第三十三話 『プレゼント選び』
時間の流れとは早いものだ。
リーリエ魔導学園への入学に向けて準備を始めて、早六ヶ月が経った。
学園の入学試験は毎年二月の中旬にある。
試験の日程まではあと一ヶ月ほどしか残されていなかった。
オーギスの街から魔法都市プリシラまでは距離もあり、旅費も結構な額かかる。
気軽に何度も往復することはできないため、オレとフィナは入学試験を受けに行ったきりプリシラで生活をしていくつもりであった。
よって、この孤児院で暮らせるのもあと僅か。
道中どんなトラブルがあるかわからないので、プリシラに早く着いておきたいことを考慮するとあと一週間もいられなかった。
卒業の時期が近づいてきたともあって、フィナがこんな提案をしてきた。
「ねえ、オーラルド。ニーねえ達に送るプレゼント一緒に買わない?」
「プレゼント?」
「うん。六日後、孤児院の卒業パーティーでしょ? そこでニーねえに今までの感謝の気持ちを込めてプレゼントを贈ろうと思うの。それで私だけが渡すってのもあれだし、一緒に出し合うのはどうかなって」
感謝の気持ちとしてプレゼントを贈るといった発想が出てくる辺り、フィナはよくできた人間だ。
オレなんてそんな発想思いつきもしなかったしな。
自分もニーネには感謝しているので異論はなかった。
「いいんじゃないか? 賛成だ」
「ほんと⁉ ちなみにいくらくらいお金持ってる?」
「一万セスくらいはあると思うぞ。全部使って大丈夫なお金だ」
「そんなに貯めてるの⁉ どうしよう、私五千セスくらいしかないや……」
「プレゼントなんて金額じゃないだろ。気にするな。とりあえず予算は一万五千セス以内で考えておくか」
一万五千セスあれば、何も買えないということはないはずだ。
さすがに高級なアクセサリーなどは買えないが、ニーネとしても子供から高価なものを貰っても困るところだろう。
「卒業パーティーまであまり時間もないしな。早速買いに行くか」
「だね。どんなプレゼント選ぼうかなー」
「えっ、お前も来るの?」
「えっ? 逆に行かないってパターンあるの?」
二人して顔を見合わせる。
「いや、フィナは家で勉強しておいた方がいいかなって」
「こんなときまで勉強しなくちゃいけないの⁉」
「あと一ヶ月しかないんだぞ? ここで追い込みをかけなくてどうする」
確かにこの半年、フィナは入学試験に向けての勉強を頑張っていたが、他の貴族のように専属の講師を雇っているわけでもなければ、学校に通っているわけでもない。
他の受験者よりも不利な状況にいるのは変わりがなかった。
入学試験では魔術の発動技能や魔術戦も見られることになる。
魔術の発動はフィナの得意とするところだし、魔術戦もオレが教えているときた。
そこら辺は他の受験者に引けを取ることはないだろうが、一般教養や魔術理論といった学校に通っていた方が有利な筆記試験科目に不安があるのも事実であった。
「いや、ずっと勉強してたんだよ? 息抜きも必要っていうか……」
「息抜き? 何ふざけたこと言ってるんだ。そんなの学校に合格してからやればいいだろ」
「今、息抜きが必要なの! っていうか、なんでオーラルドは息抜きなしでやっていけるの? ずっと魔術の特訓か勉強してるよね?」
なんでって言われてもな……。
必要ないからとしか言いようがない。
そもそもオレにはこの世界に転生してきた異世界転生者をすべて倒すという、果てしない目標があるのだ。
生体術式の代償によって残された人生が短い身。
一分一秒たりとも無駄にはできない。
息抜きなんてそれこそ、異世界転生者を全員倒してからすればいい。
「私の分の手伝いもやってくれているはずなのに、私より勉強してない? おまけに何故か入学試験に関係ない治癒術の勉強も並行してやってるし……」
「ニーネの下を離れたら治癒術が学べなくなるんだぞ? 本を持っていくのも悪いから、ウルター孤児院にいる間に叩き込める知識は叩き込んでおきたいしな」
「えぇ……」
顔を引きつらせるフィナ。
果たして一体どこに引かれる要素があったのだろう。
オレは当たり前のことしか言っていないつもりなんだけどな。
苦言を呈される理由がわからない。
「まあ、いいや。息抜きとやらの必要性はわからないが、オレじゃニーネの喜びそうなものもわからないしな。一緒に来ることを許可してやる」
「いや、息抜きは必要でしょ……。オーラルドって時々同じ人間なのか不安に思うことあるんだけど……」
フィナに非人間疑惑をかけられながらも、ニーネへのプレゼントを買いに行くことにするのであった。
*
「で、一体何を買うんだ?」
オーギスの街の中心付近にある商店街を歩きながら、隣にいるフィナに尋ねることにする。
フィナは頬に手を当てながら答えた。
「まだ決まってないんだけど、やっぱりプレゼントだから物として残るものがいいよね。あと普段使いできるものがいいかな」
「なるほどな」
となると、選択肢は少し狭まってきそうだ。
とりあえず女性向けの色々雑貨が置いてある店に入ることにした。
「色々置いてあるねー。あっ、お化粧品とかはどう?」
店内の化粧品コーナーへと近づいていくフィナ。
「よくわからないけど、化粧品って消耗品なんじゃないか? 物として残りにくくないか?」
