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第三十二話 『進路決定』

間章という名のバトルもある実質本編です。

ここからは二、三日に一度くらいの投稿頻度を目指そうと思います。

 シルバーウルフ壊滅の報告をサゼスから受け、ウルター孤児院を巡るいざこざもひと段落ついた、とある日のこと。

 ふとフィナから尋ねられる。


「オーラルドもあと少しで十五歳でしょ? 孤児院を卒業したらどうするの?」

「どうするって言われてもな……」


 何も考えていないというのが本音である。

 藤村冬尊が住んでいた日本とは違って、この国では十五歳となった時点で働くことができる。

 そのため年齢が十五歳になったら卒業するというのが、ウルター孤児院の慣習であった。


 今の年齢は十四歳。

 あと半年ちょっとで十五歳になる。

 ウルター孤児院卒業の時期は着実に近づいていた。


 ちなみに既に十五歳となったフィナがまだ孤児院にいるのは、学校への進学を考えているからだ。

 この国の学校は対象となる子供の年齢によっていくつかの区分に分かれている。

 向こうの世界の高校と大学が合わさったような区分の学校は、十五歳になってから入学できるようになっていた。


 学校の入学試験は基本的に春に開かれる。

 フィナはその入学試験の時期まで孤児院に身を置くつもりのようであった。


「まだまだ先のことだろ? 何も決めてないさ」


 将来のことを何も考えていないことを注意されるんだろうと思いつつ、正直に打ち明ける。

 けれど、フィナはこちらの予想と違った反応を見せた。


「よかったぁ」

「よかったってどういう意味だ? 人の進路が決まってないのを喜ぶなんて陰湿な奴め」

「違う違う違う! そういう意味じゃなくて!」


 慌てて両手を振るフィナ。

 焦った表情で弁明を口にする。


「これからする話がそっちの方が都合がいいってだけだから!」

「これからする話?」

「ねえ、オーラルド。学校に通わない?」


 は? いきなりどうしたんだ?

