第四十二話 『対決の影響』
ネオン・アスタルテとの対決の結果は悲惨なものだった。
飛行というオリジナル魔術で空を飛び回るネオンにこちらの攻撃が当たることはなく、逆に空からは超高威力の魔術が降り注いでくるときた。
そんな勝負、勝てるはずもない。
だから、早々に勝つことを諦めて、ネオンの戦い方を観察することに集中した。
確かに無詠唱魔術を使えば、彼女の虚を吐くことができ、一発くらいは攻撃を当てることができたかもしれない。
だけど、ネオンが異世界転生者だとわかった時点で共同練習する意義はなくなり、彼女は倒すべき敵へと変化した。
ハンデありの戦いで勝っても意味がなく、彼女を魔術戦の表舞台から消し去れるくらい圧倒的に叩きのめす必要があった。
そのためにも無詠唱魔術を使えることは隠して、彼女に勝てる力を身につけるまで油断させておきたい。
ネオンの戦い方はレイル・ティエティスとは全く異なるものである。
彼は無詠唱身体強化を展開して戦うという現代の魔術戦を基にした戦い方を展開していたが、ネオンの戦い方は現代の魔術戦から大幅に乖離している。
飛行で空を飛ぶことによって肉弾戦の入る余地を消し去り、遠距離での戦いを強制的に押し付けてくる。
使う無詠唱魔術も現代の魔術戦で使われるものではなく、戦争などで使われるような五節以上の戦術級魔術だ。
戦術級魔術は魔力の消費量や発動までのラグが大きいが、その分威力は魔術戦魔術とは比べ物にならない。
確かに必ず離れた距離で戦うことができるなら、地上での対人戦に特化した魔術戦魔術を使う必要はない。
ネオン・アスタルテの戦い方は非常に合理的なものだった。
戦い方が全く異なるため、レイルとどっちが強いかという優劣はつけにくいが、相性で見ればネオンに軍配が上がるように思える。
そのくらい空を飛べて、一方的に攻撃できるというアドバンテージは大きかった。
てっきり身体強化による接近戦が無詠唱魔術環境のトップメタになると思っていたが、空を飛ぶ術があるとなると話は別だ。
互いに空を飛び合って戦術級魔術を撃ち合う空中戦が覇権を握る可能性は大いにあった。
ここでネオンと出会えたことは僥倖かもしれない。
オレが空中戦を身に着ければ、レイル・ティエティスに勝つことだって不可能ではなくなる。
異世界転生者を倒すための重要なピース見つけたような気がした。
ただ問題はネオン・アスタルテという規格外の化け物と出会ってしまったこと。
シェンくらいの異世界転生者なら容易に倒すことができたが、彼女はレイルと同じ側の強者である。
レイル一人倒すだけでも苦労するのに、それをもう一人倒さないといけないときた。
全くもって絶望である。
あと四人もこんな強い奴が出てくるなら、異世界転生者を倒すという目標も匙を投げたくなる。
現実的な話、割と無理ゲーじゃない?
とりあえずネオンとの口約束もあるので、当面の間は彼女に関わることができない。
その間に飛行の習得を進めるべきだろう。
あとは戦術級魔術を身につける必要もあった。
そして、翌日。
学校に着くと、早速ネオンに負けたことが話題になっているようだった。
「おい、オーラルド。お前、ネオンとかいう奴に決闘を挑んで負けたんだって?」
オレを遠巻きに眺める生徒が多い中、席に座ると一人の男子生徒が話しかけてきた。
「いきなり来て、誰だお前?」
「おい、忘れたのかよ! ジャンだよ、ジャン! 入学初日に話しただろ!」
「ああ、あの逆恨み野郎か……」
よく見ると、男子生徒の脇にはいつか見たぽっちゃりと眼鏡もいた。
また三馬鹿が絡んできたらしい。
「逆恨み野郎ってなんだ! 正当な恨みだ!」
「どこがだよ。好きだった女がお前に興味なくて、勝手にオレを応援してたってだけだったろ」
もっと正当な恨みを持っている奴なんていくらでもいるだろうに、なんでよりによってオレに非がないパターンの奴が来るんだよ。
罪悪感がなさすぎて、逆にびっくりしたくらいだ。
「で、お前らは何をしに来たんだ?」
「お前に決闘を挑もうと思ってな。勝負だ、オーラルド! 俺と魔術戦の試合をしろ!」
人差し指を突き出し、こちらに宣戦布告をしてくるジャン。
すかさず隣にいた二人が囃し出す。
「オーラルドが決闘に負けて自分でも勝てそうとわかった途端、戦いを挑むなんて卑劣だぜ! よっ、さすがモテない男!」
「ジャンが返り討ちに遭う確率、99.9%」
「お前ら、本当に俺の友達なんだよな⁉ 少しはこっちの味方をしてくれてもいいんじゃねえか⁉」
なんでお前らで言い争ってるんだよ。
頼むからせめて打ち合わせをして、意見をまとめてからこっちに来てくれないか?
