第四十四話 『変わり者の隣人』
「あ、あのぉ~」
学園での昼休み。
自分の席につきながら、どの研究部に入ろうかと研究部一覧が書かれた紙を眺めていたところ、右肩をツンツンと叩かれた。
振り向くと、そこには隣の席に座っている一人の女子生徒が。
手入れをしていないのかボサボサとした紫髪に、黒く淀んだ瞳。
女は不自然なほど口角を上げて、ニヤッとした表情を浮かべていた。
「も、もしかして、研究部をお探しですか?」
「誰だ、お前?」
「誰だって酷いっすね! ずっと隣の席で授業受けてたじゃないっすか! ユネですよ、ユネ! 隣の席の人の名前くらい覚えてくださいよ!」
ああ、隣の席の奴か。
興味がないので、名前なんて覚えていなかった。
ユネという女は顔を引きつらせながら言う。
「名前覚えられてないとか傷つくじゃないっすか? 陰キャにとって初対面の人に話しかけることがどんだけ勇気のいることだかわかってるんですか?」
知らん、そんなの。
陰キャなのはそっちの都合なのに、なんでオレが気を使わなくちゃいけないんだよ。
既に学年中で悪名が轟いているオレだが、かく言うこいつも教室で浮いている部類の生徒であった。
何故か校則で定められた制服を着ておらず、身につけているのは黒一色のローブ。
休み時間は魔術の本を読みながら一人ニヤニヤと笑みを浮かべており、授業中も授業内容とは関係ない魔法陣を一心不乱に描いている。
そのことを教師に咎められると、「来たる混沌の世界に備えて、画期的な魔術を研究している最中なんです。邪魔をしないでください」と謎の開き直りを見せる始末。
その他にも授業中に指されたら、どこからか取り出した水晶を机の上に置いて、「答えを我が占いで導き出して差し上げましょう。正解は二番です」とか言い出したエピソードもあった。
しかも、答えは間違っており、なんなら選択式の問題ですらなかったのだから驚きだ。
そんな諸々の奇行がたたり、教室ではオレと同じく腫れ物扱いされていた。
要はボッチということだ。
というか、教室で二大ボッチを貫いているオレ達が同じ机の隣の席に配置されているんだよな。
おかげで昼休みは二人並んで黙々と食事を取るという、奇妙な光景が繰り広げられていた。
周りの席の奴らもオレらを避けて離れた席や学食で昼食を取るせいで、毎回昼休みになると教室後方に陸の孤島みたいなスペースが出来上がっていた。
「で、なんの用なんだ?」
「いやぁ、研究部をお探しみたいだったので」
「それはさっき聞いた」
「それなら浪漫魔術研究部に入ってみませんか?」
「浪漫魔術研究部?」
聞いたことのないことのない単語に訊き返してしまう。
ユネと呼ばれる少女は「イヒヒ」と笑いながら続けた。
「よくぞ訊いてくれました! 浪漫魔術研究部とはすなわち、文字通り魔術の浪漫を追い求める研究部です! 魔術師なら誰しも魔術の限界を追求したいものですよね? 我が研究部ではより威力の高い魔術だったり、より離れた場所まで届く魔術だったり、特殊な効果を持つ魔術を編みだすため、日々活動しているんです!」
「要するに戦術級魔術研究部ってことか?」
「いやいやいや、戦術級魔術研究部なんかと一緒にしないでください。確かに戦術級魔術も扱いますが、あちらの研究部は戦争などに有用な魔術を作るものです。術式も最適化されたつまらないものばかり。対するこちらは実用性に乏しく、ただ浪漫だけを追い求めた魔術を開発しようとする研究部なんです!」
要するに使えない魔術を研究する研究部ってことか。
さすがは魔術を学ぼうとする者が集まる学園。
おかしな魔術の研究部も存在するらしい。
「どうです? わくわくするでしょう? オーラルドくんもこのビッグウェーブに乗ってみませんか? 浪漫魔術研究部は大大大人気研究部ですから、入れるチャンスなんてなかなかないですよ?」
「そんなに強く勧誘されると、何か裏があるんじゃないかって勘ぐりたくなるんだが? オレを誘ってなんかメリットがあるのか?」
「同志を募りたいというのもありますし、何よりオーラルドくんが浪漫魔術研究部入らないと、大いなる災いが起こると占いで出ているので」
そう言って水晶玉を机の上に置き、両手をかざすユネ。
ちなみに魔法があるこの世界でも、生体術式以外の未来を見通す魔法は確立されていない。
オカルトの可能性が高かった。
「ちなみに大いなる災いってのは具体的になんなんだ?」
「部員不足で浪漫魔術研究部が廃部になります」
「お前の方の災いかい!」
思いっきり机に頭をぶつけそうになった。
「大大大人気研究部ってのはどこいったんだよ。なんで部員不足になってるんだよ」
「呼び込むための嘘ですから。本当は大大大不人気研究部です」
「だろうな。だって、実用性のない魔術を研究してるんだもんな」
「困っちゃいますよね……。この学園の人達のつまらない感性には……」
そんな風に同意の意見を求められても困ってしまう。
かく言うオレも実用性のある魔術戦魔術ばっかりを勉強していた質だしな。
ユネがつまらないと馬鹿にする人間の一人であった。
ちなみにこの世界の学校の研究部が向こうの世界の部活と違うのは、卒業後の進路決定にも関わってくるところだ。
働きたい分野に関する研究部に入っていた方が、仕事先を見つけるのに有利になるとされていた。
そこら辺は大学の研究室と似ているのかもしれない。