 突然の話に頭が追いつかなかった。


「なんで急に?」

「オーラルドって強いでしょ? ちゃんと勉強すれば将来すっごい魔術師になれると思うの。だから、学校に通わないのはもったいないなぁって思って」

「もったいないも何も学校に通うお金がないだろ」

「そこは心配しないで」


 フィナは胸を叩いて言う。


「ニーねえに話はつけてきたから。私ね、どれだけオーラルドに魔術戦の才能があるかってのをニーねえに話したの。そしたら、学校に行くのに協力してくれるって」

「協力って……二人分の学費を出せる金がこのウルター孤児院にあるのか?」

「そこはニーねえが頑張ってくれるって」

「頑張ってなんとかなるものなのか?」

「ニーねえが言うんだもん。多分大丈夫だよ。オーラルドは学校行きたくないの?」


 フィナから直球の質問が飛んでくる。

 学校に行きたくないの? か……。

 行きたいか行きたくないかで行ったら、行きたいというのが正直なところだ。


 魔術系の学校に通えれば魔術の知識が学べるし、現在の魔術戦の流行だって追うことができるようになる。

 異世界転生者を倒すためのヒントが得られる可能性は大いにあった。


 だけど、ウルター孤児院には金銭的余裕がない。

 日々の生活をするのもやっとで、フィナ一人を学校に通わせるのだってだいぶ無理をするに違いない。

 そこにまた一人追加するとなると、負担は計り知れなかった。


 オレには異世界転生者を倒すという目的がある。

 その目的を成し遂げるために人生のすべてを捧げると決めていた。


 フィナが期待しているような、名声を得る魔術師にオレがなることはあり得ない。

 そんな自分に投資してもらうことなんて許容できるわけがなかった。


 オレは居場所を与えてくれた、ニーネやフィナといったウルター孤児院の人々に感謝している。

 だからこそ、迷惑はかけたくない。


 オレが長生きできないことは決まっているのだ。

 みんなに与えられた恩を返せることもなく、死んでいくことだろう。


 だから、せめて重荷となる存在になりたくない。

 この孤児院の人達には、オレのことなんて忘れて幸せになってほしかった。


「別に。そもそもオレは学校に通わせるだけの価値のある人間じゃないよ」

「じゃあ、私も学校に行かない」

「は? どうしてそうなる?」


 突然の発言に開いた口が塞がらなかった。


「お前の夢は魔術戦魔導師になることだろ? そのために学校に通いたいって――」

「オーラルドは私が手も足も出なかったシルバーウルフのボスを倒した。オーラルドに学校に通う価値がないなら、私なんてもっとないよ」

「あれは相手が悪かっただけだ。負けたからって気にすることじゃない」

「それに魔術戦の特訓だってオーラルドには全然勝てないし……」


 それは経験の差だ。

 魔術戦と向き合っていた時間が違うから、自分が勝てているに過ぎない。


 才能だけ見たら、身体強化(レイズ)生体術式(ギフト)を持っているフィナの方が何倍も上だ。

 このままフィナが経験を積んでいけば、無詠唱魔術なしの純粋な魔術戦でならオレにだって勝てるようになる。


「お金のことで心配してるなら、私が学校に通うためのお金を使ってよ。そしたら、ニーねえの負担にならないでしょ?」

「待て待て。夢を諦めるつもりなのか?」

「そういうわけじゃないけど……。学校に通わないでもなんとか魔術戦魔導師になれないか探してみるし……」

「そんなのはまず無理だ。夢が叶わなくなってもいいのか?」

「まあ、オーラルドのためならそれも悪くないかなって」


 フィナは笑みを浮かべながら答える。

 オレはというと、彼女の発言にショックを受けていた。


「お前の魔術戦魔導師になりたいって夢はその程度のものだったのか?」

「違うよ。私は本気で魔術戦魔導師になりたい」

「だったら、なんで――」

「でも同時に、オーラルドの将来がいいものになってほしいと思ってる。オーラルドは世間知らずで夢を叶える方法も知らなかった私に魔術戦のことを教えてくれた。シルバーウルフからこの孤児院を守ってくれた。その恩を返したいんだよ。オーラルドが魔術戦のことを好きなのは、近くにいた私が一番知っているから。学校に通ってほしいと思ってる」


 フィナの茶色い目がこちらを見据える。


「私は大切な人のためなら、自分の夢を諦められるよ」


 フィナという人間はいつもそうだ。

 シェンからウルター孤児院を治癒院にするという提案があったときもそう。

 ニーネの意思を尊重するためなら、いい学校に通えるチャンスなんて要らないと考えていた。


 一握りの人間しかなることができない魔術戦魔導師という立場を目指すことを考えると、その意志の弱さは確実な欠点となる。

 数多のライバルに競い勝つためにも執念と呼べる気の持ちようは必要だった。

 だけど、オレはそんなフィナの優しさが嫌いでもない。


「はあ、わかったよ……。学校に通うことにする」

「本当っ⁉」

「本当だ。だけど、その代わりフィナもちゃんと学校に通え」

「うん、わかった! でも、いいの? お金のことは?」

「それに関してはいい案がある。一度ニーネに相談していいか?」

「もちろん! オーラルドが学校に通ってくれるなら!」


 そうして、フィナと二人でニーネの部屋へと向かうことにしたのであった。




    *




 ニーネの部屋に入ると、早速話を切り出すことにした。


「聞いたぞ。学校に通わせてくれるって話」

「うん、フィナちゃんから頼まれてね。オーラルドを学校に通わせてあげてって」


 話しかけられたニーネは微笑みながら、フィナの方に目を向ける。

 視線を向けられた当人は恥ずかしそうに目を逸らしていた。

 無言のコミュニケーションを取り合っている二人に向かって、とりあえず大事なことを口にする。


「まずはありがとうな、二人とも」

「ねえ、ニーねえ。あのオーラルドがありがとうだって……」

「おい、フィナ。人のことをなんだと思ってる。感謝の言葉くらい口にするわ」

「いつもの態度を考えてから、そういうこと言ってほしいんだけど……」


 フィナから抗議の視線が飛んでくる。

 そんなに日頃の言動に問題あったか?

