第四十話 『クラス分け』
お待たせしました。
今日から二章を更新していきます。
リーリエ魔導学園に入学する日がやってきた。
部屋で学園規定の制服に着替え終えると、風呂場のスペースで同じく制服に着替えていたフィナが戻ってきた。
「どう? 似合ってる?」
そう言って、制服姿を見せびらかすようにその場で一回転するフィナ。
遠心力でふわりと持ち上がったスカートを眺めながら、思ったままの感想を口にする。
「パンツ見えそうだぞ? スカートの裾を長くした方がいいんじゃないか?」
「デリカシーの欠片もない感想っ!」
パンッと自身の膝を叩くフィナ。
そう文句を言われても、実際に見えてしまいそうだったんだから仕方ない。
「そうじゃなくて、似合ってるかどうか訊いてるの!」
「だから、もっとスカートの裾を下ろした方がいいって言ってるんだ」
「動きにくくなるから嫌なんだけどなぁ。こんな感じ?」
「いや、もっとだ。膝下10cmは伸ばさないと」
「それはダサすぎるでしょ……」
なんてやり取りをして、入学前の朝の時間を過ごすオレとフィナ。
結局、フィナのスカート丈は膝小僧が見えるくらいに収まった。
「そろそろ出発しない?」
「ああ、準備は整ってるしな」
「ちゃんとお弁当持った?」
「持ってるぞ」
「ハンカチは忘れてない? 文房具は?」
「しつこい。お前はおかんか」
過剰な確認を取ってくるフィナをやり過ごして、二人で家を出ることにした。
鍵を閉め、学園へ向かう道を歩いていくことにする。
「ねえ、一ついい?」
「なんだ?」
「私達、多分一緒のクラスでしょ?」
オレとフィナが通うことになっている戦闘魔導科は一学年に二クラスしかない。
一方が貴族組、もう一つが平民組と分かれている。
元々平民のフィナと、貴族でなくなったオレは平民組として同じクラスに配属されると予想された。
一クラスずつしかないのだから、残りの三年間でクラス替えもない。
よって、フィナとは三年間同じ教室で過ごすことになる。
「教室でどんな感じでいる?」
「どんな感じでいるって?」
「私達一緒に暮らしているわけじゃん? それが周りの人に知られちゃうと色々マズいかなぁって」
なるほど。そういうことか。
彼氏でもない男と一緒に暮らしていることが知られれば、周りの人から変な噂を立てられてしまう。
彼氏を作るのだって難しくなってしまうだろう。
オレとフィナは何もやましいことなんてない清廉潔白な仲だが、他の人がどう捉えるかは別問題だ。
いくら弁明したところで聞き入れてもらえないということもあるかもしれない。
「いや、別にオーラルドと仲が良いことを知られたくないってわけじゃないんだよ。ただ一緒に暮らしていることがバレちゃうと友達もできにくくなっちゃうかもって」
「弁明しなくても大丈夫だ。言いたいことはわかる」
入学試験の成績上位者の名前を見たときに、昔のオレのことを知っているであろう貴族の名前もちらほら確認できた。
悪評高いオレと仲が良いことを知られるのは、フィナにとってもマイナスに働くはずだ。
彼女の輝かしい学校生活を邪魔したくはないので、こんな提案をする。
「じゃあ、学校では極力関わらないようにするか。一緒にいると、同棲しているボロが出そうだし」
「なんかごめんね。変な気を遣わせちゃって」
「いいって。言われてみれば、オレ達の仲を知られるのはあんまり良くない気がしてきたし」
「それにオーラルドだって、そっちの方が友達作りやすいでしょ?」
「友達?」
意味不明なことを言い出すフィナに怪訝な顔で返す。
「何言ってるんだ。そんなもの作るわけないだろ」
「『何言ってるんだ』はこっちの台詞なんだけど⁉ もしかして友達作らないつもりなの⁉」
「そのつもりだが、何かおかしいこと言ったか?」
「いいの? 一人ぼっちになっても? 寂しい学校生活になっちゃうよ?」
「ああ、別に友達を作ったからって強くなれるわけでもないしな」
「そういう性格だった……」
どうして呆れた視線を向けられなければならないのか。
オレには異世界転生者を倒すという目的があるのだ。
そのために学園に通うのであって、友達と仲良しこよしをするために入学するわけじゃなかった。
「そもそもの話、友達なんて必要ないだろ。今まで人生でいたことないけど、別に困ったことはないしな」
「今、すごく衝撃な発言が出てきたんだけど! えっ、友達いたことないの⁉」
「逆に訊くけど、この性格で友達ができるように思えるか?」
「否定できないのが難しいね……。いや、もちろんオーラルドのいいところはたくさん知ってるんだよ! でも、オーラルドのいいところって長い間一緒にいないとわからないタイプのやつだから……」
無理に取り繕わなくていいから。
性格が悪いのは自覚しているところだし、友達ができないのも気にしてはいなかった。
それに貴族時代は友達こそいなかったものの、自然と女子は寄ってきた。
話し相手が誰もいなかったというわけではないから、心配は要らなかった。