「っていうか俺、99.9%も負けるの⁉ だって、こいつ昨日ボロ負けしたって噂じゃねえか。絶対家を追い出されて弱くなっただろ。今の俺だったら勝てるんじゃね?」
「オーラルド君は魔術戦の実技試験の結果で四位でしたから。ジャンよりかは強いかと」
「冷静な意見を返してくるんじゃねえ! 何も言い返せねえじゃねえか!」
「というか、お前確率以外の発言できたんだな……」
「当たり前じゃないですか。人をなんだと思ってるんです? 確率だけで日常会話が成り立つ確率、0.01%」
「普通に喋れるんだったら、その確率言うやつ止めろよ……」
使いどころが下手なせいで、全然インテリっぽい感じ出せてないからな。
出てくる確率も99.9%か0.01%の二択しかないし……。
「じゃあ、フィールド借りておくから早速戦おうぜ、オーラルド!」
「早速ってこれから授業なんだが? というか、戦わねえよ……」
「なんでだ⁉」
「逆にこっちが訊きたいわ。なんでお前と戦わなくちゃいけねえんだよ……」
オレは自分の実力を誇示したいがためにネオンに勝負を挑んだわけじゃない。
異世界転生者を倒すヒントを得るために、彼女と戦うことにしたのだ。
当面の目標は飛行という飛行魔術と、威力の高い戦術級魔術の習得に力を入れると決めた身。
ここでジャンと戦っても得られるものはないだろう。
ネオン・アスタルテという倒すべき敵が現れた以上、お遊びの魔術戦に付き合っている暇はどこにもない。
こちらの問いかけにジャンは絞り出すように言う。
「それはあれだよ……。俺に勝てば、周りの奴らにちょっとは見返されるんじゃないか?」
「見返されなくていいわ。他人からの評判なんてどうでもいいしな」
「いいのか? 逃げるってことは俺の勝ちになるんだぞ?」
「なんでそうなるんだよ……」
暴論だった。
そんなんまでしてオレに勝ちたいのであろうか?
「もういいよ、お前の勝ちで。はい、オレの負け負け」
「なんだ、その適当な言い方! 全然勝った気しねえ!」
それは実際に試合で勝ったわけじゃないからな。
という言葉は飲み込んでおくオレであった。
*
学校が終わると、早速飛行の習得するために魔術の練習を始めることにした。
とは言っても、飛行はネオンのオリジナル魔術だ。
通常、魔術を覚えるには詠唱を知る必要があるし、オレが扱えるようになった無詠唱魔術も元はと言えばすべて詠唱を知っていて、それを無詠唱化しただけに過ぎない。
オリジナルの魔術を習得しようと思うのは初めてのことであった。
詠唱も知らなければ、詠唱自体存在するかどうかもわからない。
そもそも空を飛ぶ魔術なんてものを見るのも初めてのことだ。
どうやったら身につけることができるのか、想像すら出来なかった。
過去視の魔眼でネオンの過去を覗けば、手がかりくらいは得られるのかもしれない。
けれど、寿命という代償は大きい。
レイルも含めてあと六人、異世界転生者を倒さなくてはならないと考えると、残された時間は心許なく、ここで寿命を消費するのは得策ではないように思えた。
とりあえず最初はイメージを頼りに飛行を発動しようとしてみたが、当然の如く上手くいくわけもない。
結局飛行発動の手がかりは得ることができず、魔力だけを使い果たす形となった。
日も暮れてきたので、借りている家へと帰ることにする。
家の扉を開けると、すぐさまフィナが玄関にやって来た。
「おかえり、オーラルド」
「ああ、ただいま」
「疲れたでしょ。さあさあ、ご飯出来てるよ」
そう言って、後ろに回って肩を押してくるフィナ。
そのまま食卓の方へと連行してきた。
「なんか今日の夕ご飯多くないか? いつもはおかず一品なのに、四品あるぞ?」
「気づいちゃった? 今日は奮発しちゃった」
「節約節約言ってるフィナがなんもない日に奮発だと……。一体、何を考えてる?」
「いつもはオーラルドがやってくれている洗濯と掃除もやっておいたよ」