「ちゃんと残るものを選べば大丈夫だと思うけど。他の物の方がいいのかな?」
「例えば化粧ポーチとか?」
化粧品コーナーの傍に置いてあったポーチを手に取りながら言う。
「あっ、いいかも。それにする?」
「決断早いな。もうちょっと他の物見てからでもいいんじゃないか?」
「それもそうだね」
化粧ポーチを一端棚に戻して、店内を物色していくことにする。
「あっ、ハンカチもある。デザインが凝ってるし、結構ありかも」
「確かに贈り物としてはいいかもな」
「使う度に私達のこと思い出してくれるかな」
「さあ? どうだろうな」
色々な種類のハンカチを見比べているフィナを横目に、近くにあった財布を見ることにした。
「財布っていう手もあるかもね」
「でも、やっぱり財布は高いな。いいやつを買おうとするとすぐに予算オーバーしそうだ」
「じゃあ、ハンカチとかポーチの方がいいかな? 今私が使ってる財布ボロボロだし、正直自分が欲しいくらいだけどね」
そんなことを口にするフィナ。
店に並べられた財布を眺めながら言うことにする。
「いいんじゃないか? 自分用に買っても。物を選ばなければ安いものもあるし」
「いいよ。この五千セスはニーねえのプレゼントに使うって決めてるから。我慢するよ」
「プリシラの方がたくさんいい物売っているだろうしな。今買うこともないか」
「それもそうだね。私達、本当にオーギスの街から出て行っちゃうんだね……」
しんみりと呟くフィナ。
憂いを秘めた横顔を眺めながら尋ねることにする。
「やっぱりオーギスを離れるのは嫌か?」
「複雑なところかな。学校に行けるのは嬉しいけど、ニーねえ達と離れるのはやっぱり寂しいなぁって」
フィナにとってこのオーギスの街は生まれ育った土地だ。
この街で生を受け、両親が死んだ後もウルター孤児院でずっと暮らしてきた。
これまでの人生のすべてをオーギスの街で過ごしているわけである。
そんな生まれ故郷を離れるとなると、寂しさを覚えるのも当然だろう。
この街に来て二年近くしか経っていないオレとは、思い入れの量が違う。
「王都の学校だったら気軽に行き来できたんだろうけどね」
「悪かったな。プリシラの学校にしちゃって」
「いいよ。オーラルドが学費のこととか考えて選んでくれたんでしょ? 私もニーねえにお金の負担をかけたくないのは同じだしね」
「まあ、個人的な事情もあるんだけどな……」
王都にいるレイル・ティエティスを避けてプリシラの学校を選んだという背景もある。
個人的な事情に巻き込んでしまったことには申し訳なさを感じていた。
そんなこちらの気持ちを知らずに、フィナは明るい笑みを向けてくる。
「そうなの? でも、いいよ。オーラルドと一緒の学校に通うのも楽しそうだしね」
「なんだそれ」
そう言ってもらえると、心の重荷が軽くなるのも事実であった。
感謝の言葉を述べる代わりに喜ばしい情報を与えることにする。
「ちなみにリーリエ魔導学園に通うのはフィナにもメリットがあるぞ? 前にリーリエ魔導学園は平民の生徒でも魔術を学べるよう力を入れていると言っただろ?」
「うん、そんなこと言ってたね」
「その取り組みの一環として、クラスも貴族と平民の生徒で分かれているんだ。やっぱり違う立場の者同士、どうしても同じ教室で勉強するとなるとトラブルになることも多いしな。これなら貴族嫌いのフィナでも学校生活を楽しめるだろ?」
「何? そんなこと考えて選んでくれたの?」
フィナは優しく肩を叩いてきた。
「気にしないでいいのに。そんなことすっかり忘れてたよ」
「なんだよ。人がせっかく心配してやったのに」
「オーラルドとずっと一緒にいたからだろうね。貴族の人への苦手意識ってなくなってきたんだよね。オーラルドみたいにいい人がいるなら、貴族ってだけで嫌わなくてもいいのかなって」
「何言ってるんだ。オレなんて貴族の中でも最底辺な方だぞ? オレが大丈夫なら大体の奴はいけるはずだ」
「そんな冗談言っちゃって」
いや、冗談でもなんでもないんだが?
オレはアルジーナ王国でも悪徳貴族として有名なオースティン家の生まれである。
さすがに父親のように様々な悪事に手を染めているわけではなかったが、オレも貴族界では悪評が高い人物であった。
尊大な言動、魔術戦関連の散在癖や人間関係のトラブルなど。
様々な問題を引き起こしていた結果、オースティン家から追放された身である。
「フィナの中でオレのイメージが怖いんだけど……」
「心配しないでいいよ。私の中でのオーラルドは、私が貴族を苦手なんじゃないかってことまで考えて学校を選んでくれるような優しい人だから」
「現実と乖離しすぎていて、心配でしかない……」
相変わらず変な詐欺に引っかからないか心配になる発言であった。
あいにくオレはそんな心優しい人間じゃない。
結局、ニーネへのプレゼントは化粧ポーチとハンカチになった。
どちらか一つでもよかったけど、二つの候補からなかなか決まらなかったのだ。
二人で買うわけだし、二つでもいいんじゃない? というフィナの意見もあって、どちらをも選んだ形であった。
まあ、予算の一万五千セスには余裕で収まったしな。
オレとしても異論は何もない。
こうしてウルター孤児院卒業の日は着実に近づいていくのであった。




