第三十九話 『合格発表』
リーリエ魔導学園の入学試験から早一ヶ月。
遂に合格発表のときがやってきた。
オレとフィナは合否を確認しに、リーリエ魔導学園へと向かっていた。
隣にいるフィナが緊張した面持ちで言う。
「ちゃんと受かってるかな?」
フィナは擦り合わせた両手に息を吐いている。
吐く息は寒さのせいで白く染まっていた。
「大丈夫だろ。筆記試験はともかく実技試験は問題なかったんだろ?」
「実力は出し切れたと思うけど……。結局は負けちゃったから……」
「実力を出し切れたんだったら問題ないだろ。フィナの実力だったら、少なくとも平民組の平均は越しているはずだし」
リーリエ魔導学園は普通の学校と違って、貴族と平民で入学できる生徒の数が分けられている。
というのも、成績順に上から生徒を取っていくと、教育環境が整っている貴族組に合格枠を独占されてしまうからだ。
貴族でないオレとフィナは平民組の合格ラインに届いてさえすれば入学することができる。
要するに貴族より低い基準で合格できるのだ。
その分平民組の倍率は高かったり、貴族からの人気が他の学校に比べてなかったりするのだが、それはまた別の話である。
「それより奨学金が取れるかを心配しろ」
オレ達二人の学費が足りるかどうかは、フィナの奨学金にかかっているのだ。
ニーネから預かっていたお金は二人分の学費と学校に通っている間の生活費を全て補えるものではない。
フィナが学費を免除される前提で、二人分の学費を計算して組んでいた。
「本当に身体強化の生体術式を持っているってだけで学費がタダになるの? 他にもっといい生体術式を持っている人がいるんじゃない?」
「その可能性は否定できないな。ぶっちゃけ他の受験生がどんな生体術式を持っているのか運みたいなところはあるし」
「運なんだ……」
当たり前だ。
世の中100%なんてことは早々ない。
まあ、フィナが奨学金を獲得できないなら、オレはリーリエ魔導学園の入学を辞退するつもりだ。
異世界転生者を倒すのに学校に通うことは必要十分条件じゃない。
学費が足りなくなってフィナが学校に通えなくなってしまうのは避けたいところだった。
オレと違って、フィナの将来は長い。
先にこの世を去るオレが、彼女の人生の邪魔をするわけにはいかないだろう。
「もう来ている人いっぱいいるね」
校門を過ぎると他の受験生の姿があちこちに見える。
まだ結果を見る前のそわそわしている者から、結果を見終わって喜んでいる者、落ち込んでいる者。
三者三様の姿が繰り広げられていた。
「あっちに結果が掲示してあるみたいだ」
「ちょっと待って。気持ちの整理してから行かない?」
「気持ちなんて整理しても結果は変わらないんだ。時間の無駄だし、さっさと見に行くぞ」
「オーラルドってほんとリアリストだよね……」
なんて会話をしながら掲示板の前にたどり着く。
掲示板の前には結果を見に来た受験生達の人だかりができている。
前にいる人達が退くのを少し待って、自分の受験番号を探していく。
「あっ、あったよ! 私の番号! オーラルドのは?」
「ちゃんとあったぞ」
「ほんと⁉ じゃあ、二人とも合格? 一緒に学校通えるの⁉」
そう言って、抱きついてくるフィナ。
いくら合格したことが嬉しかったとはいえ、抱きついてくるのはやりすぎだろう。
周りに大勢人がいることだしな。
あまりはしゃぐと他の人に迷惑になってしまう。
「まだ喜ぶのは早いだろ。大事なのは奨学金が取れるかどうかなんだから。抱きつくのは学費が免除されてからにしてくれ」
どうやら各試験の成績上位者は端の掲示板に張り出されているようだった。
その各項目の一位がもれなく学費免除となる。
「そうだね。早く見に行こっ!」
フィナと一緒に端の掲示板へと寄っていく。
生体術式の試験の項目を見つけると、その一番上にある名前を確認した。
生体術式測定試験
一位 フィナ・メイラス
「えっ……一位になってる……」
奨学生の証である赤文字になった自分の名前を見つめながら、フィナは呆然とした表情を浮かべていた。
オレから言わせれば何を驚いているんだと言いたい。