 いや、あったか。

 一人納得していると、ニーネが拳を作りながら言った。


「学費のことは任せて。お姉ちゃん、頑張っちゃうから」

「そうだ。そのことで話があったんだ」

「お金のことなんて気にしないでいいの。子供は勉強を頑張っていれば」

「そうはいかないだろう。オレ達にかかる学費を少なくする案があるんだ。聞いてくれ」


 そう断りを入れて、フィナに尋ねることにする。


「そういえば行きたい学校って考えてるか?」

「魔術戦が勉強できる学校!」

「そうじゃなくて、具体的な学校名をだ」

「魔術戦が勉強できればどこでもいい……っていうか、学校のことあんまり知らなくてわからないんだよね……」

「やっぱりか」


 学校に行きたいという話は聞いていたが、具体的な学校名が出てこない辺り、そんなことだろうと思った。

 フィナに確認を入れることにする。


「もし行きたい学校がないんだったら、勝手にこっちが決めていいか?」

「オーラルドがおすすめの学校ってことでしょ? いいよ!」

「即答かよ。もう少しものを考えてから発言した方がいいんじゃないか?」

「だって、信用してるもん。魔術のことについて詳しいオーラルドが、私のためを思って選んでくれた学校ってことでしょ? だったら、そこが一番に決まってるよ」

「はぁ……」


 もしオレがとんでもない劣悪な学校を紹介するつもりだったらどうするんだ。

 少しは人を疑う気持ちを覚えた方がいいと思う。


「で、なんていう学校なの?」


 無邪気な表情で尋ねてくるフィナに向かって、学校名を告げることにする。


「魔法都市プリシラにあるリーリエ魔導学園って場所だ。そこに一緒に通おうと思ってるんだけど」

「プリシラ? 王都の学校じゃないの?」


 ウルター孤児院があるオーギスの街は王都に近い場所に位置している。

 学校に通うとなると、王都の学校を思い浮かべるのが普通であろう。


 プリシラはオレがオースティン家を追い出されて、馬車で最初に向かおうとした土地だ。

 当時はレイル・ティエティスに動向を探られないよう遠い目的地を選んだわけだが、要はそのくらい王都やオーギスの街から離れているということだ。


「王都も魔術戦では盛んだけど、プリシラも魔法都市と言われるくらいあって同じくらい活発だからな。魔術戦を学べるなら絶好の環境だ」


 アルジーナ王国で魔術戦を学ぶとなると、王都とプリシラの二択になるだろう。

 しかし、王都にはレイル・ティエティスという異世界転生者がいる。

 無詠唱魔術を扱う彼と出会えば魔術戦観を滅茶苦茶にされてしまう可能性もあるため、フィナを王都の学校を通わせるのは避けたいところだった。


「そうなんだ。言ったことないから楽しみかも」


 プリシラに行けば、気軽にニーネとは会えなくなってしまう。

 そのことに抵抗を見せるかと思ったが、フィナは快く了承してくれた。

 おかげで話をすんなり進められる。


「プリシラには魔術戦でトップクラスの実績を誇っている学校が四、五個あるが、リーリエ魔導学園はその中の一つだ」

「トップクラス⁉ 入れるの、そんな場所⁉」

「まあ、その四、五個の中では下の方だから安心しろ。まずトップクラスの学校に入れないようじゃ、ほんの一握りの実力者しかなれない魔術戦魔導師にはなれないだろうしな。最初の難関だと思って、そこは死ぬ気で頑張れ」

「いけるかなぁ……」


 不安そうな表情を浮かべるフィナ。

 別に勝算なしに言っているわけじゃない。


 今のフィナの実力ならあと半年魔術の腕を研いたら、入学試験に合格できるだろうと踏んでのことだ。

 なんとしてもあと半年で、オレがフィナをそのレベルの魔術師まで押し上げてやる。


「他のもっと簡単そうな場所じゃ駄目なの?」

「駄目だな。リーリエ魔導学園じゃなきゃいけない理由がある」


 魔術戦を学ぶことだけを考えるなら、リーリエ魔導学園よりもレベルの高い学校はある。

 だけど、リーリエ魔導学園にはアルジーナ王国の学園事情にそこまで詳しいわけではないオレでも知っている特徴的なメリットが存在した。


「リーリエ魔導学園には受験の成績によって奨学金が貰える制度があるんだ」

「わかった! オーラルドが優秀な成績を取って、学費の負担を減らすってこと?」

「何、言ってるんだ。奨学金を取るのはお前だ」

「無理無理っ!」


 フィナは手と首をブンブンと振る。


「私、オーラルドより弱いよ? オーラルドよりいい成績なんて取れないって」

「それがそうじゃないんだ。リーリエ魔導学園の奨学金は特別なんだ」


 成績がいい生徒に奨学金を与えられる学校なら他にもある。

 だけど、魔術戦を学び始めて日が浅いフィナでも学費が免除される可能性があるのは、リーリエ魔導学園のみであった。


「リーリエ魔導学園は平民の生徒でも魔術を学べるよう力を入れてる学校でな。受験の総合成績で奨学生を選ぶとなると、どうしても教育環境が整ってる貴族が成績上位を独占しちゃうからって特別な選抜方式を取り入れてるんだ」

「特別な選抜方式?」


「ああ。筆記試験、魔術戦の実技試験、術式の発動試験、魔力総量、生体術式(ギフト)、あとなんかあったっけ? さすがに全部の項目は覚えていないけど、その各項目でトップの成績を取れば学費が免除されるんだ」