そういう理由もあり、浪漫魔術研究部は人気がないのだろう。
「どうですか? 浪漫魔術研究部に入ってみませんか? 今加入したなら副部長のポストにつけますよ?」
「勝手にそんなこと決めていいのか? 部長でもないのに?」
「何言ってるんですか。部長はうちっすよ。今のところ、部員はうち一人です」
「終わってるな、おい」
人気がないどころの騒ぎじゃなかった。
入学早々、一年生が一人しかいない研究部なんて。
大大大不人気を自称するだけはある。
「去年までは部員がいたようですけどね。自分達と入れ替えで卒業してしまったそうです」
「というか、オレが入ったところで二人しかいないんじゃ潰れるんじゃないか?」
「そこは安心してください。顧問の先生にごねて、駄々をこねて、マジ泣きしたら、あと一人部員を見つけたら廃部にしないと約束してくれました」
「だいぶ頑張ったんだな……」
そういうのって力技でどうにかなるものなんだ。
てっきり校則で規定の人数を決められているものだと思ってた。
「あと一人だけでいいんです! どうです? 浪漫魔術研究部に入ってくれませんか?」
「逆にこの流れで入ると思うか?」
「いや、むしろ入る流れしかなくないですか?」
「まあ、入ってもいいけどな……」
「え、えっ⁉ は、入ってもいいんですか? この流れで⁉」
ユネは身を乗り出して、こちらに顔を近づけた。
「自分で言うのもなんですけど、絶対入らない流れだったじゃないですか? 聞き間違いとかじゃないっすよね? それとも冷やかしっすか?」
「聞き間違いでも冷やかしでもない」
「説明はちゃんと聞いてました? 一応忠告しておきますけど、役に立たない魔術ばっかり研究する研究部ですよ? 浪漫を追い求めた」
「元々戦術級魔術が学べる研究部に入ろうと思ってたんだ。だったら、浪漫魔術研究部でもいいかなって」
異世界転生者であるネオン・アスタルテを倒すには既存の魔術戦とは違う、高威力の戦術級魔術を習得することが必須である。
そして、この世界における実用性のない魔術とは、詠唱の長さや魔法陣の書き込み量、消費魔力やコントロールなど様々な問題がある魔術のことを指す。
だけど、それらの問題は無詠唱化することによって解決するものもある。
無詠唱魔術は詠唱や魔法陣を省略できるし、術者のイメージが基になっているため詠唱魔術よりも様々なパラメータを操れ、自由度が大きかった。
無詠唱魔術を駆使すれば、浪漫魔術と言われるような魔術でも実用可能なものに仕上げることができるかもしれない。
そう考えると戦術級魔術研究部より、異世界転生者を倒すのに向いている研究部のように思えた。
「それにあんたが部長ってことは活動時間も自由が利くってことだろ? あまり時間を拘束されたくないからな。部員が多くて色々制限のありそうな戦術級魔術研究部より、行きたいときに行けるだけの緩い研究部の方が好都合だ」
「何、言ってるんですか。浪漫魔術研究部はガチでやる研究部っすよ。週七休みなし、一日八時間の活動です!」
「冗談じゃないって言うなら、今すぐ入部を撤回するが?」
「嘘です! 嘘です! 調子に乗りました! 好きなときに来てくれるだけでいいんで!」
途端に慌てふためくユネ。
とまあ、こんな感じで浪漫魔術研究部への入部を決めたオレであった。
*
そして、放課後。
オレはユネに連れられて、浪漫魔術研究部の部室へと来ていた。
「じゃじゃーん! ここが我らの部室です!」
指し示された先にあるのは、教室の半分くらいの大きさの部屋だった。
正面に窓があり、左右の壁は本棚で埋まっている。
本棚にあるのは魔術の教本や資料がほとんどであり、戦術級魔術系に関するものが多いように見受けられた。
「結構設備としては整ってるんだな」
窓際に置かれている映像機に歩み寄りながら言う。
映像機は向こうの世界でいうモニターのような魔道具だ。
ビデオカメラの役割をする録画機などに繋ぐことで映像を流すことができる、高価な魔道具であった。
「部員は少ないですけど、一応れっきとした研究部ですからね。前任者が色々整えてくれたようです」
ただ映像機は埃が被っていた。
本棚に置かれた本も同じく。
せっかくの貴重な備品はあまり使われていない様子なのが残念だった。
「思ったよりいい感じだな」
「でしょう? 気に入ってくれたみたいで何よりです」
「ああ、特に戦術級魔術系の資料が多いのがいい」
この研究部に入った一番の目的は、ネオンを倒すために戦術級魔術を身につけることだ。
これだけの資料があれば、あらかたの戦術級魔術は学ぶことができるように思えた。
「戦術級魔術なんてつまらないものはいいですから、一緒に浪漫を追い求めましょうよ~」
「嫌だわ。浪漫は勝手にそっちで追い求めてくれないか?」
「一応ここ、浪漫魔術研究部なんですけど⁉」
とりあえず窓を開けて、埃っぽい部屋を換気していく。
本棚を眺めて、手始めにどんな勉強から始めようか考えながら呟く。
「こんなに資料が揃ってるなら、もうちょっと部員も集まりそうなのにな」
「そもそも勧誘する上級生がいませんから。部員は集まりませんよ」
「逆にそれでよくこんな研究部見つけたな」
「入学前からこういう魔術の勉強をしたかったですから。名前を見つけたときは運命の出会いだと思いましたよ!」
うふふと不気味な笑い声を出すユネ。
目を輝かせるどころか、逆に濁っているのは気のせいだろうか?
