第三十八話 『実技試験』
魔術戦魔導師。
それは魔術戦を嗜む者なら、絶対的に思える存在だ。
ほんの一握りの魔術師しか得ることができない、対人戦最高峰の舞台に立った称号。
「推察の通り、俺は昔に魔術戦魔導師をやっていた。今はリーリエ魔導学園に講師として雇われ、魔術戦部門長を任されているだけの者だけどな」
目の前の試験官、ジュイス・ミュラーの告げた言葉は、オレにとっても少なからず心を動かされるものであった。
自分がジュイス・ミュラーという魔術戦魔導師について知っていることはほとんどないに等しい。
名前に聞き覚えがあるということはおそらく何試合かは観たことがあるんだろうけど、残念なことに記憶には残っていなかった。
推測するに中堅どころの魔術戦魔導師だったのだろう。
魔術戦魔導師の頂点と言われるAクラス魔導師なら絶対記憶に残っているし、すぐに引退するような下のレベル魔術師だったら名前すら聞き覚えがないはずだ。
「まあ、俺が元魔術戦魔導師だからって気負わなくていい。今は試験官だ。他の試験官と同じように公平な試験を心掛けるつもりだぜ?」
「別に気負ってなんかないさ」
「それならよかった。それじゃあ、試験の概要を説明する」
男は手にしている書類に目を向けることなく、話を始めた。
「試験は事前に申請した魔道具のみを持ち込めるオーソドックスな魔術戦だ。時間は2カウント。ここら辺はいいか?」
「ああ」
魔術戦において、2カウント戦とは六分間の制限時間内で戦うことを示す。
魔術戦の基本となる持続強化の効果持続時間が三分。
一勝負に持続強化を二回は発動する必要があるから、2カウント戦という呼ばれ方になっていた。
戦いが三分間だけの1カウント戦じゃないのは、持続強化の切れるタイミングの読み合い力を計りたいからだろう。
試験時間が長すぎると受験者全員に試験をさせることができなくなるため、六分間という制限時間が手頃な塩梅のように思えた。
「場所はこの練習フィールドだな。ちゃんと契約法陣もついているから、怪我を気にすることなく思いっきり戦ってくれて構わない」
契約法陣とは魔術戦を命の危険性なしに行うための安全装置だ。
魔術戦のフィールドは一種の魔道具のようなものになっていて、フィールドに刻まれている法陣術式とパスを繋ぐことで、その領域内での致命的なダメージは無効化されることになる。
この契約法陣は領域外からの攻撃に対処できなかったり、領域内にいる人間全員がパスを繋いでないと発動されなかったりと誓約が大きいため、実際の戦争などでは使いものにならないが、興行的な魔術の戦いを繰り広げるにはもってこいの魔法であった。
「あとはなんだ? そんなところか? 一応訊くけど、契約法陣の繋ぎ方はわかってるよな?」
「もちろんだ。魔術戦をするのも初めてじゃないしな。事前の申請通り、魔道具の持ち込みもない」
ジュイスと二人で契約法陣を結ぶと、互いは所定の位置につく。
距離として十五メートル。
一般的な魔術戦開始の間合いである。
「銅鑼が鳴ったらスタート。もう一度銅鑼が鳴ったときが終わりの合図だ」
「ああ、わかった」
両者の視線がぶつかる。
緊迫した空気の中に大きな銅鑼の音が鳴り響いた。
「「我が体躯、幾ばくかの刻に、解放されよ――持続強化」」
開幕早々、オレとジュイスは三分持続強化の詠唱を唱えた。
2カウント戦を戦い抜く上で間違ってはいけないのは、持続強化の発動回数を二回にとどめないことだ。
