第四十一話 『三人目』
学校に通うことになったからといって、律義に授業を受けて勉学に励むと思わないでほしい。
オレには異世界転生者を倒すという目的があるのだ。
目的を達成するために一秒たりとも無駄にしている暇はない。
ということで、オレはとある人物へと会いに来ていた。
「あいつか……」
現在の時間は昼休み。
平民が所属するBクラスの前で待ち構えていると、その人物が姿を現す。
視線の先にいるのは一人の女子生徒。
もちろんフィナではない。
彼女の金髪とは似つかわない漆黒の髪を二つに結んで垂らしている、おさげ姿の少女であった。
そう、彼女こそがネオン・アスタルテ。
魔術戦実技試験を筆頭に計四科目でトップの成績を取った天才魔術師であった。
合格発表のときから彼女のことは気になっていた。
オレより高い魔力量を持ち、魔術の知識試験でも上で、魔術戦も得意ときた。
まさに万能とも言える存在。
噂によると、彼女だけが今年の魔術戦試験で試験官に勝利したとのことであった。
しかも驚きなのが、彼女が貴族出身ではないことだ。
教育環境が整っている貴族達相手に、一教科でもトップを取ることは簡単なことじゃない。
それにも関わらず、四つの教科でトップの成績を取っているというのは尋常ではない出来事だ。
ちなみにBクラスの者が魔術戦の実技試験でトップを取ったのはここ十年で初めてとのことであった。
ネオン・アスタルテという名前に聞き覚えがなかったのも、彼女が貴族出身じゃなかったからだろう。
凄腕の平民出身魔術師という存在に純粋に興味が湧いているというのもあるが、彼女の下を尋ねる一番の理由は異世界転生者を倒すためのヒントを得られるのではと考えてのことだ。
魔術戦というものは案外、無名の魔術師が突き詰めていた戦法が一流魔術戦魔導師の目に留まって、一躍トップメタに踊り出すということがあるものだ。
ネオン・アスタルテという新進気鋭の魔術師の戦い方に新しい魔術メタが隠されている可能性は大いにある。
彼女の戦法を研究していくことで、レイル・ティエティス達異世界転生者に勝つ方策を見出せるかもしれない。
「おい、貴様がネオン・アスタルテか?」
ずっと影から眺めているだけではストーカーっぽくなってしまうので、早速呼びかけることにする。
廊下を行き交う何人かの生徒が何事かと視線を向けてきたが、気には留めない方向性でいく。
「なんですか、急に」
例に漏れずおさげ女も澄んだ黒い瞳を狭めて、怪訝な表情を見せる。
眉をひそめても美人という印象を受ける辺り、顔は整った方なのだろう。
オレは答えることにした。
「入学試験でトップの成績を取った奴の顔を拝みたくな」
「ああ、そういうことですか」
目の前の少女は納得したように手を打った。
「そうですよ。わたしが不本意にも学年一位の成績を取ってしまったネオン・アスタルテです」
「不本意って……」
嫌みかなんかだろうか?