「いやぁ、でもまさか隣の席に同志がいるとは思いませんでしたよ~」
「あれ? いつの間に同志認定されてるの?」
「だって、前に魔術戦研究部の先生が勧誘してきたとき言ってたじゃないですかー? 魔術戦に興味がないって」
確かにそんなことあったな……。
オレの入学試験を担当したジュイスがやって来たときのことだ。
正確には魔術戦魔導師になることに興味がないと言ったつもりだったが、違ったニュアンスでユネは受け取ったらしい。
「それで同志だと思って、ずっと誘う機会を伺ってたんです!」
「まさかそんなに早くから目をつけられていたとは……。というか、お前魔術戦に興味ないのか?」
「はい!」
「そんなに元気に答えるなよ。オレ達が入学したのって魔術戦を学ぶための戦闘魔導科だぞ?」
自分のことは棚に上げて、ユネに投げかける。
彼女は涼しい顔で答えた。
「好きで戦闘魔導科に入ったわけじゃないですから」
「そうなのか?」
「はい、母がいわゆる教育ママという奴でして……。うちを魔術戦魔導師にしようと考えているみたいで、半ば無理やり入れられたんです」
「それはまた災難だな……」
「でも、うちも黙って従うようなお利口さんじゃないですから。わざわざ遠くの街にある、親の目が行き届かない学校を選んで、こうして好き勝手魔術を勉強しようとしているわけです!」
にしてもはっちゃけすぎじゃないだろうか?
魔術戦魔導師にするために学校に通わせた娘が浪漫魔術研究部なんていうヘンテコな研究部に入っていると知れば、教育ママなら卒倒すると思う。
「でも、戦闘魔導科に受かったってことは、魔術戦もそれなりにできるんだろ?」
「まあ、嫌々たくさん勉強させられましたから……」
「嫌々やって合格できるってことはそれなりの才能があるはずなのに、わざわざその道を捨てるのももったいない気がするけどな」
「きみもそんなこと言うんですか」
ユネはため息をつきながら肩を落とした。
「魔術戦魔導師なんて誰にでもなれるものじゃないですか。魔術戦魔導師になろうと頑張っている人はこの学校にもたくさんいますけど、年一人出れば当たりっていうレベルじゃないですか。うちなんかじゃなれませんし、目指すだけ時間の無駄ですよ」
「そこは浪漫を追い求めない、現実主義なんだな」
「自分より強い人なんて、今までたくさん見てきたんで」
ユネの言うことは最もだ。
魔術戦に真剣に向き合っていれば、自分より才能のある奴に出会うことなんてざらである。
それこそ、オレがフィナに出会ったように。
魔術戦魔導師は才能のある魔術師の中でもほんの一握りしかなれないような、選ばれし立場の魔術師だ。
フィナほどの才能を持っていようと、なれる保証はどこにもない。
だからこそ、魔術戦魔導師に淡泊な感想を抱くのも納得できた。
「それに目立つのも好きじゃないんで。お金を貰っても、人前で戦うなんて御免被りたいですよ」
「目立つのが好きじゃない?」
日頃の言動を顧みて発言してほしかった。
既にオレと同じくらい、教室で悪目立ちしてるような気がするんだけど?
「まあ、魔術戦が好きじゃない者同士、一緒に研究部で気楽にやっていきましょうよ」
「いや、魔術戦が嫌いなわけじゃないんだけどな……」
むしろ好きな部類だが、という言葉は心の中にしまっておくのであった。