確かに六分間という時間は三分持続強化二回でやり過ごすことができるが、それは三分経った時点で持続強化を再発動した場合のみだ。
二分半の時点で三分持続強化を再発動すれば、残り三十秒の時点で持続強化は切れてしまうし、三分半の時点で持続強化を再発動しようとすると真ん中の三十秒間は持続強化が切れた状態となってしまう。
魔術戦において、持続強化の再発動のタイミングは明確な隙だ。
その詠唱を唱えている間だけは他の詠唱魔術を唱えることができない。
よって、三分後にわざわざわかりやすい隙を作るのは悪手とされていた。
戦いの途中で隙を作り、三分より前の時点で持続強化を再発動する。
その後もう一度隙を作り、再度持続強化を発動するタイミングを探っていく。
それが2カウント戦での定跡であった。
2カウント戦という名前を冠しているが、実際に使われる持続強化の回数は三回が基本。
最後の持続強化をより身体能力向上度が高い一分持続強化に変えて、スパートをかけるといった3・3・1型が主流であった。
「鋭き氷牙、群れを成して、地の中より迸れ――氷柱連山」
オレはジュイスに向かって氷柱連山という魔術を放つ。
氷柱連山は地面から無数の氷柱を発生させる攻撃魔術だ。
氷柱は一方向に向かって発生させることができるが、射程や範囲の制限が少なく、比較的自由を利かせることができた。
オレは惜しみなく魔力を注いで、最大射程最大範囲で撃ち込みにいく。
「我が英知、大地を拠り所にし、この身を守れ――土壁錬成」
対するジュイスは土壁錬成という防御魔術を展開。
地面から土壁を三枚発生させて、迫ってくる氷柱連山との間に差し込んでいく。
氷柱の連撃は土壁錬成にぶつかると堰き止められた。
その衝撃でこちらが発動した氷柱連山は扇状に広がっていく。
「なんちゅう威力だ。やるじゃないか、お前さん」
「どうも」
ジュイスからの賛辞の言葉を受け取りながら、足を動かしていく。
距離を詰めていくのではない。
逆に後退して、距離を取っていくことにする。
この勝負は単なる魔術戦ではない。
リーリエ魔導学園の入学試験なのだ。
勝敗の結果だけでなく、魔術の練度や発動できる魔術の種類も見られることになる。
よって、この戦いではより多くの魔術を、惜しみなく最大威力で放とうと決めていた。
そのため、少なくとも序盤の内は接近戦を避けたいところだ。
中距離から遠距離で大味な攻撃魔術を撃ちあっていく展開が望ましい。
「光の雨よ、地上に降り注ぎ、全てを断罪せよ――光線豪雨」
「不変なる平面、我が身を囲い、災禍を妨げよ――障壁展開」
数多のレーザーを雨のように放つ範囲攻撃魔術光線豪雨を、ジュイスは周囲に障壁を張ることで防いでいく。
レーザーの雨は半透明の障壁によって、すべて弾かれる。
距離を離していくこちらに対して、ジュイスの足は開始直後から一歩も動いていない。
それどこか攻撃魔術も放たず、守備に専念していた。
この展開は戦いが始まる前から予想していた。
ジュイスは試験官という立場である。
試験官なら受験者の力量を見ようとするのは当然の行為。
よって、当分の間は様子見に徹してくるはずだ。
自由に攻撃させる時間をくれるなら、こちらも乗らない手はない。
連続水砲や乱刃旋風と、次から次へと多種多様な攻撃魔術を放っていく。
「猛る風神よ、この祈祷をもって、今暫くの眠りにつけ――無風陣」
その度に適切な対抗術式で防いでいくジュイス。
