第四十五話 『戦術級魔術』
「なあ、戦術級魔術について教えてくれないか?」
今は授業が終わり放課後。
浪漫魔術研究部の部室にて、同じ部員であるユネに向かって尋ねることにする。
「何戦術級魔術とか何つまらないこと言ってるんすか。ここは浪漫を追い求める研究部ですよ? うちと一緒に天変地異を引き起こす魔術を開発しましょうよ~」
「天変地異を引き起こしてどうする……」
こいつは大災害を引き起こしたいのか?
疑問はさておいて、変わり者のユネを説き伏せることにする。
「天変地異を起こす魔術っていっても、分類的には戦術級魔術に入るだろ? 大規模な戦いでしか使い道なさそうだし」
「そうですね。能力や効果範囲を考慮すると、戦術級魔術に入るでしょう」
「だったら、開発をするにも戦術級魔術の基礎は学んでおいた方がいいと思うんだ。基礎ができてないと応用はできないだろ?」
「一理ありますね」
ユネは手を打って頷く。
相変わらず口元を歪めながら、引きつった笑みを浮かべているのは言うまでもなかった。
「では、この偉大なる浪漫魔術研究部の部長であるユネが戦術級魔術について教えてあげましょう!」
「おー」
調子を乗らせて喋らせるために拍手で迎え入れる。
掛け声が棒読みになってしまったことは否めないが、幸いにもユネは気づいていないようだ。
「まずは定義からですね。一般的に戦術級魔術の定義は、一つの戦闘において戦術的に用いられる魔術というものです。ここでの戦闘というのは概ね集団対集団のことを指しますね。魔術戦魔術が一対一の対人戦闘を目的とする魔術とするなら、戦術級魔術は多対多の対人戦のために編み出された魔術ということっす」
「なるほど」
「だから、戦争に使う魔術という認識は間違っていませんが、正しいというわけでもありません。ちょっとした争乱を鎮圧するためにも戦術級魔術は使われますので。とは言っても、戦術級魔導師の大半が軍に所属しているのは事実ですが」
すらすらと話し始めるユネ。
普段の奇妙な発言から信じられないほど、饒舌な説明であった。
「なんだ、こういうときはまともなんだな」
「なんですか、その失礼な発言は! 人がせっかく真面目に説明しているのに! いいんですよ? 今から魔術の浪漫について延々と話しても!」
「すまん、オレが悪かった」
話を脱線されては困るので素直に謝罪を述べる。
ユネは咳払いをして気を取り直した。
「だから、厳密には攻撃魔術だけじゃないんですよね、戦術級魔術は。一個小隊を薙ぎ払うような魔術は当然のように戦術級魔術ですが、砦を守るような魔術も戦術級魔術に分類されます」
ネオンが使っていた絶対防御がいい例だろう。
十二節もの詠唱を必要とする最高位の防御魔術、絶対防御は有名な戦術級魔術だ。
幾重にも重なった障壁を展開し、障壁外からの攻撃を完全に遮断する。
遠距離からの戦術級魔術に対して小隊全体を守るときに発動するような、防御系戦術級魔術であった。
ネオンは絶対防御をただの魔術戦魔術を防ぐためだけに使っていた。
確かにオレが放った閃光直破は高威力の魔術だが、魔術戦魔術による障壁で守れないこともない。
はっきり言って、過剰防衛だった。
「戦術級魔術基本的に六節以上を必要とし、中には十節以上もの詠唱が求められるものがあります。ですが、今の主流は大規模な魔法陣を用いる法陣術式なんですよね」
「そうなのか……」
「はい。詠唱術式は詠唱の文言が決まっています。その分、発動する効果も決まりきったものになって扱いにくんですよね。でも、法陣術式なら魔法陣の書き込み次第で範囲や射程の調整ができます。火力を増していくことだって難しくもないです」
その辺りは治癒術と似ているのかもしれない。
人体の損傷を治すという高度な治癒行為は、法陣術式の方が向いている。
怪我の損傷具合に合わせて、治癒術の効果をいじることができるからだ。