ほぼ全ての魔術師が持続強化を使う現代の魔術戦において、より身体能力を高められる身体強化の生体術式は一位二位を争うほど有用な生体術式だ。
そんな生体術式を持つフィナが、魔術戦に重きを置く学科で評価されないはずがなかった。
オレから見れば、フィナが生体術式の項目でトップを取れるのは当然のことである。
「これで一緒に通えるな」
「うん! 今までありがとうね!」
こちらの手を握ってぶんぶんと振ってくるフィナ。
その力強さに肩の痛みの感じながら返す。
「何がありがとうなんだよ」
「全部だよ。この学校のことを教えてくれたことも。魔術戦の戦い方や勉強を教えてくれたことも全部」
「何を言ってるんだ。合格できたのはフィナの実力だ。オレに感謝することなんてない」
「そんなことないよ! オーラルドがいなかったら、絶対この学校に入れてなかったと思う!」
フィナからの感謝の言葉を聞き終えると、魔術戦の実技試験の項目も眺めることにした。
魔術戦実技試験
一位 ネオン・アスタルテ
二位 クルシャ・エーデルティー
三位 マルコ・ネラー
四位 オーラルド・オースティン
五位 ユネ・ボーシャン
「四位か……」
二年間も魔術戦の前線から離れていたことを考慮すると四位という成績は想定以上だったが、元魔術戦魔導師相手に引き分けに持ち込めた試験の手ごたえを考慮すると微妙なところだ。
やはりジュイスの言った通り、引き分け狙いが減点対象として響いたか。
それとも三位までのレベルが高かったのかは、試験官のみぞ知るところであった。
「えっ、すごい! 魔術戦の成績四位だったの⁉ やっぱりオーラルド強いんじゃん!」
「そんなことはどうでもいい」
二位のクルシャ・エーデルティーとマルコ・ネラーは貴族時代に出ていた低年齢向けの魔術戦大会で見かけたことのある名前だったが、一位のネオン・アスタルテという名前は見覚えのない名前だった。
ここ二年で頭角を現してきた魔術師なんだろうか。
ふと他の試験項目に目を移してみると、衝撃の事実に気が付いた。
基礎教養筆記試験
一位 ニクソン・バルガード
魔法理論筆記試験
一位 ネオン・アスタルテ
魔力量測定試験
一位 ネオン・アスタルテ
術式発動試験
一位 ネオン・アスタルテ
こいつ、四科目でトップの成績を取ってるじゃねえか。
ニクソンとかいう奴がトップを取った基礎教養とフィナがトップを取った生体術式の試験以外、全ての科目で一位を取っていることになる。
とんだ化け物が隠れ潜んでいたものだ。
二科目でトップを取るくらいならまだ理解できるけど、四科目で一位を取るのはマジでヤバい。
オレが異世界転生者に出会わず、そのまま貴族として勉学に励んでいたとしても、同じことをするのは不可能に思えた。
こいつは間違いなく持っている側の人間だ。
将来、確実にトップクラスの魔術戦魔導師なるタイプの天才。
「ねえ、オーラルド! あそこ見てよ!」
「今、考えごとをしている最中なんだ。揺らさないでくれ」
「考えごとなんてどうでもいいから! 早く!」
「どうでもいいかはオレが決めることだ。で、どこ見ればいいんだ?」
「魔力量のランキングのところ」
「わかってる。ネオンという奴がトップなんだろ――」
そう言いかけて、言葉に詰まる。
魔力量の成績上位者のところには予想もしない人物の名前が書かれていた。
魔力量測定試験
一位 ネオン・アスタルテ
二位 オーラルド・オースティン
三位 アルバ・イー
四位 ゴスネロ・サリュー
五位 スルン・ビージー
いや、真に驚くべきは二位の場所にオレの名前が載っていることではない。
その文字が赤文字で書かれていることだった。
「オレが奨学生……?」
二位なのにどうして? という疑問に襲われたが、その下に書いてあった脚注によって事情を理解した。
※当科目一位のネオン・アスタルテは魔術戦実技試験一位の結果によって学費免除枠となるため、繰り上げて二位のオーラルド・オースティンを当科目の学費免除とする。
よく見ると、他の魔法理論筆記試験や術式発動試験の成績上位者のところにも同じような文言が書かれている。