さすがは元魔術戦魔導師といったところか。
涼しい顔で最適な手を打ち続けている。
「我が体躯、幾ばくかの刻に、解放されよ――持続強化」
隙を見て、ジュイスが三分持続強化の詠唱を挟んでいく。
ある程度の実力持つ魔術師同士の戦いになると、会話を交わさずともお互いの考えが伝わってくるというものだ。
今はお互いが最初に持続強化を発動してから、二分十四秒経っている。
「俺は早めに持続強化をかけ直すけど、お前さんはもう少し粘るか?」という問いかけが聞こえてくるかのようだ。
「我が体躯、幾ばくかの刻に、解放されよ――持続強化」
目先の利益に釣られて、後々苦しい目を見るのは避けたいしな。お前に続いてやる。
そう宣言するかの如く、攻撃魔術を放つの止めて三分持続強化をかけ直す。
ジュイスがニヤリと口元を歪める。
「ほお、じっくりした展開がお好みか」と、こちらの思惑を察したかのような笑みであった。
ここからはジュイスも攻撃を仕掛けてくる可能性がある。
攻撃力に全振りした魔術から、土崖隆起のような地形を変化させアドバンテージを築いていく魔術に切り替えることにする
「盛れよ灯、流麗なる弧線を描いて、裁きの雨を降らせ――火弓掃射」
案の定、ジュイスは攻撃を仕掛けてきた。
頭上から無数の火の矢が降り注いでくる。
「――障壁展開」
事前に詠唱を済ませてあった障壁魔術で飛んでくる炎の雨から身を守る。
さすがに手加減はしているのか、オレの防御魔術でも簡単に防ぐことはできた。
「大地の神よ、その権能を以て、芳醇なる地を創りたまえ――整地」
その間にジュイスはこちらが隆起させておいた地盤の壁を取り払っていた。
整地は凸凹になった地面やぬかるんだ地面を地ならしする魔術だ。
それはオレが発動していた土崖隆起や、ジュイス自身が最初に発動していた土壁錬成の土の壁にも影響する。
このままアドバンテージを消され続けるのは困る展開だ。
ジュイスからの攻撃魔術を障壁魔術で丁寧に受けていき、隙を見て水魔術と氷柱連山を駆使してオレとジュイスの間に氷の障害を作っていく。
氷魔術は炎系の魔術で溶かすことができるが、戦いの初めに氷柱連山、途中に連続水砲という水魔術を布石として放っていたため、簡単には溶けない透明の氷柱の山がオレとジュイスの間には形成されていた。
「氷攻めか。さりげなくいやらしい仕掛けを仕込んできたな」
ジュイスの言う氷攻めとは、魔術戦の世界では氷魔法を連発していき、場の温度を下げていく戦法のことを指す。
気温が下がれば身体の動きは鈍り、その状態が続けば体温低下で致命的なコンディションに陥ってしまう。
相手の機動力を奪い、継続的なダメージを与えていく。
嫌らしいが、魔術戦の世界では非常に有効な戦い方であった。
「炎の精霊よ、その抱擁にて、安息の場を制定せよ――温暖領域」
もちろん氷攻めに対処法がないわけではない。
一つはオレがたった今発動した温暖領域といった気温を操る魔術を使って、寒さを緩和する方法だ。
氷攻めの欠点は相手だけでなく、自分にも体温低下のダメージが降りかかってくることだ。
よって、温暖領域を使って自身の一定範囲内の気温を上げるか、加温状態といった体温を上昇させる魔術を展開していくのが定跡であった。
おそらくジュイスは加温状態を使ってくるだろう。
そう踏んでいたが、彼が口にしたのは別の魔術の詠唱だった。
「我が体躯、幾ばくかの刻に、解放されよ――持続強化」
三分持続強化の詠唱だと?