「あとは法陣術式なら複数人で魔術を発動できますしね。戦術級魔術は効果が強い分、消費魔力も大きいですから。魔法陣さえ描いてあれば、あとは複数人で陣に魔力を流して発動できる法陣術式に軍配が上がるんです」
「なるほど」
「今では一個人で発動する戦術級魔術の方がマイナーなくらいです。戦術級魔術が撃てる魔導兵器の開発も進んでいるそうですし。その辺は興味のある分野じゃないので、詳しいことはわかりませんけど」
戦術級魔術は戦術級魔術で独自の進化を経ているということか。
魔術戦魔術に似て、そういう発展があるところは面白く思えた。
「とは言っても、戦術級魔術の分野は下火ですけどね。ここ百年近く魔族との戦争は起きていません。大陸の四大国も関係は良好ですから。戦術級魔術を使う機会なんてそうないですよ」
実のところ、今の時代は結構平和なんだよな。
多少の争乱はあるものの、国家間や種族間の関係を揺るがすような戦争は久しく起こっていなかった。
大陸にある四つの大きな国は自由に行き来できるし、魔術戦などの交流も盛んだ。
魔族を統べる現在の魔王も歴代稀に見る穏健派であり、交易こそ行っていないものの人間との抗争は一時的に収まっていた。
なんなら藤村冬尊のいた世界の方が戦争に溢れていたくらいである。
「そんな使わない魔術より、かっこよくて威力だけを追求した浪漫魔術を発明したくないっすか?」
「いや、そっちの方が使わねえだろ」
「使うか使わないかで学問の価値を決めつけるなんて、つまらない考え方してますねー」
「さっきの自分の発言思い出してから言ってくれない?」
オレが戦術級魔術を学ぼうとしているのは戦争をするためじゃない。
異世界転生者を倒すためだ。
無詠唱戦術級魔術を扱うネオン・アスタルテに対抗するには、こちらも同じく無詠唱戦術級魔術を身につける必要がある。
戦術級魔術を勉強するのは、なんと言われようと決定事項であった。
「でも、勉強するなら覚悟しておいた方がいいですよ。戦術級魔術は魔術戦魔術を覚えるより難しいっすから」
「そうなのか?」
「というより、体系が違うんですよね。戦術級魔術は魔法陣を扱う法陣術式がメインですから。詠唱魔術が主流である魔術戦を勉強してきた魔術師にとっては苦手とする分野なんですよ。魔道具作りをしている魔術師の方が馴染みやすい分野かもしれません」
忠告されても、勉強しないという手はなかった。
戦術級魔術を身につけない限り、ネオン・アスタルテに勝つことはできない。
良さそうな本を見繕い、早速戦術級魔術の勉強を始めていくオレであった。
*
「ここよくわからないんだけど、訊いていいか?」
現在の場所は教室。
戦略級魔術の教本を開きながら、隣の席に座るユネへと尋ねる。
ユネは本に書かれた魔法陣に目を移すと言った。
「ああ、そこは魔力消費量増加定理を考えれば理解しやすいですよ。A7からB8の地点まで線を引くと、消費魔力が1.15倍になるので――」
「なるほど。ということはI7からH8まで線を引いても同じ消費魔力量になるから、威力が増加されるI7D8ルートの方が最適ってことか」
「そういうことですね」
「ありがとう。助かった」
ユネのおかげでわからない場所を解消することができた。
感謝の言葉を口にしていると、教室の前方からかけられる声が。
「ちょっとそこ! なんで授業と関係ないことしてるの⁉」
なんでって言われてもなぁ。
異世界転生者を倒すために戦術級魔術を勉強しなくちゃいけないんだから仕方ない。
ちなみに今は絶賛授業中である。
声をかけてきたのも魔術戦歴史学担当の教師であった。
「というか、なんで一人増えてるの⁉ ユネさん一人でも手に負えなかったのに隣の男の子まで!」
「やっぱり浪漫魔術の魅力を知ったらこうなりますよ。さあさあ、ソリン先生も魔術戦歴史学なんていうつまらない学問の授業は止めて、魔術の威力をどこまで増せるかについて講義しましょうよ」
立ち上がり、オレの肩へと手を乗せてくるユネ。
いや、浪漫魔術の魅力とやらはオレもわからないのだが?