「やっぱ何か企んでるな、おい」
フィナの両肩を掴んで揺すって問いただす。
彼女は心なしか作り笑いを浮かべている気がした。
普段のフィナとはどこか違うのは明白だった。
「企んでるって酷い! オーラルドを慰めてあげようって思ったのに!」
「慰めるって何を?」
「だって、ネオンちゃんっていう私のクラスの女の子に決闘を挑んで、負けちゃったんでしょ?」
なんだ、お前も知ってたのか。
まあ、学年中噂は広まってるみたいだしな。
フィナが知ってるのも当然か。
彼女は自身の胸を叩きながら言った。
「平民の女の子がトップの成績取ったからって懲らしめようとするのは良くないことだけど、オーラルドがどんなことをしようと私だけは味方するって決めたからね。今日はいつもより特別に優しくしちゃうよ」
「……」
なんとも必要のない思いやりであった。
開いた口が塞がらない。
「いや、別に負けたことに落ち込んでないから。慰めないで結構なんだけど……」
「強がらなくてもいいんだよ? こんなときくらい私に甘えなよ」
「強がってないし、甘えないわ」
異世界転生者であるネオンに実力で負けているのは当然のことだ。
こちとら無詠唱魔術を覚えて二年そこらである。
こちらの世界に来たばっかりであったシェンは特例として、簡単に勝てる相手でないのは想定の範囲内だった。
ネオンが異世界転生者だと判明したことも考慮すると、負けたとて早々に戦いを挑んだのは正解だった。
相手の戦い方もわかり、早い段階で傾向と対策を練れるという面でもプラスであった。
「というか、その噂信じてるんだな。オレがネオンを懲らしめようとしたっていう」
「えっ、違うの?」
「違うわ。実際は魔術戦の共同練習を持ちかけたら、自分より弱い人と練習したくないって言われて、その流れで戦うことになっただけだ」
「そうだったの⁉」
フィナは目をぱちくりさせる。
どうやら身内ですら、オレの悪役貴族ムーブを信じて疑わなかったようである。
「オレは悲しいよ。味方をするとか言っておきながら、事情を知りもしない生徒が言ってる悪い噂を信じるなんて」
「ごめん! オーラルドなら、ひょっとしたらって思っちゃって……」
「お前、本当にオレの味方なんだよな……?」
味方のふりをしている敵の可能性もあった。
なんとも油断ならない奴である。
「いや、違うんだよ! オーラルドが優しいことは私が一番知ってるし! ただ孤児院に来てばっかりの頃の言動とか、何をするかわからないところを考えると……」
「もういい。一度失った信頼は取り戻せないからな」
「本当に悪いと思ってるから! ごめんね、オーラルドぉ~!」
両手を掴んで揺すってくるフィナ。
いや、そんなに謝らないでもいいから。
冗談みたいなものだし。
全くショックを受けなかったかと言われれば嘘になるけど、性格が悪いのは自分でも認知しているところだ。
そういうことをすると誤解されても仕方ないところはある。
そもそも過去の悪行が原因で良くない噂が流れているんだ。
火のない所に煙は立たないじゃないけど、他の生徒に好き勝手言われるのもオレに非があった。
こればかりは他の誰も責めるつもりはない。
それにゆくゆくは異世界転生者であるネオン・アスタルテを学園から排除するのだ。
それこそ正真正銘の悪役貴族ムーブをしていくことになる。
将来そういうことをするなら、現在そう思われていても変わりがないように思えた。
「まあ、いいや。ご飯もできているみたいだし、さっさと食べるか」
「うわーん! オーラルドが冷たいよー!」
「待て。今のは普通の反応だろ。別に冷たくしてないから」
「嘘だ! なんか声のトーンが違う感じがするもん!」
「面倒くさっ! オレを慰めるつもりだったんだよな? なんでオレがお前を慰めなくちゃいけないんだよ」
なんてやり取りをしながら、夕食を取ることにするのであった。