予想を外してくる選択肢に少なからずオレは驚いていた。
現在の時間は戦いが始まってから四分三十一秒。
このタイミングで三回目の持続強化を発動してくるとは。
前回ジュイスが持続強化を発動したのが二分十四秒。
もう少し時間を待って持続強化を再発動すれば、残り一分の状態でより強力な一分持続強化を発動できただけに勿体なく思える行動だった。
ジュイスの意図がわからないわけではない。
これは挑戦状だ。
「オレはもう制限時間内に持続強化を再発動する必要はない。お前さんが一分持続強化を発動するタイミングに仕掛けて、勝負を決めてやる」という。
かなり強気の選択だ。
だけど、取られたアドバンテージを取り返すのではなく、逆に負けじと仕掛けてくるのは面白い作戦でもあった。
けどな。
その勝負には乗ってやらねえよ。
「我が体躯、幾ばくかの刻に、解放されよ――持続強化」
オレが唱えたのも三分持続強化の詠唱だ。
一分持続強化を発動するのを諦め、持続強化の効果時間が切れないように立ち回る守りの選択肢であった。
そもそもこのまま距離を取って魔術の撃ち合いをするなら、一分持続強化を展開するメリットは薄い。
身体能力を活かせる体術戦が行えないなら、三分持続強化で充分だった。
「あくまで中距離戦に徹するつもりか。やるじゃないか。事前に描いていた絵の通りに戦いを進めていくってのは意外に難しいんだよな。弱い魔術師ほど相手の打つ手に惑わされて、戦いの方針がぶれていくもんだ」
リスクを削る堅実な選択をしたオレに、ジュイスは感心する言葉を投げかけてくる。
会話に応えることなく、この隙を活かして四節詠唱の大技、閃光直破を放とうとすると、彼は言った。
「けど、それだけで勝てるほど勝負の世界は甘くないぜ。隔絶する一歩――」
その言葉とともにこちらに走ってくるジュイス。
「隔絶する一歩」は瞬歩の詠唱の第一節目だ。
どうやら無理にでも接近戦に持ち込んでくるらしい。
瞬歩は一歩分という短い距離を瞬間移動する空間魔術である。
飛ぶ場所は発動者の視界に映っていないといけないが、あいにく氷柱連山で作り出した氷柱の山は透明だ。
視界を遮っているわけではないので、氷柱の山は飛び越すことができる。
「亜空を越えて、我が身を運べ――瞬歩」
ジュイスの瞬歩の詠唱が終わると、その身が一瞬視界から消える。
まあ、普通はそうしてくるよな。
これだけ接近戦を拒否する姿勢を見せてきたら、距離を詰めてくるというのが当たり前というものだ。
きっとジュイスは内心でほくそ笑んでいるんだろう。
やっと自分が有利な状況で戦えると。
だけど、それはこっちの台詞だ。
長かった仕掛けをようやく実らせることができた。
「破壊の収束、全てを呑み込」
閃光直破の詠唱を即座に中止し、全速力で駆けていく。
目標はジュイスの瞬間移動先。
瞬歩で出てくるであろう場所に向かって、思いっきり殴りかかった。
「――っ⁉」
この行動はさすがのジュイスも読めていなかったようだ。
目を見開きながら、咄嗟に顔を腕でガードする。
拳から来る衝撃。
こちらの殴打はジュイスの前腕に阻まれてしまった。
この奇襲に反応できる辺り、伊達に魔術戦魔導師をやっていないということか。
だけど、対応されたからといって攻撃を止めるつもりはない。
ずっと接近戦をできる機会を待っていたのだ。
殴りや蹴りを間髪入れずに放っていく。
「まさかこれが狙いだったのか」
ジュイスもようやくこちらの仕掛けに気づいた様子。
手足で器用にガードを入れながら、口元を引きつらせる。
そう、これまでの距離を取った戦いを得意に見せてきたのはすべてブラフ。
ジュイスから距離を詰めてくるのを待った誘いであった。
敢えて瞬歩で飛び越しやすいような透明の障害物を氷柱連山で設置してたのも。
ジュイスの機動力を下げて接近戦を拒否するかのような氷攻めをしていたのも。
温暖領域を周囲に展開して、飛び込んでくれば氷攻めから逃れられるような状況を作ったのも。