オレは学校の成績なんてどうでもいいと思っているので気に障ることはなかったが、人によっては反感を買いそうな発言だ。
せめて他の貴族相手には言わない方がいいだろう。
「なんですか? 何か言いたいことでも?」
「いや、何も」
「だったら、変な顔をしないでください。それで、わざわざ話しかけてきてなんの用なんですか?」
そうだな。大事なのは彼女と魔術戦の共同練習をできるかどうかだ。
早速、本題を切り出すことにした。
「貴様の強さを見込んでの提案なんだが、一緒に魔術戦の練習をしないか?」
「てっきり平民に試験の結果で負けたからって絞めてくるのかと思ったんですけど、違ったんですね」
誰がそれだけで絞めるか。
またもや失礼な発言が飛んでくる。
確かに悪役貴族がやりそうなムーブだけど、さすがのオレも身の丈はわかっているつもりだ。
二年のブランクがある中で、実技試験一位の相手に簡単に勝てるとは思っていない。
「違うわ。敵対心は持っていない。で、どうだ? そっちにもメリットがある提案だと思うけど」
「嫌ですよ。なんでそんなことしなくちゃいけないんですか?」
そのまま肩をすくめて問いかけてくる。
「そもそも誰ですか? あなた?」
「そういえば、まだ自己紹介していなかったな。オレはオーラルド・オースティンっていう者だ」
「だから誰ですか? 名前だけ名乗られてもわからないんですけど……」
まあ、王都出身じゃなくて貴族の情報にも疎ければ、オレの名前なんて知らないか。
オースティンという家名を聞いて、四大貴族の関係者だと勘ぐる人も多いように思えたが、どうやら彼女は違ったらしい。
「オレの名前に聞き覚えがないか。一応、魔術戦の実技試験も四位だったんだけどな」
「いや、自分より低い成績の人なんて覚えているわけないじゃないですか」
ネオンは半笑いになりながら、手を横に振る。
さっきからちょいちょい気になっていたが、今の台詞で確信した。
こいつ、素で失礼な奴だ。
言葉の節々から空気の読めない人間特有の雰囲気がにじみ出ていた。
「お前、友達いないタイプだろ?」
「はぁ⁉ い、い、いますけど! 小学校と中学校では友達たくさんいましたし、嫌われてなんかいませんでしたから!」
「急に大声出すな。安心しろ、オレも友達いないタイプだから」
どう考えても友達いなかったタイプの反応だったので、フォローを入れることにする。
彼女はオレと違って、友達がいないことを気にしているようであった。
ネオンは咳払いをして、動揺を隠していく。
「ごほん。とにかく自分より弱い人と練習してどうするんですか。そもそもわたし、魔術戦とやらに興味ないですから」
「……えっ?」
ネオンのこの発言には驚くものがあった。
すかさず尋ねることにする。
「ここが魔術戦を専門とする戦闘魔術科だぞ? なんで興味ないのに入ったんだよ……」
「ここに来れば面白い人と出会えるって、知り合いからの薦めがあったからですよ。入りたくて入ったわけではありません。まあ、入学試験の結果を見た感じでは期待外れだったですけど……」
またしても嫌みに聞こえる発言が飛んできた。
ただこの発言が本当ならネオンは世紀の逸材だ。
魔術戦に興味がないのにトップの成績を取るなんて、そんな魔術師を見たことがなかった。
「それじゃあ、オレが面白い人間だったらいいんだろ?」
ネオンへの興味が増して、つい吹っ掛けてしまう。
彼女は冷めた表情のまま言った。
「それだったらいいですけど、あなた全然面白そうに見えないんですよね。本当にわたしと渡り合えるくらい、強いんですか?」
「試してみるか?」
ネオンに向けて挑発的な視線を送ることにする。
対する彼女は無機質な声で答えた。
「それってわたしと戦って勝つつもりってことですか?」
「そうだと言ったらどうするんだ?」
「止めた方がいいですよ。あなたじゃわたしに勝てませんから」
言い切るネオンに向かって返すことにする。
「随分と余裕な物言いだな」
「これは純粋な優しさで言ってるんですよ。気に障られても困ります」
「お前、その発言も火に油を注いでいるからな」
どうやらネオン・アスタルテは自分の実力に相当の自信を持っているらしい。
まあ、確かに四教科一位なんて取れば、増長したくなる気持ちもわからなくない。
でも学校の試験で実力を完璧に測れるほど、魔術戦の世界も甘くなかった。
「そこまで言うなら、実際に勝負してみないか?」
「何言っても聞いてくれなそうですね。わたしは別にあなたに喧嘩を売っているつもりじゃないんですけど……」
「どう考えても、喧嘩を売っているようにしか聞こえない発言だったけどな」
「はぁ……気乗りはしないですけど、仕方ないですね。断ってもしつこく迫ってきそうですし……」
ネオンは大きくため息を吐くと、こちらに向かって言った。