「ねえ、やっぱり学校でも仲良くしない? 私が一人ぼっちにさせないよう頑張るから。休み時間を一緒に過ごしたり、昼ご飯食べたりしよ?」
「余計な気を回さなくていいから。オレは一人で大丈夫だ」
そんなことをしてしまえば、フィナもクラスで孤立してしまう。
オレとしては一人でいることを気にしていなかったし、フィナを道連れにするつもりはなかった。
「いいな? 気を遣って、学校で話しかけてくるんじゃないぞ?」
「でも……」
「でもじゃない。オレがそうしないでくれって言ってるんだ」
「……まあ、わかった」
あまり納得していない表情をしていたが、とりあえずの了承を得ることはできた。
ついでに付け加えておく。
「あとこうして一緒に登校するのも止めた方が良さそうだな。さすがに今日はまだ顔を覚えられてないから大丈夫だろうけど、この光景を何度も目撃されると同棲説が出てきそうだ」
「それはそうだね……」
という感じで、今後の立ち振る舞いの方針を確認していくオレとフィナ。
家は学校から徒歩五分ほどの場所にあるため、すぐに校門が見えてきた。
今日は入学式ともあって、新入生や付き添いの保護者で校舎への道が溢れてかえっていた。
この世界には高価で希少だが、映像や写真を記録できる魔道具もあるため、それを使って撮影をしている貴族の姿もちらほら見られた。
「あっ、クラスの名簿が張り出されているよ」
フィナの声に従って、掲示板の方を見る。
入学試験のときに受験番号が張り出されていたように、生徒の名簿が張り出されていた。
「えーっと、戦闘魔術科だよね……。AクラスとBクラスって書いてあるけど」
「Aクラスが貴族組で、Bクラスが平民組のことだな」
「本当だ! 私の名前、Bクラスにあった!」
「だろうな。試験に合格したんだから」
「でも、オーラルドの名前ないよ?」
「マジで?」
フィナとともにBクラスの名簿を上から眺めていく。
ない。本当にない。
上から見ても、下から見ても。
何度眺めてもオーラルド・オースティンの文字はなかった。
「もしかして、合格してなかったとか⁉」
「なわけないだろ。入学の手続きをしたんだから」
嫌な予感がして、隣のAクラスの名簿に目を向けることにする。
あった。やっぱりあった。
オーラルド・オースティンの名前はAクラスの名簿に記載されてあった。
「なあ、貴族組に配属されてるんだけど……」
フィナに向かって、呆然と呟く。
いやいやいや、なんの嫌がらせ?
オレはオースティン家から勘当された身である。
貴族としての立場も剥奪され、今は一平民と同じ身分である。
それにもかかわらず、貴族だけしかいないクラスにぶち込まれるとは。
Aクラスの名簿にはところどころ恨みを買っていたり、過去の悪評を知っているであろう者の名前が記されている。
これ、本当にこのクラスで授業受けなくちゃいけないの?
友達は要らないとは言ったものの、入学前から浮くことが確定させられるのは別じゃない?
「だ、大丈夫なの? 間違いだったら先生に言いにいかない?」
「いや、元貴族ってことでAクラスにぶち込まれたんだろうけど、大丈夫ではなさそうだな……」
まさか入学開始前から前途多難な学校生活が約束されるとは……。
これからの三年間が心配になるのであった。
*
入学式が終わると、教室に集められて教師から今後の学校生活の説明を聞かされることになる。
その間も、その後の休み時間も、周囲から奇異な目で見られているのを感じ取っていた。
「あれって、オーラルド・オースティンだよな……」
「あの悪名高いオースティン家の長男の?」
「確か勘当されたんじゃなかったか? どうしてこのクラスにいるんだ?」
人が権力を失ったからって、聞こえるところで好き勝手言いやがって。
あと最後のはオレが訊きたいくらいだ。
オレだって平民が集まるBクラスに入りたかったよ。
「おいおい、オーラルドじゃないか」
そんな中、こちらに歩み寄ってくる男子生徒が三人。
先頭にいる短髪の男が話しかけてきた。
「あんなことをしておいて、よく俺の前に現れることができたな」
「誰だ、お前?」
「おい、忘れたのかよ!」
両手を机に叩きつけながら、唾を飛ばしてくる短髪。
いきなりそんなことを訊かれても困ってしまう。
首を傾げていると、男子生徒は自らを指差して名乗りを上げる。
「俺だよ、俺。ジャン・ハンバー。よく魔術戦の大会で戦っただろ?」
「ああ、いつもパッとしない成績だった奴か」
「パッとしない言うな! 確かに全く優勝はできなかったけど!」
ジャンと呼ばれる短髪は大声で言う。
一応休み時間中とはいえ、教室の中なんだけど……。
無駄に高いテンションのせいで、教室中の注目がこちらに向いていた。
「で、なんの要件なんだ?」
「忘れたとは言わせねえ。お前に受けた過去の仕打ちを」
「いや、なんの心当たりもないんだが?」
ジャン・ハンバーという名前に聞き覚えはあったが、それ以上の記憶は何もなかった。
過去の自分が何かしでかしてしまったのだろうか?
