオンさんに決闘を挑んで負けたっていう」

「ごほっ! ごほっ!」


「わかんない!」と言う用意をしていた分、心当たりのあるエピソードが出てきてむせてしまった。

 それ、絶対オーラルドじゃん!


「ああ、その人かも」

「その人なんだ⁉ サルティちゃん趣味悪くない⁉」

「そう?」

「わたしもイケメンだと思いますけど。なるほど。フィナちゃんは男子に興味がないわけじゃなく、イケメン嫌いだったというわけですか」


 違うから! そういう話じゃなくて!

 確かに顔は良いかもしれないけど、オーラルドの良いところは他にたくさんある。


 真面目で努力家で優しくて。

 でも、それを上手に表に出せないせいで、他人から誤解されちゃう。

 そんな不器用なところが、寄り添ってあげたくなるのだ。


 それにも関わらず、顔が良いという一面を切り取って、イケメンだからという理由で好意を向けるのはなんか違う気がする。

 顔だけでオーラルドのことを判断するのは趣味が悪いと思っただけだ。


「サルティさん、もし気になるんだったらアタックしてみたらどうです?」

「確かに……」

「やめた方がいいよ! 絶対!」


 サルティちゃんがオーラルドに接近しようとするのを見て、慌てて止めにかかる。

 オーラルドの良いところは他の人に知ってもらいたいはずなのに。

 なんでかわからないけど、二人をオーラルドの下に近づけたくないと思ってしまった。


「急にどうしたの? フィナ?」

「なんか様子がおかしいですね……」


 すごい勢いで否定してしまったために二人に怪しまれてしまう。

 しまった。私がオーラルドと知り合いで、一緒に暮らしていることはみんなに内緒だったんだ。


 冷や汗をかきながら目を逸らす。

 けれど、時すでに遅し。二人の追及が待ち構えていた。


「どうした? もしかして彼のこと知ってるの?」

「いや、知らないから! 全然っ!」

「それにしては猛反対してましたよね?」

「だって、良くない噂がたくさんある人だから!」


 動揺のあまり、とってつけたような言葉が勝手に口から出る。


「ほら、成績上位のネオンちゃんが気に食わないからって決闘を挑んだって噂あったし!」

「確かにありましたね、そんな噂……」

「あと、婚約者がいたにもかかわらず、女遊びしてたって話も聞いたこともあるから!」

「それは初耳」


 あっ、これはオーラルド本人から聞いたやつだった。

 言わなくてもいいことを言っちゃった。


「それなら止めておくことにしようかな。あまりいい人じゃなさそうだし」

「そうですね。フィナさんの話を聞く分にはクズ男みたいですし、関わらない方がいいかもしれませんね」


 ごめん、オーラルド……。

 そんなつもりじゃなかったのに……。

 思いがけず悪評を広めてしまったことに申し訳なさを覚えるのであった。




    *




「なんで正座で待ち構えてるんだ?」


 オレが家に帰ると、何故かフィナが玄関に座っていた。

 そのまま頭を下げられる。


「ごめんなさい!」

「何が⁉ 急に謝られることほど、怖いものってないんだが⁉」

「私は勢いに任せて、オーラルドの陰口を叩いてしまいました」

「なんちゅうカミングアウトだよ……」


 突然の展開に頭がついていけない。


「陰口を叩くなら最後まで隠し通してくれない? 表に出したらただの悪口になるぞ」

「いや、悪口を言いたかったんじゃないんだよ! それだけは誤解しないで! ただ思いがけずオーラルドの悪い噂を流しちゃっただけで!」

「やたらとオレの悪評が出回ってると思ったけど、お前が主犯だったか……」


 どうりでクラス中から腫れ物扱いされていると思ったよ。

 一人納得していると、フィナが口を開く。


「もうそんな出回ってるの⁉ 今日言っちゃったばっかりなのに⁉」

「……」


 どうやらオレが悪目立ちしていたのは、フィナと全く関係がなかったらしい。

 自らの行いに原因があったことが証明された瞬間だった。


「ほんとごめんね。オーラルドの良いところをみんなにも知ってもらいたいと思ってたのに……」

「別にいいよ、それくらい。わざわざ謝らないでも怒ったりしないさ」

「本当に?」

「ああ、元からあってないような好感度だからな」


 今さら悪い噂の一つや二つ増えたところで何も変わらないだろう。