「いいでしょう。こてんぱんにして身の程を思い知らせてあげることにしましょうか」
本当に一々発言が鼻につく女であった。
*
昼休みの残りの時間が限られていたので、ネオン・アスタルテとの対決は放課後に持ち越しとなった。
リーリエ魔導学園は魔術戦に力を入れているため、設備も整っている。
学校にはいくつもの魔術戦用のフィールドが存在し、教員に申請すれば、誰でも借りられるようになっていた。
話を持ち込んだのはオレの方なので、手続きはこちらが済ませた。
そして、現在は放課後。
フィールドの中央でネオンがやってくるのを待っていた。
入学直後ということもあって、オレとネオンが戦うという話は学年中に広まっていた。
しかも、いつの間にか決闘ということになっているのだから驚きだ。
他の生徒達の間では、オレが成績トップのネオンのことが気に食わなくて、戦いを挑んだという筋書きになっているらしい。
そんな意味で戦いを挑んだわけじゃないんだけどな……。
オレとしては魔術戦の共同練習がしたかっただけなのに、いつの間にか話の尾ひれが不本意な方向に向かっていた。
このフィールドに来る前までも、好奇の眼差しはたくさん向けられた。
過去の行いに問題があったせいで誤解が広まったのだろうが、入学三日で学年一悪目立ちをしているんじゃないだろうかと言わんばかりの状態だ。
オレじゃなかったら、絶対不登校になっていたと思う。
「もう来ていたんですね」
扉が開かれると、制服姿の一人の少女が現れる。
右手に箒を持ち、肩にフクロウを乗せているのはネオン・アスタルテだ。
「なんだ? その恰好?」
「もしかしてジローのことですか?」
そう言って、肩に乗っていた白いフクロウの首元を撫でる。
フクロウは目を瞑りながら、気持ち良さそうに首を伸ばした。
「かわいいでしょう。エイネンミミズクっていうとっても長生きする種類なんですよ」
「要はペットみたいなものか」
「いえ、ペットじゃありません。家族です」
「いや、ペット――」
「家族です」
食い気味で返されてしまう。
こいつペットをペットと認めないタイプの奴か。
まあ、いい。気を取り直して、話に戻ることにする。
「で、どうしてフクロウを連れてきたんだ?」
「授業中はさすがに教室に連れてくるわけにはいかないから外に放していますけど、いつもはこうして一緒にいますから」
「外に放してちゃんと戻ってくるんだな」
「もちろんです。ジローは賢いですから」
ジローがバサッバサッと羽を振る。
まるでネオンの言葉がわかっていると言わんばかりのタイミングだ。
「で、どうするんです? 戦いの方は?」
「普通の魔術戦でいいだろう。時間制限なしの一本勝負」
「わかりました」
「じゃあ、契約法陣を結ぶか」
フィールド内での致命的ダメージを無効化する契約法陣を結ぼうとすると、ネオンは手で制す。
「いいですよ。そんなのしないでも。面倒ですから」
「デスマッチってことか? 嫌だよ、そんな危ないの」
「怪我をしないよう手加減してあげますから」
「全力を出さないでも勝てると? 随分舐めた物言いだな」
「事実ですから」
「お前の自信はわかったけど、オレは手加減したくないしな。怪我をさせるのも御免だから、こればかりは結んでもらう」
「何言ってるんですか。あなたじゃ全力を出しても、わたしに怪我をさせることなんてできないでしょう」
つまらなそうに言い捨てるネオン。
本当に発言の一つ一つが鼻につく奴だ。
「そんなに余裕そうな態度をしていると、負けたときに恥かくぞ?」
「わたし、天才ですから。負けませんもん。あっ、そうですね。どうせ勝つことが決まっている勝負じゃ面白くないですし、ハンデをあげましょう」
人差し指を突き立ててネオンは言う。
「契約法陣は結んであげます。で、一撃でもわたしに攻撃を当てられたら、あなたの勝ちでいいです。どうですか? いい条件でしょう?」
「いいのか? そんな大きなハンデもらっても? それで勝っても実力を認められるとは思わないんだが……」
「もちろん約束通り、攻撃を当てられたら魔術の練習に付き合ってあげますよ」
「まあ、もらえるハンデはもらっておくか」
舐めプで負けるのは負けた奴が悪いので、ありがたくハンデはもらっておくことにする。
ネオンは続けざまに言う。
「その代わり、わたしが勝ったら金輪際決闘を挑んでこないでください。迷惑なんですよね、戦いを挑まれるの。わたしは目立たないでひっそりと一人でいたいのに」
「目立ちたくないなら、入学試験でトップの成績なんか取るんじゃんねえよ……」
「それはわたしも後悔しています。実力を隠して入学すれば良かったです」
うんざりとした表情を浮かべるネオン。
こいつは隙あらばイキらないと死んでしまう病気なんだろうか?