どうやらネオン・アスタルテは魔術戦試験の項目で奨学生となり、その分他のトップを取った科目は二位の者が学費を免除されることになったようである。
フィナだけでなく、オレの学費も免除ときたか。
普通だったら学費が賄えることに喜びを感じるところなんだろうけど、自分としては複雑な気分だった。
オレの魔力量が多いのは、魔力をたくさん使う無詠唱魔術の練習をしていたからである。
無詠唱魔術同様、異世界転生者の存在ありきの恩恵。
いわばこの世界の魔術技術以外を用いたズル技みたいなものである。
そんなので人よりいい結果を出しても嬉しくない。
レイル・ティエティスやシェン・アザクールのように異世界チートを用いて、この世界で無双するなんてことはしたくなかった。
とは言っても、結果として出てしまったものは仕方ない。
魔力量測定は測定される側の人間が結果を調節できるようなものではないので、避けようがなかった事態でもある。
今さら学費の免除を辞退するのもフィナや学校に不信感を与えてしまうし、貰った金を捨てられるほどの経済的な余裕もない。
ニーネの金銭面の負担も減らしたいところなので、ここはプライドを捨ててでも学費の免除を受け取ることにした。
「オーラルドってこんなに魔力量あったんだ……。自分も奨学金取れそうなら教えてくれれば良かったのに」
「いや、自分もすっかり忘れてたんだよ。普通、魔力量が多い人って魔力消費の代償が大きい生体術式を持っている奴なんだ。日頃から魔力を使っていれば使っているほど、魔力量は上がるからな」
世に言う生体術式の副次効果というやつである。
生体術式を持っている人間は主要効果や代償の影響で、二次的な体質を得ることがある。
おそらくフィナの素の身体能力が高いのも二次的な影響だろう。
自身の身体強化の生体術式に耐えうるように、肉体が強靭な形へと成長していったと考えられる。
「そうなんだ。じゃあ、オーラルドの持っている生体術式って魔力消費が大きい奴なんだ」
「まあ、そんな感じだ……」
本当は魔力消費が控えめで、その代わり寿命を燃料としているのだが、それを馬鹿正直にいうわけにもいかない。
適当に誤魔化すことにする。
オレの元々の魔力量は人よりちょっと多いくらいだ。
その印象が強かったため、今回自分が桁違いの魔力量を保有していることを忘れるといううっかりミスが発生していた。
「そういえばフィナの生体術式ってそんな魔力消費量が大きい方じゃないよな? 他に代償はあるのか?」
「うん、使うとお腹が空きやすくなるんだよね」
代償はカロリーといったところか。
空きやすくなるという表現を使う辺り、そこまで大きい比率でもないんだろうけど。
「食べること好きなんだなって思ってたけど、そういうことだったのか。オレが料理するって言ったときも猛反対してきたし」
「それは別の問題だと思うけど……。オーラルドの作るご飯がマズすぎるんだよ……」
だいぶ失礼な発言だった。
オレは自分が食べれるレベルのものしか作った覚えがないのに……。
「っていうか、こんなところで雑談してるのも他の結果見に来た人の邪魔になるし、移動するか」
「だね。色々と手続きあるみたいだし」
結果が貼られている掲示板の近くには、合格者は校内の所定の教室にて手続きをするよう書かれていた。
来たときにもう帰っている合格者も見かけたため、手続き自体はそう時間がかかるものではないのだろう。
フィナが言う。
「ねえ、帰ったらお祝いしない? 二人とも合格したんだし、学費も免除だったし」
「お祝い? そんなことしている暇あるんだったら、魔術の特訓したいんだけど」
「今日くらい休んでもいいじゃん。っていうか、合格したのにまだ特訓するの⁉」
「当たり前だろ。合格がゴールじゃないんだ。フィナだって魔術戦魔導師になりたいんだったら、鍛えるのはサボらない方がいいぞ」
「オーラルドってストイックっていうか、ほんと変わってるよね……」
こうしてオレとフィナは無事にリーリエ魔導学園へ合格したのであった。
これにて間章終わりです。
また二章準備のため、二週間くらい更新をお休みします。
お待たせする分、面白い話が書けるよう頑張ります。