浪漫魔術研究部に入ってユネと絡むようになった分、周囲からはさらに白い目で見られるようになった。
今もクラスメイト達は「またやってるよ……」みたいな目で見てきている。
「今魔術戦歴史学の授業だからね。するわけないじゃない……」
先生もユネを説得するのは諦めたのか、それだけ呟いて授業に戻っていった。
魔術戦の歴史は元々興味がある分野だ。
過去に独学で勉強してただけあって授業の中身はほとんど理解している。
授業をまともに受けなくてもテストの点は取れる自信があったので、戦術級魔術の勉強に戻ることにした。
休み時間になると、堂々とユネと魔術談議ができるようになった。
オレが魔法陣を描いていく様を見て、彼女は言った。
「それにしても物覚えいいですね。魔術戦学んでいる人って法陣術式って苦手なはずなのに。もしかして前から戦術級魔術勉強してました?」
「いや、ほぼ初見だ。ただ法陣術式は治癒術で勉強してたからな。共通する場所も多いし、理解しやすいってのはあるな」
「治癒術なんて勉強してたんすか⁉ あんな難しいの、よく勉強する気になれましたね。っていうか、魔術戦に戦術級魔術に治癒術も勉強してるって変態じゃないっすか⁉」
変態って……。別に魔術戦以外は好きで勉強しているわけじゃない。
ただ異世界転生者を倒すために必要だから勉強しているに過ぎなかった。
それにしても時間が余っているからとウルター孤児院で始めた治癒術の勉強が、こんなところに恩恵をもたらすとは。
やっぱり引き出しは増やしておくことに越したことはないな。
努力をして損をすることは早々ない
時間をかけた分の利益があったかどうかはわからない。
けれど、少なくとも孤児院で遊んで暮らしていた場合よりは魔術師として成長できているように思えた。
「まあ、部員として優秀なのは嬉しい限りです。この調子で浪漫魔術の研究にも励んでください」
「えぇ……嫌なんだけど……」
「なんでですか⁉ 面白いじゃないっすか⁉ この世で実現していない夢のような魔術を考えるの! 実現できるかはともかくとして!」
「実現できなきゃ、ただの妄想じゃん……」
ユネは相変わらずの変わり者っぷりを見せていた。
そうだ。これを機に気になっていたことを尋ねてみてもいいかもしれない。
「ユネは変わった魔術を考えるのが好きだよな?」
「はい、まだこの世にない浪漫を追い求めた魔術を発明したいと思ってます!」
「じゃあ、空を飛ぶ魔法って実現可能だと思うか?」
「空を飛ぶ魔法⁉ なんですか⁉ その面白そうな話は⁉」
ユネは机に手をついて、身を乗り出す。
「なんだ、オーラルドくんも少年の心をお持ちだったんじゃないですか! 良かったです! それでこそ浪漫魔術研究部の一員です」
「いや、実現可能かどうか訊いているんだ。実現可能だとしたら、どんなタイプの術式かも」
空を飛ぶ魔法が実現可能なことは、ネオンが飛行という魔術を行使していたことからも明らかだ。
本当に訊きたいのは後者の質問。
どうしたら飛行が使えるようになるか、ヒントを得るための問いかけの方だ。
かれこれ二週間近く飛行の習得に向けて魔術練習を行っているが、一向に成果は得られなかった。
空の飛び方なんて、簡単に想像できるものじゃない。
いくら無詠唱魔術といえど、想像もできないものは実現させることができなかった。
幸いにも、ユネはありもしない魔術を考えることを趣味としている。
彼女に訊いて簡単に解決できるような問題ではないように思えたが、ダメもとで尋ねることにした。
ただ異世界転生者の魔法技術をこの世界の人に広めたくはない。
この世界の魔術の発展は、この世界の住人の手によって行われるべきと考えているからだ。
そのため、だいぶ回りくどい質問になってしまう。
「うーん、面白い議題ですね。もしかしたら浪漫魔術研究部の今年の目標にしてもいいかもしれません」