「魔術戦の実技試験でトップなんて取れないよ!」

「当たり前だろ。調子乗るな。お前が取るのは生体術式(ギフト)の項目だ」


 金をかけて入念な受験対策をしている貴族相手に、フィナでも唯一成績で勝てる項目。

 それは生まれ持った生体術式(ギフト)という才能に他ならない。


 こればかりはいくら生まれや育ちが良くとも、伸ばすことができないポイントだしな。

 ある意味、フィナが貴族よりも恵まれていると言っていいポイントだった。


「でも、身体強化(レイズ)生体術式(ギフト)ってトップの成績取れるほどすごいの? 戦い以外には使えないように思えるけど」

「リーリエ魔導学園はカリキュラムも魔術戦に重点を置いてるからな。合格さえ出来れば、十中八九選ばれると思うぞ」


 そのくらいフィナの身体強化(レイズ)生体術式(ギフト)というのは、魔術戦において有用なのだ。

 本人は全く無自覚なようだけど。


「それよりオーラルドが魔術戦の実技試験でトップの成績を取った方が手っ取り早くない?」

「馬鹿か? 魔術戦の世界から二年近く離れているんだ。今の流行戦法も知らなければ、新しく開発された魔術も知らないときた。そんなオレがトップの成績を取れるわけないだろ」


「でも、オーラルド強いじゃん」

「それはフィナから見たらって話だ。確かに昔のオレはそこいらの魔術師には負けない実力はあったが、才能があるわけでもない。資金力にものを言わせて魔術戦の定石や流行戦法を研究し、時間をかけてそれを身につけることで強くなっていただけだ。そんなオレから研究の部分を取ったら何も残らないから」


 今の過ごしている環境じゃ魔術戦の試合は見れないし、修練の時間もすべて無詠唱魔術に使っているときた。

 そんなオレの強みが完全に死んだ状態じゃ、同年代の卓越した魔術師に勝てるとも思えなかった。


 さすがに無詠唱魔術を使えば、圧勝できるだろうけど。

 いくら学費を免除するためとはいえ、異世界転生者から得た卑怯な知識を用いるつもりはなかった。


「というわけで、二人分の学費を一人分にするためにも頑張ってくれ」

「うん、わかった! って言っても、生体術式(ギフト)を見てもらうだけだからなんも頑張るところなくない?」

「いや、合格しないと学費は免除されないからな。一般教養の筆記試験や魔術戦の試験など、これから勉強することは山ほどあるぞ」

「えっ⁉」


 驚いた表情を見せるフィナ。

 当たり前だ。リーリエ魔導学園は最難関と言われる学校の一つなのだ。

 そう簡単に入学できるわけもない。


「これから毎日十時間は勉強コースだな」

「じ、十時間⁉ 死んじゃうよ! そんなに勉強したら!」

「大丈夫。オレは勉強のしすぎで死んだ奴を見たことはない」


 試験まであと半年しかないのだ。

 この時期に入学試験の勉強を始める時点で、舐めていると言っていいくらいだ。

 他の試験を受ける者より勉強時間を稼がなくちゃ合格できるはずがない。


「ほら、孤児院の手伝いもあるし! 十時間は無理だって!」

「そこは心配いらない。今日からフィナの手伝いは全部肩代わりするから。四六時中勉強に専念してもらって構わない」

「それ優しさで言っているんだよね⁉ 嫌がらせとかじゃないよね⁉」


 フィナはニーネの肩を揺する。


「ニーねえも黙ってないでなんとか言ってよ! 十時間はさすがにやりすぎだよね?」

「フィナちゃん、オーくんに手伝いしてほしいって言ってたじゃん。よかったね」

「ニーねえもオーラルド側だった!」


 別に嫌がらせで言っているわけじゃないのに、酷い言われようだ。

 そもそもオレはフィナに決闘で勝ったことによって孤児院の手伝いが免除されている状態なのだ。


 時間を浪費することが世の中で一位二位を争うくらい嫌いなオレが、他人の分の手伝いを引き受けてやると言っているのだ。

 そこは泣いて感謝するべきだろう。


 まあ、この提案は完全な善意で言っているわけでもない。

 今のオレは異世界転生者を倒す手段の研究に手詰まりを感じている状態だ。

 そんなところに学校に通わせてもらえるという話は願ってもみないことだった。


 だからこそフィナには学校に合格して、奨学金を取って学費を免除してもらいたい。

 異世界転生者を倒すための効率的な手段として、オレは孤児院の手伝いを肩代わりするに過ぎない。


「ということで、リーリエ魔導学園に通うってことでニーネもいいか?」

「うん、あたしはフィナちゃん達が好きなようにすればいいと思うよ」

「十時間も勉強するのは、ちょっとやりすぎだと思うけどなぁ……」

「ほら、うだうだ言ってないでさっさと勉強する。今から一分一秒も無駄にするな」

「オーラルドの鬼畜! 鬼教官!」


 というわけで、今後の進路が決まったオレとフィナであった。

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