全部が全部、ジュイスの方から距離を詰めてもらうための罠だった。
「この野郎、ハメやがったな。近接戦の方がキレがいいじゃねえか」
確かにオレはセンスや反応速度より、魔術の練度や読みの力がものを言う中距離戦や遠距離戦を得意としていた。
だけど、それは昔の話。
この二年間、ただひたすらに体術戦闘の化け物であるフィナと手合わせしてきたのだ。
近接戦が上手くならないわけがない。
最新の戦法を仕入れることができなくなって、この世界の魔術戦の腕が落ちてしまったオレだけど。
こと接近戦においては全盛期を更新中であった。
「そういうあんたはキレが悪いんじゃないのか?」
「こっちは歳なんだよ! くそっ!」
防戦一方になっているジュイスが吐き捨てる。
やはり予想通りというか、格闘面では上回ることができている。
魔術戦魔導師が現役引退する理由は様々あるが、その中でもメジャーな理由の一つに加齢によるパフォーマンス低下というものがある。
魔術の威力や精度は年齢によって衰え幅が小さいと言われているものの、体力低下や反射速度の衰えだけはいくらトップクラスの魔術師といえど避けられないものだった。
その分、経験などで補えないわけでもないが、どうしても体力や反射神経がものをいう接近戦となると、若い魔術師に分があるのも事実である。
特にジュイスは現役引退した身。
現役のときのような身体トレーニングもしていないだろうし、体力は全盛期より大幅に落ちていると考えられる。
魔術の知識面で劣っているオレに唯一与えられた勝機。
それがゼロ距離での肉弾戦であった。
「至上の造花、英気溢れる宿主を求め、氷点下へと誘え――栽植氷華」
このまま肉弾戦を続けては分が悪いと判断したのか、ジュイスは攻撃魔術の詠唱を始める。
「吸引の理、加重の黒鉄、此処に顕現せよ――鉄鋼囮」
即座に囮系魔術を放ち、対象指定魔術である栽植氷華から逃れていく。
すかさずジュイスの追撃。
「凝集する業火、圧し熱して、刹那に吐き出されろ――爆破」
「漂え微水球、辺りに飽和し、燃焼を鎮めよ――加湿域」
爆発系魔術の対抗術式である加湿域を展開することで、ジュイスが放った爆破は不発に終わる。
「しっかりと受けてきやがって。まいっちまうな、これは」
「このまま押し切らせてもらうぞ」
魔術を発動している間も、手足は動かし続けていた。
一発ずつ的確にジュイスのボディーへと打ち込んでいく。
「痛えな、おい」
顔を歪めるジュイス。
段々と手ごたえのある衝撃が拳から伝わってくる。
これは有名なインファイト戦術の一つだ。
攻撃は体術のみに抑え、距離を離そうと相手が魔術を放ってきた場合のみ対策術式で打ち消していくという戦い方。
この戦術を遂行するには、相手が放ってくる魔術の対策術式を完璧に把握していることと、相手の詠唱に即座に反応できる反射神経が求められる。
しかも、体術面で相手を完全に上回らければならず、非常に難易度が高い戦術であった。
しかし、決まったときの効果は抜群。
このように一方的な戦いを繰り広げることができる。
「暗澹なる大地よ、呑み込んで、食らい尽くせ――泥沼」
「大地の神よ、その権能を以て、芳醇なる地を創りたまえ――整地」
「絡みつく六面、我が盾となり、この身を守れ――粘性防御」
「不浄のものよ、水霊の祓いによって、清められたまえ――自己洗浄」
「マジかよ。自己洗浄とかマイナーな魔術も使えるのかよ」
「全く魔術戦で使われない魔術ってわけじゃないだろ。これくらいはいけるさ」
足に粘着した障壁を自己洗浄で取り除きながら、左腕でジャブを打ち込んでいく。
ジュイスはこれ以上の魔術での抵抗は無駄と判断したのか、下がるのを止めて打ち込み返してくる。
「そうくるなら、こうだ」
ジュイスの拳を寸前のところで避けると、右のストレートで顔を打ち抜いた。
よろけたところを右足の回し蹴り。
しかし、これは左脚を上げてガードされてしまう。
ゴンーーッ! ゴンーーッ!