「まあ、いいぞ。その条件飲んでも」
「本当ですか? わたしに負けたら勝負を挑まないでくれるんですか?」
「その代わりこっちが勝ったら、みっしり魔術戦の練習に付き合ってもらうからな」
「問題ないですよ。負けませんから」
戦いの取り決めが終わったということで、早速契約法陣を結んでいくことにする。
お互いに法陣にパスを繋ぎ終えると、ネオンの肩に乗っていたフクロウが無人のギャラリーへと飛び立った。
「では戦いを始めましょう。いつでもかかってきていいですよ」
「じゃあ、ご要望に応えて。我が体躯、幾ばくかの刻に、解放されよ――持続強化」
「はぁ……」
こちらが三分持続強化を展開しても、ネオンは黙って突っ立ったままだ。
涼しい顔をしたまま微動だにしない。
「いいのか? 持続強化をかけなくて」
「大丈夫ですよ。このままで問題ないです」
なんという舐めた対応だろうか。
現代の魔術戦において、相手が持続強化を展開したにもかかわらず丸腰のまま臨もうとするなんて。
いや、待て。フィナのようなパターンもある。
生体術式によって持続強化が要らない戦い方の可能性もあるし、手に持っている箒も謎であった。
なんだかの魔道具という可能性も捨て切れない。
ここで油断をするのは相手の思惑通りか。
魔術戦の実技試験で一位を取ったということは、かなりの手練れということだ。
いくらこちらを舐めているからといって、無策で挑んでくるということはないだろう。
「とりあえず、一発大きいの仕掛けるか。破壊の収束、全てを呑み込み、薙ぎ倒し行きて、一陣の極光と成れ――」
なんの動きも見せないネオンに向かって、四節の詠唱を唱える。
この詠唱によって発動されるのは閃光直破という超高威力攻撃魔術だ。
効果はただ極大のレーザーを放つというものだが、レーザーの速度や範囲も大きく、持続強化なしの身体能力ではまず避けることが不可能であった。
未だに詠唱を口にしないネオンがどう対応するか見物である。
「閃光直破」
魔術名を口にする。
突き出した両手からは極光が放たれた。
眩い閃光の束が迫ってくるも、ネオンは未だに涼しい顔をしたままだ。
そのまま光の渦に飲み込まれていく。
「これはやっただろ……」
あまりにもあっけない勝利に肩透かしな気分を味わっていたところ、目が眩しさに慣れていく。
瞬きをすると、そこには制服姿の影が浮かび上がった。
「絶対防御」
そこに立っていたのは、ネオン・アスタルテであった。
彼女は幾重にも折り重なった多重障壁を前面に展開している。
絶対防御だと? 絶対防御は十二節詠唱の大魔術だ。
一対一の対人戦である魔術戦ではまず出会うことのない魔術である。
違う。問題はそこじゃない。
オレの嫌な予感を他所に、ネオンは手にしていた箒に跨る。
そして、小さく一度呟いた。
「飛行」
その言葉とともに、二つ結びの少女の身体が宙へと浮き上がった。
箒に乗って、ふわふわと空を飛んでいく。
この世界において、人間はまだ自力で空を飛ぶ術を身につけていない。
それは魔術を行使しても変わらない事柄だ。
そして、無詠唱で魔術を放ったという事実。
そこから導き出される結論はたった一つであった。
お前も異世界転生者かよ……。