 元々オレは有名な悪役貴族なのだ。

 評判なんて地に落ちている。

 これ以上下に落ちようがなかった。


「というか、どんな噂流したんだ?」

「婚約者がいたのに女遊びをしてたとか、ネオンちゃんを僻んで決闘を挑んだとかです……」

「前者はともかく、後者は事実無根って話したじゃねえか。どんな流れで言ったんだよ……」

「私の友達にサルティちゃんっていう子がいるんだけど、その子がオーラルドのことをかっこいいとか言い出して。目を覚まさせてあげようと」

「えっ? これ謝ってるんだよね? 喧嘩を売ってるわけじゃなくて?」


 どこに目を覚まさせる必要があるんだ。

 事実、オレはかっこいいだろう?

 まあ、これを言うとボロクソに否定されそうなので黙っておくけど。


「なんであんなこと言っちゃったんだろう……。自分でもよくわからないんだよね……」

「オレのことが嫌いだからじゃないのか?」

「それだけは違うよ! ただオーラルドが他の女の子に好かれて、そういう関係になるのはモヤモヤするっていうか……」

「なるほど」


 フィナの抱えている感情には心当たりがあった。

 彼女は顔を曇らせながら言う。


「やっぱりあれなのかなぁ……」

「そうだろ」

「オーラルドに抱く、この気持ちは――」

「うん。恋愛感情があるわけでもないのに異性の知り合いが付き合いだすと釈然としない気持ちになる現象」

「明後日の方向の答えが返ってきた! 何、その聞いたこともない現象⁉」


 何って訊かれても、恋愛感情があるわけでもないのに異性の知り合いが付き合いだすと釈然としない気持ちになる現象、としか言いようがない。

 それ以上でもそれ以下でもなかった。


「ないか? フィナにもそんな経験?」

「あんまり共感できないんだけど……」

「わかりやすいように喩えると、娘が急に彼氏を家に連れてきたときの父親が感じるあれだったり、姉や妹にめっちゃチャラい彼氏がいると知ったときのあれだ」

「そういう話なの⁉」


 オーバーぎみのリアクションを取るフィナ。

 わかりやすい喩えだと思ったのに納得してくれないとは。

 こいつは理解力が足りないのであろうか。


「なんか違う気がするんだけど……」

「お前はあれか? 知り合いが誰かと付き合いだしてモヤモヤした気持ちを覚えたら、全部恋愛感情だと決めつける輩なのか?」


 それだと恋愛感情のハードルはだいぶ緩くなってしまうだろう。

 きっとこの現象は独占欲に通じるものだ。

 恋愛感情ではなくて、人間の全く別の本能に由来する感情。


 たとえ異性じゃなくとも、同性でだって仲のいい奴に知らんうちに彼氏彼女ができたら釈然としない気持ちを覚えることはある。

 それにも関わらず、全部ひとまとめに恋愛感情だと判断するのは間違いだろう。

 尚もフィナは納得のいっていないような面持ちで言う。


「そうじゃないけど……。それじゃあ、例えば私に彼氏ができたらオーラルドはどう思うの? モヤモヤする?」

「ああ、もちろん。するに決まっている」

「決まってるんだ……」


 当たり前だ。フィナがろくでもない男と付き合い出したら、はっ倒す準備までできている。

 ここで自分の気持ちを偽るつもりはなかった。


「じゃあ、彼氏は作らないことにしようかなぁ」

「なんの宣言だ。オレの気持ちなんて無視して、そこは好き勝手やれよ……」

「その代わり、オーラルドも女の子と付き合わないでよ」

「おお、とんでもない要求が飛んできたな」

「へぇ……うんって言ってくれないんだ。前に不純異性交遊はしないとか言ってたのに……」

「なんか今日のフィナ、テンションおかしいぞ?」


 どこか顔をニマニマさせているフィナ。

 今のやり取りに機嫌を良くするようなところなんてあっただろうか?


 変なテンションのフィナとまともに向き合うにも面倒だ。

 オレは言い捨てることにする。


「安心しろ。誰とも付き合ったりしないから」


 オレには異世界転生者を倒すという目標があるのだ。

 恋愛なんかに現を抜かしている余裕はなかった。


「約束だからね。約束を破ったら許さないからね」


 謎の念押しをしてくるフィナを見て、案外こいつって独占欲強いタイプなんか? と思うオレであった。

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