「あれは忘れもしない。四年前の夏――」
「待て。急に回想に入らないでくれないか?」
「当時俺は好きだった女の子に告白しようと決意したんだ。魔術戦の試合を観に来てもらって、そこで勝って授賞式で思いの丈をぶつけようと」
「オレの話、聞いてる? あとなんで急にお前の片想いの話聞かされてるんだ?」
「いいから最後まで聞け」
手のひらを突き出して、こちらの発言を制止してくるジャン。
全く理解できない流れだったが、とりあえず続きを聞くことにする。
「で、一回戦でお前と対戦することになった。そして、激戦につぐ激戦を繰り広げ、なんとかギリギリのところで俺が負けたんだ」
「そんな激戦をアピールしなくてもいいから」
「いや、嘘ついた。ボロ負けだった」
「そこは正直になるんだ……。それで試合の後、オレが酷いことでも言ったのか?」
「何も。特に会話も交わさなかった。」
「じゃあ、なんなんだよ……」
回りくどい喋り方を止めて、さっさと要件を話してくれないか?
ため息を吐くと、ジャンは神妙な面持ちで口を開いた。
「で、応援席に戻ってその好きだった子に会いに行ったらどうしてたと思う?」
「こっちに訊かれても困るんだが?」
「お前のことを応援してたんだよ! 顔が良いからって理由で! そのとき俺は決めた。こいつだけは許しちゃおけないと」
「完全なる逆恨みだった」
オレがなんかしちゃったかと思ったじゃん。
焦って損したわ。心配した気持ち返してくれない?
「ちなみにオレがその娘に手を出したとか、そういう話じゃないんだな?」
「ああ、少なくとも俺が知っているところでは」
「よくそれだけで『忘れたとは言わせねえ。お前に受けた過去の仕打ちを』とか言えたな」
ひょっとしてこいつは馬鹿なのか?
てっきり過去にした悪行の被害者が報復にやってきたのかと思いきや、ただの面倒くさい奴に絡まれただけだった。
「ちなみに右側の太っちょの要件は?」
「太っちょじゃない。熟した大人の体つきと言ってくれ」
「要は中年体型ってことな」
ジャンの隣にいるぽっちゃり体型の男子生徒に話しかけると、決めポーズで返される。
しかも何故か声を低く作っていた。
「わいはこの学校に入学して彼女を作ろうって思ってる。童貞を卒業するためにな」
「なんのカミングアウト? 自分の恋愛遍歴を公開するの流行ってるの?」
「どうやったら童貞を卒業できるか? 一番手っ取り早い方法はイケメンになることだ」
「まずは童貞とか下ネタを公の場で口にしないのが手っ取り早い方法だと思うけどな。周りの女子が引いちゃってるじゃん」
オレに向けられていた奇異の目が、いつの間にかぽっちゃりの方に移っていた。
ヘイトを集めてくれたという意味では喜ぶべきなのかもしれないが、頼むから知り合いと思われたくないので一刻も早く立ち去って欲しかった。
「で、どうしたらわいがイケメンになれると思う?」
「生まれ変わるとか?」
「誰が現世では手の施しようがないほどの不細工だ! 違う、そうじゃない! この学校でわいより顔がいい奴を全員殺せば、学校一のイケメンになれると思わないか?」
馬鹿だ……。馬鹿がもう一人いた……。
先ほどの逆恨みとは桁違いの逆恨みで、殺害予告をされていた。
「おい、グゲス。それだとこの学校の男子全員死滅するんじゃないか?」
ジャンがぽっちゃりに向かって問いかける。
すると、ぽっちゃりは取り出した鏡をジャンに向けて、ポンポンと肩を叩いた。
「大丈夫。おぬしは生き残るから」
「いや、お前に負けてねえよ! 俺の方がまだマシだから!」
「おいおい、それは冗談が過ぎるだろ。いつそんなギャグセン高くなったんだ?」
「てめえ、表出ろや」
取っ組み合いだす二人。
いや、なんで仲間割れしてるの?
せめて来るなら、しっかり打ち合わせしてくれない?
こっちもどう反応していいか困るんだけど……。
「それで最後の眼鏡の奴は何を言いに?」
「二人の付き添いで来た確率、99.9%」
「えっ? 確率?」
「フレディは俺達と仲が良いからついて来ただけで、特に要件がないって言ってるんだ」
オレが戸惑っていると、ジャンは補足を入れてくる。
いや、普通に話せよ! なんだよ、確率って!
眼鏡をくいってしながら言うから、なんか深い意味があるのかって考えちゃったじゃん!
っていうか、この流れで難癖をつけに来たわけじゃないんかい。
ただ友達付き合いで来ただけかよ。
「ちなみにこいつの眼鏡は度が入ってない伊達眼鏡だ。眼鏡をかけていた方が頭が良さそうに見えるという理由だけでかけている」
「このレンズに度が入っていない確率、99.9%」
「こいつも馬鹿だったか……」
初日から馬鹿三人組に絡まれて、ただでさえ厳しかった周囲からの視線が理不尽にも増していくのであった。