そのまま打ち合っていると、大きな銅鑼の音が鳴り響いた。
戦いを初めてからちょうど六分。
白熱している最中だったが、終了の合図が鳴ったということで魔術戦の試験は終了となる。
即座に飛び退いて、ジュイスから距離を取る。
戦闘態勢を解いて、一息を吐くことにした。
「やっと終わってくれたか」
「それはこっちの台詞だ。危うく負けるところだったぜ」
ジュイスも肩の力を抜くと、地面に座り込んだ。
「あー、末恐ろしいガキもいたものだ。試験だっていうのに熱くなっちまったぜ。その上、内容も完敗っていうな」
「完敗も何も試験だから引き分けに持ち越せただけだろ。手加減されてなかったら、オレが負けていた」
さすがのオレも元魔術戦魔導師相手にハンデもない魔術戦で勝てるとは思っていない。
体術面ではオレが勝っているかもしれないが、魔術の練度や判断力や分析力といった地力はジュイスの方が圧倒的に上である。
しかし、今回の魔術戦においてはジュイスには試験官という立場があった。
だから、こっちの実力を窺うために最初は受けに回っていたし、魔術の威力も控えめに抑えていた。
「どこがだ。少なくとも駆け引き面では100%俺が負けてただろ」
「それは試験官だからだろ? 立場上、受験生の実力を測らなければならない。その実力ってやつには苦手分野の実力も含まれるはずだ。だから、オレがあからさまに接近戦を嫌がる素振りを見せれば、飛び込んでくるしかないよな」
純粋な魔術戦だとそうはいかない。
本来なら年齢を重ねたジュイスは接近戦を苦手としているはずである。
わざわざ相手が苦手そうにしているからといって、自分の苦手なレンジに飛び込む必要なんてどこにもない。
あのまま中距離戦や遠距離戦を繰り広げていれば、リスクを負うことなく勝つことができたはずだ。
「そこまで計算して仕掛けを組み立てていたのかよ。ばけもんじゃねえか」
「準備期間は充分にあったんだ。これくらいの構想ができなくてどうする」
戦闘中にジュイスが言っていた通り、弱い魔術師ほど相手の打つ手に惑わされて、戦う方針がぶれていくものだ。
特に地力で負ける相手と戦うなら、決してぶれないような強固な計画を用意しなれければならない。
「これくらいってレベルの仕掛けじゃないけどな……。だからこそ、一つだけ気になったところがあった。訊いていいか?」
「ああ」
先を促すと、ジュイスは投げかけてきた。
「どうしてお前さん、俺の四分半での持続強化の誘いに三分持続強化で応えたんだ? ちょっと待って一分持続強化を発動して接近戦に持ち込んでたら、制限時間内に勝ててただろ?」
「だろうな」
「だろうなって……。なんであれほど精密な仕掛けをできる奴がみすみす勝てる機会を逃したんだ?」
「逆に訊くけど、勝つことってそんなに重要か?」
オレはジュイスへと尋ね返す。
「これは試験なんだ。合格基準に届いている実力さえ見せられれば、勝ち負けなんて関係ない。そもそも元魔術戦魔導師であるあんたと引き分けられる受験生なんて十人もいないだろ? 引き分けに持ち込めた時点で合格なのに、わざわざ勝ちを拾う必要があるか?」
試験官が元魔術戦魔導師とわかった時点で、引き分けを狙いに立ち回ると決めていた。
それにもかかわらず、勝てそうになったからといって、リスクを負って見えた勝機に飛び込むのは馬鹿のやることだ。
それこそ戦う方針にぶれが生じてしまう。
魔術戦の世界で安定した成績を保っていくには、最初に立てたプランを一貫して遂行していく力が求められるのだ。
「気持ち悪いほど冷静な分析をしてやがるな」
「褒め言葉として受け取っていくことにするよ」
「ああ、そうかい。だけど、お前さん一つだけ大きな勘違いをしてやがるぜ」
ジュイスは立ち上がって、腰を叩くと言った。
「この試験には受験生の勝利を目指そうとする意欲を測る項目もある。お前さん、そこは減点対象だな」
ありかよ、そんなの……。
勝利を目指す意欲が評価項目となることを知ってたなら、リスクを負ってでも勝ちを拾いにいってたのに。
やっぱり読み通りにすべてが上手くいくわけではないな。
魔術戦の厳しさを肌で感じた実技試験であった。