「いや、たった二人の学生で空を飛ぶ魔法なんて発明できるわけがないだろ。そんな発明ができたら、魔術史に名前が残せるぞ?」
「いいじゃないですか! 一緒に名前を残しましょうよ!」
この世界では空を飛ぶ魔法は発明されていない。
それどころか気球や飛行機といった、魔法に頼らない飛行方法も存在していない状況だ。
もちろん、この世界の人間にとっても空を飛ぶ技術は望まれている。
それこそ全世界に空を飛ぶ方法を研究している魔術師がいるだろう。
そんな中、一介の学生に過ぎないオレ達が空を飛ぶ術を一から編み出せるとは思えなかった。
オレが空を飛べる方法を身につけるには、ただ一つ。
ネオン・アスタルテの完成させた飛行という魔術をパクる手しかない。
「そうですね。実現可能かどうかは、まず空を飛ぶという定義による気がします」
「定義?」
発言の意味をユネに問っていく。
「はい。例えば何人かで人を一人浮かせることだったら、今の魔法技術でも可能です。下から風が強く吹き出る空間を作り出せばいいだけですから」
「そうじゃなくて、自由自在に飛び回れる方法だ。しかも自力で」
ネオンは箒に乗って、空を前後左右上下、自由に飛び回っていた。
それもそれなりのスピードをもって。
「そうなると、かなり難しいですね。魔術っていうのは基本的に一つの術式で命じられる現象に限りがあります。例えば火炎弓射なら『火の矢を形成』、そして『決まった軌道に放つ』という二現象ですね。炎の矢を前後左右、自由自在に操るというのは難しいものです」
それは大体の魔術にも言えることだった。
相手を追尾する対象指定魔術だって『決まった対象を狙って進む』という命令を魔術に組み込んでいるに過ぎない。
「だけど、空を飛ぶとなると、色々な命令が必要になります。身体を浮かせることもそうですし、姿勢を制御したり、スピードを出したり、風の抵抗を軽減したりと。それら全部をすべて調整しながら空を飛ばなくちゃいけないわけです。宙に浮くだけならともかく現行の魔法技術じゃ不可能に近いですね」
そこら辺はなんとかなるかもしれない。
無詠唱魔術は詠唱によって現象を指定しない分、術者のイメージに基づいて発動される。
起こす現象をある程度自由にいじれるため、飛行のために姿勢やスピードを適宜調整すること自体は難しくないように思えた。
それに無詠唱魔術は詠唱が要らないため、いくつも重ね掛けができる。
極論を言えば、身体を浮かす魔法、空中で姿勢を制御する魔法、加速する魔法、風の抵抗をなくす魔法など。
全部を作ることができれば、あとはまとめて発動すればいいだけだ。
実際問題、同時にそんな数の魔法を発動するのは頭のキャパ的に難しい。
消費魔力も馬鹿にならなくなるため、現実的ではなかった。
ただ方法論の一つとして、頭の中に入れておいてもいいかもしれない。
「じゃあ、それらすべてを調整できると仮定して、具体的にどんな感じの魔術で空を飛ぶことになると思う?」
「ぱっと思いつくのは風系の魔術でしょうか。風で軽いものを浮かせることはできますし。あとは翼を作り出す魔法なんかもいいかもしれません。鳥やドラゴンは空を飛びますしね」
「他には?」
「あとは力学的な魔術ですかね。念動力っていう物を浮かせて、射出する魔術もありますから。でもあの魔術って物を飛ばしたっきり、戻ってこないんですよね。そう考えると、かなり調整が必要そうですけど」
「人間ロケットみたいになりそうで怪我しそうだな……」
「あとは重力系の魔術でしょうか。物を軽くしたり、重くしたりする魔術もありますから。上手く応用すれば、身体を浮かせることくらいはできるかもしれません」
よく色々と考えつくものだ。
やっぱり浪漫魔術研究部なんて言う意味不明な研究部に入学早々入ろうとしただけはあるな。
今出た考えを基に、再度飛行習得に向けて魔術修練をしていこうと思うオレであった。




